五章 星霊が嫌い

第86話 新キャラ登場! ボクにとってはただの厄介事だわ


 洞窟の奥に隠された、人工物。

 幾重の魔法によって隠蔽、保護が繰り返され、厳重に守られた施設があった。

 数百年は先であろう、オーバースペックな機材。学者然とした、白衣の人間たち。様々な機能を併せ持つ、奇怪な生物たち。

 どこを見ても、場違いだ。

 この世界に相応しくない、実験場。

 整然としているし、塵一つ落ちてはいない。汚れだって無い場所ではあった。

 この無駄の無さは、美しいと見るべきだ。

 隅から隅まで緻密な計算によって作られた、素晴らしき人工物。

 どこまでも合理的なものだった。


 しかし、同時に、凄まじく悍ましい。


 タガというものが無いのだと、分かる。

 ここには、道徳というものが無いのだと分かる。

 人の悪意が凝縮された、実験の産物。それが、そこかしこで散見されるからだ。

 命や倫理すらも、合理性が押し潰して、消し去ってきたからこその景色だろう。

 人を人とも思わぬような、悪魔の如き実験の産物。

 様々な人道にもとる成果に笑う者たち。

 苦痛に泣き叫ぶ、哀れな実験体たち。

 

 そして、そんな全てを潰している怪物が居た。



「はあ……胸クソ悪い……」



 その怪物は、背の高い女だった。

 長く伸びた金髪で隻眼を隠している。

 血飛沫が舞った空間の中で、煙を嗜んでいた。



「クソダリィなあ。こんな木っ端共なんざ、放っておきゃいいだろうに」



 積み上げた死体の山に、女は感慨も無さそうだ。

 足を組んで、煙を宙に浮かばせる。

 腰にさげた水筒に口をつけた。酒の匂いが、より一層にきつくなる。

 がしがしと頭をかき毟る。

 明らかに苛立っているようだ。どんどんと、視線が鋭くなっていく。



「他の手ぇ空いてる奴を寄越せよ。どうせ、アイツ等との戦争なんてやる気ねぇんだから」



 残された目が睨む先には、戦場がある。

 遥か東、数百キロは離れた場所でだが、目の前で繰り広げられているかのような感情の入り込み方だ。

 忌々しそうに、睨み付ける。

 その怒りも、投げ掛ける視線も、何一つ届かない。

 だが、女は一点を睨み続ける。それは、そこに居るであろう、彼女の宿敵に向けていた。

 


「……クソ」



 入ってきた他人の魔力に、余計に機嫌を悪くする。

 魔力による、無線通信だ。

 百キロ以上離れた相手にも、こうして思念を届けられるのは、魔法の性能の高さではない。純粋に、思念を届けている側の技量が卓越しているだけだ。

 その相手は今睨んでいた、忌々しき仲間の一人だった。



「……んだよ。終わったよ。施設内の奴らは皆殺しにした。……言い方なんぞ気にしたってしょーがねーだろ」



 粗雑な物言いからは、あからさまに苛立ちが見えている。

 通信相手も、かなり馬が合わなそうだ。

 様子は窺えないが、そちらもかなりコミュニケーションに苦心しているのだろう。

 しかし、それも僅かな時間のみの話だ。

 気が落ち着くまでは、女の口が悪い事など承知している。



「クソ神父か、クソ幽霊か、どっちかの施設だ。実験体の特徴はクソ幽霊だが、クソ神父はこの辺りを根城にする場合が多いし、判別がつかん」



 溜め息混じりに、女は言う。

 その息にも、煙が混じる。

 煙草の吸い殻を、殺したばかりの死体に押し付ける。



「……そう……そうだ。大した情報は残ってない」



 どんどんと、怒りが静かになっていく。

 乱れるような感情が、鋭く尖っていく。

 多くに向けられた感情の矛先が、一つに集中していくのだ。

 彼女は、話が通じる獣である。

 常に怒りを向ける対象を探している。だから、それを向ける相手を用意すればいい。扱い方は、しかと心得ている。



「…………」



 幽鬼、機械人形、怪人、神父。

 姿を見せない教主と第一使徒を除けば、目下最大の敵はこの四人。

 そして、女にとって最大の敵は、神父だ。

 女の仲間は、釣糸を垂らす。

 食らい付かせて、組織の目的を叶えるために。



「了解。すぐにクライン王国へ向かう。……ぬかせ。本気出せば一秒かからねぇよ」



 ゴキリ、と首を鳴らす。

 歩いて出た先で、日の光が出迎える。

 女の後ろで何かが派手に倒壊し、爆発する音がしたが、女は気にも留めない。

 新しい煙草をくわえ、魔法で火をつけた。

 大きく息を吸い込んで、空に向けて吐き出す。


 そして、

 


「待ってろよ、バカ弟子」



 魔力が昂る。

 淡く、女の全身が発光する。


 瞬きの間に、女の姿は影も残さず消え去った。



 ※※※※※※※



 今のところ、季節は六月に入ったくらいである。

 入学の頃を四月とするなら、まだ二ヶ月くらいしか経っていない。

 なのに、ちょっと大事件が起きすぎな気がしてきた。

 いや、分かってるよ?

 こうしてクロノくんの周りを引っ掻き舞わすのがボクの仕事だって。

 でも、ちょっと最近はやりすぎたかなって思い始めた。

 だって、たった二ヶ月よ? その間に何回死にかけんねんって話だし。


 そろそろ、お休み期間でも設けるかって神父に相談したりした。

 ほら、パンだって作るときは寝かせたりするやん。カレーだって、一晩寝かせた方が旨いし。

 こっちから大事件を起こすのは一端控えるかって。

 

 今のところでも、十分クロノくんは育ってる。

 正直、ちょっと前までは学生を大きく逸脱する程度だった。

 だけど、彼は既に準英雄くらいの力はある。

 英雄ともなれば、ひとりで国のパワーバランスを崩しかねない稀有な戦力だ。万夫不当の怪物の足元くらいの実力だよ? 普通に、めちゃくちゃ強い。

 元は三年くらいを目安にしてたから、大分ペースを逸脱してる。

 

 だから、今のところは暇してるんだよね。

 何をするかっていうと、クロノくんたちの修行を見てあげるくらい。

 謎に好感度稼いだから、なんか、ね?

 本当にそのつもりは無かったけど、神父が言うからさあ。

 より深く食い込んだ関係性になっちゃった。

 現に今も、そうしてたし。

 


「剣を、見せてくれないか?」


 

 皆の前で、何を言い出すかねクロノくん。

 随分と急じゃないか。

 あんなの見ても何も面白くはないと思うけど、本当に良いのかって聞こうとして止めた。

 剣が本職の二人が、興味津々なの。

 そりゃ、結構強い剣だから分かるけども。

 気安くそんな事を言うなんて、随分とボクも舐められたものである。



「…………」


「いや、あの時、戦ってた時の光景が忘れられないんだ。本当に力ある魔剣なんじゃって思った、つい」


「俺も聞いたぞ。剣を扱う者として、興味がある。さぞ、素晴らしい剣なのだろう」



 ほんと、高いんだからな。

 見るだけでも金取れるレベルの貴重なものだぞ。

 それを、このガキ共め。

 タダで見学しようなんざ、本当に調子良いな!



「…………」


「「おぉ……」」



 まあ、見せるよ。

 別に減るもんじゃないからね。

 ……いや、別に誉められたからじゃないぞ。

 気分がよくなって見せてやろうと思った訳じゃない。はじめから見せるつもりだった。

 子供の希望に応えてやらないほど、腐ってないってだけだよ。

 ファンサービス的な、ね? 一回り大人なボクが折れてあげてるの。



「この魔剣、銘は無いのか?」


「本当に凄いよ。こんなに綺麗な剣は、他に無いと思う……」


「…………」

 


 別に嬉しくなんかない。

 ただ、持ち物を誉められただけだ。

 正直なところ、だから何って感じ。

 そんな事よりも、扱い方に敬意を払って欲しいね。飴細工を触るように繊細に、かつ、天から奇跡を賜ったように拝見しててくれないか?

 粗雑な扱いはしてないから、まあ許してるけど。

 ちょっとでもおかしな事をしたら、宇宙の果てまでぶっ飛ばすからな。



「なんだか、かつてないほど機嫌が良いですね、アインさん」


「アイツ、あんな顔するんだ……」


「武器にこだわりがない俺たちには分からないなあ、二人とも」


「「アンタ(貴方)と同じは何となく嫌 (ですね)」」


「手厳しぃー」



 外野、とてもうるさい。

 石投げつけてやろうか?

 コントロールA+で肩力A+はあるぞ、ボクは。

 ……言っておいてなんだけど、あの野球ゲームはエアプだから、細かい事は指摘しないでくれ。



「出来れば、制作者を知りたい。どうにか、連絡を取れないか?」


「……もう居ない」



 引き抜きを考えるなんて、なんて悪い奴だ。

 だが、残念。

 その剣は四百年以上の歴史があるんだよ。

 その辺の事も説明するつもりはないし、君の思い通りにはならないぞ。



「……これ、振ってみても良いか?」


「いや、クロノ。流石に断られるだろう」



 おいおい、クロノくん、図に乗りすぎだ。

 これ、一応ボクの宝物よ?

 見せて、触らせてあげただけでも大サービスなのに、そんなホイホイ使わせる訳ないじゃん。

 どうしてもっていうなら、三日三晩頼み込むくらいはしてくれないと。



「見たときから、本当に凄いと思ってたんだ。忘れられずに夢に出るくらいに、その剣に惚れ込んでる」


「…………」


「正直、ここまで入れ込むとは自分でも思わなかった。それもやっぱり、その剣がこれ以上ない業物だからだ」



 事実を言っても何も変わらんぞ?

 もっと語彙を絞り尽くして、限界を超えて誉め尽くせ。

 ほら、最上級を飛び越える称賛を寄越せ。

 

 あー、でも、あれか。

 クロノくんにそこまで言われても微妙だし。

 今回は特別っていうことで良いよ。



「え、いいのか!?」


「嘘だろ……」


「あの人、実はチョロいんですかね?」


「あざといわね」


「俺にも優しくしてくれー」



 うるせーぞ、ボケ共!

 思い切り石投げつけるぞ!

 まあ、アホ共に必要以上に構う必要はない。

 重要なのは、称賛だ。

 褒め称えられる事で、ボクは心を満たせる。それを欲してるんだから、それで話は終わりだ。たまたま、そういう気分だっただけのことだ。

 だから、別にチョロい訳じゃない。

 これが昨日とかだったら、多分クロノくんをボコボコにしてたよ。昨日は雨が降ってて機嫌が悪かったからね。



「…………」



 クロノくんが、ボクの剣を振るう。

 上段から真っ直ぐ振り下ろした。

 普通に速かったけど、空気を切る音がしない。

 魔力、肉体の操作共に、十分合格点を出せる。


 ……似合ってるな。

 


「その剣、欲しいかい?」


「!?」



 凄いビックリしてるな。

 まあ、自分で言ってて似合わない事を言ったからね。

 だから、全員が『熱でもあんのか?』みたいな内容をひそひそ話してるのは目ぇ瞑ってやる。



「く、くれる、のか?」


「それは、ボクにとって無用の長物だ。剣を使うより素手の方が戦いやすいし、この鉄屑、何年使ってもボクを主人として認めてくれなかった」



 意味は、分かってないね。

 良かった良かった。

 ちょうどスルーしてくれたみたいだ。


 正直、処分に困ってたしさ。

 ボクじゃ使いこなせないし、ワガママで困ってたんだよね、ソイツ。

 徒手で戦うのが最適解だから、ぶっちゃけ要らねぇなあっていう深層心理を見抜かれたくさい。

 使われてるだけ有難いだろうが、クソ。

 本当に性格悪いよなあ。昔から、反りが合わなかったんだよ。



「相応しい人間が使うべきとは思ってた」


「え、え、え、こ、こんな業物を……?」


「無用の長物らしいですよ。アレが」


「本当に大物だな。アレを手放す気になれるなんて……」



 人をバカか天才か判断がつかないみたいな目で見るんじゃないよ。

 どっちかっていうとバカにしてるからな。

 


「じゃ、じゃあ、これは、」


「君が剣に認められたらあげてもいい」



 クロノくんを、思い切り蹴り飛ばす。

 油断しすぎだね。

 何を思おうと、何が起ころうと、攻撃の気配がしたなら切り替えないと。

 常在戦場の意識は叩き込んだのに、まだ足りないらしい。

 ま、普通に避けられない速度で攻撃したんだけども。でも、せめて、防御と反撃くらいはしようとしろよ。

 


「これくらい防げないとダメだよ。もっと精進しなさい」


「……っ! か、はっ! は、はい……」


「アイン嬢、スパルタ過ぎない?」


「いや、半殺しにしてないだけ今日は優しいぞ」


「マジで鬼畜の極みじゃん」



 ミスっても死んでないんだから、何しても優しい方だよ。



「……い、今の、俺じゃあ、実力不足、か」


「クロノくん。今すぐ治療を。内臓が傷ついてるかもしれせん」



 そんな強く蹴ってないって。

 大げさだなあ、まったく。いや、クロノくんに近付きたいから幸薄ちゃんなりの駆け引きか。

 にしては、顔つきが真剣なような。

 だから、そんな強く蹴ってないって。

 ……え? 大丈夫だよね? 不安になってきた。

 


「ありがとう。もう、大丈夫」


「アインさん。指導にしてもやりすぎでは? 衝撃で肋骨が折れてましたよ」



 普通にごめん。

 ちょっとだけやりすぎてた。



「いや、良いんだ。おかげで、目標が決まったよ」


「…………」


「この剣を、俺のものにする。それだけの器を、見せてやる」



 がんばえー。

 あるだけ困る荷物だったし、受け取ってくれや。



「じゃあそのために、まずは来月の『武術祭』を優勝してみせる」



 ? なにそれ?

 知らない人なんだけど。

 もしかして、ボクが知らないだけでめっちゃ有名なイベントだったりする?

 


「そして、そこでお前に勝つ。そうでなければ、その剣を使うべきじゃないと思うから」



 あれ?

 ボクも強制参加な感じ?

 ていうか、イベント起こさないって決めたのに、クロノくん自分で何かしようとしてない?

 流石に大丈夫だよね? おかしな事にならないよね?

 

 ……なんか、すっげぇ嫌な予感してきたわ。



 

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