第116話 夏イベ 終幕


 基本は、アインと使徒の一対一。

 そこに三人は横槍を入れる。

 アインごと、巻き込むように攻撃をする。

 どうせアインは避けるし、なんなら受け流して使徒だけが不利益を被るようにするだろう。

 大真面目に、アインすら殺すつもりで戦っていた。

 アインの言うように、ほぼ三つ巴の戦闘となる。

 使徒だけを殺したいアインと、クロノだけは殺したくない使徒、その両名を遠慮なく攻撃する三名の戦力は、釣り合った。 



「「あ゛あ゛!?」」



 怪物たちが、吼える。

 負った傷は再生可能だが、エネルギーを節約するために致命となるもののみを選んでいるため、全身生傷だらけだ。

 手負いの獣と呼ぶには、相応しい。

 恐ろしい獣性を発しながら、武をもって威を示す。

 かち合った拳の衝撃は、危うく、壊してはいけない施設を壊しかける。


 眼前の怪物への警戒が極大化する。

 その意識の隙間を、彼らは縫って出る。



「『熱衝雷』」


「「!」」



 真っ直ぐに走る、極太の雷。

 アインと使徒を巻き込み、人を容易く消し炭にする魔法が駆け抜けた。

 

 その刹那のことだ。

 

 アインは、使徒を蹴り出し、真横に吹き飛ばす。

 続けて、雷を掴み、蹴り飛ばされた使徒へと放り投げた。

 見事、使徒のみが攻撃を受けることとなる。



「ダボが! 誰がこの程度……」

 

「死ね!」



 だが、誰一人、攻撃を緩めない。

 起き上がることなど、想定以前、前提だ。

 カオス化した時の流れを纏う使徒に、大きな一撃がそう簡単に入るはずがない。

 一方、アインの、使徒の絶対防御の魔法を掻い潜る絶技は、威力や範囲に欠点を持つ。

 以上から、最も単純な使徒の攻略法は、



「『焔轟』」


「! 鬱陶しいぜ!」



 アインに合わせて、致命傷となる攻撃を通す。

 飽和的な攻撃が、最も有効である。

 そのための立ち回りを、三人は行っていた。



「チマチマと!」 



 徹底して、使徒の行動を邪魔する。

 後ろへ逃げれば、地面を崩す。前へ出れば、タイミングをズラさせる。

 アインという絶対の太陽の影から、何度も挑む。

 


「雑魚が! この俺に……!」



 アインが通した穴から、使徒の腕にナイフが刺さる。

 近づきすぎたラッシュが使徒に蹴り飛ばされるが、追撃する余裕は、使徒にはない。

 突き刺さったナイフは、猛毒が塗ってあるラッシュの虎の子だ。

 


「敵うと……」


「!」



 雷を纏い、剣を捩じ込む。

 皮膚を炭に変え、肉を焼き、骨を焦がす。

 無敵の防御を抉じ開けられるアインあってこそだが、その隙間を狙い済ます技は洗練され、練り上げられている。

 着実なダメージを与え続け、使徒を削る。

 使徒を相手に、彼らは完璧に立ち回っていた。

 

 ジリ貧なのは、使徒の方だ。

 押し込まれていく使徒には、着実にダメージが重なっている。

 逆にアインと三人は、余裕がある。

 互いの隙を互いで埋め合えるメリットは、とてつもなく大きい。



「思ってんのか!?」



 だが、使徒が膝を折るイメージが、まったく湧かない。

 時を戻すことによる再生ができる、というだけの話ではない。

 そもそもが、使徒はタフだ。

 いや、時を操るという特異性に釣られがちだが、難易度の高い魔法を瞬時に使い分ける技量、アインを相手に肉弾戦を続けられるフィジカルも、尋常なものではない。


 それは、長い時間によって練り上げられてきたものだ。

 弛むことのない努力の形が、今なのだ。

 使徒の強さの重みは、戦っている彼らが最も感じ取れていた。

 


「思うわけない」


「!」



 クロノは使徒の懐に潜り込む。

 アインよりも早く、真っ先に期を掴んだ。

 研ぎ澄まされたクロノの鋭い感覚は、時間操作という複雑な魔法ですら、介入を可能にする。

 カオスと化した時間の流れを突き進み、使徒の腹を抉った。

 


「思うわけない。こんな手強い敵を相手に、油断なんてしてられるか」



 忌々しげに、使徒は舌打ちをする。

 致命傷は即座に完治だ。

 そして、使徒と同じく、不機嫌そうなアインが一歩前へ歩み出る。



「良いところだったのに、邪魔が入ったね」


「……お前、ソイツに戦わせるつもりだったんじゃねぇのか?」


「あ……もういいわ。どうでも……」



 次の瞬間、消えたアインと、消えた使徒が、拳を激突させた。

 クロノすらも、これは見えない。

 方や、時間加速、停止、さらには身体強化に、クロノたちの知らない原理を用いた最速の攻撃。方や、脱力からインパクトまでを超速で行った、超加速。

 さらに一段、ギアを上げたという感覚。

 アインの、誰も戦闘に入ってくるなという意思と、横紙破りができるものならやってみろ、という挑発の意志があった。

 


「……! お前、そんな力!」


「おい、戦闘中に悩み事か!?」

 


 アインのエネルギーの絶対量が、増大していた。

 まるでような増し方である。

 戦闘は、迫力と速度を底上げした。

 だが、それだけの力を秘めながらも、外には一切破壊を撒き散らさない。


 アインの破壊の力が、完璧に肉体に封じられている。

 本当に凝縮された攻撃は、音や大気すらも呑む。

 数撃だが、それでも使徒は、打ち合った己の四肢に再生の魔法をかけている。

 


「お前、やりすぎだろ!」


「じゃあ、てめぇも本気だせや!」



 ぼんやりとしていられない。

 アインが押しているのに、それを指をくわえて見ている訳にはいかない。

 ラッシュとアリオスは、背後から挟み込むように剣を構える。

 正面のアインは、全てを無視して使徒だけに向かう。

 クロノは、死角、脳天から魔法と剣を携え、突撃した。


 すると、

 


「!」


「ははっ! ようやく本気か?」



 明確に、使徒の魔力の質が変化した。

 使徒に近付いたアインとクロノの腕が干上がり、萎れた。

 歪な時間経過は、先ほどよりも遥かに加速が進んでいる。

 世界に影響を与える強制力が、格段に増した。

 ここからが本番と言わんばかりの殺気が、辺りに漂う。



「クソゴミ野郎が……無駄な労力使わせやがって……」


「アイン!」


「気ぃつけろよ、こっからはボクとクロノ以外、絶対に近付くな!」



 理解する。


 本来、肉体に如実に現れた異常は、回復魔法で癒すことができる。これまで、クロノはエネルギー節約や難度の観点から、巻き戻しによる再生ではなく、治癒力を極大化する回復を多用し、事実として、それで事足りた。

 だが、今回のこれは、それではいけない。

 萎びた腕は、異常ではなく正常なものとして、世界が認めている。


 卓越した回復の魔法は、術者がイメージした元の姿に戻す。

 だが、それが通じず、正常と認めた星の判断は覆らない。術者のイメージすら否定して、他者でしかない使徒が決めた結果を確定したものとして、認めてしまっている。

 この不可逆に抗うためには、



(時間を直接巻き戻すしかない……!)



 正常を異常で塗り潰す。

 

 クロノは、萎びた腕の時間を全力で巻き戻す。

 それでしか、この呪いは解除できない。

 そうだと直感したし、クロノの目も、直感と同じものを感じ取る。

 アリオスとラッシュの接近を禁じたアインの判断が正しいと

 完治の後、クロノはアインを治そうと目をやるが、



「はははははは!!!」


「…………」



 不可逆をものともせず、アインは腕を治していた。

 原理が理解不能だが、真似できることではないのは確定だ。

 アレはもうそういう生物なので、考えるのを止める。



「アリオス! ラッシュ!」


「何をすればいい?」


「あいあい!」



 最も器用で、できることが多いラッシュに、真っ先に協力を依頼する。

 使徒の能力を掻い潜るには、何をするか?

 頭の中で真っ先に浮かんだことを実現するため、動く。

 クロノに視えた未来が成るかは、ほんの数十秒後のことだ。


 そんな彼らを置いて、戦闘は進む。



「―――――!」


「不可逆の、老化の術だぞ? ソイツが不老だろうがなんだろうが、俺のイメージを叩きつけるのに。何で、てめぇは何ともねぇんだよ」



 これまでの混沌とした戦闘に、さらに、老化の術の抵抗も行う。

 アインが力を一段上げなければ、とっくに潰れていただろう。

 局所的とはいえ、真に世界を思い通りにしてしまう、本物の術者たちのぶつかり合いだ。それが、こんなにも静かで、狭い範囲の中で行われること自体が奇跡なのだろう。


 周りを壊さないよう、巻き込まないよう、慎重に戦ってくれている。

 その気があったのなら、今頃海が割れていたかもしれない。



「シッ!」


「ガアアアアア!!」



 使徒の魔法は、魔法の前段階の魔力の時点で、濃すぎて人を殺せる。

 それだけの量のエネルギーを、殺人のために効率化している。

 特異かつ、強い効果を持つ魔法だ。

 怪物と呼ぶに差し支えない力がある。

 

 それを捌き続けるアインも、現在は使徒と互角であると言えよう。

 曖昧な概念を掴み、殴る。

 予知するかのように攻撃を見切り、対抗術を連続して使い続ける。

 四肢の届く範囲での戦いで、今の状態ですら、アインの右に出る者は居ないかもしれない。


 お互いが、お互いの得意を押し付ける。

 先に相手のリズムに呑まれれば負ける。

 そういう勝負になっていたが、



「!」



 アインの右拳が、使徒の頬を捉える。

 同時に、殴った右手が朽ち果てる。

 さらに再生、次は左脚で攻撃し、またもや朽ち果てる。

 

 破壊と再生を幾度も繰り返す。

 派手で、無骨で、驚異的。

 だが、決着は遥か先の出来事だ。

 

 二人の怪物の魔法は、世界への干渉は、極端に使用するエネルギーのロスが少ない。

 幾度繰り返しても、消費は微々たるもの。

 これなら、週間単位で勝負は続く。

 泥試合の果て、スタミナ勝負ならば、被害は最小限になるだろう。


 だが、せっかちな二人は、チマチマとした消耗戦など選ばない。

 

 

「『監獄』」


「『奇氣回壊』」

 


 目の前の敵を、恨みの限り全力で屠ることだけを考える。



「きっしょくわりぃ技だな。捕えた奴をその時間軸ごと封印とか、執念深すぎるぞ」


「それを、なんで力業で抜け出せるんだよ。死ね、害獣が」


  

 後先を考えない、大技で決める。

 それ以外の選択肢を、頭の中に用意していない。



「「―――――!!!」」



 極大のエネルギーが、形を成す。

 アインは使徒の動きに備えるが、次の瞬間、予想を上回ることが起きた。

 形ができたと同時に、もう、アインは縛られていたのだ。

 因果を無視し、必中する。

 いや、流れを無視して、


 使徒が操るものは、時の概念。

 この世界を構成する要素の中でも、最上位にあたるソレ。

 ソレを剣とし、盾とし、鎖とする。

 使徒が宙から掴み、乱雑に振るうソレは、時そのものだ。


 誰よりも時について研究し、触れてきた。

 本来、飛べるはずのない空を、無茶をして翔んできた。

 だからこそ、わかる。



「あ゛あ゛あ゛あ゛!!」

 


 時が、悲鳴をあげている。

 当たった『停止』を無視して、アインが暴れているためだ。

 縛られようが、何だろうが、アインは止まらない。

 暴虐の化身にして、技の神は、理不尽を理不尽でひっくり返す。

 半径約二十メートルの、狭い部屋。

 そこに、下手をすれば世界の崩壊を招きかねない力が暴れ、しかし、それでも外に漏れ出ないのは、アインの力の影響だった。



「喝!」



 使徒が時を操るのなら、アインは力を操る。

 あらゆるエネルギーの流れを受け入れ、溶けあい、結果的に支配する。

 小さな体に溜め込み、凝縮し続けた力の流れは、容易く抑え込めるものではない。


 無我の極致


 世界との一体化を果たすことのできたアインの器は、どんな力でも同等に呑み込む。

 そこに『力』が流れるのなら、それと同一化することができる。

 アインを最強の生物たらしめる、奥義のひとつだ。



「!」



 使徒の剣が、アインに

 神父のように、薄皮が触れた瞬間に回避すれば間に合うものではない。

 クリーンヒットの時間軸しか、存在しないのだ。

 使徒にとって都合の悪い未来は、一から百まで剪定されている。

 どんな方法を取っても、喰らう以外にない。



「が、はっ!?」



 アインの肉体に注ぎ込まれる『時』の形は、『劣化』だ。

 老い、腐敗、風化。様々な、死とその後に訪れる未来を引き寄せる。

 再生すら間に合わせず、即座に殺す。

 使徒の選んだ手段は、とても効果的だった。


 しかし、



「――――――――!!!!」



 半径二十メートルほどの、小さな部屋の中。

 そこに、如何にして、世界を滅ぼせるほどの力を収めるか。

 理由は一つだけだ。

 アインは、嵐すらも手中に収める。

 弾けようとも弾かれず、ただ回り、溜められ、荒ぶった力は、本来の主にすら牙を剥く。

 当然、剣が刺さる距離なら、その暴力は届く。

ひくか


「ぐ、オオオオオ!!!?」


「うう、ええ……」



 黒く淀んだ血を吐くアインと、肉体の六割近くが消えた使徒。

 三秒後、最低限を回復させた両名が、同時に立ち上がる。吐血すら止められず、ほぼ命を繋ぐためだけの再生だ。

 だが、痛みより、死の恐怖より、敵を屠ることを目的にする。

 


「『時獄道』」


「『杞憂』」



 爆発的な力が激突する。

 延々と続く一瞬を束ねた回廊と、横薙ぎの力の流れだ。

 拮抗し、空間が軋み、そして余波のエネルギーは、アインが受け取る。

 アインはさらなる攻撃を仕掛ける。

 

 使徒はそれに怯まず、大きく剣を掲げた。

 因果を無視したソレは、ゼロ秒で標的に当たる。

 魔法でいう詠唱や手印にあたる、儀式的な舞踊の一部だ。

 その後の攻撃をさらに強めるための、後押しである。

 アインに対抗するためには、それしかないと判断した。

 


「死、ね!」


「てめぇ、が、な!」



 三発目。

 エネルギー量だけなら、先の二撃を上回る。

 瞬時に叩き込んだために術を組めなかったが、破壊力は勝るとも劣らない。

 中に踏み込んだ者を粉微塵にする、恐るべき嵐が巻き起こる。


 さらに、四発目、五発目と続こうとした時、



「今!」



 号令と共に何かが嵐を突っ切り、使徒へと突き刺さる。

 使徒と相手との間に横たわる時を無視し、剣は主の敵を穿った。



「な……て、め……」



 使徒は、攻撃が飛んできた方角へ目を向ける。

 そこには、戦闘中、目も向けなかった三人が、へばっている姿が見えた。


 自身の体に突き刺さった剣。これは、クロノのものだ。

 時の嵐を打ち破り、届かせる力。

 大仕事をやり遂げた後を窺わせる三人。


 使徒は、すぐに察した。

 クロノが時間操作魔法への対抗を付与し、アリオスがクロノの力を借りながら超速で剣を投擲、ラッシュは繊細にそれらの補助、また、彼らに戦闘の余波が及ばないよう防御を行っていたのだ。

 アインの大きすぎる気配に、気付けなかった。

 いや、そもそも、この争いの中をまともに耐え抜いていたこと自体が誤算だった。

 

 目の前に、アインが迫る。

 乱れた使徒の時間の鎧を縫い、その手を心臓へと届かせる。

 そして、 



「おいおい、戦場で横槍入るなんて基本だろ。こんなの、クロノくんでも知ってるぜ?」


「…………」



 瞬間、使徒の内部が、徹底的に破壊される。

 言葉にならない暴虐が渦巻き、そして使徒の全てを蹂躙し、静かに消える。

 使徒は、詰みを悟った。

 消え行く体を自覚しながら、神の子に向けて、



「次会う時は、本体でだ」

 


 消える。

 使徒の体が、跡形もなく。

 あれだけの戦闘をしながらも、外に破壊は一切漏れない。

 激しくも静かな戦闘は、ひっそりと幕を閉じた。 

 


 ※※※※※※※※※※※



 とまあ、こんなのが夏イベの顛末だ。


 尊厳が大きく削られた気がするけれど、そんなのはもうどうだっていい。

 ボク個人の尊厳とかより、大事なことはあるからね。


 さて、今回の一連のゴタゴタだけど、結果としては七十点ってところかな。色々と想定外は起きたけど、プラマイで言えばプラスだ。

 マイナスは、教団の施設が一個使えなくなったことと、ある程度の情報漏洩、バカヤンキーのが押収されたこと。

 プラスは、クロノくんが強くなれたこと。

 七面倒なことはあったけど、クロノくんさえ良いのなら全部大丈夫。

 

 ボクらの最終目標なんだ。

 あのバカヤンキーも、多少のことは水に流してくれるだろ。

 という訳で、問題は特にはない。

 普通に濃ゆいイベントだったねってだけのことだ。


 あー、大変だった。

 戦いは楽しかったし、クロノくんたちも強くなれてとても良かったけど、大変だった。

 戦いの後、色々と見せた力に対してツッこまれたからね。

 追及はそこまでしつこくなかったけど、ほら、アホヤンキーとの戦いが良かったし。気持ち良く余韻に浸ってたのに、水を差された感じがしたんだよ。

 

 あー、大変だった。

 かったりぃこと根掘り葉掘り聞かれて大変だったー。

 誤魔化すの大変だったわー。

 


「いや、別に大変じゃなかっただろ。適当なこと言って、逃げただけなんだし」


「…………」



 ……隣のクロノくんが、ジト目で見てくる。

 猟犬みたいな鼻の利き具合だ。

 普通に話と一緒に姿も煙に巻いたはずなのに、なんで居るんだよ、コイツ?

 しかも、うるせーな。

 いつから、そんな口きけるようになったんだよ。

 頭が高いぞ、この野郎。

 


「何も言ってくれないんだもんな。あんなに凄い技? まだ隠してたなんてさ」


「そりゃ、言いたくないことの一つや二つあるし」



 ちょっとムスッとしてるクロノくん。

 まあ、分かるっちゃ分かる。

 こんだけ一緒に死線を潜り抜けてきたのに、まだ隠してることあんのかって。ボクの過去編とかまだしてないし、黙ってることが多いのなんて察してるだろうに、チグハグだね。

 うーん、子供だし、我慢も効かずに愚痴を言いたくなる時もあるかな。

 


「ごめんて」


「……もうちょっと、信頼して欲しい」



 子供だねぇ。

 まあ、ちょっとやそっとで情緒なんて育つものじゃないしね。

 


「信頼はしてるさ。君たちは、ボクの期待に応えてくれてるからね」


「期待?」


「頑張れば頑張った分だけ、君たちは強くなってるじゃないか。今回のこともそうさ」



 いっつも、しごいてる時は言う暇ないし。

 伝えられる時にちゃんと伝えないとね。



「目をかけた分だけ、成果がある。人と関わることを極力避けてきたから、本当に久し振りなんだ。人に期待したのは」


「……どうして、避けてきたんだ?」



 面白い話じゃないんだけどね。

 まあ、聞きたいなら、ちょっとだけ、触りだけなら別にええか。



「そりゃ、人は敵だからね」


「敵?」


「生まれた時から、ボクは敵だらけだった。周囲の人間、ていうか自分以外の全てが敵」



 ここくらいは前も言ったっけか?

 じゃあ、もうちょい話してもええか。



「行く先々で忌み子だなんだってね。人間を相手するのは早々に見切りをつけたよ」


「…………」


「魔物相手は、凄い良いよ? 勝った方は何しても良いんだもん。変な理屈でせせこましいことしてくる人間とは違う」



 一時期は、人に迎合しようと考えた。

 でも、無理だったんだよね。

 当時はガキだったし、そんなのが血塗れになりながら害獣駆除しても、怖いだけだわな。

 昔はめっちゃ治安悪かったし、あの時代で怪しい余所者とコミュニケーションは無理だったわ。



「俺たちは、ソイツらとは違う」


「知ってるよ。だから、期待をかけて、弟子も取った。生まれて初めてね」



 それでも、満足はしてくれないな。

 ま、彼が目指してるところからすれば、一合目くらいだろうし。

 真の意味で、背中を預けられる相手になりたいんだろうね。



「君の気持ちも、予想はできるよ。否定もしないし、優しい君らしいとも思う。だけど、ボクの気持ちも分かって欲しいなあ」


「…………」


「別に、嫌な過去を思い出すのがトラウマ的に苦しいって訳じゃないよ? 普通に、単純に、昔のことって話すの恥ずかしいんだよね」



 だから、これで引いて欲しいなー。

 嘘も偽りも誤魔化しもない、マジのマジの本心だぞ。

 本編初公開。素直なお願いだ。



「恥ずかしい?」


「間違いばっかりでね。成し遂げてきたことも、誇れるものが何もないんだ」



 本気で黒歴史なんだわ。

 できれば、箱の中にしまったままでいたい。

 だから、問われることも嫌なんだ。



「やり直せるなら、そうしたい。だけど、この世界のルールはそれを許さない」


「アイン……?」


「ボクの過去なんて、本当なら消して然るべきものなのさ」



 ボク、今どんな顔してるかな?

 無表情? 悲しい? 怒ってる?

 まあ、どれでもいいし、なんでも良いか。 



「だから、言わない。技も、奥義も、ホント黒歴史だし。できれば、使いたくもない」


「戦いで技を使う時は、イキイキしてるように見えるけど」


「使わずに勝てるなら、それが一番さ。今のトレンドは、一挙手一投足が最強、必殺技なんてなくて、動き全部が必殺なんだ」


「はははは」



 ナニワロトンネン。

 別に、イキイキなんてしてない。

 普通だよ、普通。

 ……クロノくんが、なんか言いたげな感じ出してきた。

 これは、茶化しじゃないな。

 


「……なあ、アイン。今までの全部が間違いだなんて言うなよ」


「全部が間違いだった」


「……間違いだと思うことの中にも、正しいものがきっと、」


「始まり方を間違えた」



 始めが間違ったなら、あとは言わずもがなさ。 

 まったく、我ながら無駄な四百年を過ごしたもんだよ。

 


「悔いがないとは言えない。でも、ボクは告解なんて求めてない。ボクの後悔は、ボクだけが持っていればいい。赦しは、要らない」


「…………」


「ひねくれ者でごめんね。でも、君が嫌いっていう訳じゃない。こういうタチなんだ」



 これは、納得しないでもいい。

 ボクの中で、もういいって決めてることなんだ。

 解決も、解消も、したくない。



「話すことが他にないなら、バイバイしよう。明日も、学校あるでしょ?」


「…………」


「じゃあね。またいつか、話す日が来るかもしれないし、それまで我慢しな」



 ここまで言ったら、もう良いでしょ。

 背中を向けても、追いかけて来る気配はない。

 じゃあ、ここら辺で夏イベも終了ってことで……

 


「俺は、いつかお前に並び立つ」


「…………」

 


 ……子供は、 生意気だね。考えも浅い。

 言われて嬉しいこと言われたからって、簡単に堕ちるかよ。


 

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