第114話 夏イベ 第四幕


 油断も慢心も、微塵もない。

 彼らがお互いを警戒しながらも、共通の敵を相手するので気を抜く暇もなかった。

 特に、暴れられる場所が狭いのだ。空間を拡張する術を仕込む時間もなく、戦闘を中断する理由は、目の前の敵に背を向けるリスクを上回らない。

 だが、出来れば被害は最小に抑えたい。故に、迂闊に壊すことも出来ず、繊細な戦いを要求されていた。

 難しくはあるが、彼らにはそれをするだけの技量はある。

 静かで、柔らかな立ち回り。

 なるべくして、彼らはそうしていた。

 

 一人を除いて。



「ぐ、は!」


「おい! おいおいおいおい!?」



 アインの拳が、クロノを捉える。

 真っ直ぐ近付き、右のストレートを振り抜いただけの動き。

 だが、その衝撃はクロノを駆け抜け、背後の壁にまで到達する。

 慌てて使徒がその衝撃を受け止め、殺す。

 危うく、外の景色が直に見える所だ。

 使徒は青筋を立てて叫ぶ。



「お前! 自分の立場わかってんのか!?」


「味方、俺、一応……」


「黙れ」



 問答無用なアインに、『言葉すら忘れたか、この獣』という表情が浮かぶ。

 傍若無人さに、閉口するのは何度目か。

 歯を食い縛りながら、目まぐるしく変化する戦況に対応する。



「軟弱者共め。戦闘中に余計なことを考えるな」


「あ゛あ゛!? てめぇ、ここにどんだけ貴重なデータが残ってると……」


「ここの捜索が目的……」


「戦い舐めんなよ。そんなくだらん事を言うなんて、もう懲罰しかないね」



 蝿を潰すかのように、掌を叩きつける。

 それだけの攻撃だったが、威力は同じように適当な訳ではない。

 受ければ地面にめり込む程度の威力がある。

 使徒は、それを魔法によって受け止める。



「狂犬がぁ!」



 時を司る使徒の掌は、叩く手を止める。

 振り抜かれる事はなく、直前で停止した。



「腹が立つぜ! 何でてめぇみてぇなクソが、こんなに強いんだよ!」


「理由なんて、必要か?」



 止められると同時に、使徒の手首をアインは掴む。

 ぐるりと使徒の体が反転する。

 アインは顔面めがけて、蹴りを叩き込もうとした。

 


「俺には、理由があったぜ。俺だけじゃねぇ。他の奴らにも、相応の、強くならざるを得ねぇ理由がなあ」


「自分語りか? みっともない」


「問いかけだぜ、クソが。そこの、ガキに倣ってなあ!」



 止まる。

 脚撃が、手刀が、掌底が、あらゆる打撃が、直前で止まる。

 使徒の周辺、しかも、使徒を傷付ける結果を巻き起こす攻撃だけを弾いていく。

 

 流れる。

 時を用いた、あらゆる魔法が、アインに届く前に消えていく。

 アインは、目の前の魔法の全てを捌く。

 術を乱し、魔力によって書き換えられた現実の指向性を変える。



「昔っから、てめぇが嫌いだったぜ! 大義もなく、ただ暴れて、俺たちの邪魔をする! 目の上のたんこぶだ!」


「へぇ……」


「なんで、てめぇが強ぇんだ! 放蕩三昧のてめぇが、なんでそこまで強くなれるんだ!?」



 クロノが、使徒の背後から斬りかかる。

 一応は味方のアインに配慮して、回避のタイミングが分かるように位置取りをした。

 位置取りをして、気遣いはここまで。

 アインごと斬るつもりで、攻撃した。



「俺は、特に納得いってねぇぜ」



 使徒は、クロノの攻撃を見向きもしない。

 フルオートで発動した魔法は、刃を使徒の体に触れさせない。

 クロノを後ろ蹴りで弾き飛ばし、問答を続ける。



「アホか。才能と努力だ。それ以外に、何がある?」


「気に食わねぇ」



 そんな中でも、アインは一切乱れない。

 飛び蹴りは、脚を掴んで地面に叩きつけた。

 捕縛目的の時間操作魔法は、容易く打ち消される。

 肉弾戦の裏で、数多の魔法が行使される。

 だが、そのことごとくを、アインは捌く。

 魔法は、世界の法則を一部書き換え、変化をもたらす技術だ。あらゆる変化を、アインは無かったことにする。



「気に食わねぇ、気に食わねぇ、気に食わねぇ! 誰も信じず、全部が敵でも味方でもないみてぇな、踏み込ませない態度が、気に食わねぇ!」



 クロノは、同じ時間操作の魔法で、使徒の防御の突破を試みる。

 でたらめなエネルギー量に任せ、とにかく力業で抉じ開けるつもりだ。

 しかし、



「「邪魔!」」


「!?」



 クロノの全力では、使徒の牙城は崩せない。

 恐ろしく強固な術式に、横入りする隙など無かった。

 術は弾かれ、無防備を晒す。

 さらに、アインはクロノの胸倉を掴み、横へ投げ飛ばす。



「ハッ! 構ってもらえないことがそんなに寂しいか!?」


「ほざきやがれ! てめぇの存在自体がムカつくってぇ話だよ!」



 喉を狙う。

 付き出した指が、使徒の喉の直前で止まる。

 目を狙う。

 直前で、動きが片腕ごと止まる。

 顔面を蹴りで粉砕しようとした。

 凍ったように、片足が動かなくなる。



「にぃ……!」



 返された拳で、アインは頬から血を流す。

 回避するにしても、かなり動きが制限されていた。

 避け切る前に硬直し、薄皮を裂かれる。 

 動きの悪さは、使徒による魔法だ。

 自身の敵となり得る存在の、時間の流れを阻害する。



「こっちを、見ろ!」


「あ゛ん!?」



 空間位置、転換。

 時間加速による瞬身。

 刺突は正確に、喉を貫こうとする。

 しかし、


 

「ぬりぃぞ、神の子!」


「!」



 攻撃が、通らない。

 その理由は、クロノよりも高い出力で、時間を停滞させているため。

 クロノを上回る力と、瞬時に攻撃の性質と、受ける場所を選び、対抗の魔法を仕込む技量なしには成立しない。

 力も技も、相手が勝る。

 それでもと、さらにもう一度クロノが仕掛けようとして、



「ボケが」


「!」



 脳天を踏みつけられ、クロノは地面を這いつくばる。

 口内を軽く切ったのを感じた。

 だから、すぐに、飛び散る血が自分の物ではないと察する。



「庇うなんざ、らしくねぇな! 痛みで覚えさせるのが躾とか言うだろ、てめぇなら!」


「ボクの痛みじゃ、ぬるいコイツは学ばない」



 弾き飛ばされた使徒と、片足のアインを目にして、固まる。

 クロノが顔を上げた時には、既にアインが自分で切り離されていたのだろう。

 そして、クロノを踏みつけた脚は、ミイラのように萎びていた。



「ある瞬間、効果範囲内の生物の時間を経過させる魔法のトラップだ。反応が小さすぎて、見逃しただろ」


「う、うん……」


「アホ。技もあって、感知能力もあるのに、こういう小手先の罠に引っ掛かるな。大きな武器を見せびらかして、小さい武器で殺るなんて、戦闘の常套手段だぞ」



 クロノがアインの脚を巻き戻す。

 アインは、クロノに目もくれない。

 痛みや恐怖といった、人が当たり前に持つモノが、いったいアインのどこにあるのか?

 こんな状況下でも、真っ直ぐに敵だけを見ている。



「ぬりぃ、ぬりぃ。ガキに囲まれて、腑抜けやがったな、クソヤロウ? ガキを庇ったとはいえ、攻撃を喰らうとはな?」


「…………」


「いや、そもそもだ。こうした方が、ソイツにとって効果がある? らしくねぇ。らしくねぇ。誰も理解しようとしない。自分の理屈だけが通れば良いっていうクソが、てめぇだろ」



 使徒の周囲に、無数の時計が現れる。

 秒針が緩やかに動くモノ、尋常ならざる速さで針が回るモノ、動かないモノ、逆戻ろうとするモノなど、様々な狂った時計だ。

 一つ一つに、異質な魔力を感じ取った。

  


「師匠面が上手くなったもんだぜ。スカした態度はどこにやった?」


「そういうお前は、お喋りになったなポンコツ。喋って、何を残したい?」



 使徒も、アインも、深い怒りを抱いている。

 クロノが思わず目を塞ぎたくなるほどの、強烈な感情だ。

 


「気に食わねぇぜ。世界が滅んだとしても、てめぇとだけは、やってけねぇ」


「こっちのセリフだ、アホ。まだ、エセ神父の方がマシだね」



 アインの脚が完治した瞬間、埒外の怪物たちは、敵は目掛けて飛びかかる。

 凄まじい速度のはずだが、空気を切る音すらしない。

 高レベルな肉弾戦と魔法戦は、先程と同じ。

 だが、クロノは、二人の動きを理解できない。

 


「時間の流れが、めちゃくちゃだ……」



 使徒の周囲の時計が動く度に、二人の動きはバグを起こす。

 虫が止まるほど遅くなったかと思えば、今度は本人たちですら制御できないほど速くなり、時には完全に停止し、気付けば時間が飛んだように状況が変わっている。

 様々な時間異常が、乱雑に巻き起こる。

 起こしているのは間違いなく使徒。だが、これで傷を負わないアインも、クロノは信じられない。



「化けモンがあ!」


「凡骨のくせに、よくやるなポンコツ!」



 クロノは、その死闘を、ただ見ていた。

 

 高いレベルの戦いに、付いていけない。

 横入りすれば、瞬く間に命を落とすのは明確だ。

 強くなれども、さらにまた突き放される。未熟さに、悔しさを覚える。


 さらに、この二人に対して、心で負けていたというのも理由の一つだ。

 敵の命に手を掛ける。

 それのみに没頭する、人離れした人間たちに、クロノは思わず怖気を感じる。

 戦闘が楽しくて仕方がない、暴力に慣れきった、クロノの理解の外に居る存在たちだった。

 分かっていても、醜悪な彼らの在り方に、嫌悪と恐怖を抱いてしまう。



「…………」



 怒りを覚えていた。

 命を何とも思わない悪人が、自分達を狙っていたのだ。

 だから、これからを戦うために、己を奮い立たせた。

 試練が待ち受けている。だが、それでも、恐れずに前へと踏み出さなくてはならない、と。


 しかし、結果はこれだ。


 想像よりもずっと醜悪で、想定よりもずっと願いは強かった。

 クロノの目にも、怒りや憎しみの他にも、決意と覚悟といった想いが視える。

 感情という曖昧な概念すらも視覚で捉えることが出来てしまうクロノは、ソレが自身の想いを上回るモノだと、気付けてしまう。

 心身ともに、己の上を行く。

 彼自身、形容しがたい複雑な感情が、溜まっていく。

 


「「クロノ!」」



 呆然としていると、背後から声がした。 

 そこには、二人の友が、クロノの後を負ってきていた。


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