第9話 遠足って楽しい気がするだけであんまり楽しくなかった思い出


 はい、授業なんて聴いてらんないから、ここ一週間で受けてた学習シーンは全部カットね。

 どうせ映したところでうつらうつらしたボクが睡魔と格闘する絵しかないから。

 そんな面白くないものより、もっと実になることについて話をしようぜベイベー。

 あ、とはいっても実になるってのはボクにとってね。

 少なくとも、学園の連中は損しかしないと思うけど、それはご愛嬌ってことで。


 さて、最近はずっと、基本的に魔法に関する色々を教えてもらってた訳なんだけども。

 ようやく、それらしいイベントが今日起こる。

 長かったよ、この一週間。

 この人のために裏で色々準備してきたから、寝る間もほとんど無かった。

 昼寝してたっていうボケはなしね。睡眠は気分でするもんで、生命活動にはまったく必要ない。ただ単に、使える時間は全部使ったって意味。

 授業以外の時間は全部注ぎ込んだ。

 普段なら、日がな一日ボーッとする、もとい瞑想しながら祈りを捧げるだけの平和な日々だったろう。こんなに忙しかったのは久々だわ。ボクの穏やかな日常を返して欲しい。

 でもおかげで、なかなかに良い下準備が出来たよ。

 無駄に時間を使った甲斐があったってもんさ。


 バレないように、バレないように。

 手が込んでる学園の防護壁を壊さないように突破しながら、細工をするのは骨が折れた。

 その細工も、そもそもこの日まで発動しないようにするのめちゃくちゃ大変だったんだ。

 苦労の末、やっと今日までこぎつけた。

 もう本当にクソッタレだわ。アイツから直々言われてなかったらぜってーやってねー。

 

 構想考えたのボクだけど、ここまでメンドイとは想定外だった。

 周囲と関わることを怠りすぎて、正しく力を見抜けなかったのが原因な気がする。

 まさか、イベントで使う場所をあんだけ厳しく管理してるとは。まさか、仕掛けで使う小道具のために連れてきたアレが、あんなに凶暴だとは。

 クソ共のクソ具合が、ボクの想定以上だったわ。

 この世界には性格悪い奴しか居ないのか?

 手っ取り早くやりたいけど、回りくどい手段しか取れなくて気が滅入る。

 

 駄目だ。愚痴ろうと思えば止まらんくなる。

 ああ、そうだそうだ。

 例のイベントについて説明しようか。


 これは、ある程度学園の生活に慣れた頃にする、まあ遠足みたいなもんだよ。

 ちょっと遠い場所に足を延ばして、管理された場所で特別な試験しますよ〜みたいな。今回の場合、ちょっと森でサバイバルしてみようかって事らしい。

 いやあ、『え? サバイバル?』って思うかもだけど、ちょっと説明させて欲しい。

 まず前提として、魔法使いは研究者としての側面と、戦力としての側面がある。

 この学園の校風的に、後者を育てようとする色が強いから、生徒をガンガン強くしようとカリキュラムを組んでるみたいだね。

 将来、軍事において高い地位につく予定の人たちを育てることを目的にしてるし。国としては、長い目で見たら研究者タイプが欲しいだろうけど、やっぱり短期的に役に立つ戦う魔法使いの方が大量に欲しいわな。

 いつどこで戦争が始まるか分からんし。今はマシだけど、世界中ピリピリしてるらしいし。

 

 で、サバイバルだよ。

 将来軍事に関わるなら、サバイバルなんて普通にある話だろうし。生き残るために必要な観察力とか、実際に敵に対した時に躊躇わない決断力とかを育む目的もある。

 戦うための力を付けさせる。そして、それらを生み出し、周囲へ流す価値を認めさせる。

 そうすることで、この国は商売成り立たせてる。

 魔法の研究は別の教育機関の仕事だから、仕込みは遠慮なくすりゃあいい。

 偶に何らかの実戦を強いらせられるつもりだね。厳しく教えこみ、戦える人材を作ることが史上だ。

 

 なんていうか、魔法学園(笑)って感じだね。

 権謀術数の匂いがキツ過ぎる。

 魔法の学習と習得がメジャーだけど、兵法やらの科目もあるし。

 どっちかっていうと、士官学校だわ。

 

 今回は、弱い魔物を敷地内に解き放ち、丸一日、自力で生き延びる訓練。

 食料とかの物資は事前に貰ってるから、正直イージーモードだけど、まあ初っ端だしね。

 これから、厳しくなってくんでね?

 隠してる部分が見え隠れしてて、案外好き。

 それに、人のモノに囲まれてるより、自然が近い方がボクとしても気が楽だしね。

 

 ……え? 魔物って居るんだって?

 あれ? 魔物の話ってしたっけか?

 

 まあ、特に説明することもないけども。

 バケモン、以上、終わり。

 正確に言えば、身体の多くが世界の魔力と結び付いた変異生命体みたいな感じだけど、ややこしいんだよね。

 普通の動物が魔力に過剰に侵された末の突然変異個体だったり、その子孫だったり、はたまた全てが魔力から生み出されたものだったり、種類が色々あるけど、全部まとめて『魔物』って呼称してる。

 漏れなく全部人を襲う化け物だから、魔物は魔物でオッケー。

 まあ、特に大事な話でもないし、忘れてええよ。

 

 さて、ボクが何でここに注目したかっていうと、混乱を生じさせやすいからだ。

 ただ漫然と授業授業授業の日々に、サプライズなんてどう起こすのさ?

 ムリムリのカタツムリ。

 無理にそんなことしたら、普通にバレるし。イレギュラーを起こしやすい場面を逃しちゃいかん。

 ボクや他の連中が直接手を出したらダメなんだろうし、チャンスは一つ一つ大事にしないと。


 たった一人のために、ボクがここまでやったんだ。豪華なおもてなしに感謝感激して欲しい。

 そのおもてなしの準備がダルすぎて、普通に拉致って虐めりゃええやんって思わんでもなかったけど、出来たら苦労しないしなあ……

 具体的には知らんけど、捕まえるだけならボクが動く事態にはならんし。

 興味出てきたから、明日にでも聞いてみようか?


 ああ、時間が来たね。

 さて、ここからが本番だ。



 ※※※※※※※※※

 


 日の位置はもう低かった。

 視界の端にある山のふちから、真っ赤な光が姿を消そうとしている最中だ。

 夜が始まろうとする時間帯。夜行性の魔物たちが起き出す、直前といったところである。

 人はそろそろ、家路につく頃だろうか?

 まだもう少し、人が眠るには早いだろう。もう少し活発にいられるはずである。

 だが、欠伸を噛み殺し、目を擦るのは何度目か分からない。

 


「ふあ……」



 そんな時間から、イベントは始まった。

 学園に来て一週間、初めて授業以外の活動。

 それは、彼、クロノ・ディザウスが心待ちにし、指折り数えた活動は、思いの外楽しいものではなかったらしい。

 今も、瞳の奥には眠気の他にも失望が映る。


 イベント開始前、教師たちからされた説明を、途中から寝ないようにするのが難しかった。

 その気になれば立ったままでも寝られるクロノにとって、立ち寝など余裕である。出来ることが多ければ多いほど良いと思っていたのに、出来て困るのは初めての経験だ。

 そんな嬉しくない発見に慄きながら、クロノはダルそうに体を伸ばす。


 せめて、他の誰かと一緒ならと思ったのだが、残念なことにそんな空気にはならなかった。

 ラッシュが、一人でしっかりサバイバルすることを提案したからだ。

 いわく、協力することは禁止されてはいないが、それでは面白くないだとか。


 

「森でサバイバルって、何も新鮮じゃない……」



 クロノは、あからさまに退屈していた。

 思考まで溶けているのではなかろうかと思うほど、雰囲気まで緩んでいる。

 未知への恐怖や緊張など、欠片すらも感じない。

 あるのは、絶対的な経験による、慣れ。

 幾度も幾度も繰り返してきたからこそ感じてしまう、たわみだった。


 嗚呼、なんたる傲慢だろうか。

 演習とはいえ、サバイバルはサバイバル。

 どんな猛者でも、小さな毒虫の一噛みで倒れる事もあるだろう。

 個としての強さと、生き残る強さは別物だ。


 だのに、クロノのこの態度。傲慢。驕り。

 この森のいかなる存在でも、自分を害すことが出来ないと言っているのと同じだ。

 この近辺の生命は、一つ残らず自分に満たないと見下しているようなものだ。

 初めて踏み込んだこの土地で、自分こそが食物連鎖の頂点であると思い込んでいる。

 しかし、その傲慢は正しくもある。


 クロノは、森の中でぼうっと立ち尽くしていた。

 ぼうっとしながらも、全てを感知していた。

 言葉は半ば無意識に漏れ出ていく。



「ここには、師匠も居ないし……」



 演習の内容は、事前に与えられた物資のみで一日生き延びること。

 ルールは、範囲は結界で仕切られ、時間が経つまでは外には出られないこと。中には魔物が解き放たれ、それらを食料としても構わないこと。ギブアップの場合は、信号弾として、魔力を緑に着色し、そのまま空に放つこと。

 それだけ聞いて、クロノは心底温いと思った。

 学園に来るまでの期間、クロノの生活はこのサバイバルよりもずっと厳しいものだったのだ。


 こちらを殺すことに容赦のない、強い魔物たちに終始狙われ続けた。

 食料など、自分で勝ち取らなければ飢え死ぬ。

 ギブアップする時は、死ぬその時だけだ。

 それに何よりも、ここには師が居ない。

 常にクロノを限界まで苛め抜き、隙を見ては叩きのめし、暴力の何たるかの全てを教え込んだ師が。


 あの暴虐の象徴が居ない。

 それだけで、天国とも思える環境だ。

 これなら、何も心配しなくてもいい。


 だからこその、緩み。

 なればこその、油断。


 本能レベルで、自分を害せる存在が居ないと確信している。

 事実、そんな敵はどこにも居ない。

 居るのは、クロノの足元にも及ばない雑魚ばかり。

 学園に来てから感じていた、周囲のレベルの低さ。

 それが確定的になってからは、ほんの僅かに、周りに飽いている自分に気付く。

 逃れたいと思っていた地獄を求める自分に、気付く。



「退屈だ……」



 授業を受けることは、新鮮で面白かった。

 これまで何となくで理解し、体に叩き込まれてきたことが、見事に理論に落とし込まれていることに感動した。

 初めて触れることばかりだったのだ。

 ノートに文字を写し、それを見返すだけでも、クロノは楽しくて仕方がなかった。

 だが、戦いが近くになった時だけは違う。

 どうしても、この退屈だけが張り付いてくる。

 


「退屈だ……」



 不満はないのだ。

 どこにも、満たされていない場所がない。

 望んだものは手に入り、さらには予想だにしなかった喜ばしいものまで付いてきた。

 満たされている感覚以外、何もない。

 なのに、



「退屈だ……」



 この不満は、いったい何なのか?

 思わず苦虫を噛み潰したような表情をしてしまうような、この苦痛は何なのか?

 自問自答しても、辿り着けない。

 どうしても、矛盾が生まれてしまう。

 地獄から逃げたくて、地獄以外に飽いていて、地獄以外を楽しんでいて、地獄を求めている。

 自分の歪さに、初めて気づいたかもしれない。



『周りに目を向けなさい』



 言われた言葉を思い出す。

 これまで、自分は誰とでも対等で、誰とでも絆を紡げると思っていた。

 気紛れに師がくれた本のように、ただの子供がそうするように、無邪気になれると思っていた。

 なのに、そうはなれないと思い至った。

 自分の歪さに、周囲との違いに、目眩がした。

 

 自分は、自分の理想に相応しくない。


 どれだけ平和を望んでも、心は争いを求める。

 どれだけ絆を望んでも、歪さは周囲の心を毒していく。

 そうなると、何となく分かってしまう。

 かけられたあの言葉も、そうなる未来を予見した上で言ったのだろう。

 理想を追いかけただけで、他には何も見えなくなっていたクロノに釘を差したのだ。


 いや、もう既に……



「…………」



 思わず天を仰ぐ。

 自分の歪さから、目を背けてきたのだ。

 その歪さのせいで、周りを苦めてきたのではないのか?

 人の気持ちも、自分は分からなかったのか?



「たい、くつ……」


「おい」



 向き合わなかった歪に、向き合わされる。

 過去の清算をせよと、現実が迫る。

 


「平民、こっちだ」



 後ろを振り向く。

 そこには、歪の結果が立っていた。

 

 今こうして向き合っても、未だクロノは理解するにはあたわない。

 叩きつけられた決闘を受けた。そして、後腐れなく勝利した。

 たったそれだけの話なのだ。

 だから、こうして恨まれる理由がない。恨まれていることすら、気付いたのは直近だった。

 だが、言われた忠告が心を突く。



『周りに目を向けなさい』



 落ち度があったのだと、そうクロノは思う。

 今の今まで清算せずに残していた負債なのだと。

 自分の立ち回り次第で、こんなにも恨まれることはなかったのだろうと。

 自己嫌悪が止まらない。

 気付いてしまった以上、止められない。

 

 これで、『皆と仲良くなりたい』などと抜かしていたのだ。

 ここまで相手の気持ちを無視しながら、自分は和を謳っていたのだ。

 滑稽、無様、愚かの極み。

 人心に疎いことなど、言い訳に出来ない。

 いくらなんでも、限度があるだろう。



「立ち合え。否とは言わせない」


「…………」



 真剣を鞘から抜く音がした。

 その鉄は、水に浸したように美しい。

 持ち主の殺意に照らされたコレは、ゾッとするほど映えている。

 前の決闘の時とは違う、本気の命のやり取りの気配だ。

 執念、執着、殺意、怒気、屈辱、恐怖。

 様々な暗い感情がない混ぜになった彼は、深く『沈んでいる』のだろう。

 


「貴様を認めない。絶対に。貴様を。俺の、全てを賭けて、否定する」


「……そうか」



 初めて真正面から戦った、師以外の人間。

 戦う理由こそ無かったし、戦う意味など、今思い返しても微塵も理解できない。

 しかし、期待と不安で心が揺れる中、剣を交えた経験は、間違いなく人と関わるための軸になった。人と一度真剣にぶつかった事で、『人』を僅かなりとも理解したつもりだった。

 彼に対して、感謝はすれど、嫌悪はない。

 他と関わる機会を、その機会に恐怖する必要がないという気付きを、与えてくれたのだ。


 だが、この程度とは、と心の中で思っていた。

 自分に次ぐ席に付く者のレベルが、ここまで低いのか、と。

 その侮りを、気取られたのだ。


 彼がこれまでの人生で積み上げてきた強さ。血反吐を吐きながら行ってきた努力。

 それらは、クロノの前では歯牙にもかからなかった。

 その結果だけでも、彼の心の平穏を大いに乱してしまったのは当然。その上で、クロノは彼の強さを、大いに侮ったのだから、恨まれるのは当たり前だ。

 形だけの敬意を口にして、彼のプライドを底なしに貶めた。

 それは、本当に悪かった。

 やってはいけない事だった。


 今になって、それに気付くのだ。

 クロノは、能天気すぎる自分を殴りたくなる。



「俺は、どうでもいい誰かじゃない」



 その通りだ。

 彼は、クラスメイト。

 絆を紡ぎたいと思った、少し気が大きくて、プライドが高いだけの努力家の男だ。



「俺は、お前の踏み台じゃない」



 その通りだ。

 彼は、断じて舞台装置などではない。

 対等なクラスメイトだと、最初に信じたのは、信じたかったのは、だが、信じなかったのは、クロノ自身だ。



「俺は、アリオス・アグインオーク」



 知っている。

 決して、忘れてなどいない。



「こっちを見ろ、痴れ者めぇえ!!」



 その名乗りを受けた時、クロノは駆け出した。

 アリオスに負けない殺意を滲ませて。



「クロノ・ディザウスだ。悪いが、負けるつもりはない」



 真剣同士が、高い音を奏でながらかち合う。


 クロノは、真っ直ぐにアリオスを見ている。 

 視界にも入れないなどという無礼は、もう犯さない。

 ただ、全力で、敵を打ちのめす事を決めた。



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