第2話 本当に知らない間の出来事だったわ


 クライン王国


 いわゆる、大国家だね。

 大陸の中でも有数の軍事力と、豊かな国土を持っている典型的な列強国である。

 気候は穏やかだし、国としての欠点はほぼない。

 当初、とある国の一領地でしかなかったにも関わらず、当時の領主は戦力を蓄え、反旗を翻した。国と国がソコを求め、何度も戦争を起こしていた魅惑の土地を、横からかっ攫ったのが、ここの王族の祖先って話だ。

 そこから二百年かけて盤石な体制を築き上げ、さらに領地を他国からぶん取って、それで今の大国を創り上げたんだから、凄いもんだよ。

 土地が広く、兵士が強くて、きちんと飯を食わせるだけの蓄えがある。それだけでも、十二分に強国だわ。


 で、だよ。

 まあ、普通に凄い国で良かったね、でも良いんだけどさあ。

 より詳しく見てみると、強い国を作り上げるシステムがちゃんと出来てるんだわ。

 実はね、この国は、魔法大国なのだよ。


 …………


 あ、魔法はイメージした通りの技術でいいよ。

 火を何もないところから灯したり、水を空中から生み出したりとか。

 具体的に言えば魔力っていうエネルギーを活用して、自分の法則を世界に確立させるっていう技術なんだけど、いきなり言っても分かんないでしょ?

 フワッと『まほーすごーい!』で良いさ。

 

 で、この国が強いってことと魔法という技術体型の盤石さがどう結びつくかって話か。

 魔法は、世界中使われてる凄まじい技術だ。

 世界中のどこででも、魔法は使われる。炊事洗濯掃除は勿論、土木工事に建築、戦争やらやら、基本的なことも、複雑なことも、魔法はどこまでも絡みつく。

 そこでトップを取ってるクライン王国は、もうそりゃあガチガチのガチさ。

 技術、戦力、生活、あと学において、この王国は大きく他と差を付けてる。


 でも、待てよと思う人も居るだろう。

 だって、出る杭は打たれるものだからね。

 こんなあからさまなチート国家があったなら、マジのマジで路線に乗る前に潰すんじゃね、と。

 イニシアティブを取る前に滅ぼすだろ、と。


 そこで上手く立ち回ったのが、この国さ。

 高めた技術、高めた生活、高めた文化。

 そうして積み上げてきたノウハウを、他の国にも流してたんだわ。

 国立の学校を作り、他の国からもガンガン人材を受け入れ、引き止めない。あわよくば、優秀な人材を取り込めたらなーって感じだけど、他を高めることに頓着しない。

 

 他を高めて万が一調子に乗られたら反乱喰らうだろとか、そんな損にしかならんことを何故続けてるのか、とか、疑問に思うこともあるだろう。

 でもねえ、これで成功してるんだわ。


 まず一番として、他国に恩を売れるっていうのはデカイわな。

 心情っていうのは、バカにならん。世話になった所に牙向けようなんて、心苦しくて仕方がない。それは、パフォーマンスにも影響するってもんさ。

 この国に留学させようって人材は、将来国の中核になるような人間だし、余計に国としての動きは鈍くなるよね。


 抑止力っていう意味でも、まあ強いわな。

 国も馬鹿じゃないしさ。教えてる技術がクラインの全部だなんて思わんわ。

 自分よりも、明らかに高い技術。それが、普通に教えても問題ないレベルだと思ってしまう。いや、そういうもんだと、思わせる。

 迂闊に挑もうなんて、思える奴はそうは居ない。

 

 これまでの歴史もあるしね。

 迂闊に動けないだけで、実際に動いた国も、歴史の中にはいくつかあった。

 例えば、ポッと出の国に土地ぶん取られた、元々恨みが深いクラインの元の所属国とか。

 当時の国のいざこざがどんだけ大変だったかは知らんが、クラインは生き延びた。アドバンテージを全て駆使して、完璧に勝ってきたんだ。

 そういう百戦錬磨の経歴が、必要以上に大きく見せているという側面もある。

 

 他にも色々あるけど、この国は凄いのさ。 

 教育に関する分野は、生命線ってこともあって、ことさらに。

 ボクが行けって言われたクライン王国の国立魔法学園なんて、そりゃあもうとんでもないレベルよ。

 世界有数、卒業っていう箔の欲しさに、王族だって受験したりする。

 政治すら巻き込んじゃえるような、権謀術数マシマシの凄い学校である。

 このブランド力は、そうそうあるもんじゃない。


 クラインは凄い!

 クラインバンザイ!

 魔法学園サイコー!


 っていうのが、ボクの聞いた内容。

 めっちゃくちゃダルかったけど、教主の奴に教え込まれたからさ。

 もう、これは避けられんのよ。

 勉強はクソだし、出来ることなら絶対にやりたくないけど、頼まれたからしゃーない。

 アレに命令されたら、ボクは逆らえないし。


 もうみっちり三ヶ月かけて仕込まれたよ。

 座学は勿論だけど、実技試験もさ。

 お前は間違いなくやり過ぎるから、上手いやり方を覚えろって。

 ボクの能力って、一点特化型のバランスわるわるガタガタ人間だからねー。

 ただの学生と思われないだけならええけど、下手すりゃ教団の使徒だってバレるかもしれん。本当に下手すりゃの話だけど、万一が起こればマズイやん。


 幸い、ボクも馬鹿じゃないからね。

 理論や理屈の話なら、むしろ詳しい方だ。

 名前に魔法学園ってあるだけあって、ちゃんと魔法っていう理論と理屈によって構成されてる分野が一番配点大きい。

 伊達に長いこと生きていないからさ。付けてきた知恵は、それなりに多い。

 普通にやれば、受かりそうなもんだけどもね。

 問題は、その知恵をちゃんと受験っていう形に活かせるか。

 そこための勉強がもう色々やってさ。

 

 ほんと、もう、色々、ね?

 だってさあ、受験勉強のための講師役はアイツよ?

 他の連中は普段からまったく関わらないから、頼めるはずもないし、頼みたくもない。

 仕方ねーから、アイツに勉強教えてもらったけどさ。

 アイツ、ほら、天然じゃん?  

 勉強してたら、授業中にすぐ話を脱線させる。

 ボクよりずっと知識があるからさ。受験に必要な知識を教えて、それに関連することも豆知識として出して。で、アイツはまったくその区分を言わないから、関係あることと無いことを自力で探して。

 普通に勉強するより三倍面倒くさかった。

 

 いや、分かってるよ?

 じゃあ自習してりゃ良かっただろ、とか、本人にそのこと指摘しろ、とか、他に講師役を探せ、とか。

 多分、考えられる対策は色々あったさ?

 ホントに分かってるんだけど、ボクが悪い部分もあるけど、マジで時間の無駄だったわ。

 何だよ、あの天然野郎! 何でアイツの天然にいつもいつも振り回されなきゃならんのさ!

 そもそも学園に通え? そのために試験勉強?

 クソ喰らえだわ、ふぁっきゅー!


 あー、本当に面倒くさかった!

 この溜まったイライラを、どう発散させようか?

 今日が試験の日じゃなかったら、暴れて回るかもしれんわ!


 …………


 もういいや。

 本当にもういいや。


 あー、気持ち悪い。

 本当に気持ち悪いな、ここは。

 周りを見ると、子供ばっかりで気色悪い。

 緊張してる子供も、余裕そうにしてる子供も、励まし合ってる子供も、全部気持ち悪いな。

 やだやだ、未来ある若者ってこれだからやだ。

 

 早く帰りたいなー。

 ていうか、今回の学園に入り込めって命令も、失敗しましたで乗り切りたい。

 仮に受かってたら、ここに通わなきゃなんでしょ?

 絶対に精神が持たないわ、そんな生活。

 こんなキラキラと、自分の可能性を信じて疑わない連中は、気持ち悪くて仕方がない。


 いつからだろうか?

 他人に対して、こんなにも嫌悪感を抱くようになったのは。

 いつからだろうか?

 他人との関わりを、心の底から疎むようになったのは。


 なんて暗い世界で生きているんだ、ボクは。

 悲しいというか、虚しいというか。

 あー、本当に気持ち悪くなってきた。

 


「なんだあ、お前?」


「こっちのセリフだ。いったい、何様なんだよ、お前は」



 なんでこう、純粋に人生を楽しめないのだろうか、ボクは。

 味がしなくなったガムを、ずっと噛んでるような気分になってくる。

 自己嫌悪で死にたくなってくるわ。

 無駄に長生きするもんじゃないなあ。



「お前こそ何様だ? 俺の邪魔をするな」


「これから試験前だってのに、人の邪魔するなよ。この娘も、嫌がってるだろ?」


「あ……」



 それにしても、金かかってるなあ、この学校。

 延べ床面積がほら、なんかこう、ね?

 細工がほら、凄くてさ。

 所々に職人の腕が垣間見えるっていうか。

 あ、もういいや。建物評論家ごっこは、ちょっと無理があったわ。

 


「俺は、アグインオーク家の次男! アリオス・アグインオーク! そこの女は、貴族であるこの俺が目をつけたんだ! お前に邪魔される理由はない!」


「貴族だからって、何してもいい訳がないだろ。ガキじゃあるまいに、現実を見ろよ」


「あぁ!?」



 あ、そうだわ。

 もうこのままバックレるのはどうだろうか?

 受験にはイレギュラーが付き物。そして、ボクは一応勉強したは良いけれども、常識に若干疎いところがある。

 うん、間違いがあってもおかしくはない!

 今からバックレるのはアリだ。

 今から回れ右してやろうかな、クソが!

 


「も、もう大丈夫ですから……。私がちょっと付き合えばそれで……」


「ごめん。もう首を突っ込んだんだ。多分、逃してくれないよ」


「こ、この俺をコケにしやがって……! 身なりから見て、平民だろう!? 貴族に逆らうことの意味、分かっているのか!?」



 あー、やっぱりいいか。

 何か後ろが騒がしい。

 厄介事が起こってそうな気配がする。

 受験の日だっていうのに、何でこんなにうだうだやってるんだろうか?

 


「上等だ。自分のこと勘違いしたボンボンの相手くらい、訳ないね」


「だ、駄目よ、そんな!」


「貴様ぁ!」



 あー、クソダル。

 何時間も拘束されるのが、もう嫌だ。

 これで一日潰れるってマジ?

 ボクの一日の価値ってそんなもん? こんなどうでもいいイベントに取って代わられるもの?

 はーあ、何だよまったく。

 何でボクがこんなことをしなくちゃ……

 


「決闘だ! 今ここで、俺が無礼討ちにしてくれる!」


「やれるもんならやってみろ」



 あー、もうマジでうっせぇわ!



「「ぐあ!」」



 もう、ただでさえ気が滅入るのに、喧しく騒がないで欲しい。

 普通に嫌な学生生活が、余計に嫌になる。

 鬱陶しいなあ、本当に。

 許容出来る喧しさを超えるなよ、気分が悪くなる。

 他の人たちに迷惑なことをしちゃいけません!

 つい反射的に小突いてしまったよ。

 うん、小突いただけなんだから、そんなに吹っ飛ばないでよ。

 一瞬手加減を間違えて殺したかと思っちゃった。

 


「な、な、な、」


「…………」



 汚物でも見るような目をしちゃいそうだ。

 あんまり、トラブルは起こしたくなかったんだけども、ボクは悪くないよねえ?

 もうダルくて、気分が悪くて、頭が痛くなりそうな時に、こんなに近くで騒ぐこいつ等が悪い。

 ボクは何も悪くない!

 


「……喧しい」



 もう、いいや。

 グダグダ言ってる間に試験受けよう。

 何も考えずにさっさと終わらせた方が早いわ。



「き、貴様! この俺が誰か分かっているのか!? ぶ、無礼だぞ!」


「…………」



 はー、やだやだ。 

 早く明日にならないかなあ。

 今日さえ乗り越えれば、明日はもう少しマシになる。

 そう思わないと、頭がおかしくなりそうだ。

 なんか余計に騒がしくなった気がしないでもないけど、もういいや。

 気にする必要が無かったわ。学校も、試験も、ガキどもも、こんな小さいものに煩わされたボクの気の小ささよ。

 どうでもいい、どうなってもいい。

 そんなことより、今日の晩御飯ことの方が大切だ。


 …………


 アレ? そういえば、小突いた奴らの内の片方、見覚えがある気がする。

 んー、何だったかなあ?

 分からんしもういいか。

 忘れるってことは、そんな大事なことじゃなかったんだろう。



 ※※※※※※※



「あの人、強いな……」



 去っていく背を、彼は見る。

 一片の油断もなく、巨大な敵を前にしているように。

 つぶさに、詳しく、どこまでも。

 たとえ小粒ほどであろうとも、情報を取りこぼさないように。 

 足取りは? 重心の位置は? 魔力の流れ方は?

 もしも仮に戦うことになったとしても、即座に実行出来るように。


 彼は、深く集中していた。

 彼には、ソイツしか見えていなかった。

 深い世界に、入り込んでいた。

 そして、



「あ、あの……」


「……! 君は……」



 肩を叩かれ、はっとする。

 それをしたのが、やたらと偉そうな貴族とやらに絡まれていた少女だと、遅れて気づく。

 その間に入ったから因縁が出来たが、件の貴族はどこかへ行ったようだった。

 おおよそ、自分を無礼にも叩いた相手に詰め寄っているのだろう。

 実力差を鑑みれば、瞬殺されてもおかしくはなかろうに。図太いというか、愚かというか、彼は何も知らない純真さに呆れそうになった。


 それから、目の前の少女に向き直る。

 彼が見たかった相手は、既に姿を消している。

 少し執着の心持ちはあったが、言っても仕方ない。



「ありがとうございました……助けて、頂いて……」


「俺は何もしてないさ」



 謙遜ではなく、本心からそう思っていた。

 多少やっかみを自分に逸しはしたが、それから本格的に動く前に獲物は取られたのだ。

 ここで自分を誇れるほど、彼の面の皮は厚くない。

 だが、



「それでも、です。怖くて、何もできなかった私を、庇ってくれた……。それたけで、嬉しかった、です……」



 頭を下げる少女に、彼は気恥ずかしくなる。

 自分も未熟さを拭えないと、自覚する。

 思わず自嘲しながら、彼は言う。

 


「俺はクロノ・ディザウス。今日の試験、お互い頑張ろうな」


「わ、私は、アリシア。アリシア・コーリネスと申します。一緒に頑張りましょうね……!」

 


 ただ、出会いに感謝する他ない。

 友人が出来たことを、彼は純粋に喜んだ。



 

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