第42話 気分的にはゴキブリの大群を見た感じ


 ソレは、まるで彗星のように現れました


 数多の魔物を殺し、人を救う


 それだけなら、新たな英雄と讃えられるだけです


 ですが、ソレは英雄とは違いました


 何故なら、英雄は、数多の魔物を殺し、人を救い、そして死ぬものだから


 何故なら、ソレは、死ななかったから


 圧倒的で絶対的で文句の付けようもなく、ソレは強かったのです


 幾万という魔物を殺し、巨大な死体の山を作り上げても、ソレは生きていました


 たった一人で、英雄十人分は戦果をあげたでしょう


 積み上げた死体の山の中に、『魔王』が率いる特別な魔物の一体、『月の巨狼』が加わった時


 ソレは、『魔王』の対なる存在


 いわゆる、『勇者』と呼ばれ始めました




 ※※※※※※※※

 

 

 クロノは、リリアの殺意と呪詛を最初から見抜いていた。


 リリアの隠蔽は、決して悪いものではなかった。

 誰一人として、その気配を察知出来なかったのだ。

 四方の人間全てが、クロノとのソレはただの仕合いとしか考えておらず、そう思考させるほどに、己の中の剣呑さを直前まで呑み込んでいた。

 事実、極端に相性が悪かったとはいえ、星の獣すらリリアの事は見抜けなかったのだ。

 他の誰でも、結果はそう変わらないだろう。


 しかし、クロノの目は格が違う。

 さらに強い『神気』を無意識下で使用できるようになっていたクロノの目から見れば、その異質さは際立って見えた。

 より深く、より濃く、その目は自然と本質を見抜く。

 人の枠には収まりきらない、凄まじい呪い。

 恐るべきは、その毒性ではなく、クロノの薄れきった記憶にはないが、ほんの少し前に体験した、嵐が小瓶に収まっているかのような密度。

 超絶のコントロールの末に成り立つ奇跡。


 舐めてかかれる相手ではない。

 そう思い、クロノは本気で構えていた。


 

(…………)



 危険なのは、ひと目でわかった。

 頭の中で鳴り響く警鐘は、消えない。

 しかし、クロノは決闘を受けた。

 命の危機なのは明らかで、コレを回避するために動くのが王道だ。

 その選択は、間違いである。

 つまり、クロノは、間違いであると認めたうえで、そちらを選んだのだ。


 何故か?



(……本気でぶつかり合えば、もう友達だよな?)



 かつての二つの経験からである。

 死闘を経れば友人になれる、戦わなければ友人にはなれない。

 今この場になるまで、誰にも漏らさなかったのだ。

 完全に明後日の方向へ行ってしまった彼の確信を、正せる余地はない。

 だから、クロノは真正面から受け止める。

 すべてを出し切らせた上で、自分の力を尽くした上で勝ってやる。

 そして友達になってハッピーエンド。

 曖昧な夢想が、クロノの中で出来上がっている。



(うわあ、凄いなあの力)



 解放された呪詛を、クロノは観察していた。

 クロノの目には、それがどんな性質を持っているか解析出来る。

 触れればヤバいそうな黒いヘドロのようだが、伝わる情報はもっと仔細だ。



(うん、触ったらマズイ)



 授業でチラと学んだ内容を、思い出す。


 呪詛、呪力とは、人間の負の感情から生まれたエネルギー。

 本来なら、何も起こらずに消えていくだけのモノだが、それを掬い集め、培養すれば、それは何かを害するための武器になる。

 人が星から加護を受けた事によって使える技術が魔法なら、呪いとは、そこから技術を転用し、星の加護を用いずに、魔法のような超常を為す裏技のひとつ。

 故にこそ、扱い方を誤れば、星から『禁忌』として扱われかねない危険なもの。

 化学的な物質によらない、強力無比な毒。


 そんな毒を操る術理こそ、呪術。


 

(うん、やっぱりヤバいな)



 のんびりとした感想を抱いたが、ソレがマズイというのは本当だ。

 もし、ソレが結界から溢れればどうなるか?

 下手をすれば、学園全てを呑み込み、毒の汚泥の中に沈むだろう。

 もちろん、誰一人として生き残れない。


 クロノが考えていたのは、そうならないようにするための対処法だ。


 

 

「クロノ・ディザウス!!」



 考え得る手は、三つ。

 一つは速攻で決闘を終わらせること。

 もう一つは、結界を作り直すこと。

 最後に、場所を移すこと。


 最初の案は、溢れ出るヘドロを避けて、確実に一撃で意識を刈り取らなければならない。

 はっきり言って、超絶技巧だ。

 下手をすれば、リリアを殺しかねないし、クロノも死にかねない。

 コレを敢えてやれる勇気は、クロノにはない。


 では、もう一つ。結界を再構築し、呪いが外に漏れないものに作り変える。

 これもなかなか難しい。

 そもそも、クロノが呪いへの理解が足りない。

 今すぐ呪いの全てを解析して、それに強い性能の結界を作るには、相当どころか究極的に魔法に長けていなければならない。

 少なくとも、それをするには三年は研鑽が足りない。

 コレも、最初の案よりはマシ程度だ。


 最後は、場所を移すこと。

 クロノの空間魔法によって、呪いごとどこかへ飛んで、被害のない場所で存分にやる。

 呪いという未知、さらに潜在的なエネルギー量が多いリリアを無理矢理『空間転移』するとなると、かなりの消耗が見込まれるだろう。

 だが、無理というわけではない。

 失敗の可能性があるが、それでも上の二つよりは断然マシだった。

 問題は、消耗した自分が他人からの助け無しにリリアに勝てるのか? もし失敗すれば、どんなリスクが、いったいどこに振りかかるのか、だ。

 

 どれも、相応のリスクがある。

 これだけ後手に回ったのは、クロノの想定外。

 見えていたはずなのに、リリアの力と意志を過小評価してしまった。

 だから、こうして悩む事になっている。



(本気で困った……どうしようか……?)



 ぼんやりと、解決法を考える。

 しかし、どうにも上手くいくとは思えない。

 自分の技術が乏しい事に、後悔を覚える。

 戦えば心が通じ合うと信じるのはいいが、周りへの影響を考えなかったのは失敗だ。

 戦うことを神聖視したくせに、戦闘への熱量を間違えた。

 いつぞやに言われた『視野を広く持て』という忠言を、また分かったつもりになっていた。

 人が賢者になる事の難しさを感じ入る。



(……一時的に呪いを閉じ込められればいいか。結界は不完全でも構わない。時間さえ稼げれば……いや、)



 なかなかのピンチだが、クロノの思考は妙に凪いでいる。

 最悪自分が死ぬ可能性もあるのに、焦燥や恐怖といったものが抜け落ちているかのようだ。

 超然とした、というべきか。

 自分の中の違和感を、説明できない。

 次の瞬間には大惨事が起きるかもしれない。だが、それをずっと俯瞰して見ている自分が居る。



(冷静すぎないか、俺?)


 

 不気味だと、クロノは自分でも思う。

 だが、冷静すぎる思考が、クロノの困惑を無駄として切り捨てる。



(とにかく、今やるべきは……)



 呪いによって生まれてしまった緩みから、結界の支配権を乗っ取る。

 そして、解析した情報から、結界をアップデート。

 時間を稼ぎの間に、呪いを少しずつ切り離して、生命反応が極端に少ない場所へ転移させる。

 せめて周りの避難が終わるまで持ち堪えられればいいのだが。


 クロノは最善と最悪を想像しながら、迎撃と回避を準備しつつ、リリアの接近を待ち、



「死ねぇ! この化け物がぁぁ!!」


「テメェが死に晒せ!!!」



 あらゆる危惧が、横から飛んできた怪物に、踏み潰された。

 

 外に張られた結界をクロノが一旦オフにし、新しい結界を張り直そうとした瞬間だ。

 雷のような速さで飛来し、呪詛の海を全て避けながら、本体であるリリアの頭を地面に叩きつけた。リリアはそれで意識を失ったらしく、溢れんばかりの呪いの海は宿主の中に収まっていく。

 酷く暴力的だが、垣間見えた技は無視できない。

 繊細で緻密な肉体的、魔力的コントロールだ。


 こんな事が出来るのは……



「キッッッッショく悪いもん見せやがって! こんなグロいの使うなら最初から言えや! そしたらもっと距離取ってたわ、クソカスが!」


「…………」


「あ゛あ゛あ゛もう、ホント無理無理! 呪いだけはホントに気色悪くて無理! 手にかかったんだけど、マジ最悪! もう右手切り落とそっかなあ! そうしようかなあ!」



 普段の姿からは想像もつかないほど、取り乱した姿だ。

 常に物静かで、超然としていたというのに、年頃の少女が虫に触ってしまったような騒ぎようである。

 荒い息遣いと、周りの事などまったく見えていない態度から、彼女にとってどれだけ呪いが致命的なものであったか、なんとなく分かる。

 まったく底を見せない少女の、底が見えた気がして、



「……アイン?」


「もー、こんなん大量のゴキブリと何が違うんよ? 神聖術とかはむしろ見てて良い気分なのに、呪いって何でこんな気持ち悪いん?」


「アイン?」


「あー、こんな所で学生生活に支障が出るとは。ボクの精神衛生上良くないし、殺っちまうか? でも、それは流石にマズイしなあ……」


「アイン!」



 クロノに声をかけられた瞬間、アインの動きが止まる。

 それから、出来の悪い人形のようにギギギ、と音を立てそうなほどぎこちなく、振り向く。

 顔には明らかに『やっちまった』と書いていた。

 気まずい空気が流れ出す。

 そろそろ、呪いの大部分が晴れて、周りの全員がクロノたちを見えるようになる頃、顔を赤らめたアインがわなわなと体を震わせて、



「忘れろ!」


「おぐっ!」



 美しい上段蹴りが炸裂する。

 ただ単に接近し、攻撃しただけだが、回避も防御もできなかった。

 クロノからすれば、アインが瞬間移動して、気付けば蹴りが目前に迫っていたようにしか見えない。

 完全にモロに喰らっていた。

 眼下でパチンと星が舞い、次に目を開けた時、自分はベッドに寝かされているだろうと確信する。


 時間にすれば、瞬きにも満たないだろう。

 直前に見たクラスメイトの新たな側面が、脳内を巡り、焼き付いていく。

 遠のく意識の中で、クロノは思った。


 忘れるの多分ムリだ、と。

 



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