第38話 エピローグ いつか皆でお茶会を


 クソだね、クソ。

 ホントにかったりぃわ、クソッタレ。


 だってさあ、あんだけ長いこと仕事してさあ。

 こんだけ七面倒なことしてさあ。

 手に入ったものが少なすぎるよなあ。


 あの時、ボクはクロノくんをボコボコにした。

 そりゃあもう、めちゃくちゃにしてやった。

 蟻を潰さないように本気の本気で手加減して、針の穴に針を通して芸術品作るくらいに慎重に戦った。

 別に肉体的には疲れてないけど、本気で気疲れしちゃったわ。

 マジでキツかったよぉ。

 何が悲しくてあんな雑魚に気ぃ使わなきゃならんのさあ。

 

 で、その報酬は、お菓子と紅茶。


 もっとボクを敬え!

 もっと報酬を寄越せ!

 別に何が欲しいとかは無いんだけども!


 我ながら無欲すぎて笑う。

 こんなに求めるものが少ないとか大丈夫か?

 体はこんなに若いのに、本当に精神は枯れ果ててるなあ、ボクって。

 性欲歯まだしも、食欲と睡眠欲まで無いとか、どうすりゃあボクは人生を楽しめば良いんだ?


 ……いや、もう全部楽しみ尽くした後だったか。


 まあ、それは良いや。

 昔のことなんて思い出しても良いことがない。

 普通、人間は未来を見るものだからね。

 だって、その方が建設的だし。

 


 じゃあ、建設的な事も少しだけ話そう。

 クロノくん、かなり『神気』が馴染んだね。


 ボクだって、好きで彼をボコしたんじゃない。

 ずっと言ってるけど、沢山『神気』を使ってもらって、慣れてもらう必要がある。

 それを何度も何度も繰り返して、神様になってもらうのが目的だ。

 その進捗だけど、今はとても順調。

 あの時、クロノくんは攻撃や防御、逃走、あらゆる行為に『神気』を使用していた。

 かなり馴染んでる証拠さ。前の時は、使った瞬間に半死になってたのに。


 正直、ちょっと引くよね。

 あの一回で、力の核心を掴んでるってことだから。

 神の器だから天才的なのか、天才的だから神の器足り得たのか。

 ボクは関わってないから分からんなあ。

 今度暇潰しに聞いてみるのもアリかもしれん。


 クロノくんの成長は、実際素晴らしいよ。

 親和率で言ってみたら、初めて会ったときがゼロパー、キメラ事変で三パー、今で五パーくらいかな?

 まだそれだけかい、ってなるかもだけど、コレって凄いことだからね?

 あの『神気』に親和出来てる時点で、一パーセントでも前人未到なんだ。

 正直、いつどこで終わっても最高記録さ。

 教団としては初めての成功例だし、次も創れる保証もないから、何としてもそのまま神にしたいみたいだけど、現状でも十分だとボクは思うね。

 

 最悪、死体さえ回収出来ればいい。

 再現は難しいかもだけど、手がかりは見つかった。

 次に繋がらないなんて事は、決して無いんだ。

 他の連中はもっとやる気だからこんなの言ったら怒るだろうし、喋んないけどね?


 今回の奇跡だって、何百年も待った末のものなんだ。

 奇跡っていうのは起こすものっていうじゃん? この奇跡も、勝手に起きたんじゃなく、途方もないトライアンドエラーから生まれたものだ。

 皆頑張ってるんだし、そりゃあ百年単位の時間があるんだから、いつかは出来るわな。

 だから、ダメだったなら、また何百年でも待てばいいと思うのはおかしいかな?


 人間としての視点が離れてしまったのか、それとも、人だからこそ諦めないのか。

 バランスがなかなか難しいな。

 いつかクロノくんにも同じようなことが起きるかと思うと、ゾッとしないね。

 そうなったら、ボクがケアして人から離れないようにしないと。『神気』を使ってもらうには、人の負けん気が必要だからなあ。

 絶望して、自分の力にすがるようにも出来るかもだけど、現状みたいに『誰かのために』みたいなポジティブな理由で力を使わせる方がリスク少ないし。


 …………


 ボクって意外と周りのこと考えてるよなあ。

 あんま興味のない事のはずなのに、何故こんなに熱心に解析してるんだろ?

 はーあ、自分の嫌なところ見るってダルいなあ。

 理解し合えない人が居るって、面倒だなあ。


 つくづく、ボクは他の皆とは意見が合わないって分かっちゃう。

 表面的なものじゃなく、根本的に。

 人とヒトモドキの差がコレかぁ。幸薄ちゃんのこと、笑えないよ。

 だって、ボクが普通に振る舞ったら、絶対ろくな事にならないんだよなあ。

 最悪、組織が分裂することになるかもしれん。デカくなった弊害キタコレって感じ。だから、和を保つため、ボクが気を張らないといけない。自分をある程度は律さないといけない。

 それでもボクのことを目の敵にしてるけどね。

 まあ、マシなケースと考えよう。ボクが共通の敵になったから、協力してクロノくんも作ってくれたことだし、結果オーライって感じです。


 さて、



「教主」



 一月半ぶりくらいだったっけか?

 久しぶり、でもないなあ。

 下手したら十年くらいは会わないし、このくらいで久しぶりもないか。

 でもなんか、時間が空いた気がするなあ。

 これまでみたいなめちゃくちゃ薄い時間じゃなくて、濃密な一月半だったからか。

 うん、人間の心理は不思議だ。もうほとんど、人間辞めてるけども。



「教主、ボクだぞ」


「―――――――」



 しまったな、か。

 好きだよなあ、本当に。

 懐古主義も極まったらこうなるんだから、ビックリするわ。

 まあ、お楽しみ中悪いけど、今日の所はボクの方を優先してもらおう。



「起きろ、アホ。ボクこそ最優先事項だろうが、このムッツリ野郎め」


「――――――――――!!!!!」



 軽くビンタしたつもりだったんだけど、反撃モードに移行しちゃった。

 でも、こんくらいなら大丈夫。

 ボクに利く類の魔法じゃないし。

 教主は他の雑魚どもとは違うから、かなり気張らないと駄目だけど、無理する範囲じゃない。



「おい、起きろ、■■■■■! お前の大好きなお茶会の時間だぞ!」


「!!!!!」



 今度は強めに頭を叩いてみる。

 流石に寝相悪いな。

 次でも起きなかったら一回頭潰してみるか?


 ……お?


 ああ、潰さなくて良かったらしい。

 流石に友人のスプラッタは見たくないし、良かった良かった。



「ア、イン……? 私は、」


「見事に寝ぼけてたな、■■■■■。夢見が良さそうで何よりだ」



 機嫌悪そー。

 まあ、コイツが見る夢なんて悪夢しかないしなあ。

 あ、頭さすってる。状況を呑み込めたようで何よりだ。

 そのおかげで余計に機嫌悪そうだけど。



「……ええ、暴力でしか物事を解決できないバカな友人のお陰様で」


「どういたしまして」



 こんな優秀な友人に恵まれるなんて、君の幸運には思わず嫉妬しちゃうなあ。

 上等な椅子にふんぞり返ってられるんだから、楽でいいだろ?

 


「……貴女には、クロノ・ディザウス監視の任があったはずですが。サボりですか?」


「今日だけだよ。それに、エセ神父が代わりに見てるんだから、別に良いだろ」



 穴なんて無いさ。

 今日は休むって、そう決めたんだ。

 もうボクが決定したんだから、覆せないぞ?

 ボクに振り回される事を光栄に思い給えよ。



「はあ……では、何故貴女がここに? 無理矢理作った休みを利用してまで、何をしようというのです?」


「コレだよ、ほら」



 空間にしまってあった、テーブルを取り出す。

 椅子は教主の分が既にあったし、ボクと、もう一人分だけでいい。

 あと、混ざらないよう、壊れないようにしてたティーセットね。

 カップ三つ、クリーマー、ティーポット、ケーキスタンドやらやら。

 全部幸薄ちゃんに見繕ってもらったやつ。

 こういうのって良くわかんないけど、なんか、そこはなとなく良いよね!


 茶葉は完璧に密封してる。

 ティーポットに入れた瞬間、スゴイいい匂いがした。



「これは……」


「お茶会。お前、好きだったじゃん?」



 熱湯入れて、三分蒸らすんだっけか?

 ケーキスタンドにそれっぽくお菓子置いて、ティーカップを椅子の前に置いて。

 あと、することある? 無いよね?


 …………


 じゃあん! 完成!

 辛気臭い場所だったけど、なんか華やかになった気がしない?

 ボク主催のお茶会。

 これで合ってるかは知らんけど、まあ良いっしょ。



「……お茶会」


「やってなかったじゃん、最近?」



 懐かしいなあ。

 ボクに品性を身に着けさせるためとか言って、無理矢理こういう貴族的なマナーを学ばせようとしてきた。

 コイツ、昔から神経質だからなあ。

 昔のボクなんて、ほとんど獣だったのにさ。

 


「……貴女も懐古に目覚めましたか?」


「たまに昔を懐かしむくらいは普通にあるさ。度が過ぎてるお前と一緒にするな」



 神経質過ぎるんだよなあ。

 真面目で、誠実で、完璧主義すぎた。

 もっといい加減に生きて良いのに、手の抜き方が分からなかったんだ。

 なーんて哀れな奴だろうか?

 そんなだから、■■にバカにされるんだ。


 …………



「あ゛あ゛もう、鬱陶しい! 『存在封印』解けよ! 目の前に居る奴の名前も呼べないとかストレスなんだが!?」


「それは出来ません。解くのは、目的を達した時。そう決めましたので」


「自分に縄かけるのにハマるとは。とんだ変態が身内に居たもんだよ」



 なんとでも言えってばかりに肩をすくめるんじゃあないよ。

 本気でしばいてやろうか?

 やっぱスプラッタ映像流すか?



「はいはい、好きなように言いなさい。ですが、」


「?」


「何故急にお茶会などと? 貴女、堅苦しいのが性に合わないといつも言っていたでしょう?」



 まあ、そうなんだけどさ。


 うん、分からんけど、取り敢えず淹れてみるか。

 大体こんなもんでしょ。

 ちゃんと三人分、カップに注いでやる。

 このバカのためにセットを用意して、お茶を淹れて、前に差し出してやるなんて、なんてボクは優しいのか。

 感謝して咽び泣け、バーカ。

 

 


「良い茶葉が手に入ったんだ。なんか、昔、お前が用意したのに似てる気がしてさ」


「…………」



 優雅に飲むなあ。

 さっきまで寝ぼけてたのに。

 ボケ老人手前みたいな痴態だったのに、そんなで誤魔化せるとでも?



「良かったのは、茶葉までですね。昔、貴女に施した教育は無駄に終わったようです」


「せっかく用意してやったのに、この言い草よ」


「味覚は鋭くとも、舌に繊細さは宿らなかったようですね」



 うざ。

 何だよ、別に変わらんだろ?

 多少屋敷で淹れてもらったのと誤差はあるけど、セーフだろセーフ。

 細かい奴だなあ、マジで。



「これでは、■■も文句を言うでしょう」


「いーや、■■はボクと同じでこんくらいならセーフっていうね!」



 ……はあ。

 お互い、黙ってしまった。

 ちょっとしんみりしちゃったな。

 懐古主義じゃあないけれど、昔が楽しかったのは本当のことなんだし。

 だから、つい、ね?

 本音を漏らしてしまうのも、しょうがない。



「また、三人でバカやりたいね」


「…………」



 仕方がない、仕方がない。

 この感情は、止められない。

 もう終わった物語を、一体いつまで追いかけるのか?

 そんな虚しい事を考えてしまう。



「そう、ですね」


「…………」



 …………


 うん、無駄な事を考えたよ。

 感傷に浸るなんて、変になったのかな。

 昔のことを思い出す機会が出来ちゃったから、つい、ねぇ。

 本当に、つい、さ。

 


「私も、そうなることを願いますよ」



 でしょうね。

 もう、止まれないもの。

 


「さて。ボクじゃあお前を満足させられないらしい。これは、もう出直すしかないな」


「もう、行くのですか?」


「お互い忙しい身でしょ? お前の鼻を明かすくらいはしたかったけど、まあ出来ないならしゃーなしだし、いいや」



 かなり休めた。

 やり取りは少なかったけど、心は回復した。

 報酬としては十分だ。

 現物はお茶会一回分の材料くらいだけど、それで思い出を共有出来るなら、それでいい。

 ボクはコスパが良いからね。

 これで、五年は不眠不休で働けるな。

 思い出っていうガソリンでこんなに有能な仕事をしちゃうなんて、ボクはなんて有能なんだ。五分未満で五年分をチャージ出来るんだから、ボクよりエコな機械はないよ。

 ボクが心安らぐ時は、やっぱりここにしか無い。


 ……偶に昔を思い出して語るだけで、ボクはもう良いんだけどなあ。



「待ちなさい」


「……何だよ?」


 

 また小言か?

 仕事に戻るんだから、気持ちよく送り出し……



「そこに座りなさい。貴女の雑すぎる行動を矯正して差し上げます」


「はあ?」


「マナーを叩き込んであげましょう。昔のように、ね……」



 …………


 まだ、話足りない事もあるか。

 そりゃあそうだ。

 ボクらの過去は、語っても語り足りないくらいあるもんなあ。

 昔のことを喋るのは、楽しいもんなあ。


 うん、仕事があるけど、まあいっか!

 エセ神父には後で謝っとこう!

 


「仕方ないなあ! とことん、付き合ってあげよう!」


「また■■と会う時、恥ずかしくないようにしないといけませんから」



 また、ね。

 また、いつか三人で……



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