第47話 若者との会話って楽しい……気がしただけだわ


「貴様はいったいなんだ?」



 見つけるのに、二時間かかった。

 かなりの労力が必要だったが、それでもまだマシな方だ。

 目的の人物は、普段から希薄な気配だが、最近はとても見つけやすい。

 規格が変わった、というべきだろう。

 アリオスの知らないところで、何かしら、状況が変化したのだ。

 それが以前と比べてどんな差異があるのか、それは計り知れない。


 何も、分からないのだ。


 全てを隠している。

 全てを誤魔化している。

 そんな意図を感じ取ってしまうから、不気味で仕方がない。

 近付きながらも、隠れようとする。

 アンバランスなやり方に、気持ち悪さを覚える。

 知りたい、見たい、触れたい。そして、安心できる相手だと思いたい。

 しかし、本質は何一つ知らない。

 こんな雑な問いかけを投げることになったのは、そんなジレンマがあったからだ。

 

 そして、投げ掛けられた当の本人は、そんなアリオスの内情など知ったことではない。

 言葉足らずな子供を見るように、笑っていた。

 


「とても曖昧な質問だね。答えるのが難しくて、返答が見当たらないよ」



 アイン・レックスリラ、という名前以外、アリオスはソイツのことはほとんど知らない。

 不自然なほど薄い気配は、どんな手法か?

 教えてはくれないだろう。

 心の一端ですら、誰にも触れられない場所に隠してある。

 煙に巻くような言い方を意図して行っているのだから、かなり徹底している。



「今、アリシアさんがリリアさんの所に居るみたいだ。君たちで、怪しい二人を分担してるのかな?」


「……何故それを?」


「見たら分かるよ。女子寮に二人とも居るねえ」



 見えていないはずだろう。

 なのに、見通したような事を言う。

 ただのカンや当てずっぽうではなく、確信を持って言っている。

 どんな特殊能力なのか?

 底は未だに、見ることが出来ない。



「あ、今別れたみたいだ。リリアさん、いつも通り黒いねぇ。見てて気持ち悪いや。アリシアさんは、なんで喜んでるんだろ? 普通の女の子みたいだね。本当に反吐が出るよ」


「『魔眼』か? 対象の今を見る『千里眼』」


「違うよ。そんなもんなくても、状況は分かるさ」



 アインが、アリオスに手招きをする。

 ベンチの隣は、空いていた。

 


「貴様は、何が目的なんだ?」


「目的か。別に大したことはないよ」



 凄んでも、効果は薄そうだ。

 アインはにこりともせず、無表情のままで、軽薄に言う。おどけたような声色なのに、能面のような顔のままだ。

 内心を探りにくい。

 ちぐはぐな様子に、怯みそうになる。



「友達がね、欲しいんだ。昔なくしたから、取り戻そうと思ってね」


「クロノのような事を……」 

 

「あはは。確かにそうかも」



 アインは、まだアリオスを見ない。

 ずっと、視線の先を固定している。

 穴が空くほど、クロノを見つめている。



「でも、彼とは違うよ。端からなくて憧れた彼とは違って、ボクはなくしたから、取り戻したい」


「…………」


「例えるなら、彼はスラム街生まれの道端で金持ちに憧れる乞食だね。対してボクは、普通の家の生まれだけど、ギャンブルで全額すって『こんなはずじゃなかった』って言ってる乞食だ」


「もっと良い例えはないのか?」


「つい、ね?」



 価値のないものとしか、見えていないのではないだろうか。

 人に期待するクロノの反対に、アインは失望しているのではないか。

 まったく逆の価値観を持つから、こうしてアインはクロノに興味を持っているのではないか。 

 そう、思えて仕方がない。



「悪い方へ悪い方へ考えるのは、ボクの良くない所だね。根っからの悲観主義らしいよ、ボクは」



 視界に映るクロノは、骨董品を店で漁っている。

 とても無邪気で、楽しそうだ。

 どうせこの後、アリオスとアリシア用にがらくたを土産に買って帰るに違いない。

 こちらに気付いた様子はなさそうだ。

 クロノは、見えているものには鋭いが、それ以外はてんでポンコツなのだ。

 アインどころか、アリオスの隠密ですら、勘づく可能性はかなり低い。



「貴様には、人間がどう見えているんだ?」


「それも、なかなか難しい。君とは見えているものが違うから、理解出来る言葉を使いにくい」



 だから、対象がクロノでなければ、おそらく気付かれるほどしつこく、観察しているのだろう。

 分かりやすいベンチに腰掛け、じっと対象を見つめるている。

 もしこれが探偵ならば、職務怠慢だ。

 推察するなら、アインなりの歩み寄りか。

 本気で隠れるのなら、そもそもアリオスに見つからないはずだ。だが、こうして話をする姿勢を取っているのだから、そうとしか思えない。



「ボクにとって、人は虫けらであり、役者でもある。人は与えられた役目を演じてる。そして、その役目はボクから見れば死ぬほど小さい」


「虫……」


「そういう意味じゃあ、ボクが『人間』に見える人は少ないかもね。クロノくんは、その数少ない貴重な友達候補とも言えるかもしれない」


「よく、わからん」



 とても抽象的で、掴みにくい。

 だが、意外なくらいに誠実だ。

 嘘や誤魔化しが絶対にあると、アリオスは思っていたが、分かりにくいだけで今のところはまったくされていない。

 逆に不気味だと、思ってしまう。

 


「貴様の本質が、見えてこない」


「そりゃあ、こんなすぐ理解できるほど、短くて薄い人生送ってないしね」



 おどけるように言うが、どこか真剣にも見える。

 長い時間の積み重ねを、アインから感じた。



「君の不安も、理解はできるさ。友人の近くに得体の知れない奴が居たら、誰でも心配になる」


「分かるのか?」


「人の事を冷血漢とでも思ってるのかい? まあ、間違いではないけど、ボクも一応人だしさ」



 寄り添われる感覚に、アリオスは困惑する。

 そういう人らしいものを、アインが嫌悪すると思っていたからだ。

 人を見下す顔と、人に無関心な顔と、人に寄り添う顔とが交錯した。

 余計に、アリオスの知りたいものが分からなくなる。



「クロノくんは、良い子だよ。守ってあげたくなるのも、分かる。あんな隙だらけなのに、いざという時はしっかりしてるし、魅力的だよ」


「……ああ、そうだろう」


「だから、気の毒だ。彼と君たちとでは、違いすぎるからね」



 急に突き放すような発言に、動きが止まる。

 ギョッとして、アリオスはアインを見るが、アインは変わらず視線は真っ直ぐクロノの方だ。

 植物でも、もっと動きがある。

 まったく生気を感じない。石像のようなアインに、視線が釘付けになる。



「君たちは、天才だよ。やろうと思えば大抵のことは出来る。努力が簡単に実を結ぶ。それは凄くて、希少なことだよ」


「…………」


「でも、クロノくんとリリアさんは違う。別のものだ。いつかきっと、その『差』を感じる時がくる」



 異物感


 触れてはいけないものへの、畏怖。

 それは、少なからず件の二人に感じているものだ。

 アインも同様の、触れづらい空気感を有する。

 同類をかぎ分けて、アインが発言しているのかと思うと、否定する気にもなれない。

 あながち、間違いではないだろうと、アリオスも思うからだ。

 


「友達じゃあいられなくなるよ、いずれ」


「…………」



 そうかもしれない。

 クロノは、自分とは違うと分かる。

 未来予知にも近い提言なのかもしれない。



「貴様の友とやらは、身分や能力を気にして、貴様の友を続けていたのか?」


「…………」



 だが、余計なお世話というものだ。

 


「ついて行くさ。いずれ追い付く」


「…………」



 足手まといになるつもりはない。

 見合う人間になれないなどと、悲観するつもりもない。

 他人からとやかく言われて曲げるほど、意思の弱い人間ではない。

 自分の友人も、友人との付き合い方も、そんなものは自分が決める。



「クロノくん、モテモテだねぇ」


「アレは、不思議で、力のある男だ。その内、貴様の悩みも解消してくれるだろう」



 そうなるといいね


 アリオスの耳がギリギリ拾える小さな声で、アインはそう漏らす。

 意図的か、無意識か、判別がつかない。

 


「話せてよかったよ。ボクとしても、いつまでも不審者扱いされても困るしさ」


「……貴様が怪しすぎるのが悪い上に、まだほとんど何も話せていないが?」


「恥ずかしいから、いきなり全部を教えるのはちょっと」


 

 すると、初めてアインはアリオスを見た。

 これまでの無表情が嘘のような笑顔だ。

 いたずらっ子のような、これまでとは正反対の側面のようだった。

 あちらを見れば、すぐにこちらが矛盾する。

 だが、今見えた部分は、理解が及ぶ。

 これまでとは一転して、アリオスは安堵を覚える。



「じゃあ、怪しいついでに。リリアさんの件、決着つけるなら早い方がいいよ」


「どういう意味だ?」


「クロノくん、気付いてるか分かんないからねぇ。分かってないなら、リリアさんをよく見てみろって言って。分かってるなら、多分あと十日って言って」



 いつの間にか、ベンチを離れて後ろに居た。

 音も気配もなく、歩きだしていた。

 


「じゃーねー、アリオスくん。また明日」

 


 次の瞬きの時には、姿は消えていた。

 思わず、天を仰ぐ。

 遅れて疲れがどっと来た。



「俺は、どうするのが正解なんだ?」



 既に、返答をくれる相手は居ない。



 

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