第115話 夏イベ 第5幕
クロノの目は、あらゆる秘密を暴くことができる。
それは、秘めてさえいるのなら、クロノの意思次第で何でもだ。
今はクロノ自身、あまり積極的に覗こうとはしない上に、今は本人の力が不足しているが、その権能は限りなく強力だ。
どれだけ上手く、強く隠そうとも、その守りを紙のごとく打ち破り、確実に主が見たいものを見せる。
敵の能力、強さの底、果ては感情さえも。
クロノには、使徒の感情がよく見えていた。
怒りは、赤く見える。
魂の奥底から沸き立っており、根元は淡く、上に昇るほど濃い。
元々、怒りっぽい性格なのだろう。
怒りが先立ち、その後に理由と結び付く。アインへの怒りがよく目立つが、心の底に、深く、怖気がするような怒りがある。
殺意は、黒く見える。
怒りに結びつき、呼応し、強くなる。
しかし、それはアインに対する怒りにだけだ。
クロノにはそれが向かず、本気で殺すつもりなのはアインだけだ。
そして、悲しみは青く見える。
纏わりつくように、どんな時でもそれを忘れぬように。どんな苛烈な感情でも、消えることがないように。
この強い怒りや殺意すらも、いずれはこの悲しみが侵食してしまう。
まるで呪いのような、使徒の心を離さない、鎖のような哀愁だ。
最後に、覚悟は輝いて見えた。
血で穢れた水底の道も、一切の弱音もなく歩み続けるのだろう。
悲しみを背負い、先へ進もうとする姿勢は、クロノにはあまりにも眩しく見えた。
この先、自分の道を譲ることになったとしても、それで良いのではないかと。
あまりにも、この敵は劇的だ。
悲劇を持ち、強い意志を持ち、そのために邁進を重ね続けてきた。
果たして、これを退ける理由が自分にあるか?
ハッキリと、言葉にできない。
そして、そんな柔いことを考えている自分の弱さ。
嫌気が差して、仕方がない。
自分を責め、強さとは何かを考え、踠いているだけだった。
いったい、何をしているのか?
何となくで戦って、自分達のことしか見てこなかった。
だから、
「アリオス、ラッシュ……」
弱った姿など、死んでも見せたくなかった。
※※※※※※※※※※※※
「こ、これ、どういう状況?」
困惑した声を漏らしたのは、ラッシュだ。
居なくなった二人を追いかけた先で、謎の人物と戦ったいた。
確認したいことは、山のようにある。
「……使徒だ」
「なに?」
「使徒、第三位、『機械人形』だ……今は、アインが戦ってる……」
釣られて、視線をアインの方へ向ける。
どこがどう動いているか、まるで理解できない。
時間が飛ぶ戦闘を経験したことのない彼らには、到底見切れるものではなかった。
「う、嘘だろ……」
「でも、本体じゃない。神父より、弱いはずだ……」
「それで、今はアインが対応中か……」
どうにもならない相手だと、見れば分かる。
打ちのめされてしまうのも、仕方がないことなのだろう。
覇気のないクロノの瞳に、アリオスとラッシュも気付く。
何を思っているかは、窺い知れない。
「……それで、どうする?」
「?」
「どうにかして、援護だけでも。アインも、このままじゃマズイかもしれない」
アリオスの提案は、もっともだ。援護もせず、突っ立っているだけなど、許されるはずもない。
しかし、クロノは、言葉に詰まった。
使徒に挑むことに、忌避が生まれた。
恐怖によるものではなく、ただ、後ろめたかったのだ。
様子のおかしさに、どうしたのかとラッシュはクロノの顔を覗き込む。
「あれ? クロノ?」
「た、戦う。戦うよ。でも、俺がやっても、良いのかって……」
口にした、遠慮。
いったいこの場で、何が起きたのか?
クロノは、ただの実力差に怖じ気づくような使い手ではない。
クロノは彼らにとって、土台だ。
戦う理由で、優先される事象である。
ラッシュは、かける言葉も見つからない。
戸惑うラッシュに対して、クロノは言い訳めいた口調で語る。
「戦う理由も、志も、俺にはない……なのに、凄い目的を持つ奴らに、勝てるのかって……」
「こ、これまで、戦ってきたじゃん。どうして、急にそんな……?」
「視えたんだ。敵の決意が」
真意を、すぐに理解する。
クロノが特別な魔眼であることは、知らされていた。
どんな性能か、それは分かっていない。
だが、人の心を容易く見抜く程度は可能なものだと、予想はしている。
力の差が、如何ほどか。
心の差が、如何ほどか。
同じ視界を共有できないために、かける言葉が見つからなかった。
「……分かってる。命を取り合ってるのに、おかしい」
いったい、何故自分の体たらくを嬉々として語れるだろう?
クロノの背は、消え入りそうなほどに小さく丸まっている。
どんな言葉も、届かない。それほど遠く、どうすれば良いか分からない。
弱ったクロノは、ほぼ見たことがない。
ひたむきに、自分の縁を守るために、必死に戦う彼の姿しか知らない。
だから、
「っ!」
「立て」
アリオスは、弱いクロノなど知らない。
アリオスは、言葉などかけない。
アリオスは、自分の命をかける。
「見ていろ」
たったそれだけを口にすると、アリオスは、アインと使徒の戦いに、飛び込んだ。
止める間もなく、死地に、躊躇いもなく。
手を伸ばし、そして、無を掴む。
どうにもならないことに、絶望で顔が歪む。
そして、次の瞬間に、
「ごはっ!?」
血を吐きながら、アリオスが吹き飛ばされて来た。
打撲や切り傷が多くできている。
「おい、何、秒、経った……?」
「え、え? 一瞬だったけど?」
「なるほど。時間の流れが早いな。おい、ラッシュ、お前も来い。体験しないと、これは分からん」
「ひ、引っ張んないでー!」
何もかも、関係ないと言わんばかりに。
アリオスは、先へ先へと進んでいく。
そして、数秒後、またもや弾かれる。
血塗れだが、アリオスは先程よりも損傷が少なく見える。
「げっほ、ごっほ! な、何あれ?」
「背後の時計だな。あれの動き次第だ。もう一度やるぞ」
「クソー! なんでこんな目に!」
何度でも彼らは巨悪に立ち向かう。
命を賭けるだけの理由が、あるのか?
そんな問いかけなど、関係ないとばかりに、挑み続ける。
「……俺は」
理由をつけて、戦うことを先延ばしにしている。
自分の願いが一番などと、考えてはいまい。
しかし、自分の役割に対して、真摯に向き合っている。
「馬鹿だな……」
クロノへの、忠誠。
彼らは、それを精一杯やっている。
彼らの精一杯に対して、どちらが尊いとか、劣るとか、そんな事を考えるのは失礼極まりない。
「馬鹿だ」
言葉ではなく、行動で。
やるのなら、全力で。
これまで当然のように心がけてきた当たり前に、ようやく気付けた。
誰かが、心に問いかける。
これまで沈黙を貫き続けてきた
どんな自分になりたいか、と。
クロノの役目は、決まっていた。
何を目指しているのか、何を願いとするべきか。
「仲間が誇れる自分になる」
そのために、自分はどうするか。
決まっている。
まず、目の前の難敵を、打ち倒すことだ。
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