第121話 文化祭イベント 終
首をハネ飛ばした程度で、アリオスは油断しない。
常在戦場を心得、戦場においての心構えを死ぬほど叩き込まれている。苦痛による教育と、全てをモノにして強くなろうという気概は、十分にアインが満足するレベルに達した。
どんな状況でも、彼は油断しない。
食事中だろうが、遊んでいる最中であろうが、状況次第で相応の対応を行える。
特に、彼は雷を司り、その特性を身に宿しているのだ。
あらゆる攻撃に、反射で反撃できる。
いや、それ以前に。
友と呼ぶ彼が、いかほど規格外かは、誰よりも知るところだ。
アリオスは、クロノが殺した程度で死ぬ相手ではないと、知っていた。
「――――――」
言葉は捨てている。
行動と結果が残るだけだ。
「!」
複数の雷光、そして逆袈裟。
迅さとキレは、人類の限界を幾度も踏み越えている。
真正面から受けて立てるだけ、クロノもよくやっている。
だが、対処は少なからず難しい。
はずだった。
剣を打ち合わせた。
その瞬間に、至近距離で雷撃を喰らわせるのは、これまでもしてきた。
しかし、剣も、雷も、何もかもが消えた。
全く同じ性質を持つ、全く同じ力と対消滅したようだ。
自分の力が、そのまま跳ね返ったと錯覚する。
何をしたのか、アリオスは見切れなかった。
ただ、剣を悠然と構えて、攻撃が当たる前に振るっただけに見えた。
それで、全部が事後に変わった。
「…………」
「―――――」
クロノの見目の変化は、小さなものだ。
僅かに白髪が交じっているだけ。
しかし、気配が、オーラが、明らかに異なる。
深く、より深く、クロノの力が成熟したように感じる。
見えたクロノの底が、分からなくなった。
モヤがかかったように、像を捉えることが出来なくなった。
「―――――」
アリオスは、とても冷静だ。
頼もしきライバルとして、恐るべき未知の敵としても、愚行は犯さない。
感情に支配されず、合理的に戦うだけだ。
速度を上げる。
これまでとて、クロノが対応できないほど速かった。
しかし、十分に動き続けられる程度にセーブをしていた。マラソンと短距離走では、同じ全力でもタチが違う。
此度は後者の全力を使う。
すると、
「!」
「…………」
同じことが起きる。
全く同じ力が、跳ね返ってくる。
異質極まる感触に、気味悪さを覚える。
次の瞬間、クロノが構える。
「!」
斬られる寸前になって、気づく。
アリオスの雷速の反射により、なんとか防御に成功するも、とても危うかった。
刃が肌を撫でる距離に近付き、肝が冷える。
意識を切り替え、斬り合いに注力する。
至近距離での打ち合い。
互いに、斬撃は致命傷になる。ならば、手数で圧倒するアリオスが有利である。
だが、
「―――――」
拮抗。
意識をすり抜けるような攻撃の数々。
後手に回らざるを得ない。
いきなり、目の前に剣が迫るのだ。攻撃を受ける側としては、時間が飛んだかのようである。
これまでとはあまりにも違う、かつてない力は、容易くアリオスを乱す。
「――――!!」
「…………」
幾度も、幾度も。
気付けば消えて、肉薄している。
どんなタネがあるのか、理解不能だ。
だが、
「…………」
集中。
理解を投げ捨て、反射に力を注ぎ込む。
刹那の時間で、十、二十というアクションを実行する。
おかしな魔法など、正面から打ち破る。
数十の打ち合いにかけた時間は、ゼロコンマ五秒未満。
離れても、遠距離からの攻撃はどうせ無力化される。
クロスレンジての決着しか、もう無いのだと知る。
「「…………」」
瞬く間に、刹那の間に。
斬り結べば、衝撃が走る。
骨を折る。
皮膚と肉を突き破る。
そして、瞬時に再生する。
「――――」
その気になれば、雷そのものとなれるアリオスは、体を一度不定形の雷と変え、さらに人へと戻れる。
クロノも、時間を戻せば、健全な状態へ直せる。
外傷によって相手を倒すのは、難しい。
ならば、如何にして相手をエネルギー不足へ持っていくかが、勝敗の形になる。
「…………」
度重なる再生により、クロノもかなりエネルギーを持っていかれた。
量だけなら、クロノに分のある勝負だったが、今はやや負けている。
新たな力に目覚めはした。けれども、アリオスの技の牙城は固く、決定打にはなり得ない。
負けは、時間の問題だった。
ということは、
「…………」
一撃。
ただ一撃に、かける他にない。
けれども、緻密かつ冷静なアリオスは、そんな一発勝負に付き合わない。
勝負の状況に持ち込まなければならない。
そして、
「―――――」
袈裟斬り。喉に突き。胴へ薙ぎ。
クロノ視点では、ほぼ確実に決まった攻撃である。
それを、アリオスは途中で刃を滑り込ませて、守り切る。
だが、これは無意味な行為ではない。
無理な駆動であることを、クロノの目は見抜いている。
神経とエネルギーを、相当苦心しながら戦っているはずだ。
「…………」
剣撃以外は、全てを弾ける。
ならば、剣で突破する他にはない。
常に、無茶をさせ続ける。
クロノとしても『剣』を用いた
だが、使わない手がないほどに強いのだ。
アリオス攻略には、必要不可欠である。
我慢勝負を誘いながらも、水面下で準備を絶やさない。
「―――――」
秘める。
熱意を、想いを、込める。
決して逃さず、漏らさない。
やってくるであろう一瞬のために、悟られぬように戦う。
より深くへ、さらに強く。
他ならぬ『剣』こそが協力すると認めたのだから、クロノのセンスは、いくらでもその力の深奥を引き出せてしまう。
「
「!?」
クロノが操ったのは、外を囲う結界だ。
アリシアたちが張り、アインが手を加えて拡張した、クロノたちのグラウンドだ。
それをこね繰り回し、場を改める。
猛きアリオスを追い詰め、誘導を行う。
幾度かアリオスの剣によって身を刻まれるが、効かない。
無防備になった数瞬、少なくとも千度の刃がクロノを襲った。
そして、その内の半分は、クロノをすり抜ける。
比喩ではなく、右へ左へ、上へ下へと、実体を無視した。
「――――――!!」
「
未来を視るクロノではあるが、その力は万能ではない。
未来視とは、数ある道のいくつかが視えるというだけのこと。その道が一つに確定するのは、本当に少し前である。
だから、幾度も攻撃を受けた。だから、雷速のアリオスを捉えて攻撃を成立させた。
今、アリオスがしたのは、そうではない。
アリオスの思考を感じ取り、最適な未来を自分で選んだ。
アリオスの速さを、早さで上回る。
エネルギー量はドッと減るが、温存など考えられない。
打ち勝つことを目指しているのもあるが、自分の力を試したいと思っている。
勝つために。
そして、応えるために。
クロノは、残酷にも、若き天才のこれまでを、その資質で踏みにじろうとする。
そうすることこそ、いや、それがくだらない心遣いで叶わないのなら、友に顔向けできない。
「―――――」
一直線だ。
こしらえたステージは、狭く、長い路地のような。
ちょうど、お互いが大技をぶつけ合えば、どちらかだけが残るような。
「「…………」」
集中。
鍛練を、才覚を、想いを、詰め込む。
目前の強敵を打倒するための技を、武器に宿す。
瞬き一つにも満たない、静寂。
空白の時間。
お互いの、顔が見える。
笑った友が映った。
「
「
景色が、大きく歪んだ。
一世一代、勝負の行く末は……
※※※※※※※※※※
「どういうことだ!?」
声を荒らげる。
世界が震えたと感じる。
血走った眼は、たった一点を見つめる。
いったい、誰がここまで取り乱したのか?
彼女を知るのなら、誰もが驚愕したかもしれない。
怒っても、嘲っても、喜んでも、どんな感情に支配されても、ソイツは、奥底を誰にも見せようとしなかったのだから。
だから、今のコレはおかしいのだ。
致命的なエラーに満たされ、あってはいけない無様を曝している。
「何故、クロノがあの剣をそこまで扱える!? どうして、そこまで気を許す!? あり得ない、あり得ないぞ、こんなの!」
理解しがたいものに、取り乱す。
普段の彼女からすれば、鼻で笑いたくなる愚行である。
しかし、それでも、許せないのだ。
何もかもを後ろに置いてでも、コレを問いただしたかった。
「■■ゥゥアあああ!!!! てめぇ、誰が
答えは、当然返らない。
今の主と共に眠りに付いている。
「『共鳴』を、どうしてクロノが使えるんだ!? 百年かかってもそこまでは行けないはずだ! ■■の
虚しく、響く。
そうしている間にも、現実は変わらず横たわる。
「あの力の応用の『共鳴』の、さらに発展? アリオスの『星霊』化が収まってる? 肉体機能はそのままに!? デメリットだけを帳消しにしたぞ、あの野郎!」
耐え難い事実、耐え難い現実。
到底、受け入れる訳にはいかない。
けれども、それは、永遠ではない。
「…………」
時間があった。
だから、時間が事実を受け入れさせた。
怒りを飲み込む。
驚愕を退ける。
静かに、不満と疑念を募らせる。
「何故だ?」
握った拳から血が滴るなど、いつぶりか。
本気で何かを睨むのは、いつぶりか。
「何故、『神の子』があの剣をあそこまで扱える? おかしい。絶対におかしい」
そもそも何故、その剣を渡したか?
戯れもある。
コレを渡せばどうなるかという興味が。
諦念もある。
持っていても仕方がないものをいつまでも抱えて、何の意味があるのか。背負った荷物を下ろしたいという疲労が。
感傷もある。
最早
けれども、だ。
それでも、だ。
こればかりは、どうしても。
「おかしい、おかしい、おかしい、おかしい、おかしい。いったい、どうして?」
弱々しく、呟く。
風に掻き消されるほど、微かに。
「……考えるの、やめよ」
そして、思考は途絶えた。
起こった変化に、耐えられなかった。
後には、何も残らない。
己の弟子の一世一代の勝負。
その勝利すら、アインは祝えなかった。
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