第46話 陰気臭くてやんなっちゃう


 失敗しました


 失敗しました


 失敗しました


 失敗しました


 あまりにも、『聖獣』は狂暴でした


 どこが『聖獣』なのかと、『賢者』も『勇者』も思います


 誰にも手がつけられないから『魔王』にも下らなかったというだけで、決して『聖獣』は聖なる獣ではありません


 自分以外、全てが敵


 そういう生物だったというだけなのです


 ですが、『勇者』はさらに躍起になります


 コレを仲間に出来たなら、どれほど戦力になるかを想像しています


 あの巨人のスケールにも対抗できるパワーが、『聖獣』にはあったのです


 ですが、それ以上に


 愛を知らないその獣に、愛を教えてあげたいと


 そう思ったのは、『勇者』だけの秘密です



「ここから先のページは一部破られています」

 


 ※※※※※※※※



「何よ?」



 とても、陰鬱だった。

 何度も何度も負けてきて、惨めに地面を転がって。

 それでご機嫌でいられるはずもない。

 だから、行く道を塞がれたのも、かなり苛立たされる。ただでさえ機嫌が悪いのに、底の底まで落ち込んで、最早殺意すら湧いてくる。

 すぐさま部屋に戻り、そのまま明日に備えたい。

 なのに、目の前の女がそれをさせてくれない。


 リリアは、きつく睨みながら相対している。

 だが、目の前の女は、場違いなほどにご機嫌だった。



「そう邪険にしないでください。別に喧嘩をしに来たわけじゃないんですし」


「喧嘩の方がよかったわ。アンタをボコボコに出来る大義名分になるから」


「怖いですねぇ。私は貴女たちと違って、戦いは得意じゃないんですが」



 アリシアという女を、リリアは知らない。

 小難しいことばかり考えて、悪いことばかり企んでいるろくでもない人間という事くらいしかわからない。

 普通に嫌いな相手だ。

 だから、あまり会話をしたくない。

 躱して自室に引きこもりたい。だが、そんな元気も、もうなかった。



「で、何の用よ? もう、さっさと寝たいんだけど?」


「時間は取らせません」


「なら、さっさと用件言え」


「あはは。では、端的に。何故、クロノくんを殺そうとするのです?」



 だが、その目を見た瞬間、空気が変わる。

 疲れたなどと、言ってられない。

 説明いかんで、殺す気があることと、それが実現可能であることに気付く。

 余計に、リリアの眉間に力が入る。

 


「……アイツが気に食わないから、」


「嘘はいけません。次はないですよ?」



 笑顔のフリだ。

 なんとも、凄味があった。

 下手をすれば、次の瞬間には頭が飛んでいるかもしれない。

 リリアには、理解できる。

 目の前の相手の、あの化け物への凄まじい入れ込みようを。

 この顔で、何気ない様子で、相当腹を据えていたのだろう。

 様々な悪感情が、入り交じっている。



「貴女の目的が何かは知りません。彼を殺せば、何を達せられるか、検討もつきません」


「…………」


「ですが、あまりでしゃばらないで欲しいのです」



 アレは、自分の玩具だ。

 横取りは許さない。


 そんな忠告のように聞こえる。

 純粋な戦闘能力はリリアが上だろう。しかし、それで舐めてはかかれない。

 現状、リリアがかなり削れているから、というだけではない。

 何をしてくるか、分からないからだ。

 コレはその気になれば、悪意すらなく、張り付いた笑顔のまま、リリアの首を絞めてくるに違いない。

 そういう危険性を、孕んでいるように思える。



「彼は貴女だけのものではない。一人占めの挙げ句、壊したのなら、少々痛い目に遭ってもらいますよ?」


「……アンタ一人でなにがなんでも出来ると、」


「一人? 何を言っているのでしょう? 私、貴女と違って『友人』は多い方ですよ?」



 笑っている。

 嗤っている。

 なんとも、気味が悪い。



「文官、武官、商人、貴族、沢山です。私、彼に対しては執念深いので、何年かけて、何をするのか、自分でも想像できません」


「…………」



 脅し、では済まないだろう。

 もしもコレの望まない方向へ事が運ぶのなら、本当にやる。

 もしかすれば、リリアを潰すために、国ごと滅ぼすかもしれない。

 出来る、出来ないではない。

 間違いなく試みて、その能力の高さゆえに、成功しないまでも、天文学的な被害を出すだろう。 



「…………」


 

 正直、別に構わない。

 家族だろうが何だろうが、人質に取ればいい。国でもなんでも、滅ぼせばいい。

 ただ目的が達せられるなら、構わない。

 しかし、



「……わかったよ。明日は仕掛けない。あの化け物と、デートでも何でもすればいい」


「デート? ……? ありがとうございます?」



 今邪魔をされるのは、厄介だ。

 この先どうなろうとも関係ないが、この瞬間だけは自由にやりたかったのだ。

 そのためなら、このくらいは構わない。

 首を傾げて不思議そうな顔をするアリシアの横を、通りすぎようとする。

 だが、呆けている訳ではないらしい。

 すぐに目の前にまで移動して、

 


「……なによ? まだ不服?」


「最初の質問に答えて欲しいのですが?」



 もう、リリアは面倒になってきた。

 そのまま無言で通りすぎてもいい気がするが、付きまとわれても面倒すぎる。

 さっさと済ませて、もう休むのだ。

 そのつもりで、リリアは言う。

 ことさら素直に言えたから、自然と力が入ってしまったのは、意図せずのことだった。

 


「貴様、正気カ? アレヲ生カス理由ガ何処二アル?」



 力が入るのに、とても滑らかに口が動く。

 言葉だけは、他の誰かが代弁しているかのようだ。

 


「アレ二尻尾ヲ振ルナド、マトモナ神経ガアルナラ絶対二シナイ愚行ダロウ。何故、アレヲソノママ受け入レラレル?」


「…………」


「殺サネバナラヌ。生カシテオケヌ。何故、ソレが分カラヌノダ?」



 意識が切り替わったように感じた。

 リリアの奥底にあるものが、表に溢れた。

 そして、



「私のカンがそう言ってる。今すぐ、殺した方がいいよ。絶対にロクなことにならないから」


「……その感覚を、私にも理解出来るように言語化してもらいたいのですが?」


「私と同じになれば分かるかもね」



 暗い暗い穴蔵の底のような、不気味な誘惑だ。

 同じところまで堕ちて欲しい、という願望に、アリシアは僅かに身を震わせる。

 これ以上触れてはいけない。そう、なんとなく感じる。

 最初の質問の、最低限の答えは得た。

 アリシアは、リリアの行く道から退いた。



「まったく、理解できませんでした。ですが、理解できないということは分かりましたよ」


「…………」


「貴女とは気が合わなそうですし、正直仲良くなれる気はしませんが、頑張って分かってみようと思います。楽しみにしていてください」


「……それこそ、意味が分からない」



 引っ掛かる言葉だったが、リリアには相手をしている余裕はない。

 溢れる呪いを制御するため、一日機能を封印する必要があるかもしれない。

 吐き気を堪えながら、リリアはようやく自分の部屋に戻れた。

 ズタボロで、暗く、薄気味悪い部屋に。

 その真ん中で、地べたに座る。

 下には強力な封印の魔法陣が敷かれ、自分の危険性をまざまざ見せつけられる。



「…………」



 慣れている。

 いつもこんなものだ。

 どうということはない。

 きらびやかなモノは、全て自分の手の外だ。穢れたものは、全て自分の手の中だ。

 永久不変、死ぬまで続くルールである。

 だが、



「……忘れろ」



 見てしまった。

 誰かによって変わった者たちを。

 見てしまった。

 誰かを変えた者を。



「忘れろ」



 もしかすれば。

 ありもしない未来を夢想する。

 微かな希望が、灯っている。



「忘れろ」



 血走った目で、一点を見つめる。

 無意識で腕を引っ掻き、血と皮膚と肉が爪の間に挟まる。

 心臓の鼓動が、いやに大きく感じる。



「思い出せ」



 苦痛と不快で構築された、閉じた世界。

 それは、未来永劫、変わらないはずだ。



 

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