第92話 ものぐさするから……
ややこしい奴に会ったからアホ神父を制裁する気が滅入った。
残念だけど、今日のところは見逃すか。
あのど阿呆をしばくのも大事だけど、今はクロノくんとの約束が優先だ。
約束っていうか、勝手にそういう流れになっただけなんだけども。
でも、ここで空気を読まないのもねえ?
だから、仕方がないけど『武術祭』とかいうのに参加する訳だ。
気乗りしねぇなあ。
だって、ボクに見合う奴が居ないもん。レベル九十九のキャラでレベル三十から六十のNPC倒してもつまんねーじゃん。
ドキドキもワクワクとしないよね。
世界的な大会らしいけど、英雄クラスは匿名で一人しか参加してない。
その一人、やさぐれ娘も、ボクが誘ったからだし。
まあ、英雄ともなればめちゃくちゃ忙しくなるから、腕試しの大会なんて参加出来ないか。
心踊らないなあ。
楽しみって言えば、あのやさぐれ娘とタイマンだけど、別にそれもなあ。
ボクも向こうも本気出せないから、じゃあもうじゃれ合いにしかならないし。
ヒリついた命の取り合いを期待する方が間違ってるんだけどもさ。でも、あんまりイベントとして楽しいもんじゃないからテンション上がらない。
でも、クロノくんの頼みだし、残念ながら参加する他にない。
クロノくんが強くなろうとしてるのに、ボクがそれに協力しない理由がないからさ。
出来る限りのことはしないとダメだ。
ボクには暴力しか無いんだから、それを求められている時は、応えないといけない。応えられなくなった時は、ボクが死ぬ時だけだから。
壁として立ち塞がる事を望まれているんだ。全力は見せてあげられないけど、本気を見せてあげよう。
若い子に上手く華を持たせてあげられるほど、ボクは器用じゃない。
そういえば、最近クロノくんたちにべったりだよなあ。
教主と昔話でもして、アイツの精神の平穏を保たないといけない期間だと思ったけど、呼び出しかからないな。
寂しい気がしないでもない。
年単位で会わない時も普通にあったはずだけど、ここ最近は濃かったからなあ。
………………
さて、どうでもいい話はこの辺にしよう。
大会について、ちょっとだけ説明しておこう。
クライン王国主催の武道大会っていうのは言ったと思うけど、その時はもう少し詳しい事は知らなかったし。
必要な諸々な事は、貴族くんから聞いたから、もう完璧だよ。
この祭り、なんでも予選含めて七日で全部終わらせるらしい。
前半三日で予選を行い、上位百二十八人を選出する。
後半四日の本戦で、百二十八人でトーナメントでタイマンする訳だ。
かなり大々的にやるって言ったけど、この本戦はオリンピック的な大人気イベントらしい。
祭りの名の通り、コロシアム的な所で客を呼び、見世物になるとのこと。万単位の人間が活気付き、戦いを見て楽しみ、娯楽と飲み食いのために金を落とす。出店とかもあるらしいから、クロノくんに奢ってもらおう。
意外と大イベントでビビってるけど、吐いた唾を飲む訳にはいかない。
出来ればトーナメントの最初の方でクロノくんややさぐれ娘にぶち当たって負けるのが丸いけど、くじ運次第では、ねえ?
精々、ほどほどの所で負けることを祈ろう。
で、話はもう少し続く。
本戦は話したけど、言った通り、最初の三日で予選をする。毎年数千人がこの大会に参加するけど、たった三日で、一割未満までふるいにかけるんだ。
かなりサクサクやっていかないといけないよね。
適当に参加者を数百人ずつに分けて、一対一の勝ち上がりを行う。
今回の大会、各ブロックで本戦に進めるのは八人。
それを決めるために、タイマンをやりまくる。ボクたちも、ここから勝ち抜かないといけない。
三日、行われ続ける戦闘に耐えられる心身、ペース配分とかの作戦立てが必要とのこと。本戦に進めるのは、飛び抜けた実力を持つ強者のみ。さあ、如何にして君はこの試練を潜り抜けるか? らしい。
ま、万にひとつもないだろうけどね。レベルが高いとはいえ、ボクたちが負けるような出合いは居ると思えんし。
今回参加する、やさぐれ娘、クロノくん、貴族くん、チャラ男くん、ボクは見事に予選会場バラけたしね。これで負けたら恥ずかしいどころじゃない。
つまらんイベントはスキップしたいけど、出来ないんだよね、このクソゲーは。
なんか良く分からんが、シードとかはないらしい。
まあ、ガチの戦闘家が沢山参加するイベントで、学生をシード付きで出すのも意味分からんか。
在学中にこういう祭りに出て、優勝とかの経験があった訳でもないし。
自力で勝ち上がる期待なんてしてない。特別扱いして、早々に負けたら恥でしかないし。経験を積ませてあげるっていうのが目的か。
なので、ボクは今、予選会場に居る。
右を見ればマッチョ、左を見ればマッチョ。
魔法使いも少数居るけど、一対一のよーいどんじゃ、後衛は不利だからねぇ。
自然と中衛から前衛の、大会の名前通り『武』に自信がある奴が集まってる。ここから成り上がってやろうとする腕自慢ばかりだ。
バチバチ火花散らしてて、殺気立ててるねえ。
なんかあれば、すぐに怒鳴り合いとかに発展しそうでやんなる。
とても、とても憂鬱だ。
こういうバチバチの場所っていつだって、
「おいおい、なんだよ、このお嬢ちゃんは!?」
ボクの後ろに立ってた奴が騒ぎ出す。
億劫になりながら振り向くと、キショイ笑顔を浮かべた大男が居た。ボクより頭三つくらい上、筋骨隆々、良い鎧を着てるね。
ただ、これなら顔も兜か何かで隠してて欲しかった。
覗く顔がにちゃついてて本当にキモい。
良い獲物見つけたわって顔に書いてる。
ボクも、見た目はただの女の子だからさ。
舐められるんよ。残念ながら。
こういうのって、体ばっかり立派で、相手を観察する思慮が足りない。
困るんだよね、本当に。
「まさか、こんなお嬢ちゃんが選手? お茶会の会場と間違えて迷い込んだんじゃなくか?」
「…………」
……隠密してなかったのは、ボクの落ち度だ。
気を張るから面倒くさくて、怠さに拍車をかけたくないからやらなかったけど、気配を隠して、こういう雑魚に絡まれないようにした方が良かったかもしれん。
まあ、言ってもしゃーないな。
叩きのめしても良いけど、試合前に戦うのは良くない。下手したら、会場から叩き出されるかもだし。
「おい、見ろよ! 勇ましそうなお嬢ちゃんだぜ!」
「冷やかしは感心しねぇぞ? さっさとお家へ帰んな」
「綺麗なおべべが汚れちまうぜ?」
下卑た笑いをしやがる。
なんでそんな悪そうな顔するんだよ。
不思議だねぇ。下手に参加者落としたら、他のライバルが不戦勝で楽になるし、こういう恫喝はしない方が効率的だと思うんだけども。
「へへへ。その衣装、魔法学園の生徒だな?」
「お貴族サマが気紛れで、神聖な『武術祭』を盛り下げられたら困るんだよねぇ」
あ、なるほど。
気にくわない奴に噛みついてるだけか。
こりゃ、なに言ってもダメだな。話が終わるまで寝るのもありだなあ。
言うだけ言ったら飽きて帰るやろ。
「酷い目に遭う前にリタイアしなよ」
「お嬢ちゃんに何が出来るんだ? お家でママのおっぱい吸うのが精々だろう?」
「俺たちぁ、お嬢ちゃんのためを思ってるんだぜぇ?」
ZZZZZZZ……
「おい、聞いてんのか?」
「……あんまり舐めてると、黙ってらんねぇぞ?」
「やっちまうか?」
ううん……だからぁ……ボクは、食べる必要ないから……押し込まないで……
「こ、この野郎……!」
「待てい!」
ぐうんん……
「こんな幼気な少女をよってたかって何人がかりだ!?」
「な、なんだ、コイツ……」
「デカイ……」
「……コイツ、この女と同じ、学園の生徒か」
「貴殿らも誇りある武人なら、力を振りかざす事に酔いしれるのは止め給え!」
「か、かばい立てするつもりか?」
「お貴族様同士で、友情に篤いこったな!」
「いや、彼女と私は初対面だ! 誤解させたなら、申し訳ない!」
「嘘吐くんじゃねぇよ」
「てめえら、舐めんのも大概にしろよ!」
「まとめてぶっ飛ばしてやろうか!?」
「いや、私は侮るほど君たちを知らない! 誤解させたなら謝罪しよう!」
「ふざけやがって!」
「まあ、待ち給え! その試合の外での乱闘はご法度だぞ? ここは双方矛を納めようではないか!」
「……舐め腐りやがって。ただじゃおかねぇぞ」
「それは素晴らしい! 貴殿らの力、是非試合で体験させて頂きたい!」
「ふん。俺らも、強い奴といざこざは勘弁だ。おい、メスガキ! 命拾いしたな」
「だが、アンタも試合じゃ容赦しねぇぞ?」
「応! 望むところだ!」
「絶対に、叩き潰してやる」
「応! 試合で対峙する事になれば、お互い死力を尽くそう!」
「……行くぞ」
「……ふう、去ってくれたか。危ない所だったな!」
zzzzzzz……
「礼には及ばんぞ! 私は今日を楽しみにしていたのだ! 厄介事は避けたいものよな!」
「…………」
「お互い、対戦の際は全力でやろう! 私はアルベルト! 生徒会長だ! よろしく頼むぞ、アイン嬢!」
ん!? ふぁれ?
煩すぎて目ぇ覚めた。なんだ、この大男?
さっきまで取り囲んでた連中どこ?
な、なんか手ぇ差し出されてるんだけど。
え、なになに? 怖い。
「俺と共に、この予選、勝ち上がろう!」
え、え?
はれえ?
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