第1話 いつの間にかと言われれば、なし崩し的にとしか

「貴女とこの組織を作り上げてから、長い時間が経ったものです」


 

 うん、それは本当にそうだよ。

 腕組みして考えてみるわ。ボクって今、何歳だったっけか?

 三百は絶対に経ってる、はず。

 五百年は経ったのか? なんとなく経ってないような気がする。

 ていうか、こんなん真面目に考える必要なかったわ。ボクは覚えてないけど、どうせコイツは覚えてるし。

 今のは質問じゃなくて確認、ていうより、独り言だわな。

 


「…………」


「四百と、二十五年に三ヶ月、六十と五日。私たちは、随分と遠くまで来てしまいましたね」



 朗らかに笑うコイツは、気味が悪い。

 笑った時の目尻のシワが、記憶にある時よりも深くなってる気がする。

 何ていうか、老いてるなあ。

 ボクとは違って、酷く劣化している。

 経年による劣化を抑えることは出来ているのに、歳を取ってるように見える。

 

 

「それだけ、時間が経ちました。目的のために、歩みを止めませんでした。ですから、そういうこともあるでしょう」


「…………」



 静かに、コイツは目を閉じる。

 ただ椅子に座っているようだったが、どことなく、祈っているようにも見えた。

 遠くへ、遠くへと。

 それは、とても堂に入っているように思える。



「導きのままに、ということなのでしょう。貴女の言葉を借りるのなら、『シナリオ通り』ということです」



 シナリオ、なるほど、シナリオか。

 確かに、その通りかもしれん。

 事実は小説より奇なりってアレ。今まさに奇の極限みたいな状況だけど、それはそういう運命でこうなったと。

 なるほど、なるほど。



「未来はたゆたうものであり、誰にも完全に予測は出来ない。つまりは、そういうことです」



 …………



「いや、どういうことだよ!」


「え?」


「『え?』じゃねぇわ!」

 


 アレでよく通じると思ったな!

 抽象に抽象を重ねまくって、本気で意味がわからんわ!

 どういう経緯でそうなったって聞いたのに、なんで返ってくる言葉がコレだよ!

 モノホンの天然野郎め!



「まあ、悪の組織という表現は言い得て妙と申しますか。私もこうなることは予想外と申しますか……」


「お前、お前お前お前!」

 

「悪の組織、ですかあ……」



 思わず胸ぐらを掴んで揺らす。

 何故こんなにすっとぼけた顔が出来るのか、本気で分からない。

 おい、おい、クソ教主!

 叫んでるから唾飛んでるのは分かるけど、露骨に嫌そうな顔してんな!



「確かに、私達の組織は殺人、誘拐、器物破損は勿論、違法な実験、人身や怪しい薬物の売買などなど、犯した犯罪は数知れずですが」


「それでよくそんな間抜け面できるな」


「成り行きでこうなってしまったので」



 ……はあーーーーー。

 もう、なんでこうなったんだ?

 組織の長がこんな間抜けなのに、なんで何百年も組織が破綻してないんだ?

 なんでこんなに組織の存在が上手く隠されてるんだ?

 あと、なんで他の連中は目的に向けてあんなに足並み揃えて進めるんだ?

 謎が謎を呼ぶなあ。奇跡のバランス感覚だわ。



「まあ、仕方がないと申しますか。火が付いた悪意は、止められないと申しますか……」


「その歯切れ悪い言い方止めれ」



 申し訳無さそうにすんなや!

 さっきから何を他人事みたいに『不思議ですねえ』って顔しながら首を傾げてんだよ!

 その首真横にへし折ってやろうか!?

 お前がそんくらいで死なないってことくらい分かってんだかんな?



「はあ、もう現実嫌だ……」


「瞑想は止めてくださいね? 貴女、一度瞑想すると五年は動かないんですから」


「まだ、ボクを働かせる気か?」


「それは勿論ですとも」



 ……まあ、コイツの言うことは聞くって決めたのはボクだけども。

 毎度のことながら、後悔しそうだ。

 悪の組織、もとい、ブラック企業だわ。

 年中無休で、低賃金のクソ環境だわ。


 

「ていうか、貴女は何も欲していないでしょう? ブラックも何も無いかと思いますが?」


「心読むな! プライバシーの侵害だぞ!」


「貴女、会議中も煩かったんですよ。思考に拭ける癖、出来れば私を想って改めてください」


「こ、コイツ……!」



 手足ぶち折って、その四肢でちょうちょ結びしてやろうかな?

 ボクの方が力は上なんだ。出来ないことはないと思うんだけども。

 あ、駄目だな。ボクが動いた瞬間に逃げる気だ。素知らぬ顔で、めちゃくちゃ準備してやがる。

 ここはコイツのテリトリーだし、不意討ち察されたら追い付けん。

 腹立つけど、暴力は止めよう。



「……もういいわ」


「おや、落ち着かれたので?」


「お前に何言っても無駄だろ?」



 この世の全てが、何者かに操られてるのだとすれば、だよ。

 ボクは今はコイツの掌の上ってことだ。

 そういう形から抜け出せないなあ。

 今も昔も、そんなもんか。

 


「そうやって、何でもかんでもすぐ投げ出すクセ。改めたほうがいいのでは?」


「いや、お前が言うな」


「貴女のことは、我が子のように思っています。そんな貴女が、そう懐疑的では……」


「だから、お前が言うな! 他のことなら構わんが、今は違うだろ! お前が原因なんだよ!」



 ムカつくぅー。

 いや、もう言っても仕方ないわ。

 そんなことより、



「はあ……ボクは、いったいいつの間に、悪の組織の幹部になったのかって話だよ……」


「おや、嫌なのですか?」



 嫌だわ。

 ただでさえ設定盛々の今なのに、なんでさらに設定を盛らにゃならんのか?

 ただでさえ、馬鹿みたいな肩書や、突きつけられたら恥ずかしくなる能書きがあるんだわ。

 嫌だね、今更そんなコテコテなの。

 だから、この世界は三流脚本家が書いたクソアニメよりも酷いんだ。



「…………」


「ですが、悪の組織の幹部と名乗るには、十分なことをしてきたでしょう?」



 ……ぐうの音も出ないわ。

 急に正論ぶっこむの止めろよ。

 でもさあ、



「それもこれも、お前の命令だけどね」


「ええ。だから、私は甘んじて受けましょう。悪の組織の、最悪のボス。一つ肩書が増えるくらい、今更ですし」



 変わったもんだわ。

 昔は、そんなこと言う奴じゃなかったのにさ。

 


「おっと。私は、貴女をガッカリさせてしまったようです」


「…………」


「ですが、人は変わるものですよ。変化は遍くモノにあるのです。ああ、貴女の悲観主義は、昔から変わりませんが。ええ、昔からね」



 悲観主義者で悪かったな。

 物事を悪いようにしか捉えられんのよ。

 一回変わっちゃったら、もう元には戻れない。

 コイツ、口ではボクのことをガッカリさせた、なんて言ってるけど、実際はボクを見てコイツが嘆いてるんだ。

 そのことを分かってて、皮肉ってる。

 性格悪いこと、この上ないわ。



「過去しか見れない懐古主義め」


「この世は全てが誰かの妄想と決めつける、貴女の空想主義に付き合っていられません」



 現実に起こったものを崇拝してる分、自分の方が偉いってか?

 てか、おい、目ぇ合わせろや。

 自分の言ってることに自信あるなら、ちゃんとその通りに態度で示しやがれ。



「四百と三十二年前からの付き合いだろ? ちょっとはボクに連れ回させろよ」


「四百と三十二年前から、四百と二十五年前までの七年。どれどけ貴女に振り回されたと思っているので?」


「…………」



 それ言われると弱いじゃん……



「貴女は、死ぬまで私に従う。そういう契約でしょう?」


「契約じゃない。ポリシーだよ」


「他人の思い通りになることが?」


「言わせんなよ、恥ずかしいだろ?」



 本当に、こういうやり取り好きだよな、コイツ。

 あ、でも自分がこういうの好きってこと、自覚してないんだろうなあ。

 昔から、とにかく鈍かったし。

 まあ、この鈍チンに何言っても無駄だし。

 ボクから言うことは何にもないかな。



「……貴女の不満も、理解はしていますよ」


「心は読めるくせに、まったく理解してない。分かったようなフリしてさ。お前のそういう所、嫌いだよ」



 うん、言うことはない。

 何百年かけても、変わらなかったし。

 もうちょい、自覚してほしいんだけどねえ。



「でさ、悪の組織ってなんか恥ずかしいから、やめてほしいんだけど」


「無理な相談です。ですが、『悪』もそう悪いものではないのですがね」


「『悪』は、悪いって意味だよ」



 マトモな感性してるんなら、悪いもんは悪いって思うよ。

 こんなに拗らせてるとはねえ。

 いっつも疲れてる顔してさ。

 本当に、もう少し前向きに考えられないものか。

 まったく、悲観主義はどっちだって話だよ。こんな後ろ向きな奴がトップとか、よく成り立ってるよな。



「我慢してください。我らの活動も、佳境なのですから」


「佳境?」


「貴女、興味のないことにはとことんですね……」



 ん? 何それ知らん。

 この四百年、進展なんかなかったやん。

 ボクが計画の中心ってことを聞いたのは、いつだったろうか?

 この悪の組織の、悪の組織らしい悪い目的のために、ボクの力が必要だとか、うんたらかんたら。

 でもまあ、最後の最後で果たしてもらう務めとやらを、ボクはずっと待ちぼうけている状態である。

 これまで、良い報告を聞いたことは全く無かった。

 それなのに、佳境?

 もしかして、見栄張ってる?


 

「何度か、ルシエルが言っていたでしょう?」


「あの幽霊女、声が小さいから分かんないんだよ」


「貴女が、聞いていなかっただけです」



 ウザっ!

 わざわざ指摘すんなよ。



「まあ、構いません。私達の組織自体、これまで所属して、悪の組織の幹部として活動してきたのに、今になってそれに気付いて我儘を言うくらい、貴女にとってはどうでもいいことでしょうし」


「悪かったな」


「なら、もう少し悪びれてください」



 いやー、悪かった悪かった!

 反省してるわ、マジで!



「ごめんごめん。許してください」


「もう、構いません。貴女とは、長い付き合いですから」



 やれやれ系か?

 流行らないぞ、皮肉屋は。



「これから、貴女に、任務を与えます」



 空気が変わる。

 混じりっけなしの、真剣そのもの。

 久しぶりに見たな、この顔は。


 本当にめっずらしい。

 ボクは基本、教主であるコイツの護衛(ほぼ名目上)しかしてこなかった。

 与えられた任務の数はめっちゃ少ない。四百年以上活動したけど、組織のために動いたことは数えられる程度だ。

 いや、別にボクが無能だから働かせてくれない訳じゃないよ?

 言っちゃあなんだけど、ボクはこの組織では間違いなく最強だ。

 コイツを除けば、他の幹部の連中が全員がかりで来ても勝てる自信がある。

 破壊工作なら、ボクの右に出るような人材は他には居ないよ。


 でも、皆はボクのことを無闇やたらには使えないんだよねえ。

 ボクは使い勝手が良いし、強い。カードとしては、間違いなく最上位。

 でも、この組織は、ボク無しでは目的が果たせないんだ。


 組織の目的を鑑みれば、ボクの存在の重要度は、まあ最重要に近い。

 だからこそ、万が一でも、失うリスクを負いたくはない。

 このボクに護衛をつけるなんて話が昔出たくらいだよ。ボクよりも強い人間なんて、一人も居なかったから一瞬で終わった話だけどね。

 

 本当に重要な局面以外では、動かせてはくれなかった。

 三百年前、コイツが殺されかけた時とか。

 二百年前、組織が滅びかけた時とか。

 百年前、世界に向けて喧嘩を売った時とか。

 最後の最後、本当にヤバくなった時以外、何もさせてくれなかった。

 

 だというのに、



「『越冥教団』第一の使徒、アインよ。貴女の行動一つで、我が教団の明日が決まると知りなさい」


「…………」



 はてさて、何を任されるのやら。

 国を滅ぼすくらいなら、他の連中でも余裕だ。

 ボクが動くのは、『人』の手に余るようなモノを相手にする時くらいだよ。

 モノホンの化け物相手なら、ボクとコイツくらいしか相手にならんし。

 まあ、何が相手でもバッチコイよ。

 ボクに勝てる化け物なんて、今の世にはボク自身しか居ないと思うけども。

 


「アイン」


「はいはい。どんな化け物相手でも、ボクがきちんと仕留めてや……」


「貴女、学校に通いなさい」



 …………ん?

 は? 聞き間違い?

 いや、え、は?



「は?」


「クライン王国の、国立魔法学園に通いなさい」

 


 あ、駄目だ。

 ボクのリーダー、ボケちゃった。



 

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