第123話 女子会 中
人の嫌がることはすすんでしなさい。
彼女らは、そう言い聞かされて育ったに違いない。
性格が本気でひん曲がってるか、類い稀なる無垢な魂か。二つに一つだけど、クロノくんじゃあるまいし、あの二人が後者である可能性は虚数の彼方にしかない。
ボクのことを彼女らなりに理解し、こうする道を選んだんだろうな。
ボクは、暴力に関しては最強だ。右に出る者なんて未来永劫居ないし、ちょっと冷静なら、ボクに敵う訳ないって分かるはず。
舞台が『暴力』なら、ボクは何がどうあれ勝つけれど、残念ながら今は『話し合い』だ。
戦いにおける、基礎の基礎。
相手の得意で戦わず、自分の土俵に引きずり込む。
彼女らは、ボクより遥かに舌が回る。
だから、こういう平和的なやり方は、とてもやりづらい。
こういう頭がキレる奴は、こっちが意図せず溢した言葉から、色々と見抜いてくる。
感情の表れ方や秘密が、勝手に解釈されて、勝手に暴かれる。
卓上でのやり取りを教育されてきたんだ。
そういう察しの良さだけじゃなくて、挑発とか煽てたりとか、そういうこともしてくるだろう。
そして、不幸なことにボクはそういうのに弱い。
煽られたらキレるし、やられたらやり返したい。
交渉とかのテーブルに座らされたら、ボクとしては即逃げが安定。出来ないなら、ちゃぶ台返しが安定行動。
でも、何故か今は拘束されてるから、それも出来ない。
なら、この場合の最善手は一つだね。
もうとにかく、黙ることだ。
バカにされるし、煽ってくるし、すっげームカつくだろうけど、沈黙を貫く。
何か喋れば絶対、良くないことになる。
出来れば、反応するのも良くない。
もう、無に成りきるしかない。何も考えず、ボーッとするのが良い。
でも、
「…………」
「良い茶葉が用意できました」
「このお菓子、すごく美味しいわ」
まさか、こうなるとは。
聞き出すとかになったら、思わず拷問とかをイメージしちゃったけど、まあそうか。
暴力的なのは、ボクの領域だ。
そこから抜け出すために、こういうほのぼの系を目指してるのか。
「隣国から取り寄せました」
「流石、商売で成り上がった家ね。良いものに目敏い」
ていうか、コイツらこんな穏やかな関係だったか?
あんま良く知らんけど、クロノくん取り合ってわちゃわちゃしてると思ってたのに。
「クロノくんに食べていただくモノです。下手なモノは渡せません」
「ホント、いつも上手くやってるわ」
「彼の好みは把握しています。私のリサーチは完璧です」
鼻が高そうだね。
ふふんって効果音出てそう。
「安物、高級品を交互に試しました。甘い、辛い、酸い。食感や見た目まで、あらゆるパターンで試しましたので」
「流石ね」
偏執が過ぎない?
ブレーキなしで褒められること?
普通に怖かったよ? なんでノートいっぱいにびっしりクロノくんの好み書いてるけど、冷静に考えてヤバいよ?
「リリアさんも、この前はかなり積極的でしたね。私は真似できません」
「……た、耐性なんて有れば有るだけ良いから! 呪いの対策も必要だから! 手を繋いだのも、別に変な意味じゃないから!」
え、急にツンデレみたいなこと言うやん。
ああ、でも、冷静になって考えたらヤバいよな。
コイツの呪いって、パンピーなら触れれば即死レベルなのに。
クロノくんも、影でそんなんしてたんか。
万が一もないだろうから、他の皆と居る時は目を離してる時もあったけども。
結構危ない橋を渡ってない?
「私なんて、一緒に居るだけでドキドキですのに」
「あたしも、理由もなくあんなの出来ないわよ」
すごい自然に女子トークしてるな。
この二人、ほぼ災害みたいな力があるのに。
不思議だよね、こんな普通の女の子みたいで。
……理由、ていうか元凶は、あの女たらしか。
「心臓が高鳴るのは、彼の前でだけです」
「死ぬ寸前でも、こんなことにならなかったのにね」
「不思議です。彼の何から何まで、不思議です」
変えた者と変えられた者。
彼女らは後者で、幸せそうだ。
女たらしにとってみれば、自分のやりたいことを貫いただけなのにな。
全部が全部、良い方向へ行くばかり。
運の良いことだよ、ホントに。
「―――――」
「―――――?」
幸せそうに喋りやがる。
まだまだ、渦中だっていうのにさ。
これから仲間や自分が死ぬ状況が来るかもしれんのに、そういう運命を背負わされる異常な力を持っているのに、普通に青春しやがって。
なんとも、気が抜けてくる。
ボクを置いてけぼりに、彼女らは喋る。
これまであった危機はもちろん、日々の他愛のない話まで。
本当に、ただの女子会みたいだ。
何か裏があるんじゃなくて、ボクにどうにかさせたいんじゃなくて、『本当は、こうして話をしてみたかった』みたいな。
そして、
「アンタは、何にも無いの?」
ふと、自然に、こっちを向く。
……急にこっちに話振るなよ。
何も喋らんからな。
ボクの意志を感じ取ったかは知らんけど、二人の表情が柔らかい。
ずっと、楽しく話してたから、ていうだけかもしれんけど、何となく、ボクにも何かを向けている気がしてならなかった。
「アンタだけよ。何もないのは」
「私たちは私たちなりに、全力で生きています。手を抜いているのは、貴女だけです」
言ってろ言ってろ。
どうせ、少年少女の青春にゃあ勝てねぇよ。
そこまで面白い人生送ってる訳じゃねぇし。
ガキに理解されるほど、ボクは安くない。
……だっていうのに、コイツらは、変な目でボクを見てきやがる。
どうしようもない子供を見るような、そんな生暖かな。
「彼に変えられたことを認めていないのも、貴女だけです」
…………あ?
「彼は、才に溢れています。無論、武や勉学も相当ですが、何よりも、人を変える才能に」
気持ち悪い。
何を笑ってるのやら。
考えてることが分からない。
「怖いの?」
ツンケンが、笑ってる。
なんで笑ってるか、皆目見当がつかない。
異世界人たちの言葉は、どうにも理解するのが難しい。
「変化を認められない。受け入れるのが怖い。アンタには、似合わないわね」
「…………」
「何もかも、力で解決出来るって豪語する、図々しいくらいが丁度良いのに」
何も知らないくせに、分かったようなことを言う。
自分が一番正しいみたいな態度は、とても癪に障る。
「怒ってるの?」
「何が、そんなに悲しいのでしょう?」
誓って、ボクは感情を表に出していない。
だから、コイツらの言い分はでたらめだ。
それらしい言葉で、惑わそうとしているだけだ。
「…………」
「……ねぇ、話してみない?」
まやかしだ。
さっき、言っていた。
優しくはない、だから、暴く。遠慮はない、だから、聞き出す。
拷問は意味がないから、こうして、穏やかに揺さぶっている。
たったそれだけの話だ。
「あたしは、アンタが気に食わない。ソコを見せないで、超越者ぶってるのが嫌。それで、あたしたちのこと、子供扱いだもの」
「…………」
「その腹の底、覗かせろっていっつも思ってた。そして、アンタは今……」
呪いを扱う人間の顔じゃねぇだろ。
弱ってる、とでも言うつもりか?
憐れみを語るなら覚悟しろ。
噛みついて、首を捻り取ってや……
「話したそうに見える」
―――――――――
「自分の淀みに、決着が付けられないのですね。分かりますよ、それは」
「誰かが、それを受け止めないと」
自然と、歯を見せてしまった。
眼に力が寄っていく。
「! ……駄目よ、図星突かれたからって、止めてあげない」
「貴女も、誰かを頼れば良いのです。想いを、ぶつける相手を持てば良いのです。私たちは、それに成れます」
純粋な殺意だった。
小娘共が震えてるのが分かる。
「言いたくなかったけどね! あたしたちだって、アンタには感謝してんのよ!」
「貴女には、貴女の目的があるのでしょう。ですが、その道すがらに、どんな意図があるにせよ、貴女にも助けてもらったことは忘れてしません」
拘束具、もう少しで破れそうだ。
不快な音を出す喉笛も、すぐ潰せる。
「私は、貴女に、返したい」
「もしも、困ってるなら、アンタの力に成りたいと、思ってる」
欺瞞だ。
まやかしだ。
嘘だ。
偽りだ。
幻だ。
虚偽だ。
だから、だから……
「クロノにやったあの剣は、元々、ボクの持ち物じゃないんだ」
言ってはいけなかったのに。
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