第45話 さーて、どうメスを入れようかなあ?

 三年、かかりました


 二人の大英雄、『勇者』と『賢者』が魔物に奪われた生存圏を奪い返すのに、三年です


 稀代の英雄である『勇者』が現れてから、都合四年あまり


 ようやく、陣取りは五分になりました


 人類の士気は高かったのです


 兵士は沸き上がり、英雄は奮起します


 少しずつ、着実に、勝ちの糸を手繰っていきます


 このまま、この勢いで逆転したい


 世界に溢れる多くの魔物を倒して、倒されて、でもそれ以上に倒して


 その勢いは、堰を切って流れる水のごとく


 まさに快進撃と呼んでいいでしょう


 大英雄『勇者』と『賢者』の存在は、それだけ偉大だったのです


 しかし、北に居る『霜の巨人』で、詰まりました


 士気の高い兵士たちも、死にもの狂いの英雄たちも、『勇者』と『賢者』でさえ、『霜の巨人』には十度戦っても勝てません


 あまりにも巨大な『霜の巨人』の前では、兵士たちの数と死ぬ気も、英雄たちの心意気と技も、『賢者』の魔法も、『勇者』の能力も、無意味です


 巨大すぎるスケールに、人の力は届きません


 何度やっても、勝てません


 何度死にかけても、何度工夫しても、全てを小細工として踏み潰されます


 どん詰まりに陥りました


 勝てるイメージが、どうにも湧きません


 勢いは、巨人によって塞き止められます


 意気消沈


 少しずつ、勝ちを目指す声もなくなってきます


 十度目の敗北を喫した時の事です


 仲間である『賢者』に、『勇者』は言いました


 

「新しい仲間が必要だ」



 目星はつけていたようでした


 あらゆる『魔』を従える『魔王』にすら従わなかった、唯一の魔物


 天上天下唯我独尊


 今は、北西の森に住み着いている、最強の獣


 獣でありながら『魔』には属さない極点、誰が呼んだか、『聖獣』 


 希望の星たる『勇者』は言います


 この『聖獣』を、仲間にする、と

 


 ※※※※※※※※※


「死ねぇえええええ!!」


「くっ……!」



 あー、はい。

 一週間経ちました。

 時間の流れは早いもので、あの衝撃の事件がもう遠い日のことです。

 よく分かんないけど、クロノくんとツンケン娘の決闘を見ています。

 なんでこんなことになったのか。人生どこで誤ればこんなことになるのか。

 不思議で仕方がないよね、マジで。



「よくやるな」


「よくやりますね」



 よくやるよなあ。

 もう一週間、毎日やってるよ。

 なんであんな元気いっぱいで戦えるのか不思議だ。

 ボクならともかく、君ら、別に無限に近いエネルギーを持ってるわけじゃないじゃん?

 若いにしても、元気ありすぎ。

 年寄りはついてけないよ、まったく。



「両方とも、俺たちの常識が通じない」


「ええ、本当にあり得ません。学園の特進クラスといっても、その能力は学生のレベルで見て異常であるべきなのに」



 不思議なもんだよねぇ。

 ボクとしては、そういうレベルにあるのはクロノくんだけだと思ってた。

 でも、クロノくん以外にも、金の卵は居るんだ。

 幸薄ちゃんも、貴族くんも、才能の度合いで言えば悪くはない。二十年もすれば、きっと使徒たちの足元くらいの実力にはなる。

 これ、案外凄いからね?

 普通に国の英雄って呼ばれる立場は得られるくらいの実力だろうからさ。


 まあ、それもこの二人には負けるけど。



「我々の知る呪術とは、根本から別だ。いったいどこに、あんな量の呪力を溜め込める? 呪術師が千人居ても、アレには届かんだろう」


「量だけでなく、質もです。ただ垂れ流した呪力が、大地を腐らせています。もし、アレを都市で流せば、それだけで為すすべなく滅びますよ」

 


 本当にねー?

 ボクの時代も呪術師はちょっとだけ居たけど、流石にこんなでたらめは出来なかったなー。

 だって、呪術って戦闘用の手段じゃないし。

 昔はさあ、罪人とかにかけて逃亡を防いだり、裁判で虚偽報告をさせないためだったり、罪人への処罰だったり、罪人を呪いで犯してそのまま毒餌にするためのものだった。

 使用を厳しく管理されてたし、戦闘で使うなんてもっての他だ。

 聞けば、この四百年あまりで呪術の関係はかなり退行したらしいし。

 今のオーソドックスな呪術は、昔に比べればえげつなさも凄まじさも足りないはずなんだ。


 なのに、イレギュラーは生まれた。

 ツンケン娘は、空前絶後の異常個体ってことだ。

 流石にクロノくんより希少性は劣るけど、それでも囲いたくなってしまう。

 今、ちょっとだけ思ってるよ。

 あの子、うちの組織に欲しいって。



「あ゛あ゛あ゛あ゛!!!!」



 凄いね、本当に。

 もしも魔力に換算したら、下手すりゃあ国のエネルギーをまかなえるぞ?

 しかも、ちゃんと制御出来てるんだから、誉めるしかない。

 才能と努力で片付けられない。

 嗚呼、もう分かっちゃう。

 あの目は、幼い頃から地獄を見てきた人間だ。

 こういうのを、ボク個人は欲しい。


 あの子には、使ポテンシャルがある。

 あのエセ神父以来の、使徒の確立。

 もしもクロノくんの件で失敗したとして、彼女を引き入れられたのなら。

 差し引きマイナスでも、かなり旨味は大きい。



「ですが……」


「ああ」



 ツンケン娘は、本当に凄い。

 今の時点でもかなりレベルが高いんだ。

 戦闘能力こそアイツらには負けるけど、十分、この星の中でもやれる方だろう。

 でも、



「俺、は、まだ、やれるぞ!」


「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!!!」



 クロノくんの方が凄い。

 

 こないだから思ってたけど、クロノくん、魔力操作がめちゃくちゃ滑らかになってる。

 呪力は、ただそこに在るだけで何かを蝕む。

 呪いっていうのは、本質的には害だから。触れるだけでも、ダメージがある。

 特にツンケン娘のそれは、一級品だ。

 ボクでさえ、このコンディションで呑まれれば死ぬだろう。


 それを、毒の津波を、彼は上手く捌いてる。



「どちらが優勢か、明らかだな」


「日を追うごとに、クロノくんが強くなっていますから」



 呪いのパターンを分析。

 それへの対抗魔法を発動。

 全身に纏いつつ、積極的にツンケン娘にオフェンスを仕掛けてる。

 凄いのが、とてつもなく効率よく魔力が運営されてるから、ロスがほぼないんだよ。

 あれなら、一日中戦っても魔力は切れない。


 なんていうか、ボクのやり方に似てるなあ。

 ボクに比べて流石に粗があるけれど、なかなか綺麗なやり方だ。

 ちゃんと学んでるみたいで感心したよ。

 ……あー、これから先、コレの強化版を相手にしなくちゃいけないのかー。

 


「し、ねぇええええ!!」


「死なん!」



 お、良いの入ったな。

 こりゃあダメだわ。

 はい、決着決着。今日の分は終わりでーす。



「はあ……はあ……あっぶねぇ……」


「わ、たし、は、まだ……!」


「今日は、終わり、だ。やるなら、明日……」



 息も絶え絶えなのはお互い様だけど、ツンケン娘は倒れてて、クロノくんは手を膝についてるだけ。

 どっちが勝ちかは明白だ。

 終わりは、終わり。ツンケン娘もプライドがあるらしい。

 歯を食い縛りながらも、ちゃんと負けを認めてる。

 殺意がどんどん薄れてるから、もう続ける気はないみたいだ。

 地面に散らばった呪いは、どんどんツンケン娘が回収してる。

 多少地面は荒れたけど、まあダメージは最小限だからセーフセーフ。クロノくんの『空間転移』のおかげで色んな場所でやれるし、どっかの土地がまるごと死ぬみたいな事は起こらない。

 

 はい、じゃあこれからは勝者インタビューの時間だね。



「なんとか、勝てた……」


「クロノくん、お疲れです」


「何度見ても圧巻だ。俺も学ぶべき事は多い」



 クロノくん、かなり疲れてるね。

 まあ、気疲れくらいするか。かなり繊細な戦い方してたし、疲れんわけない。

 それに、魔力はともかく体力の問題もあるか。

 色んな魔法を併用しながらだったから、身体強化がいつもよりおざなりだった。

 慣れれば解決するけど、今のところは無理か。


 でも、クロノくん、本日ノーダメだ。

 攻撃を喰らいまくってたツンケン娘とは違って、この乱れた呼吸の内容が違う。

 正直、どっちが上か下かは火を見るよりも明らかだよ。

 


「いや、当たったら、ほぼ死ぬから、必死だよ……」


「帰ったら、俺ともやろう。剣術の方は、最近あまり出来てなかっただろう?」


「もうちょっと、休憩、してから、な……」



 なんていうか、クロノくんが死ぬとは誰も心配してないのが面白いよね。

 まあ、ここ一週間の決闘を見てたら、死ぬとは思わんか。

 ツンケン娘が勝てるイメージ、まったく湧かないもん。

 相手が悪いよなあ。クロノくん、ちょっと学生の範囲じゃ利かなくなってきたもん。

 そういう意味じゃツンケン娘も同じだけど、それも異常の度合いが違うっていうか。



「ロックフォード、さん。立てる、か……?」


「…………」



 素っ気ないねぇ。

 まあ、しゃーないわな。

 こっぴどく負けてるんだから、そもそも喋りかけて欲しくないか。

 でも、ちょっと態度が優しくなったか?

 悪態もつけないほど疲れてるか、どっちなんだろうねー?

 


「学園に、戻ろう。それで、ゆっくり休んでくれ。明日も、また俺が勝つからな」


「……チッ」


「じゃあ、帰ろうか」



 クロノくんの『空間転移』が発動する。

 ボクだけがポツンと取り残された。

 まあ、クロノくんも気付かんわな。何十キロ先から見てると思ってるんだって話だし。

 ボクがこっそり見てたのは内緒だしさ。

 毎度毎度座標を特定すんのはメンドイけど、監視しとかん訳にもいかんし。


 さて、ボクもあっちに戻ろう。

 もう用はないからね。

 ホント、クロノくんはボクのこと休ませる気がないね。

 ちょっとは大人しく……したらダメか。出来るだけ暴れて、神に近付いて欲しいから。

 あー、なんというジレンマ。

 この仕事が終わったら、長めに休暇を取ろう。

 いや、有給とかそんなシステムはないけども。


 うーん、それにしても、この決闘劇いつまで続けるんだろ?

 クロノくんが気付いてないとは思えんが。

 まあ、しばらくの辛抱だし、しゃーないか。


 きっとクロノくんは、ツンケン娘を糧に、もっとレベルアップしてくれるだろうし。

 それまでゆっくり、画を描いておこう。

 すぐに、面白い展開になるだろうさ。 


 

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