第44話 明日の事は明日考えるか!


 男は、名も知らないどこぞの馬の骨でした


 ボロボロのローブを被り、無いよりはマシ程度の安物の杖を持った若者です


 その場の、誰の知り合いでもありません


 次の英雄を『勇者』の元に派遣するための、王や英雄たちの会議


 そこにいきなり乗り込んできたのですから、迎撃は当たり前です


 ですが、男は全てを防ぎました


 難なく、英雄たちの攻撃を凌ぎました


 男は『賢者』を名乗りましたが、それを大仰と嘲笑うことは難しい


 確実に、男には確たる実力があるのです


 少なくとも、英雄を含めた、その場の誰よりも男は強いのです


 それに、人類は、追い詰められていました


 四の五の言っては、いられません


 だから、怪しくとも、男は選ばれました

 

 強い強い、最強の魔法使いが、選ばれました



 東の海で『勇者』が『賢者』と共に『大嵐』を討ったという報告は、この一月後の出来事です




 ※※※※※※※※


 知らないベッドの上で、目が覚める。

 リリアも使用している女子寮のものだが、呪いの影響や八つ当たりのせいで既にめちゃくちゃになっているリリアのものとは違う。

 一度も使用された痕跡はなく、どうやらリリアが初めての使用者になったようだ。

 いや、それだけではなく、部屋のあらゆるものが新品のままホコリを被っている。

 ただの一度すら、寮の部屋を使ったいないようだ。

 なら、いつもはどこで寝泊まりしているのか?

 この部屋の主は、本当に何一つわからない。


 部屋の主、その女は、部屋の隅で直立でずっと佇んでいる。

 リリアが目覚めたことに気付くと、能面のような表情のまま、近付く。

 用意していただろう椅子に、腰かけた。 



「目が覚めたみたいだね」



 知っている。

 その女が誰なのか、リリアは知っている。

 初めて教室で顔を合わせた日から、その女は敵だと認識している。

 相容れない者だから。

 凄まじい者だから。

 その女が、化け物だと直感したから。


 こんなに気味が悪い人間は見たことがなかった。

 あまりにも自然に、世界に根を降ろしている。

 呪いという、この世の全てを害するためのモノを抱えるリリアにとって、自分を嫌悪する『全て』そのもののような人間が心地よいはずがない。

 根本から、相容れないのだ、二人は。

 首を絞め合えるほど近付いて、その忌避感をさらに強く感じる。

 女が吐く言葉の全てが、リリアにとっては苦痛だった。



「……何の用?」


「いやあ、ちょっと困っちゃってさあ。君の存在が、ボク的にはとても苦痛なんだよ」



 お互い様だ。

 リリアにとっても、女は存在レベルで受け入れられない。

 吐かれた言葉はただの暴言ではなく、互いの体質ゆえの反発、真実なのだ。

 だから、怒りはない。ただ、不快感や憎悪を募らせ続けるだけだ。



「分かるでしょ? お互いの精神衛生上、これからクラスメイトやってくのも嫌だ」


「ええ、本当にそう。今も吐き気が止まらないわ」


「あはは、ボクもだね。初めて、こんなに他人に対して悪意を持った気がする。最近、そういうのが薄くなってきたから」



 言葉の意味は所々分からないが、概ね同意である。

 呪いというものを蓄えるリリアにとって、人への悪意など抱いて当然で、それによって力を得ている。だが、リリアの目の前の女と、クロノへの悪意はレベルが違う。

 この世界で最もを有するリリアの目からは、この二人は人とはまったく別の存在として見えているのだ。

 特別な悪意のはけ口を見つける、ただそれだけならば、リリアの直感は『真眼』にすら匹敵するだろう。

 

 だから、見抜く。

 女の凄まじいまでの、希薄さ。

 人の姿を取っている事こそが不自然なほど、女はだった。

 不自然なものの象徴とも言っていい呪いからすれば、当然、相容れない。

 根源的に、相性が悪い。



「だから、ボクらには配慮が必要なのさ。お互い、学園を辞める訳にはいかんでしょ?」


「…………」



 知ったような事を言う。

 ただでさえ存在が不愉快なのに、性格まで気にくわないのだ。

 鋭く、女を睨むことになる。


 だが確かに、いまここで抜けるのは、あまりリリアにとって良いことではない。

 リリアには、リリアの目的がある。

 排除のし合いは、明確なデメリットだ。



「思いやりの心だよ。ボクたちは、尊重し合い、尽くし合う事が求められる」


「気持ち悪い。思ってもない事を言うな」


「必要なのは本当なんだけどなあ……」



 女は、笑っている。

 薄気味悪く、笑っている。

 確実に言っている事は本心ではない。

 しかし、



「邪魔し合うのは、嫌じゃない? もっとマシな学生生活、送りたくない?」


「…………」


「我慢するところは、我慢しようよ。何か知らないけれど、達したい目的があるんでしょ?」



 その言葉は、正しい。

 まさに正論で、頷くべき場面だ。


 リリアが悩むのは、女が気にくわないから。

 ただ、その一点に尽きる。

 冷静な部分が頷くべきだという。女は、得体が知れなすぎるのだ。敵対するのは、ただの愚行だ。

 手を出さない、そう約束させられるのなら、これ以上はない。

 


「ねえ、仲良くしようよ。ボクも、出来れば面倒事は避けたいんだ」


「…………」


「どちらが上でも下でもない、対等に契約をしないかい?」



 悪くない話のはずだ。

 滲み出る敵意を抜きにしても、この話には乗るべきだ。

 リリアは、目の前のコレが嫌いである。

 呪いの主として、あらゆる生命を憎悪する性質を持つが、それでもこれほど忌避感を抱く相手は、クロノ以外どこにも居ない。

 なら、関わること自体を避けるのが良いのではないだろうか?

 今なら、盟約を結ぶことが出来る。

 仮に殺すにしても、クロノの後に回す事が出来るのなら、それだけでも万々歳だ。


 しかし、見抜く。

 女の本質を、正しく見抜く。



「と、思ってたけどねぇ」



 リリアには、分かる。

 敵を明確な悪意のはけ口にするため、異様なほどに直感が優れているのだ。

 何故、自分が対象を敵と認識し、嫌うのか?

 普通は人が明確化しない部分を、彼女はまず先にハッキリさせる。


 だから、分かるのだ。

 女の奥底にある、巨大な傲慢が。



「なあんで、ボクが君なんかのために気ぃ使わなきゃならんのかなあって思っちゃってさ」



 女は、ひたすらに巨大だった。

 小さいのは見かけの身長くらいのもので、視点も、気位も、何もかもが。

 嫌う理由のひとつが分かる。

 コレは、端から全てを見下しているのだ。

 何の例えでもなく、全てを。



「もう面倒くせぇや。駆け引きとか話し合いとか、そういうことするテンションじゃねぇし」


「…………」



 ダルそうに、首を鳴らす。

 鬱陶しそうにしているが、その態度は人に対するものではない。

 虫か何かに接するのと変わらない。

 下に見ている、というより、視界にすら入っていないのかもしれない。

 小さくて見えない虫を踏めば、虫は潰れて死ぬ。そういう次元で話をしているのだ。



「お前、呪い使うの止めろよ」



 だから、本気でこういうことを言う。

 リリアがコレに従うのは当然で、まるで摂理のように理不尽が通ると思っている。

 ただ傲慢であるだけではない。

 見ている世界が、人のものではないのだ。

 それは、こうなるだろう。

 自分の言い分が通るのは、至極当たり前だと信じているらしい。


 これは、気に食わない。

 とても、とても、気に食わない。

 


「ボクのために、お前が我慢しろ。不利益はお前だけが享受しろ。お前だけが割りを食え。言っとくが、これ、命令だから、拒否権ねぇぞ?」



 青筋が立っている。

 奥歯が砕けるほど歯を食い縛っている。

 明らかに頭に血が登っていた。 



「あんた、相当頭悪いでしょ?」

 

「あ?」



 その威圧感は、凄まじいどころではない。

 地面が揺れているのではと、リリアは錯覚した。

 そして、



「お願いするなら、頭下げなさいよ。私がなんであんたに従わなきゃいけないの?」


「頭悪いのはオメェだろ。誰がお願いなんて言ったよ? 命令っつってんだろ?」



 なおも、敵意は昂り続ける。

 間違いなく格上だが、それでも殺意は何故か止まらない。

 リリアの中の何かが、そうしろと言っている。

 コイツを殺せと、喚いている気がする。


 

「なんでお前の命令、私が聞くと思うわけ? バカなんじゃないの?」


「はーあ、じゃあ最後に一回だけチャンスやるよ。痛い目みたくないなら、犬みてぇに頷いとけよ? お望み通り、精一杯、優しく言ってやるからさ」



 未だに手を出してこないのが不思議なほど、怒ってるように見える。

 だが、見えるだけだ。

 悪感情には一際敏感なリリアだが、その怒りは偽物と気付いている。

 これはあくまで、見せかけだ。

 ならば、なにも怖くはない。



「君、呪術使うの辞めてくれない?」


「…………」



 丁寧な口調の、つもりなのだろう。

 うっすら笑って、目は笑っていない。端から見て、恐ろしい笑顔だ、

 威圧しているつもりなのだろう。

 だが、どれだけ看板が立派でも、ハリボテには屈しない。

 リリアは、絶対に折れない。



「君のその気色悪いの、とてつもなく迷惑なので。気持ち悪いから、ボクのために一切合切辞めてよ」


「やれるもんならやってみなさいよ……!」

 

 

 殺気が爆ぜる。 

 次の瞬間、



「嗚呼、やっぱりここに居ました」



 唐突に現れる第三者。

 しかし、相手の声には聞き覚えがある。

 それが良かったのか、殺意が萎み、起きかけた戦闘を脇に置く判断が出来たようだ。

 部屋に突入してきたのは、

 


「……人の部屋に入る時はノックくらいしてほしいね、アリシアさん?」


「申し訳ありません。クロノくんから、至急見つけてくれと頼まれたので。放っておいたら、殺し合いをしかねない、と」



 アリシアを前に、止まる理由はない。

 今すぐクロノの懸念通りに殺し合い、とはいかないが、喧嘩を始めて構わないだろう。

 だが、女がそうしないし、させないのだ。

 いつでもリリアを潰せるように気をやりながら、アリシアと悠長に会話に興じている。

 女の気まぐれだが、場はアリシアが中心に回っている。



「へー、それで止めるんだ? 出来ると思うの?」


「まあ、難しい注文ですが、見つければベストを尽くさねばなりませんので」


「腕っぷしはボクが上だ。頭の出来は負けるだろうけど、君、ボクに一応恩があるよね? ボクのこと、止めれそうかい?」



 リリアは、話など関係なく準備を進めていた。

 体内からは一切出さず、決して外には悟られないように練り上げる。

 あとは意思ひとつで発動可能だ。

 隙さえあれば、部屋ごと全部消すつもりで力を蓄え続けていた。



「とても難しいですが、頑張ってみます」


「うーん、どうするの? ボクもそうだけど、この子もやる気だよ?」


「…………」



 アリシアは、まったく困った様子はない。

 いったいどんな画を頭で描いているのか?

 難解で、難しい問いだった。

 この怪物ですら、それは見通せないのだ。

 リリアは固唾を飲んで見守る。瞬きもせず、この怪物の隙を狙うために。



「まず、アインさん。喧嘩と決闘は違います。やるにしても決められた場所でしなければなりません。寮の中は暴力禁止ですよ?」


「……え、そうなん?」


「貴族の決闘は、一応文化のひとつです。そこには秩序があるのです。破ればペナルティですよ」



 唖然としている。

 流石に、ペナルティまでは想定してなかったのか。

 今すぐやり合うリスクをようやく勘定に入れたらしい。

 あからさまに『どうしよっかなあ』というアホな表情をしている。

 リリアはこの隙に攻撃しようかと思ったが、しようとした瞬間は怪物はこちらを向くのだ。

 心を読んでいるかのようで、実に気味が悪い。



「マジ……?」


「……本当よ。破ったら、停学くらいはなるでしょうね」



 本当に困ったような顔をし始める。

 リリアの気も抜けるくらい、間抜け面だ。

 とても希薄だが、本当に悩んでいるらしい。

 戦意が大きく削れた。リリアへ向けている注意が、かなり下がっている。



「それからリリアさん。クロノくんから、言伝てを預かっています」


「…………」


「挑戦は何度でも受ける、と。死んでもバレない場所でやろう、だそうです」



 すると、今度はリリアが殺気を消した。


 学園内の決闘で相手を殺すのは、禁止されてはいない。

 貴族が本気で誇りを賭けるのならば、殺傷すら厭ってはいけないのだ。

 やる気なら、本当に殺し合いは通る。

 だが、決闘の余波で誰かを殺すのは、流石にマズイ。 

 リリアの能力は、事前にそれ用の準備が無ければ、巻き込まれる人間の数は、十や二十では済まない。

 大事件を起こせば、退学もあり得る。

 先の決闘では、そうしたリスクを取らないため、かなり出力を抑えていたのだ。

 クロノの言葉通りなら、本気の本気でクロノを殺しにいける。あの化け物を殺して、この世から抹消することが出来る。


 リリアには、分かる。

 アリシアは、嘘を吐いていない。

 


「分かったなら、矛を納めてください。秩序なき決闘は許されません。特にアインさん、貴女には恩があるので、忠告せざるを得ません」


「「…………」」


「くだらないことで級友が消えるのは、私としても望ましくはないので」



 心底、心配しているように見える。

 しかし、本質はなんとも無機質だ。

 気遣うフリをしているように見えるのは、眼前の怪物とも同じである。

 気に食わないが、だからこそ、信じられる。

 普通に、当たり前に、自分の興味や利益のためなら、平然と人を切れる。

 そんな『人』の薄さを覚えたからだ。



「ここまでですね。では、失礼します。また明日、会いましょうね」


「「…………」」


「あ、決闘するなら、私も見学したいです。自分の身は自分で守れるオーディエンスなら、問題ないでしょう?」



 特段、否はない。

 怪物もリリアも否定しないとなると、上機嫌でアリシアは会釈をしてからその場を後にした。

 二人だけの、気まずい時間が流れた。

 そして、



「じゃあ、解散?」


「…………チッ!」



 舌打ちして、リリアはかけられた布団を怪物に投げつけた。

 逃げ出すと同時にベッドを蹴り壊し、壁に残骸が叩きつけられる。

 怪物が被った布団を外す頃には、破られた窓ガラスとその破片、はためくカーテンだけが見える。



「うーん、これからどうしよっかなあ?」

    


 怪物は、一人で首を傾げる。

 なんともゆったりとしていて、思い悩んでいる様子はない。

 誰が何をしようとも、特段困りはしないのだ。

 それは、余裕という他ないだろう。

 

 

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