第85話 エピローグ4 第一幕閉幕


「正直、環境を引っ掻き回されたのには困ったよ」



 ラッシュの言葉に、クロノは頷く。

 自衛のために戦ったのなら、構わなかったろう。

 だが、下手に殺さず、中途半端な情を持ち、事態を引っ掻き回されたのは、クロノとて否定しない。

 その結果として、王都は襲われた。

 ラッシュは、クロノの命一つで事態が解決する方法を選び、クロノはそれをはね除けた。

 それは、困った事だろう。眠ったままにしておきたかった龍の、その逆鱗にクロノが触れたのだから。



「あの場に戦える人間が居たから良かったけど、無茶が過ぎたよ」


「すまない」



 予想外だった。

 それで済む事ではなかった。

 下手をすれば、王都の民数万が、そのまま全員死んでいたかもしれないのだ。

 事はもっと、慎重に運ぶべきだった。

 それは、クロノとて反省したいところだ。


 奇跡によって、状況がひっくり返っただけだ。何か一つ違えば、死よりも悲惨な結末が待っていたかもしれない。

 アインが居なければ、ただ蹂躙されていた。

 そして、そのアインは、協力を確約してくれる味方ではないのだ。

 あまりにも、分の悪い賭けだった。

 たまたま、サイコロの出目が良かっただけだ。



「仲間と協力すれば、俺を捕らえられた。そうすれば、もっとやり方はあった」


「ああ」


「俺に対して、交渉するにしても、それなら食い付くだろうエサを持っておく必要があった。その辺りの思考が、君には今回足りなかったよ」



 別に、一人で迎え撃たなくても良かった。

 周囲と協力すれば、もっと楽に事を運べた。

 一人で戦うにしても、準備や対策、やりようはいくらでもあった。

 視野狭窄になっていたきらいはある。

 だから、特段にその指摘に反論はない。

 予想できない部分もあった。クロノに非がない部分も、大きい。しかし、果たしてクロノは人事を尽くしていたのだろうか?

 それには、大いに疑念がある。

 あの戦いを、ただ降りかかった火の粉を払っただけの事、奇死力を振り絞って死地を潜り抜けた思い出、などと、過ぎたものだとしたくはなかった。



「俺が君に付いたのは、とても合理的な判断じゃなかったよ。君の首を取って、あの人にまた取り入る可能性だってあった」


「その通りだ」


「君は、戦闘以外は、てんでダメだな」



 責めているのではないのだと、クロノは分かっている。

 これが、得難い経験だと知っていた。

 クロノにとっては、数えるほどしかない経験だ。

 説かれ、叱られるなど、なかなかない。

 ラッシュという人間の優しさに甘えられる時間だ。クロノがまだ未完成であり、それを指摘してくれると、心が暖かくなる。

 こんなにも寄り添ってくれる事は、なかなかに無いからだ。



「でも、君について良かったよ」



 その上で、こんなに暖かな言葉をくれる。

 ラッシュに、感謝したかった。

 


「とても、清々した。俺を縛り付ける輩に一矢報いた。これ以上は、ない」


「……でも、俺は、」


「俺のは、薄汚い命だ。それしかなかったから、必死に守ってきた。だけど、嗚呼、やっぱり違うな」



 ラッシュは、微笑んだ。

 とても柔らかなものだった。



「自由なんて、初めてだ。こんなき素晴らしい贈り物は、ない」


「…………」



 生まれた時から、全てが決められた。

 ラッシュ・リーブルムという人間は、生まれた時から全てを捧げる事を強要されていた。

 やりたくもない事を、辛い事を、させられていた。

 命を賭けるのは当然で、散々好き勝手に使われ、最後にはゴミのように捨てられる。そうなるはずの未来を、変えてくれた。

 経験によって、価値観が変わる。そんな事が本当にあるとは、本人も思っていなかった。


 自分の命の使い方を、自分で選べる。


 それが幸福なのだと、知ることが出来た。

 その幸福が自分の手の中にある。

 だから、

 


「俺は、君たちのために、命を使おう」


「……いいのか?」


「愚問さ。君たちは、またあいつ等と戦う事になる。君たちをむざむざ死なせるなんて、悪い冗談だ」



 ラッシュは、誓う。

 宿命から解き放ってくれた、彼ら。

 そのために、自分の全てをかけよう、と。



「友達なんて、一生必要ないと思っていたよ」


「ありがとう。その信頼に、この先必ず応えてみせる……!」



 クロノは、誓う。

 手にした縁を、壊させはしないと。



 ※※※※※※※※



 やっはろー、ボクだよ。

 最近暖かい、から暑いに変わりつつあるよ。

 向夏の候って感じだわ。梅雨はないし、普通にどんどん暑くなってる。

 この辺り、梅雨が無いのはホント助かるね。

 雨に濡れるのは不愉快だし、洗濯物は乾かないし、じめじめして鬱陶しいし。

 何よりも嫌なのがアレだよ、カエル。

 あの粘膜まみれの緑色の皮膚を見てると気持ち悪くて仕方がない。

 カエルだけは絶対にダメ。今でもいきなり突きつけられたら、女の子みたいな悲鳴あげる自信あるよ。

 本当に幸いなのは、この辺りにカエル型の魔物は居ない事だ。

 近くに巣とかがあったら、多分今回の任務はキャンセルだったね。

 いたずらで、いきなり近付けたらダメ。

 下手人は絶対に殺すし、多分反射で地図が書き変わっちゃう。


 教主と色々旅をしてた時なんてヤバかったからね。

 カエルの魔物の群生地に足を突っ込んだ時なんて、凄かったよ。

 あの時は今ほど強くなかったから、全力で破壊の一撃を放ったら、せいぜい半径三キロが灰塵に帰す程度だった。でも、あまりの気色悪さに限界突破して、十キロ以上先の近くの街も一緒に滅ぼしかけたんだよ。

 全力で止められた後で、あの時は死ぬほど怒られた。危うくカエルと一緒に殺す所だったし。

 ちなみに、反省はしていない。だって、カエルが気持ち悪いのが悪いんだもん。

 

 まあ、今はそんな危険はないけどね。

 ほら、だってボクって力を封印してるし。

 力が根本的に体から抜けてるから、意識飛ぶくらい暴れても精々、家が何軒か壊れるくらいじゃね?

 ボクの現在の強さの源は、ほぼ体術だし。力そのものは、別に大した事はない。


 だから、ね?



「ダメダメダメダメダメダメダメダメ!!! 早くソイツ等どっかやれよ!」


「おや、こんなに可愛いのに、どうしてそんな酷いことを言うんですか?」


「キモいから止めろって言ってんだよ、クソ!」



 近付けるな近付けるな、バカバカバカ!

 どこで用意したんだよ、そのカエル共!

 近付けるなクソが! 本当にダメなんだって!

 クッソがああ! お仕置きとか言って、教主にもチクりやがって、このクソ神父ぅうう!!

 


「この拘束解きやがれえええ!!」


「嫌です」



 力を封印さえしなければあああ!

 今すぐこんな鎖破ってやるのにぃいいい!

 ていうか、バカ教主! ボクを縛るためだけに『神器』使いやがってえええ!!

 あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!

 嫌だああああ! やめろおおおお!!

 ボクの柔肌に触れてみろ、ボケ共が! 絶対に後悔させてやるからな!



「ほれほれ。どうですか? どうですか?」


「ぎゃあああああああ!!!」



 しねしねしねしねしねしねしねしね、し、ね?



「あ、しまった」


「ひゃああああああ!」



 ……………………


 カエル、カエルが、カエルが……




「では、話をしましょうか、一位殿」


「すみませんでした……」


「おやおや、いつになくしおらしい」



 まだカエルの粘液が残ってる気がする。

 三十分は洗ったけど、まだ気持ち悪い。

 あんまりにもキモいんだよ、カエルは。

 正直、この世界を滅ぼすまであるかもしれない。明日くらいにちょっくら殲滅するか?

 それが良いかもしれない。だって、これから先も絶対にお仕置き用のヤツを蓄えるだろうし。



「まあ、小生、危うく殺されかけましたからね。久し振りですよ、命に手がかかったのは」


「い、いやあ、テンションが上がってたっていうか、ボクとしても死にかけたのは久し振りっていうか……」


「それで血が昂る? いくらなんでも狂暴すぎるでしょう。教主殿からも謝られました」



 やっぱり、戦いに勝る快楽ってないんだよね。

 神父には一生分かんないだろうけど、殺し合いも人間の文化だからさ。

 そこに快楽を感じるのは在り方の一つっていうか。

 ろくでなしなのは当然だけど、皆ろくでなしだから仕方がないよね?

 


「反省していますか?」


「してるしてる。悪かったよ」


「もう一度用意しましょうか?」


「やめろって! 本当に悪いとは思ってるんだ!」



 まだ縛り付けられて動けないし。

 マジで反省してるって。

 だから、やめろください。お願いします、この野郎。

 次にくっつかれたら、多分ボク泣くよ?

 見たい? 四百歳超えのギャン泣き。ボクにもプライドがあるから、ボクも嫌だし、見苦しいボクも見たくないでしょ?

 まじ、本気でごめんって。



「分かりました。信じましょう」


「……酷い目に遭った」


「先に酷い目に遭ったのは小生ですよ?」


「もう、その辺の言い合いは良いよぉ……それよりも、今回の事について説明してくれ……」



 うん、もう切り替えよう。

 このノリなら、いったいいつまでカエルの脅威に怯え続けないといけないか分からん。

 早く大事な事を話そうや。

 仕事の話をしようぜ。だから、そいつ等をしまって欲しい。

 疑わしそうだけど、話が進まないから。

 お互い暇じゃないんだから、もう次に行こうぜ。

 

 で、だよ。

 


「……まあ、今回の件は布石ですよ」


「布石? 何かこの後、良い事があるのか?」



 なんか、作戦前にバカな事を言ってたな。

 ヒロインになれとか、なんとか。

 真面目な顔してなにを言ってるんだと正気を疑ったけど、まあ今は分かるよ。

 一応スパイみたいな立ち位置だし、クロノくんと近しい関係の方が良い。

 でも、それだけじゃなさそうだ。



「色々とありますが、まず、ラッシュ・リーブルムが小生を裏切るかどうかを見たかった」


「? なんで?」


「一位殿からすれば木っ端でしょうが、彼はアレで優秀な密偵でした」



 ……いや、別に言ってる事は分かるよ。

 クソ神父を刺した時、ボクも彼の存在を見逃した。

 力を封印し、頭に血が上ってて、かなり死にかけてたんだけどね。

 それでも、こいつから事の顛末を聞いた時はめっちゃ悔しかった。

 ボクが、あの時、気付けなかった!?

 あー、今思い出してもムシャクシャする。

 マジであのチャラ男、あの時存在してたか? 腹が立ってしょうがない。


 

「ですから、彼の忠誠心を計りたかった」


「今回のことで、どちらを選ぶか試したと。まあ、裏切られたけど」


「本当に残念です。彼なら、もっと賢い選択をすると思いましたが」



 ストレスかけすぎたんじゃね?

 あの流れでこっちに尻尾振るか?

 あんだけ脅したら、普通に何言っても殺されるって思いそうだけど。



「強い負荷をかけても、ここしかないと思い、媚をへつらう。それくらいでないと信用できません」


「やば」



 さじ加減ミスったとか、そんなんじゃないんだ。

 マジで潰すつもりでチャラ男くんに揺さぶりかけて、それで自分を選ばせる気だったのか。

 なにも、そこまでせんでも。

 人の心は移ろいやすいとか、まあ確かに信用置けないところはあるけども。

 


「まあ、揺さぶりをかけたのは彼だけではありませんが」


「?」


「我らの手の者は、多く居ます。此度の襲撃によって、小生は、彼らの己の拠り所を問いかけたのです」



 手の者、ね。

 ボクは知らんけど、やっぱ居るんや。

 とはいえ、候補はかなり限られてるか。

 それなりの影響力を持ってる人物で、この王都を中心に活動してる。

 ボクらの目的を考えると、子息子女が学園に通ってるのかな?

 今のところ一年生でそんな目立ってるのは居ない……はずだし、二年生とか三年生とか?

 あー、考えても仕方がないか。他に知り合いが居るわけでもないし。


 ただ、



「すり寄ってきた小飼だけが、信じられると」


「ええ。計画も佳境です。我らの命運を別ける大切な時です。腹にモノを抱えた相手を信用は出来ません。計画は、確実に為されなければならないのです」


「慎重だねえ。気持ちは分かるけど。でも、結果的に味方が減るんじゃないか? 残った奴は心底ボクらに従順だろうけど、戦力が減るのは……」


「ええ。ですが、どちらに転んでも構いません。それも、計画の内でもあります」



 他にもなんかあるのか。

 どうするつもりなんだ、こいつ。

 正直これ以上はもう想像がつかんぞ。

 


「貴女が今後、必ずやりやすくなる布石です」


「は? 何それ?」


「仮に小生の手を離れても、貴女は力を発揮すればいい。情け容赦なく、鬼神のごとき力を見せればいい。貴女は、それだけを考えていてください」



 ……なんだよ。

 いつものふてぶてしさがない。

 何で、そんなに大人しいんだ?



「なんだよ、気持ち悪いな。どうしたんだよ」


「……いいえ。ただ、使徒の中で死ぬのは、小生が一番最初だた思っただけです」



 本当に、らしくない。  

 いつからこんなに腑抜けになったんだ?

 もっとギラギラしてて、ウザイくらいに目的にストイックな奴だろ。

 本当に、どうしたんだよ。



「小生は、貴女たちとは違う。彼が神の子として生まれた瞬間から、ある程度の達成感を感じていました」


「…………」


「小生にとって、神の誕生は、永久不変の命題です。ですが、そのゴールが見えた。もし小生が死んでも、貴女たちは必ず神を降ろしてくれる。だから、安心したのかもしれません」



 ……使徒の席順は、使徒になった順番だ。

 そこに功績も強さも関係ないし、席順が変わることもない。

 けど、前にこいつが言った事は間違いじゃない。

 冠する席の数字が若いほど、使徒は強くなる。

 そうなった理由は、偶々かもしれないし、純粋に長く修行を積んだ順かもしれない。

 でも、こいつはそう思ってないんだろうなあ。



「小生は、貴女たちとは違う。神の降臨すらも、目的の通過点に過ぎない貴女たちとは」



 気にする事ないのに。

 人の目的はそれぞれだし、どれだけそれを力に出来るかも人による。

 神父なんて、ボクらの中じゃ全然マトモなのに、そのことが本人はあんまり気に食わないみたいだ。

 でも、



「……っ! 痛いですよ」


「アホめ」



 お前がアホなんだから、仕方がないだろ。

 


「楽になろうとするな」


「…………」


「死んだ後とか、くだらない事を考えるな。何のための、教団だと思ってる」



 何のために、これまで罪を背負ってきたのか。

 何のために、これまで苦しんできたのか。

 途中で投げ出すなんて無様は、許さん。

 ボクと組んだからには、神がこの地に降りるまで、中途半端は絶対に認めない。

 捨て身、捨て鉢、特攻も、全部許さない。

 お前はそんなに、弱くないはずだ。



「戦うぞ。死ぬまで」


「……貴女が羨ましい」



 聞かなかった事にしよう。

 神父は、そんなに弱くない。

 あんな若造共に、心で負けるはずがない。


 だから、

 


「さあ、次を話そうや。この次は、ボクをどう使うんだ?」

 

「……では、語りましょうか。次の展開について」



 クロノくんを、神にする。

 不可能を為すために必要な覚悟が、この男に無い訳がない。

 弱い人間は、使徒の中には一人も居ない。

 ボクと教主の選んだ選りすぐりの使い手の、その意地は見せてくれよ。

 


「あ、しまった。さっき捕まえ損ねたカエルが」


「ひゃ!」



 いい加減にしろ!

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