第120話 文化祭イベント 急


 15時32分40秒 第三魔法指導室



「はは、はははは!」



 そこで嗤う人物は、背の高い痩せすぎの男だった。

 長袖の制服を着込んで大半が隠れているが、所々に打撲や切り傷、火傷の跡が窺える。

 痩せ細った体からして、到底歴戦の猛者とは見えない。

 分かる者なら、それがいたぶられた末のものと察するだろう。


 高らかに嗤う彼には、少なからずの恍惚が表れている。 

 滲み出る万能感に浸っていた。

 何よりも、心から溢れる『愉快』を抑えられずにいるのだろう。

 何が、そんなに楽しいのか?

 彼は、その理由を掌に乗せていた。



「凄い、凄いよ、コレは! なんて素晴らしいんだ!」



 掌に乗るほどの、小さな球体。

 高く掲げるソレは、一見真っ黒な点に見える。小さく、なんてことの無いようなソレ。

 普通は、目を凝らさなければ分からない。

 細かく刻まれた術式が。そして、秘められた巨大な力が。

 一学生が、持つべき代物ではない。

 ソレは、破壊と破滅を形にした、大量殺戮兵器だった。



「まさか、こんなラッキーが起きるとは!」



 これまでの道筋を、思い出す。

 いつものごとく、苛めを受けた帰り。

 屈辱を思い出すことすらも億劫で、痛みに堪えるのもありふれていて、最早慣れた日常。

 嫌と駄々をこねども、立ち向かおうとも、明日はやって来る。絶望するのも面倒で、ただせめて、明日が来るまでの間を楽しんでやろう。

 そう思えなければ、今にも自分の命を絶ってしまいそうだった。


 そんな中で、偶然、怪しい露店で足を止める。

 何もかもがどうでも良くなった者の思考は、合理や常識など、どこ吹く風だ。

 ここで手に入った、とびっきりの魔道具。

 怪しいとか、危険だとか、そんなことは心底どうでもいい。


 無視しても、億劫でも、積み重なったモノに、嘘は吐けない。

 虐げられた痛みを、憎しみをもって返したいと思うのは当然だった。


 あまりにも、周囲は彼の味方をしていた。

 学校は大きなイベントの最中にあり、不審な者、つまり外に対する警戒は強いが、内はかなり甘い。

 しかも、祭りにおいて使用しない区画は、どうしても割かれる人員は少ない。

 さらには、何やら他に大事が起きているとのことだ。

 こうなれば、

 好都合を通り越して、作為すら覚える。

 

 だが、今を置いて他に無いのだ。

 この魔道具を発動させ、この憎しみを返してやる。

 苦痛に耐え抜いた時間は、このために積み重なったのだと信じた。

 そして、

 


「忌々しい全部を、ぶっ壊してやる!」

 


 盛り上りを見せるイベント。

 浮かれる愚者ども。

 そこに突如現れる、絶対的な破壊。

 

 己を虐げた者達の歪みに歪んだ絶望の表情を思えば、簡単に、凶行を実行できる。

 汚名を被る、罪を背負う、それでも良かった。

 手の中の輝きを起動し、鮮烈な破壊を最期に見届けようとして、

 


「さあ、その力を僕に!」


「「―――――!!!」」



 突入してきた光に、兵器は轢き潰された。



「…………? はあ?」



 彼の視点では、瞬きの間に兵器が消えたように見えた。

 突入した者の姿など、欠片すら捉えられなかった。



「え? え?」



 不良品を掴まされたと叫んだのは、この直後のことである。



 ※※※※※※※※※※※ 



 15時32分42秒 学園郊外、西側



「よく集まった、同士諸君」



 彼らは、一人一人が歴戦の兵士であることは明確で、練り上げられた肉体を有している。

 一部の隙もない隊列と、連帯。

 服装、腰や懐に仕込んだ武器は同等のものであり、ただの立ち姿だけでも、どんな性質を持つかが滲み出ている。

 戦士は戦士でも、彼らは兵士だ。

 目的のために、連帯によって行動し、個ではなく群として力を発揮する。

 


「本日の任務は、クライン魔法学園に隠匿されているサンプル、『ヒュドラの牙』の回収である」



 胸に秘めしは、使命のみ。

 使命を果たすことだけが、存在意義。

 リーダーのサインを、粛々とこなす。

 心を殺し、ひたすらに戦うつもりだった。

 


「我々は、何のためにソレが必要か知らない。知る必要もない。上が望み、命じたのなら、その通りに動くのが我々の仕事だ」



 聞き入る。

 個を排した集団が、その意識をより高めていく。

 老若男女を殺せるように。例外なく、等しく全てを壊すシステムで在ろうと。



「我々は大義達成のために、使用される武器である。武器は死を恐れぬ。ただ、持ち主の願いを叶えるのみだ」


「「「イエス、サー!」」」


「淡々と血を求めよ! いかに殺したかが、貴様らの価値である!」


「「「イエス、サー!!」」」



 士気の高さも十分だった。

 そして、



「「―――――――!!!」」



 何かに、轢き潰された。



 ※※※※※※※※※※※



 15時32分50秒  第一グラウンド



「なんかもう、コイツのこと可愛く思えてきたな」

 

 

 何度叩き潰しても、恐怖を見せずに向かってくるこの人工の獣は、本来なら、学園を更地に変える程度の力は持っている。

 だが、それを抑え込み、ついでに他のタスクもこなすアインにとっては、ほぼ子犬と同じである。

 突き放せども、壊せども向かってくる健気さに、若干絆されそうになっていた。



「ペットとして飼ってみるか? こんだけガッツがあれば、ボクが強くしてやるのもやぶさかじゃない」



 噛み付きに対して、優雅に宙返り。

 腕は組んだまま、考え込むのは止めない。

 


「開発者としても、完成品がもっと良いモノになるのは嫌じゃないでしょ? それに、ボクとしても人間以外の育成も興味あるな」



 爪の攻撃を全て紙一重で躱す。

 かなり舐めた態度だが、それだけ戦力に差があるからだ。 

 しかも、どういう訳か、気を張っていた問題が次々と解決し出したのだ。

 先ほどまで切羽詰まっていたが、今は小休憩がてら、遊んでいるのである。



「使い魔的なアレか……あの幽霊女のところのヤツみたいにキモくないし、力もそれなり……悪くないかもしれない」



 高速で動き回っている二つの気配について、気にはしているが無視する。

 アインは二人の心配をしていないし、それより、目の前の『子犬』をどう飼うかこそを考えたかった。



「うん、悪くないな。むしろ良いような気がしてきた」



 注意力散漫もいいところである。

 これを許されるのは、アインがそれだけ抜けた強者だからだ。

 やりたい放題に振る舞うことこそ、強者の美徳と心得る。

 我が儘でなんぼと思っているので、他の誰が反対でも、押し通すつもりだ。



「名前……まあ、一号とかでいいかな? あ、いや、弟子も居るし、二号とかでええか」



 余裕もできたので、取り敢えず再起不能な程度に叩き潰そうとした。

 すると、



「「――――――!!!」」


「あ」



 翔んできた二人が、『子犬』を跡形もなく吹き飛ばす。

 その衝撃から他の生徒を守ることに時間を費やしてしまった。



「まあ、いいけどね、別に? ペットどうとか、普通に冗談だったし? いつ殺そうか、タイミング計ってただけだし?」



 結果、焦げた挽き肉の前でしょげる少女が、できあがった。



 ※※※※※※※※※※※



 15時32分57秒 学園上空



 二条の光が幾度も交わり、衝撃が遅れてやってくる。

 縦横無尽に移動、加速し、物理法則という檻を何度も叩く。

 一秒の間に、軽く百の攻防を交わす。


 逃げ続けるアリオスは、恐ろしいほど速い。

 クロノが用いている魔法は、時間加速。概念を司る最上位の魔法を使い、それでもギリギリ負けている。

 アインの魔改造により、『星霊』という半エネルギー体になろうとしているアリオスは、息をするように術を行使可能だ。

 意を持てば、いや、持たずとも、自然と望みは形を結ぶ。

 手数の多さは彼の性質に直結しており、じわりじわりとクロノを押す。

 


 15時33分00秒



 手数、スピードで圧倒するアリオスだが、本気で逃げに徹しているなら、とうに学園の敷地内から消えている。

 わざわざ、場を学園に留めているのは、クロノとのタイマンを意識しているからだ。

 クロノとライバルで在り続ける、越える、勝つ。幾度も口にした意は、決して伊達ではない。



「――――――」



 最早、言葉すら不要だった。

 ただ勝つ、そのために使えるものはなんでも使う。

 自分の力、環境、立場ですらも。



 15時33分01秒



 アインに相談し、実現したアイデアの一つが、クロノを切り裂いた。

 クロノの肩口から煙が立ち上ぼり、

 

 手っ取り早く強くなるには、どうすれば良いか?


 武を舐めているとしか思えない、積み重ねなど全て無視した発言である。

 アリオスも、無礼や無茶を承知で口にした。

 そんな彼を全て見抜いた上で、アインは提案をする。

 アリオスの無茶を、さらに上回る無茶を。



 15時33分03秒



 二秒の内に、クロノは七度死んだ。

 貫かれ、切り裂かれ、焼かれた。

 何度も受けて、速すぎて見切れなかった太刀筋を視認できるようになった。

 そして、見えた、視えたのなら、その正体を、クロノは見抜く。



「お前、そこまで……」



 真っ白な刀身は、恐ろしいほど美しい。

 片刃のソレは緩やかに曲がっている。

 

 クロノの知らない剣の形だ。

 異形の剣が『刀』という名称を有することなど、知る由もない。

 だが、見て、視て、分かることがある。

 その剣の主な原料は、鉱物ではない。


 元は、骨と心筋。

 原材料は、だ。 

 


 15時33分17秒



 手っ取り早く強くなるには?

 答えは、強い武器を持てばいい。


 もちろん、即席のモノには相応の弱味もある。

 強者が強い武器を使って強いのと、弱者が強い武器に使われて強いのとでは、天と地の差がある。

 それに、武器がなければ戦えない、本来の力ではない、などと言い訳の隙を自らに与えてしまう。

 アインも、アリオスも、そんな甘えは嫌いだ。

 だが、それでもと、アリオスはアインに頭を下げて、用意を頼んだ。


 アリオスにしか扱えず、アリオスの性質に最も合致し、アリオスの力を最大限に引き出す武器が、生まれたのだ。


 刀に、雷が乗る。

 雷鳴そのものと化したアリオスと同様に、雷の速度と熱、破壊力に、刀の切れ味が加わる。

 武器との親和性の高さが、戦闘能力を格段に高めている。



 15時33分18秒



 未来視を発動させて、ようやく致命傷を避けられる。

 ギリギリ、スピードは劣っていたクロノだが、明確な差としてここで現れた。


 膂力はやや、クロノが上。

 スタミナは、クロノも上だろう。

 エネルギー量は、大きくクロノが勝る。

 しかし、速さと技において、クロノは大きく劣っている。

 

 結果、かなり、クロノの分が悪い。

 

 大小無数の切り傷と火傷。

 命に関わる傷と、一部の傷は即座に再生させるが、手数が多すぎて治しきれない。

 クロノのエネルギー量にはかなり分があるが、クロノに対する削りは、十分功を制している。



「―――――!!!」



 アリオスはさらに、スピードを増す。

 


 15時33分24秒



 数えきれない雷光が、クロノを追う。

 アリオス本人は、放った雷に先行し、クロノを追い詰めた。

 アリオスの剣、上から雷、避けた先には放っていた雷光が後から当たる。


 一人での時間差攻撃。

 溢れる雷の雨は、檻のようにクロノを閉じ込める。

 斬られ、殴られ、動かされれば、放った雷に焼かれていく。

 全てが計算の上で、成り立っている。

 

 

 15時33分25秒



 速さと、技。

 たったそれだけだ。

 けれども、その二つが恐ろしく厄介だ。

 

 意識が遠くなる。

 何重にも仕掛けられた攻撃の対処で、いっぱいいっぱいだ。

 これを打破できる圧倒的なパワーを、クロノは持ち合わせていない。


 

 15時33分30秒



 ガムシャラ。


 息も忘れて、戦う。

 クロノも何もかもを忘れて戦う。

 一切合切を無視して、目の前の危機を払い除けていく。

 そして、



「―――――――」



 死角。


 感覚を研ぎ澄ませ、未来を視るクロノですら、反応できたのは、首をハネられた遥か後から。

 極まったアリオスは、クロノを越える。

 戦闘の時間は、一分と少々。

 全力を出し合った超越者同士の戦いは、いつも太く、短く、荒々しい。


 

 ※※※※※※※※※※※



『弛んでおる』



 床から、空から、遠くの景色まで、全てが黒で満ちた空間だった。

 クロノは、無明なのかとも思ったが、自分の姿と、目の前の人物だけはくっきりと映っている。

 


『弛んでおる。たわんでおる。まったく、コレが新しい主とはな』



 そこに居たのは、少女だった。

 長い金髪と、切れ長の蒼眼が美しい。トーガを纏う姿は、引き込まれてそうな魅力があった。抱えた神秘性の大きさは、思わず身震いしてしまうほどだ。

 不機嫌そうに眉間にシワを寄せている。

 肌に突き刺さるような鋭い気配。

 その少女がいったい何者か、自然とクロノは理解できた。



「……剣?」


『妾をそこいらの凡百の剣と認識するな。我が主とて、図が高い』



 高圧的な態度だ。

 少女は腕を組みながら、クロノを見下げる。

 


『ようやく、あの獣の手から離れられると思うたのに、新たな主は未熟じゃのう。まったく、□□のヤツが羨ましい』


「やっぱり、お前は……」


『曲がりなりにも妾を使う者が、なんと察しの悪い』



 鋭く、美しく、そして見慣れた気配。

 鈍かろうとも、クロノの目を使わずとも、直感で理解する。

 如何なる剣よりも強き、剣の究極。

 クロノが腰に携えてきたモノは、そうした力と形を授かっているのだと。

 


「あ……」


『我が主よ。ソナタは何故、そうも軟弱なのだ?』



 クロノを睨みつける。

 少女の威圧感は、明らかに人のモノではない。



『あの小僧は、貴様を殺すつもりだ。己の誇りを賭けて、この一瞬のために燃やし尽くす覚悟があろう。美しきかな、人間よ』


「…………」


『なのに、貴様はなんじゃ? 敗けがよぎり、どこかで勝ちを諦めておるな?』



 見抜かれている。

 万物を見抜く眼を有しているクロノが、それをまんまとし返されている。

 返す言葉など、あるはずもない。



『戦えぬのなら死ね。我が主に成り得ぬのなら死ね。少し力を持っていても、ガキはガキか?』



 ドスの利いた声色だ。

 孕んだ怒りは、それだけ大きい。

 


『無礼者め。痴れ者め。我が主なら、恥知らずな振る舞いは許さぬ』


「…………」


『妾の名において敗北よりも、何よりも、無様を許さぬ。全てを出し尽くし、恥じぬ己で在れ』



 だからなのだろう。

 こうして、わざわざ姿を見せたのは、

 


『さもなくば、貴様はあの小僧の友を、名乗る資格はないぞ』 



 この気位の高さゆえ。

 己という存在の高貴さを信じるゆえ。

 気高く在り続け、の格を下げないように。

 そして、

 


『……頼むぞ、我が主。ソナタだけが、頼りなのだ』


「?」



 抱えたモノを吐露するように、少女は言う。

 この秘密を見抜かないため、クロノは咄嗟に眼の機能を閉じる。



『強く、強くなれ。誰よりも強く。あの獣には、もう期待しておらん。強くなって、賢者に出会うておくれ』


「…………」


『そして、必ず―――――』



 言葉が途切れる。

 ザザ、という耳障りな音に阻まれる。

 空間がどんどんとひび割れ、この逢瀬も終わりが来たのだとわかる。

 そして、

 


『―――会いたい……』

 


 クロノは、空間から弾き出された。


 

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