第10話 河川敷で夕日をバックに殴り合いってテンプレ、どこから来たん?


 まず、一太刀目。

 お互い、上段から真っ直ぐに、力いっぱい振り下ろした剣と剣が交差する。

 決められた線をなぞるように、鋭く、疾く。

 剣と身体に込められた魔力は極限まで圧縮され、生まれた衝撃は木々を揺らす。

 甲高い音を響かせながら、そのまま鍔迫り合いの体勢となった。

 そうすると、互いの持つ剣の違いが見える。


 クロノの剣は、なまくらだ。

 鈍色の鉄塊は見るからに安物である。

 純度の低い鋼鉄、雑な造り。おそらく、そこらの武器屋から適当に取ってきただけの、安さ以外に魅力のない屑鉄だ。

 これでは、まともに斬れないだろう。

 叩きつける事を主とし、だが、特にこれが丈夫なものという訳ではない。

 

 対して、アリオスの剣は業物だ。

 明らかに違う。明確に、異なっている。

 使われている物質は、鉄ではなく、ミスリル。魔力に対して異常な親和性を見せる、強靭な銀だ。

 そして、その上質な素材を、一流の職人が鍛え上げたものであるのは明確である。

 岩に刃を落とせば、そのまま深々と突き刺さるほどの斬れ味だ。

 さらには、



「!」



 鍔迫り合いが拮抗する中、均衡が崩れる。

 アリオスの剣が突風を放ち、クロノを突き飛ばしたのだ。

 アリオス本人による魔法行使ではない。魔法の発動には、必ず術式と魔力が必要であり、クロノが感知したのは後者のみだった。

 それに、クロノはすぐ察する。

 己が師も常に携帯していた、魔法研究の産物。


 

「魔導具か……」


「おおおおおぉおお!!!」



 魔力と術式が、魔法には不可欠。

 前者は、シンプル。言ってしまえば、絵の具である。十人十色、指紋のような微妙な差異や当然ながら色の多様性はあれど、敢えて区別するほどの変化はない。

 一方、術式は違う。手段の総称であるそれは、絵を描く上では多様を極める。

 陣や詠唱が一般的ではあるが、舞や楽、果ては文字に至るまで。引き起こす結果は同じでも、辿る道は異なってる場合も多い。

 絵を描く手段は、筆はもちろん、砂や版画、素手などなど、極めて多様で、区別する必要性が出るほどに、異なる特性を持つ種類が存在する。


 この魔導具も、そうした手段の一つだ。

 道具に陣を刻みこみ、魔力を必要量流し込めば、それだけで魔法が発動する。

 限られたスペースに難しい陣を刻み込む腕、魔法発動後も問題なく武器として使える武器としての強度、強い魔力を注ぎ込んでも壊れない素材。結果として出来上がるのは武器が一つだが、作るために必要なものは数知れず。

 安物でも、平民の給与数カ月分は必要だろう。



「はああああ!!」



 突き飛ばされてすぐ、クロノは受け身を取る。

 すかさず追撃に入るアリオスを、クロノは冷静に観察していた。

 その美しい魔剣を、ただの魔導具ではないと見抜いている。

 刀身に刻まれた術式は、おそらく武器の耐久を高める『硬化』、斬れ味を高める『鋭化』、持ち主の身体能力を高める『身体強化』に、感覚を拡張し、鋭くする『知覚強化』、今見せた『暴風』の五つ。

 五つも術を刻むなど、尋常ではない。

 一つですら相当な技術を必要となるのに、ここまでくれば宝剣だ。



「!」



 一撃一撃が、格段に重くなっている。

 クロノの膂力なら捌けないでもないが、それでもかなり厳しい。

 クロノの体勢が良くないのもあるだろう。

 このままでは良くないと、すぐに察する。



「く……! おおお!」


「ぐっ!?」



 動きは最小限に。じっくり、ゆっくり、反逆の機会を待ち続ける。

 歯を食いしばり、耐え続けた。

 そして、大振りになった右からの袈裟斬りを躱し、クロノは肩を激しくアリオスの体に叩きつける。

 体当たりによって、距離が出来た。

 僅かな時間で体勢と息を整え、クロノは魔法を発動する。



「『ライトニング』!」

 


 少し前、アリオスがやったようなやり方ではなく、正しい使い方だ。

 雷は真っ直ぐに、音速を超えてアリオスへ迫る。

 避けられない。防げない。

 何故なら、それは凄まじく速いからだ。

 発動と同時に着弾するようなもので、そんな余地がどこにもないからそうなる。

 しかし、



「…………!」



 驚くべきことに、アリオスは傷ひとつ負っていない。

 見やれば、彼は剣を前に掲げている。

 アリオスは、雷を剣で防いだのだ。

 本来なら、金属を伝って感電するだろう。だが、それでも通じていない。

 使う魔法の属性と使うタイミングを瞬時に判別し、魔力で剣を覆い、受け流した。

 剣だけの力ではなく、本人の技量によるもの。

 それも、感嘆するほど高いレベルの。



「…………」


「おおお!」



 剣を、打ち合わせる。

 技量でいうなら、クロノが僅かに上だろう。

 宝剣となまくらがここまで打ち合えるのも、クロノの工夫によるところが大きい。

 そして一方で、アリオスは宝剣を用いても、剣戟では押し切れていない。


 クロノは剣戟の中で、蹴りを放つ。

 アリオスはそれを読み切り、躱して剣を振り下ろす。

 クロノは見切って受け流し、魔法でアリオスの地面を緩くしながら、下から剣を振り上げる。

 直前で魔法の気配を察知したアリオスは、地面を魔法で硬めて、喉を狙って突く。


 繰り返される技と力のやり取り。

 お互いのことなど全て分かっているかのような、凄まじい攻防。 

 アリオスの型通りの美しい剣と、クロノの経験によって確立された勝つための剣。

 どちらもそれぞれ尊く、また弱点がある。

 お互い、強みも弱みも分かっている。

 


「おおおおおお!!!」



 能力差は、埋まった。

 技術の差は、小さい。

 拮抗している。


 それは、恐るべき魔剣だった。

 貴族であっても、おいそれと買えるものではない。

 彼自身の才能も相まって、発揮できる力は、クロノであってと底しれない。

 少なくとも、前回のように余裕はない。

 しかし、クロノはアリオスの欠点も同時に見抜いている。



(風の魔法は、彼には合ってない)



 以前の手合わせで、アリオスの得意な魔法の属性は分かっている。

 一番は炎、次いで土、次に風、そして水。それらの派生も含めれば、あと六つは別の属性の魔法を使えるだろう。

 全て高い水準で使えるが、風の適正の高さは四つの基礎属性の中で三番目だ。

 使えはするだろう。だが、使えこなせはしない。

 もしも、風の属性を炎と同じレベルで使えるのなら、先程の奇襲で、受け身など取れないほど激しく地面に叩きつけられただろう。


 使いこなせない武器など、怖くない。

 多少厄介ではあるが、それだけだ。

 クロノは即座に剣を構えて、



「! なに!?」


「落ちろ!」



 瞬間、クロノの真下の地面が割れた。

 術式の気配はアリオスからはしなかった。

 予想外の出来事に対応しきれず、右脚を挟まれる。

 メキ、という嫌な音が体の中で響き、苦痛に顔を歪ませた。歯を食いしばりながら、クロノは振り下ろしをいなし、突きを躱し、薙ぎ払いを受け止めた。

 


「がああ!!」



 無理矢理脚を引き抜きながら、クロノは魔法を発動した。

 

 第三階梯魔法『フレイムジャベリン』


 燃える炎の特性だけでなく、貫通という別の特性を付与している。

 刺さればそのまま肉と骨を焼き続け、致命傷は必至。比較的簡単な魔法ではあるが、殺すためには十分だ。

 咄嗟に放たれた十数本の槍がアリオスを襲う。

 しかし、



「効かん」



 突如現れた分厚い水の壁は、炎を容易くかき消した。

 そして、術式の気配はなかった。

 間違いなく、その魔剣によるものだ。



「俺は、負けない。二度と、あのような無様は晒さない。どんな手を使っても、勝つ」



 刀身が、光る。

 否、熱を帯び、燃える。

 灼熱が、剣を覆っていく。


 それを振るうと、周囲の木々に炎が飛ぶ。

 生き物のように取り囲み、壁を作り出す。

 逃げ場などないと、そう忠告している。



「お前の目に、俺はどう映っている?」


「…………」


「自分の命を、卑怯な手を使って脅かす悪党か? 逆恨みで暴れ回る畜生か? 構わない。何も残せない、どうでもいい誰かと思われるより、マシだ」



 鋭い眼光が、クロノを貫く。

 剣が纏う炎のように、激しい怒りが燃えている。

 


「眼中にないと、そう示された。それで折られた俺のプライドは、お前を撃ち倒さなければ戻らない。この屈辱は、お前を這いつくばらせなければ雪げない」



 地獄の底から響くような声だ。

 その恐ろしさに、クロノは、微かに恐怖した。



「死ね」


「…………!」



 クロノの想像を、超えた事態だ。

 

 魔剣の格は遥かに高く。

 想定以上の手傷を負い。

 そして、敵の妄執は計り知れないほど深かった。

 

 迎えた逆境に、クロノは、



「クソ……」



 ※※※※※※※



 アリオスの剣は、アグインオーク家の当主に代々引き継がれる魔剣である。

 持ち主を強化し、さらには四元素を司る。

 ミスリルを主とした様々な合金から成り、刻まれた式の数は全部で十五。

 世界中を探しても、ここまでの魔剣はそうそうない。

 文句なしの一級品である。


 だが、それだけなら、クロノを追い詰められはしない。

 剣や魔法を含めて、ここまで多彩に戦えるのは、本人の能力あればこそ。

 基礎スペックにおいて、大きな差があった。

 だがそれは、魔力量だけの差だ。

 これによって強化された身体強化は大幅な格差を生み、さらに一度使える魔法の数や強さも異なる。

 それ以外の差は、正直あまりない。

 だから、剣による『身体強化』と、発動する魔法の手数と力が加われば、差はそれほど大きいものでは無くなるのだ。


 自分に近い存在が、迫っている。

 自分が下に見ていた男に、越えられようとしている。

 そのストレスは、彼自身が思うより、ずっと大きなものだった。



「「?」」



 違和感を感じたのは、両者同じタイミング。

 これまで感じたことのない不自然な魔力を、感じ取ったのだ。

 この戦闘時に感じ取ることが、どうでもいい事な訳がない。

 だが、アリオスは敢えて気にしない。

 何故なら、今ほど有利な状況がないからだ。

 

 クロノは片脚が潰れている。

 踏ん張りが効かず、しかも機動力はガタ落ち。 

 詰めるのなら今しかない。

 回復の魔法は総じて難易度が高く、クロノが使えるとは限らない。だが、それで楽観やよそ見が出来るほど、クロノを低く評価はしておらず、クロノに勝つという執念は温いものではない。

 それに、タイムリミットがあるのだ。

 アリオスの魔剣は、確かに能力をクロノに迫るほどに高めてくれた。しかし、その分、大量のエネルギーを消費することになる。

 以前、十分少々の戦闘時間で息が切れた。

 ならば、今回はその半分と見ていい。

 無駄に時間を使うことは、そのまま敗北を意味する。

 

 今回負けてしまえば、終わりだ。

 制約のある学園内の決闘では勝てない。

 この機会を逃せば、次は当分先になる。いや、そんな機会はもう訪れないのかもしれない。

 だから、アリオスは体を前へ突き動かす。

 今回だけは勝たねばならないと。


 だが、

   


「!」



 クロノは、アリオスの連撃を防ぐ。

 五体満足でやっと捌けていた攻撃を、難なく。

 片脚が潰れているから、そんな事が出来るはずがないのに。

 


「クソ……」



 驚愕するアリオスの耳に飛び込んできたのは、クロノの呟きだった。

 それは、深い悔恨に満ちた強い怒りだ。

 自分に向けた、隠しきれない自己嫌悪である。

 意味が分からず、アリオスはただ困惑する。

 追撃に入るのも遅れて、クロノの次の言葉を待ち続けてしまった。

   


「使ってしまった……!」



 そして、気付く。

 完璧に治っているクロノの脚、


 ではなく、クロノから漂う、凄まじい魔力を。

 背中に広がる、時計盤のような紋章を。

 さらに広がる、空間のヒビ割れを。



「それ、は……?」


「すまない」



 これまで、感じたこともない異質な魔力だ。

 なにか、冒涜的なものを連想してしまう、言い知れぬ気持ち悪さ。

 こんなものがあっていいのかと、驚愕も恐怖も、気味の悪さも止められない。

 そして、

 


「がはっ!!!」



 断じて、触れられてはいなかった。

 凄まじい魔力を感じはしたが、術式の気配はどこからもしない。

 気付けば、ナニカに吹き飛ばされていたのだ。

 地面に叩きつけられて、ゴロゴロと転がり、木に激突するまで止まることが出来なかった。

 たった一度のダメージが、全てを上回る。

 妄執も、根性も、誇りも、心意気も。

 ただの一撃だけで、アリオスはもう立ち上がれなかった。



「う、げはっ! ゴハァ!!」



 同時に、クロノも膝を付く。

 下を向いたまま、尋常ではない量の血を吐き出した。

 耳や鼻からも赤色が流れ続けている。

 何かしらの代償にしても、あまりにも重い。



「はあ……はあ……」

 


 そして、クロノは崩れ落ち、突っ伏した。

 そのまま、動かなくなる。

 戦闘不能に陥ったのは、明らかだった。



 誰の目にも触れられぬ、五分足らずの決闘。

 誇りをかけた、男同士の真剣勝負。

 そこに、勝者は、生まれなかった。


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