第118話 文化祭イベント 序
文化祭っていうイベント自体は知ってるよ。
学生の記憶って、マジで遠い過去だったけど、経験自体はあるわけだし。
色褪せて久しいものでも、無いよかマシだね。
ふんわりと良いものってのは、うーん、なんとなく。
ほら、文化祭ってアレだよね?
キャッキャウフフの、文化祭マジック的なのがあってどうたらこうたらでしょ?
あっち見たらカップルが生まれそうだったり、じれったい雰囲気があったりすんだろ。
なんか、ラブコメの三巻とか四巻くらいの内容だよね。
特別な雰囲気で、フワフワイチャイチャしたサムシングがどーたらこーたら。
ちなみに、ボクに甘酸っぱい思い出とかはもちろんない。
今となっちゃ、モノクロで画質ガビガビの思い出しか残ってないし。
思い出しても無駄でしかないわな。
で、だよ。
なんでいきなりそんな話しになったかなんだけどね?
あるんだってさ、文化祭がさ。
一応、学校に行ってる身だから、何かしらのイベントがあるんだとは思ってた。まあ、こういう普通のイベントがあるのも分かるわな。
できれば面倒くさいのはスルーしたいけど、ほら、クロノくんってトラブルメイカーじゃん? ちょっとでも目を離したら死ぬような目に遭うじゃん?
ボクが見ててあげないとダメなんだよなあ。
てなわけで、ボクは文化祭に参加しなくちゃいけない。
不穏な響きがするんだよな、文化祭。
なんか、校舎が大爆発くらいはするかもしれない。
とても、ボクは今不安だ。
何かしらの事件が起きるだろうと、根拠もないのに確信している。
一応毎年、どんなことをしてきたとかは聞いたよ?
漫画みたいに出店とか用意してー、とかじゃなくてね。貴族の祭りは、研究発表とかのお堅い場所とのことだ。論文とか、研究成果の発表会とか、そういう系のアレらしい。
危ないことはないし、なんなら、トラブルが起きる要素がない。
普通に考えて、まさか狂暴生物のキメラを造ったりとか、混ぜると危険な毒薬があったりとか、爆弾が仕掛けられてるとか、そういうことは起きないはずだ。
だっていうのに、なんだこの悪寒は?
いったい、これから何が起きるっていうんだ?
こんなに平和なことしか起きなそうなのに、というか危ない要素がないのに、なんでこんな心配しなくちゃいけないんだ?
クロノくん、本当にそういう星の元に生まれてきたとしか言いようがない。
何をどうしてもトラブルになるもん。
前回の夏イベから数ヶ月経ったけど、その間も大変だったんだから!
困ってるお婆ちゃんの荷物持ってあげたら、なんやかんやで秘密の山に封印された魔物を倒すことになったし。
出店で変なアクセサリー買ったら、なんやかんやで秘密の遺跡を大冒険することになったし。
いつも通り鍛練してただけなのに、なんやかんやで伝説のうんちゃらかんちゃらの黒い龍と戦うことになったし。
ビックリなのは、今言った面倒事が全部、うちの組織関係ないんだよね。悪の組織界隈があったなら、うちは最大手だと思うけど、他所が邪魔してたりする?
どういう確率でこうなってんの? なんかもう、怖くなってきたんだけど。一月か二月のペースで大事件が起きる呪いにかかってるな、こりゃ。
正直、彼らはもうボクが全部を見てなきゃなくらい弱くはない。むしろ、その強さに危うさを覚えるほど、彼らは強くなった。
英雄、それに迫るという意味は、決して軽くはない。
たった一人で、一国の運命を左右するほどの力だ。それが軽い訳ないし、大袈裟でもなく、普通にヤバいんだよ。
でも、それを上回る厄介事を引き寄せる性質があるんだよな、彼は!
うっかりで死なれたら、困るどころじゃない!
ていうか、どうして今の今まで生きてこれたんだよ、このトラブル体質で!
だから、メンドイけど、イベントには参加する。
言っちゃなんだが、絶対に何か起きる。
そういう訳だし、
「お前がちゃんと見張ってろよ、弟子」
「…………」
持つべきものは弟子だな。
ちゃんとボクの言うこと聞いてくれる奴が居なかったから経験無かったけど、便利だわ。
部下とか持っといたら良かったな。
「クロノくんは、本当に想像を絶する男だ。破天荒な道しか人生に用意されてない。強いのに、誰よりも死にやすい、そんな男だ」
「…………」
「生まれながらの英雄だね。平坦な道はとことん消されてる。転んだくらいじゃ死なないけど、転んだ後にどんなトラップがあるか分からん。ボクらでちゃんと見なきゃいかん」
腕を組みながら、唸る。
弟子は相変わらず仏頂面してるけど、ボクの言いたいことは伝わってるはず。
ちゃんと頭を働かせて生きてる人種だし。
「起きるとしたら、絶対に文化祭でだ」
「…………」
「この前みたいに、意味分からんのと戦うことになるとマズイだろ?」
反応がやけに悪いが、続ける。
別に無視してる訳じゃなさそうだ。
色々と悩みを溜め込むタチだろうし、他の考え事と並列で何か考えているんだろう。
「幸いなことに、お互い睡眠は卒業した。半分以上人間を辞めた化け物だ。文化祭がある二日間、寝ずに監視が出来る!」
「……ああ」
本当に今日は反応悪いな。
お腹でも痛いのか?
いや、流石にそれはないか。
自分の体くらい、上手くメンテナンスできるはずだ。
もしものために、その方法は教えたし。
「……これから、頑張るよー。頑張らないと、愛しのクロノくんが死んじゃうしー」
「……ああ」
ボクらは、怪物だ。
人を大きく上回る生命体に成っている。
そして、その変異による不調は、既に乗り越え方を教えている。
そしてそして、拒絶反応に立ち向かって打ち勝ったのなんて、一度や二度じゃない。
最近は安定してたし、おかしくなるとは思えない。
じゃあ、なんだ?
恋とかそういう感じか?
専門外だから、せめて肉体の不調とかで悩んでるにして欲しいなー。
「厄介事で、大勢の市民が巻き込まれるかもなー」
「ああ」
「毎回毎回、クロノくんにも困ったもんだね! 厄災ってクロノくんのことを言うんじゃないかな?」
「……かもしれないな」
あれー?
なんか、本格的におかしいな。
すっげーテンション低いんだけど?
いつもの感じなら、流石に鬱陶しがってムッとした口調になるのに。
「……師よ」
「どした?」
思い詰めてる?
すっごい真剣だけど、どしたんだろ?
まあ、真面目な子だし、どーでもいいことでもこういう風になるしなー。
あー、案外、クロノくんのことどう守るかとか考えてるかな?
完璧主義で、神経質な彼らしい。
ホントにクロノくんラヴなんだからー。
「クロノを守る必要は、あるのだろうか?」
………………
…………
……
は!?
※※※※※※※※※※※※※
クロノは、寂しさを隠せない。
人に囲まれ、愛され、忠義を尽くす人々が多く居れども、変わらない。
様々な想いを向けられても、心の穴が埋まる気がしなかった。
アリシアは、変わらぬ熱を。
リリアは、焔のような呪いを。
ラッシュは、穢れぬ敬愛を。
アインは、大樹のような庇護を。
凡人には受け止めきれない心を、彼は一身に受けてもなお、満たされない。
何故ならば、これまでに受けてきた心の一つが、欠けた故だ。
一月あまり、彼はアリオスに避けられていた。
話さず、近付かず、歩み寄ろうとすればそそくさと逃げてしまう。
自分が何をしたか、何で気分を害したかなど、分かるはずもない。
とりつく島もない状況は、クロノは初めてだった。
友情というものを、最初に感じた相手は誰か?
友人自体、できたのがつい最近のことなのだが、最も古い友が誰かと問われれば、クロノは彼を即答する。
様々な感情が、入り乱れている。
怒りや悲嘆、疑念、不安に苛まれる。
どうするべきか、分からなかった。
誰に聞いても、そっとしておくべきの一言だ。
クロノとて、理解はしている。
アリオスは思慮深く、理由なしに行動はせず、クロノに強い忠誠心がある。
その行動が、クロノの不利益に傾くことはまず無いと断じて良い。
だが、それでも不安だった。
何も思わず、動かずにはいられなかった。
だから、相手として適していないと知りつつも、新しい相談相手を探していた。
「アインー、どこだ?」
曲がりなりにも、経験豊富な人物だ。
当人の思考パターンなどがかなり片寄ってはいるが、マトモなアドバイスも稀にする。
マトモな思考回路である時と、そうでない時の差が激しすぎるため、後者になることを願いながらではあった。
「相談したいことがあるんだけどー」
アインの気配の薄さは、クロノの感知能力に引っ掛からない。
声をかけて、頑張って地道に探していくしかない。それに、近くに潜んで、頑張っている姿を面白がっている可能性もある。
なんにせよ、楽な道は用意されていない。
なので、地道に探していく。
「なあ、近くに居るんじゃないのかー?」
クロノは、そこまでしてでも、アインと話をしたかった。
正直、藁を掴む気持ちであるが、アインはアリオスのことを弟子と認め、気にかけている。それなりに真剣になって、有用なアドバイスができるかもしれないのだ。
クロノも、慌ててはいないが、焦ってはいる。
問題を解決するなら、早い方が良いと分かっているからだ。
あてもなく、フラフラと探し続けた。
その日の鍛練も終わり、全身疲労が限界まで蓄積している。
重い体を引きずり、見えぬ少女の影を追う。
あれだけ激しく動き回った後なのに、そそくさと消える、あの師弟の体力はどうなっているのかと思えてくる。
あちらへこちらへフラフラと進み、そして、
「―――――?」
「―――――」
クロノの聞き覚えのある声が、入り込む。
ようやく、目当ての人物に辿り着けた。
しかも、都合よく、アリオスまで居るようだ。
声が聞こえるギリギリの距離で足を止め、気配を消す。
アインには気付かれるかもしれないが、アリオスは分からないはずだ。
盗み聞きは多少良心が痛むが、クロノも形振りかまっていられなかった。
二人の会話に耳を傾け、
「……なるほど。それが不安か」
「ああ。俺が、俺でなくなっていく感覚がある」
途中から入ったせいで、話が見えない。
だが、だからといって回れ右をするつもりはない。
思いの外、彼らの真剣なトーンに驚く。
このまま聞いても良いものかと、少々迷いながら、
「良い兆候だ。君はまた一段と、人を辞めようとしている」
「…………」
「ボクも通った道だけど、すぐに慣れるさ」
なんと声をかけるべきか。
クロノも、自分ためにアリオスが身を削っていたことは知っている。
だが、その拷問にも近い努力を、横から口出しできない。いったい、誰のためのもので、これまでどれほど役に立ってきたか身を持って知っていて、さらにそれが、自分が選んだ道だからだ。
そして、
「変わらない確固たる自我。それしか必要ないんだ」
「…………」
「簡単だね。迷いさえしなければいいんだ。本当に大切なものを胸に刻む。たったそれだけで、リスクを踏み倒せる」
アインは、やはり軽薄に言う。
だが、クロノは態度に騙されない。
アインの傍若無人さは、もはや残虐ですらある。無茶などできて当たり前、無茶に無茶を重ねて要求なんて、息をするようにしてくる。
だから、『簡単』なんて単語に、意味はない。
つまりは、
「俺が、自分に負けた時は、どうなる?」
「君は君の手で、クロノくんを殺すことになるだろう」
高い確率で、アインの語るリスクは実現するということ。
アインは、まず嘘を吐かない。
なので、こうして断定的なことを喋るのは珍しい。
珍しい、殊勝である、つまり、隠すつもりがないということ。本当に、そういう未来が起き得ると思っている。
「これは、本当に君次第だ。ボクが横から何かしても、多分マイナスにしかならない」
「俺の信念だけが、頼りか……」
「そうだね。後悔したくないなら、死ぬ気でやりなさい」
アリオスが席を立つ音がした。
幸いなことに、距離がかなりある。
二人がクロノを捉えるまでに、離れ、隠れるのは簡単だった。
「…………」
隠れながら、考える。
アリオスはクロノたちとは別口で、鍛えられている。
その鍛練で、人とは異なるモノに成ろうとしているのは、クロノも視れば分かるのだ。
それが善しか悪しか、クロノが断ずるべきことではない。アリオスは、その力を守るために使い、誰かを虐げたりしないのだ。
これ以上は止めてくれなど、お門違いだ。
それに、これから先、強敵がやって来る。
彼の献身は、困るほどに役に立つ。
先を見通して事前に動く彼の行動は、非の打ち所がない。
かけたい言葉の全てが、潰される。
言葉を探す。
正解は、どこにあるのかと。
そして、
「おい」
「っ!?」
後ろからの声。
錆びた機械のようにぎこちなく振り向く。
「あ、アイン……」
「盗み聞きたあ、育ちが良いな」
全てお見通しだと、瞳が雄弁に語る。
「……知ってたんだろ。俺が近くに居たこと」
「そりゃもちろん」
「知ってて、あんなこと言ったのか?」
だが、もちろん、クロノにも言いたいことがある。
あんな秘密を、乱暴に伝えてきた。
わざわざ現れたのだから、追及されるつもりだったのだろう。
「もちろん。だって君、納得しないでしょ?」
「…………」
「教えてあげるから、その上できちんと考えな」
どういうつもりで言っているか、クロノもなんとなく予想できる。
心配なら、助けてやれ。そう、暗に告げているようだ。冷たいようで、何だかんだと弟子に助け舟を出そうとしている。
普段は少女らしさを感じない、気配と気迫の大きさが先行する。だが今は、見た目相応にしか感じなかった。
だが、らしくなさに、言い知れぬ不安も覚えた。
「人じゃなくなってるから、人間性が薄れてきてるんだ」
「……人間、性」
「星の使徒になろうとしている。当然、意識は星の意志に従う。そうなると、無意識レベルで星の敵に成り得る者を殺そうとする」
どれだけそれが深刻なことか、クロノには分からない。
けれども、並大抵のことではないと、察しはする。
「そして、彼は、その衝動に一生かけて抗っていくんだ」
アインは、ただ真実のみを語る。
クロノには、どうしようもない真実のみを。
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