第122話 女子会 前
人の縁は、変化を起こしやすい。
昨日は何事も無くとも、翌日には壊れるかもしれない。
些細なキッカケで、容易く拗れる。
怒り、呆れ、果ては思い遣りすらも、あらゆる心が、そうなる要因となる。
クロノは、心底から思う。
離れようとするのなら、何かがかけ違ったのだと。そして、もしもそうなったなら、早く動かなくてはならない。
そして、和解に至るまでの道のりは、状況や人によってそれぞれである。
誤解を解くのなら、それでいい。謝罪なら、言葉を尽くすなら。機嫌を取ってほぐれるのなら、それでいい。贈り物や態度で、どうにかなるなら。
解決するなら何でも構わない。
だが、クロノの場合は、基本拳のぶつかり合いに落ち着く。
彼自身とその周囲が、あまりにも力を持ちすぎているのと、力を持つ者こそが権利があると根底で信じているからである。
なので、前回のように、クロノは戦闘の準備をしていた。
精神統一、型稽古、能力の使用試験。仲間にもスパーリングを頼み、あらゆるコンディションは最高潮。
これまでと、新しいもの、全ての力を合わせて、完全に調和を叶える。
準備の期間は、およそ二週間。
クロノは、あらゆる
一ミリの隙もない、完全な調整を行った。
「…………」
「クロノ」
かけられた声に、振り向かない。
愛おしき友たちの気配には、最初から気付いていた。
満たした器が減らないように、行っている型稽古は止めない。
剣の重心、上半身と下半身の連動、そして型。模範の通りに、繰り返す。結果、一ミリのズレもなく、前に踏んだ位置を正確に踏んでいる。
「見つかったか?」
「ああ」
アリオスは、クロノとのタイマンの後、少々変わった。
表情は変わりやすくなり、少しずつ明るくなった。
人間性の希薄さは消え、本来の気性に戻りつつある。
だから、尋ねる声色もかなり柔らかい。
二人の間に、わだかまりはもうなかった。
「ずっと集中してたから。薄かったアイツの気配も、分かるようになってきた」
「流石だ。師は、隠れるのが得意なのに」
「いや、探れるようになるにも時間がかかった。これだけやらなきゃ影も掴めなかった」
二週間ほど前、クロノはアリオスに負けた。
最後の大技のぶつけ合いの末、立っていたのはアリオスだった。
クロノは、その一敗を、深く心に受け止めた。
どうしても勝ちたかった、プライドを賭けた勝負だった。
そのために、血の一滴まで力に捧げた。
負けた理由は、『純度』にこそあると、クロノは考える。
戦いに傾けることのできた、いわゆるリソース。魂を、在り方を、どれだけ費やせるか。
だから、同じ轍を踏まないように。
慎重に、高め続けていく。
相手が相手であり、最早挑むより、胸を貸してもらうというべきだ。
妙な期待は、していない。
都合良くパワーアップしたところで、それすらねじ伏せられる。
「アインは、格上だ。油断はしない」
「悔いのない勝負にしろよ」
「うん」
指の先まで、理想の通りに。
体の中身を意識し、理想の通りに操る。
絶好調なのが、自分のことながら強く分かる。
自然と、表情が柔らかくなる。
「じゃあ、俺たちは、場の準備に入る。師でも逃げ出せない結界を作る」
「……本当に助かる」
夕日を背景に殴り合えば、絆はより深まると、どこかの誰かは言っていた。
最近、露骨に避けられているが、やはりぶつかり合えば、元に戻れるのだろう。
なにせ、本人が力に意志を見出だす、暴力至上主義の野蛮人である。
一度戦いを経れば、きっとクロノの想いを理解するはずだ。
「なんで、アインが俺を避け始めたか分からない。でも、本気でぶつかれば、なんとかなる。と思う」
「初撃が大事だぞ。まず、勝負に引き込め」
「最速で襲いかかる。大丈夫だ」
アリオスとクロノは、通じ合っていた。
共に死線を潜った相手として、深い信頼に結ばれている。
以心伝心、言葉にせずとも、何をしたいかが分かる。
そして、
「あのー……」
「…………?」
気まずそうに、ラッシュが挙手して発言を求める。
沈黙を破り、二人の様子を窺っている。
なにか、言ってはいけないことを伝えなくてはというような独特な空気が広がる。
「クロノくんたちに、伝言があるんだけど……」
「誰から?」
「アリシア嬢と、リリア嬢」
何故その二人が、という言葉を飲み込む。
最近、この二人でコソコソとしていたのは、なんとなく知っていたからだ。
「えー、『アインは先に貰った。残念だったわね』だそうです……」
「「…………」」
クロノは、気配を探る。
アインはどうやら、移動中のようだ。
そのすぐ隣に、件の二人が居る。
「「えぇ……」」
「まあ、うん。しょうがないよ……」
文句など、出ようはずもない。
アインを話し合いの場に座らせたのは彼女らの勝手だが、そもそも、戦いに意義を見出だしたのは、クロノの勝手なのだから。
要は、早い者勝ちで負けたのだ。
負けたのだから、何を言っても見苦しいだけである。
※※※※※※※※※
正直、舐めてたね。
ボクは、彼らのことをそこそこ認めてた。
強い可能性を秘めた子供たち。
素晴らしい才能は、まさしく原石。未来の英雄どころか、もうすぐ英雄の域に辿り着こうとしている。
ボクも、現段階なら、相手するのは相当怪しい。
でも、完全なボクの状態があるから、彼らを過小評価するきらいがあるらしい。
どうしても生まれる侮りが、面倒な事態を引き起こす。
ある程度は対応できるんだけどね。
けど、ことごとく予想を上回られたら、さしものボクも無理だ。
ツンケン娘なんてイレギュラー中のイレギュラーだし。アリシアちゃんとか、天才すぎてワケワカメだし。
何やらかすか、分からんのよ。
まさか、こんな事になるとは、夢にも思わなかったね。
「キビキビ歩きなさい」
「もう、逃げられませんよ?」
迫力あって困る。
ツンケン娘は元から怖いけど、アリシアちゃんもゾクゾクする顔してる。
ボクを拘束するソレらは、ツンケン娘の呪い由来だ。
拘束具は分かるけど、猿轡までするのは酷いんじゃない?
拘束が既に手遅れなくらい酷いんだけど、材質が最悪だよね。もう、感覚的には虫塗りたくられてるのと変わんないんだけど。
なのに、平然と鬼畜発言してくんだわ。
ドSだよ、この二人。
「散々逃げて。本当に疲れたわ」
「私も、ここまで面倒なことになるとは思いませんでした。軽く十は新しい魔法を作りましたよ」
労力かけすぎだろ。
いや、罠かけられた時とか、気ぃ狂ってるんかって思ったくらい緻密な魔方陣と呪術のトラップしかけられてたけども。
未来予想、拘束、重荷、収束、過密、秘密。あとは一瞬すぎて分からんかった。で、全部が概念にかかるレベルに極まってる。
極めつけの呪いも、ヤバいね。
殺すだけの力じゃなくなった。苦しめることを、解釈を、広げていた。
バカじゃねぇのって感じだ。
「こんなことに、魔法を使いたくありませんでしたよ」
「あたしの力が安請け合いされてる気がしてくるわ」
じゃあ、やんなきゃ良かったじゃん。
なんだよ、言ってることおかしいぞ。
「コイツのこと、コッテリ絞ってやらないと」
「腹の虫が収まりませんね」
えー、激おこじゃん。
ボクなんかしたかなあ?
特になにもしてないよなあ?
まあ、なにもしてないっていうのが、気に障ったのかもしれんが。
「いふぃはぁりひふぉひんひゃない?(いきなり酷いんじゃない?)」
「酷くはありません。当然の措置です」
無表情だ。
なのに、すごく怒って見える。
「アンタがあたしらのこと避けるからでしょ?」
「ひゅや、そほそほほこまへふぁかよくふぁかったはん。(いや、そもそもそこまで仲良くなかったやん)」
「うっさいわね、殺すわよ?」
傍若無人際まれりやん。
避けてたのは事実だけど、事実言っただけでキレんなよ。
そういうところだぞ、モテない理由は。
「……なんか、ムカつくわ」
気のせいじゃないかなー?
あんまりカリカリしてると、シミができるよ?
「アインさん。私たち、怒っているんです。とても、それはもう」
「…………」
「何故怒っているか、分かりますか?」
面倒くさい彼女みたいな質問するやん。
君らの心根なんざ、分かるわけないわ。
ていうか、君ら結構短気だから、いつでも不機嫌な感じするけど?
「ひんふぁい(知んない)」
「貴女がクロノくんを悩ませるようなことをするからです」
信者め。
他のコンテンツにそういうの持ち出したら、嫌われるって分かんないかなー?
「アリオスさんの一件は、クロノくんにとってとても大きかった。優しい彼は、私たちを離れさせないために必死です」
「へー」
「もちろん、気持ちはとても嬉しいです。そして彼は彼なりに思い悩み、成長を遂げようとしています」
なんだー? 解釈違いかー?
そしたら戦争なのかもだけども。
「なので、引っ掻き回されたら困るのです」
「アンタの奇行は今さらだけど、時と場合を考えなさい」
ワケわからん。
試練なんて、与えられるだけ与えてりゃいいだろ。
成長させりるなら、その方がいい。
ま、その辺りが解釈違いか。
「次へ次へと厄介事を持ち込むのは止めてください。彼を混乱させるだけです」
「ふぁいひひひふひひゃふぁい?(大事にしすぎじゃない?)」
「代わりが居ない、無二の人ですから」
若干、殺気を感じた。
過保護だね、彼女候補共め。
ていうか、どこまで連れてくつもりだよ。
目的地を言えよ、目的地を。
拘束具されながら歩かされる奴の気持ち考えたことあんのかよ。
「……などと言っても、貴女は理解してくださらないんでしょうね」
「強い奴ほど我が強い。その気はなかったけど、学んだわ」
それが分かるなら、縛られながら移動してるボクの気持ちも分かってくれ。
なんでそんな酷いことができるんだ。
人権侵害だぞ、この小娘どもが。
「だから、あたしたち、決めたのよ」
「クロノくんは優しいですが、私たちはそうではありません」
……うん、まあ、知ってた。
逃げるボク、追うクロノくん、クロノくんに傷ついて欲しくない彼女ら。
口振りからして、頭ヒャッハーにはなってないし、クロノくんを正しく想っている。
なら、監禁ってところかな。
線引きが多少マトモになっても、パンピーの尺度じゃブッ飛んでるかも。
「ほら、着いたわよ」
防音やら保護やら、大層な魔法が付与されてる部屋だ。
まあ、どんだけ複雑な術式使ってたとしても、一日未満で抜け出せるが。
「さあ、入りなさい」
「ここでしばらく……」
まあ、ここは彼女らを満足させたげよう。
二週間も待ってれば大丈夫か。
いやあ、ボクも優しくなった、も、ん……?
「私たちと、お話をしましょう」
「女子会ってやつよ。あたしたちの気が済むまで、離さないから」
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