第112話 夏イベ 第二幕
ボクらは、かなり人間離れしてるんだよね。
そんなん知ってるわって思うかもだけど、まあ聞いて欲しい。
普通に奴に出来なくて、ボクらに出来る事が新しく知らるんだーくらいに思っててよ。
ちょっとした雑談ね。
……こほん。
本来、水中活動って魔法使いが加護を与えなけりゃ出来ないんだよねー。
身体能力をいくら強化しても、息を止めながら運動するのに限界のリミットは、長くて十分って所だ。
理由は簡単で、身体強化を使いこなせる奴の少なさだよね。やっぱり身体能力に深く関わるから、筋肉とかを意識する奴は多い。けど、やっぱり、何十時間も呼吸を止めて問題ないって、人間のスペックじゃどんだけ強化しても不可能なの。クジラでも二時間とか無理なんだから。
つーかそもそも、強化する時に内臓とかまで気を回せる奴って、もう天才しか居ない訳よ。普通、皆フワフワしたイメージで成り立たせてるんだし。そこをいきなり意識したら、崩れるんだよね。ゲシュタルト崩壊ってやつ。
でも、ボクらは水中で行動しなきゃいけない。
しかし、やっぱり何時間も潜るのは無理。
そこでボクら『人間辞めてる』組は、自分の体を変化させる。
空気が必要なのは、
ボクとアリオスくんは、肉体の多くが『星霊』になってる。
呼吸なんて必要としない
クロノくんは言わずもながだよねー。
彼もアリオスくんとほぼ同じ状態だ。
なりかけの彼は、今や半神半人の存在。彼が意識さえするなら、彼はもう呼吸なんてしなくていい。
何かをしなくちゃ死ぬ神は、この世界には居ないんだ。
まあ、この雑談を通じて何が言いたいんだって話だよね?
いや、特に何でもないんだよ?
引っかかってる事っていうか、不満っていうかね?
水の中に潜る陣営の中で、一人居るじゃん。ボクらみたいに呼吸を克服出来てない、軟弱者がさ。
だから、
「お前も同じことをしろ。水の中で動くのに、他人の手を借りてどうする?」
「いや、おかしいから。無理なのが普通だからね?」
チャラ男よ、その志の低さはどうする?
もっと上を目指そうとは思わんか?
出来ない事が出来るようにならんと、強くなれないぞよ?
「無理なんてない。やらなきゃ出来ないだろ? じゃあ、やるんだよ」
「り、理屈が無さすぎるんだけど?」
ひきつった顔しやがる。
なんか、無茶苦茶言ったヤベー奴の相手してる苦労人臭が漂い始めてるな。
あーあ、このボクをヤベー奴扱いとは。命知らずだな。絶対酷い目に遭わせてやる。
「俺、おかしい事言ってないよ? アイン嬢が変だよな?」
「おかしいけど、アインには逆らえないよ」
「死にかけるが、効果は折り紙つきだ」
そうだぞー。ボクの言う通りにすれば、強くなれるんだぞー。
それに、やったら案外楽しいから。
一回効果を知ったら、もう病み付きになるから。
だから、一回ボクに殺されかけ……
「絶対やだよ? 頭おかしいからね?」
「消極的だなあ」
「……こんな時でも訓練なんだな」
あれ? 引かれてる?
いやー、でも、あれだよ? 結局、おかしくなるくらいやらないと、強くなれないんだよ。
二十四時間、一秒すら無駄にせずに訓練したなら、強くなれるやん。
「だって、強いのは良いよ? 強いと、何でも出来るようになるからねー」
「そんな事は無いんじゃないか?」
「強いとねー、食い扶持に困らないようになるんだよー」
おかしな事なんて何もない。
強い奴は好き勝手出来るし、弱い奴は砂利を食うんだよ。
昔は、もう世界全部が修羅の国だったし。
ボクみたいな意識高い系は、自然と強くなろうとしちゃうの。
ずっと海底を歩き続けてる。
上をみれば、日の光が乱反射して輝いていた。
周囲を泳いでいた魚を、手に取ってみる。
「ボクは君らに対して優しいけどね?」
「優しい?」
「いたぶるのを楽しむような鬼が?」
「冗談キツイよ、アイン嬢……ぐえ!?」
魚の首を、軽く切断した。
ボクの手刀は、ダイヤモンドくらい切れるし、魚程度なら訳はない。
血が吹き出て、赤色が広がる。
舌が肥えたのかね。口に入れれりゃなんでも一緒だって思ってたのに、不味いなんて思うようになるとは。
「強いと、飯に困らない。好きなことをしても咎められない。命を取られない」
「……それは、体験談?」
「そりゃそうさ」
クロノくんには話したけど?
土を食って飢えを凌いだ事は、一度や二度じゃない。
腹を満たせりゃ、あの時は良かった。
本気でクソみたいな時代だったけど、今となっては良い思い出かもね。
「生まれた時から強かったボクだけど、最強だった訳じゃない」
「…………」
「何回も死にかけたし、修羅場なんて君らの百倍は潜り抜けてきた」
別に、普通のことだ。
長く生きて、強くなる機会の多かったボクが、順当に強い。
彼らの参考になる、すげー体験とかがありゃ良いんだけどなー。
血みどろの闘争に引かれる未来しか見えん。
「君らにも、そういう体験をたくさんして欲しいんだけどねぇ」
「まさか、今回も何か企んで……?」
「うん。そう思ってたけど、全然ダメだわ」
気配がした。
この気色悪い感じをが、まだ誰もわからないのか。
皆、ボクの望む水準には達していない。
もっと彼らには、強くなって欲しいのに。
「あーあ、残念」
「!」
「コイツは……なんだ……?」
現れたのは、シャチっぽいなんか。
真っ白で、変な紋様が入りまくってるし、やけにデカイけども。
明らかにおかしい相手ってのは、見たら分かるらしい。
全員、瞬時に臨戦態勢に入る。
でも、
「ダメだ。雑魚すぎ。こんなんじゃ、修行にならない」
見かけ倒しだ。
おかしな気配に、直前まで存在に気付けなかった特異性から警戒したんだろう。
だけど、こんなの何ともない。
純粋に、生物としての格が低すぎる。いくら、あのバカヤンキーの力を取り込ませたとて、これじゃ話にもならない。
「おい、アイン……」
「見てな」
「■■■■■■!!!」
脚を振り上げる。
すると、シャチもどきの体が縦に斬れる。
後ろで待機の彼らも、流石にボクの力は分かってるから、これでは驚かない。
驚いたのは、別の所だ。
「おいおい、ありゃクロノの……」
クロノくんが使う、再生の魔法。
あれは、ただの回復じゃあない。
クロノくんを含め、極僅かな存在にのみ許された、瞬間的な時間操作。
死んでも自動的に発動してるあたり、仕掛けは簡単だな。
「よっわ」
頭を握り潰した。
ついでに、アレとの
シャチもどきは、力なく海に浮かぶ。
「アイン嬢、アレは……」
「気にしないでいいよ」
目的地が見えた。
あー、なんか納得だな。
こんな目立つ施設、陸に建てられるか。
いったい、どのハリウッド映画から飛び出てきたんだよ。
こんな近未来なスタイル、どこで仕入れた?
スゴい未来の建物な感じがする。
……アイツのセンス、どうなってんだよ。
「あー、さっさと行こう。早く、このお馬鹿イベント終わらせたい」
※※※※※※※※※
結構、その施設は広かった。
探しても探しても、終わりが見えん。
廊下は長いわ、部屋は多いわ、見つかる資料は難解な上に量があるわ。
多分、普通にやったら一週間かけても終わんない。
ていうか、この施設の中には水が入ってこないから、水着である意味もない。こんな変なところで、水着でウロつくとか、いよいよ変な人じゃん。
一刻も早く帰りたいから頑張ったけど、気になるところが探しても探しても出てきて、キリがないの。
ワケわからん資料見て、目も痛くなってきた。
だから、作戦変更。
ボクとクロノくんは見てもちんぷんかんぷんだし、取り敢えず集めるだけ集めて、頭脳労働担当の人たちに後でぶん投げることになったんだけど、
「ダルイ……」
あんまりにも、ダルイ。
多くて、果てしないんだよ。
ダルイから、もう雑談が始まってるんだよねー。
「教団の使徒は、なんであんなに強いんだ?」
クロノくんと一対一って、かなり久しぶりな気がする。
基本的にアリオスくんに付いてたし、それ以外はほぼ合同だからね。
彼を特別目にかけてるけど、彼だけに構ってあげてなかったな。
今さら気付いちゃったよ。
「…………」
「たった一人で、アイツは多分国を滅ぼせる。特異な力もある。どうすれば、ああなれるんだろう?」
特に、何かを意識してる様子はない。
本当の興味本位、ただの雑談だ。
ボクが適当なことを言っても、気にしないだろう。
「ああなりたいのかい?」
「……強さだけなら、なりたいかもしれない。俺も強くなったつもりだけど、まだまだ足りないから」
変な装置がたくさんある。
それを弄れば、色々と符号が飛び出てくる。
ボクらは、それを魔力で写しとり、溜まれば頭脳派たちに持っていく。
単純労働だから、口は止まらない。
「別に、面白いことはないよ?」
「少しでも、参考になれば……」
「普通に、努力しただけさ」
もうちょっと何かあるだろ、の顔すな。
お返しに、面倒くせぇなって顔してやろ。
「アイツら、最低でも二百年は生きてるんだ。その分、潜り抜けてきた修羅場の数が違う」
「…………」
「君らも才能じゃあ、負けてない。でも、その才能を磨いてきた時間も、質も勝ててない。そりゃ、負けるわ」
当たり前の事なんだけど、勘違いしがちだよね。
あんまりにもクロノくんたちの才能がスゴいから、もしかして、と思ったこともある。
でも、順当にやって、アイツらが負ける理由がない。
「じゃあ、どうすれば俺はアイツより強くなれる?」
「毎日しごいてるのに、足りないっての?」
「強くなりたい。誰よりも」
本気の目をしてる。
いくら凄んでも、引かない。
覚悟があるのは分かるけど、ねぇ?
ボクを、無限に強くしてくれるNPCだと思ってないかい?
「君は確かに強い。才能もある。でも、すぐにっていうのは無理だ」
「……なんでもするつもりだよ」
「そういう問題じゃない。これ以上負荷をかけても良いことがないから、言ってるんだよ」
魔法はあるけど、それはあらゆる不可能を可能にする力じゃない。
トレーナーのボクがこれ以上はオーバーワークっつってんだ。
止めておくべきだぜ。焦りは禁物さ。
「頑張るのはいいけど、それにかこつけて傲慢になってはいけない」
「…………」
「相手を認めなさい。アイツらは、かかしや人形じゃない。自分が世界の中心だと考えるほど、幼くはないだろう?」
結論、言うこと聞け。
敵だからって当然倒せるみたいに扱うな。
経験上、足元掬われるのは、こういうことを考えるようになってからだよ。
「……アインは、教団の肩を持つな」
「んー?」
「俺たちを見るときとは違う。すごく、なんていうか、対等な感じがする」
そんな風に見えてた?
確かに付き合い長いし、気を付けよう。
あんなアホ共を庇ってるとか思われるのも、普通に嫌だし。
「……君たちは、ボクが導いてあげてる子達だ。で、アイツらは、ボクの敵だ。ボクは、敵に対して、敬意を払っているつもりだよ」
バカはバカだって思うし、普通に侮辱もする。
でも、ずっと敬意は秘めてる。
彼には、わからないかもしれないけど。
「アイツらは、尊敬するところがあるのか?」
「強い」
「そりゃ、そうだけど」
「ちゃんと最後まで聞きなって」
分かってないなあ。
まだまだ、経験が足りてない。
若造扱いにむくれてる所が、君の若さを物語ってるよ。
「強い事に理由がないって、君は思ってるんだろ? でも、そんなことはない。何を犠牲にして、何を思って、何のために力を使うか。そんなことを、考えたことはないかい?」
「……それ、アインはあるの?」
「ない」
言ってて、無かったって気付いたわ。
だって、知ってるしなあ。
アイツらがある種の敵で、一定の敬意があるのも間違いない。
ただ、全部知ってたってだけのことだ。
嘘は吐けないし、多少好感度は下がったかもだけど、正直に言うよ。
「無いのかよ」
「無い。けど、それは普通、あるものだ」
ボクは、彼らが戦う理由を知ってる。
ボクが戦う理由も、ある。
何のために強くなったか、何のために力を使うのかなんて、誇れるものじゃないけれど。
でも、知っているから、ボクは彼らに敬意を払っている。
「相手だって、元とはいえ人間さ。悩むことも、苦しむこともある。敵だから、それは話の通じない化け物だってのは、あんまり良くない」
「……知る意味は、あるのか? 知っても、戦いにくくなるだけなんじゃ?」
「知ってるからこそだよ。そういう強烈な願いをくべてこそ、自分の願いは叶う」
残酷だからね、現実は。
何かを捨てなくちゃ、手にいれられないものは多い。
多分、世界ってやつはドラマを求めてるんだ。
コミックとか、ラノベみたいな、ああいう激熱な展開ね。そういうの無しに、ゆっくりスローライフなんて許されないのさ。
こういうの、ホント萎えるよね。
「それも、体験談か?」
「…………」
そうだよ。
だから嫌いなんだ、この世界は。
現実のくせに現実味がない。なんというか、強いてくる感じがして。
……そうじゃなかったら、今、こんなことになってない。
「怒ってる?」
「! いいや、怒ってないよ」
未熟未熟。
人に感情を悟られるとは。
いつもは、怒ってる時は怒ってる態度を取らないとダメだったのに。
おかしいなー? この四百年、心の中にしまった怒りを感じ取られるなんて無かったのになー?
「まあ、そんな感じだよ。敵だからって、侮っちゃいけない。全部、等しく生きてるんだ」
「……じゃあ、この施設は何だ?」
え、なに? 怒ってる?
なんで? 意味分かんないけど……
「集中したら、見えてきた。ここの、秘密」
「?」
「沢山の情報が読み解けた。中身は、魔法の実験の過程と結果。それも、人を使ってる」
あー、しまった。
普段は見ようとしないだけで、彼の眼ってそうだったわ。
でもまあ、ボクにはどうにも出来ん。
「俺は、難しいことは分からない。知らないことも沢山ある。でも、ここを作った奴らは、悪党だ。一秒だって生かしちゃいけない。そんな奴らが、俺と、仲間を狙ってる」
「まあ、そうだね」
「敬意とか、理由とか、そんなの、考えてられない」
クロノくんが正しいんだけどねー。
理屈じゃないっていうか、ボクみたいなおかしい人じゃないとダメなのかなー。
なんでこんな相手に同情するのかって、疑問に思うのは分かるし、知らん奴らよりも仲間の方がよっぽど大事なのも理解できる。
「何人殺してるんだ、アイツらは。悪いけど、理解できる気がしないし、したいとも思えない」
「間違いないね。アイツら、本気でクソだし」
舌出してやる。
やってる事は、本気で外道そのものだし。
それに関しては言い訳のしようもない。
「納得いかないよね。まあ、これはボクの話だし、君は気にしなくていいよ」
「……アインは、知ってたのか? アイツらが、何をしてたか?」
「そりゃね。随分暴れてるのは、分かってる」
「だったら……」
「でも、関係ない。誰が死のうと、利用されようとね」
ボクに味方は、世界で二人しか居ないけど、ボクの敵足り得る相手には等しく敬意を抱く。
冷たいかもだけど、そう生きてきた。
強い奴が好き放題できるっていう環境で、長く生きすぎたかもね。
「この施設を作った使徒、第三位『機械人形』は、時を操る。でも、時を操る事が出来るのは、基本的に人以外なんだ」
「……どういう意味だ?」
「どういう意味だろうね?」
不快に思わせて申し訳ない。
別に、強い奴らに食い物にされてる犠牲者が悪いとも、君が人間じゃないとも言いたいんじゃないんだよ。
ボクは、ボクの知っていることを、少しでもいいから君に伝えたかったんだ。
「あ、どこ行くのさ」
「大体、見終わった。最奥は、ここじゃないんだろう?」
あー、ちょっと怒ってるな。
他の二人置いてきぼりにして、先々攻略しようなんてらしくない。
うーん、困るは困るけど、付いてくか。
ボクが見てりゃどうとでもなる。
「何かを隠してたのは、見てる内に分かった。こっちだろ?」
「拗ねないでよー。危ないよー」
「……ここは、不愉快だ。早く終わらせたい」
あー、なんか見えたな、これは。
ボクの過去視は知ってるし、やろうと思えば出来るか、彼は。
そういう能力が、残念ながらあるし。
………………
むすっとしたクロノくんが、ずんずん奥へ進んでいく。
途中、仕掛け扉とか、パスワードロックとか色々あったけど、全部無駄だった。
クロノくん、どんどん深くなってる。
あらゆる秘密が、視た瞬間に解明されてる。
冷静じゃないのは明らかだけど、ボクは強く彼を止める理由がない。遅かれ早かれだし、彼に不信感を抱いて欲しくない。
だから、すぐだった。
ここが一番隠したかった場所に辿り着くのに、多分半時間もかからなかった。
最奥の部屋に、何が隠されてたか。
それを、クロノくんは目にすることになる。
「……本当に、不愉快だ」
厳重な術式で封印されたものは、萎びれた誰かの腕だった。
この腕の持ち主が誰なのか?
ボクは、ちゃんと知っている。
この施設を作った奴は、めちゃくちゃに趣味が悪いのは、分かってたからね。
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