魔物が嫌い
第39話 昔話、逸話、伝説
むかしむかし、ずっと昔のお話です
人類は永い平和を守り、穏やかな日々が続いていました
争いの性は鳴りを潜めます
あとにも先にも、こんな平和はないだろう
過去の惨状を知り、この時代を生きた者は、そういうに違いありません
何故、平和が続いたか?
以前に起きた戦争の影響で、戦う力が無くなっていたというのも理由でしょう
もしかすれば、人は争いに飽きたのかもしれません
平和に飽きるその日まで、今だけは平和で在り続けよう
そんな意地があったのかもしれません
では、その平和は何故崩れたか?
人の手によって作られた平和は、誰の手によって壊されたのか?
決して、人が悪い訳ではありません
木に落ちる雷のように、悪人の善意のように、神の戯れのように、厄災は降り注ぐ
たった、それだけのお話なのです
※※※※※※※※
本を閉じる。
何度も何度も読み返した、プロローグ。
長い長い苦しみと、人を焦がす冒険譚の始まり。
彼女にとって、こんなにも引き込まれた物語はない。子供向きの童話であるにも関わらず、心に残り続けた理由を、彼女はなんとなく自覚している。
皮肉と嘲笑の上に、この感動は成り立つのだ。
この先の展開も含めてそらんじられるほど読み込んでも、その根底は変わらない。
読んでいて楽しかったのは、昔のことだ。
今となっては、憎しみの方が近い。
「…………」
いつもと同じだ。
床に敷いた魔法陣の上で、心が死に続ける。
自分の中の世界が既に終わってしまった事を見せつけられて、とても憂鬱だ。
毎日毎日、飽きもせず、苦しみ続ける。
救いを求めた時期も、支えを作ろうとした時期もあった。だが、どれも結局は、暗い闇に呑み込まれて消えていったのだ。
絶望によって死んだ世界の中で、彼女は一人耐え続けてきた。
「…………」
痛みも、苦しみも、もう慣れた。
人を寄せ付けないようにして、誰にも頼らないようにして、役目を果たそうとしてきた。
もう、何も期待していない。
もう、何も信じてはいない。
無駄と知りながら、惰性で抗う事を選び続けるだけの日々だった。
だから、
「嗚呼……」
涙など、とうの昔に枯れ果てた。
救いを求める声も出尽くした。
継承されたソレは、人を憎むモノなのだ。
人が抱えて無事なはずもなかろうに。
いったいぜんたい、どうしてコレを抱えてしまおうなどという思考回路に至ったのか?
問いただせるなら、そうしている。
最初の一歩さえ間違っていなければ、もっとマシな形になれただろうに。
「皆、死んだらいいのに」
ソレを抱える彼女は、言葉にすら力が宿る。
もしも今の呟きを誰かが聞いたなら、耳から血を流しながら発狂死していただろう。
だが、溢れた呪いは、魔法陣に阻まれる。
際限なく溢れる呪詛を、浄化し続ける。
彼女は、浄化の速度を上回らないように、溜まった鬱憤をゆっくりと吐き出していく。
ただ平穏に暮らしている者たちへの妬みが、輝かしき生を謳歌する者たちへの憎しみが、踏みつけられた者たちへの怒りが。
形を為して、死を撒き散らそうとする。
「死ね、死ね、死ね」
本の中のように、助けてくれる英雄は居ない。
高め合い、助け合うライバルは居ない。
周囲の人間は、ただ恨み辛みをぶつけるための、都合の良い装置だ。
全てが、呪いのための生贄だった。
あらゆるものに対する仇花として、育てられた。
「死ね、クロノ・ディザウス……」
そんな彼女、リリア・リブ・ロックフォードは、あらゆる存在を嫌悪する。
その中でも、彼は特別。
自分と『同族』であるクロノ・ディザウスだけは、殺さなくてはと強く思っている。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます