第91話 え、嘘だろ? まだ増えるんか?


 クロノは、学園というものに対する理解が無かった。

 関係性に憧れを持ち、どういうものか最低限の知識と、人並みの興味を持っているだけだ。

 まだ、入学から三ヶ月も経っていない彼は、知らない知識も多くある。

 自分と近い立場や実力の者たちと机を並べ、先達から知識と技を教わる場所。それ以外の情報は、おおよそ知らないと断じて構わない。

 学校に関係する概念は、教師と生徒、校舎、図書室と保健室と職員室、食堂、教科書とノート、文房具に教室くらいしか知らないだろう。

 強くなる事と、次の試練と仲間たちで頭がいっぱいで、疎かになっていた部分も多い。

 

 クロノが生徒会から指名を受けたと聞いた時、ポカンとした表情を浮かべたのは、言うまでもない。



「付き合ってもらってごめん、アリシア、リリア」


「いいえ、この程度、御安いご用です」


「ええ、そうね。大した事じゃないから、一人でも大丈夫だったけど?」


「そうですね。では、リリアさんはお帰り頂くという事で」


「は? 何? やんの?」



 何も知らないクロノの近くに『偶然』居た女性陣が付き添う。

 クロノとしても、二人がバチバチになる状況で、三人きりというのも困る。

 しかし、他に人が出張っているのだ。

 師も、アインも、アリオスも、ラッシュも。気付いた頃にはどこにも居ない。前者三名に関しては理由は忙しいから、だろうが、後者一名は巻き込まれるのを嫌ってだろう。

 薄情な友人に、若干恨みが募る。

 にらみ合いを続ける両者にクロノは割って入り、



「ま、まあまあ。俺は付いてきてくれるのが二人なら、心強いから」


「「…………」」



 満更でも無さそうにする二人に胸を撫で下ろす。

 冗談でもなく、ヒートアップすれば殺し合いを始めかねないのだ。

 分別が付いていると信じたいが、クロノは自身の仲間は総じて頭に血が上りやすいと把握している。

 やらかす可能性の高さと危険性を考えれば、放置は怖くて選べなかった。



「何も知らない俺が悪いな。ごめん」


「いいえ、知らない事があるのは当然です。むしろ、教えてあげられる事があって嬉しいので!」



 頷くリリアに、クロノは胸を撫で下ろす。

 取り敢えず、いさかいの雰囲気は霧散した。

 


「ありがとう。じゃあ、俺を呼び出した生徒会について、教えて欲しいなあ」


「ええ、良いでしょうとも。学校の事なんてまったく興味の無いリリアさんと違って、私は詳しいので」


「は?」



 リリアの青筋が浮かんだ。

 あわや、爆発するかと思われたが、リリアは不機嫌なままで堪える。

 これ以上はクロノの邪魔になると考えたのだ。

 それに、こうした細々とした情報については、アリシアの方が詳しく、説明するのに適しているのは事実である。

 クロノのため、というしがらみが無ければ、即効で喧嘩に発展していた。


 クロノも息を呑んだが、刃を納めるリリアに安堵する。

 安心と不安を行ったり来たりで、心臓が痛かった。

 


「今の生徒会長は二年生唯一の特進クラスにして、我が国の第二王子、アルベルト・カイン・リーゲルシュト・クライン殿下です。今年度生徒会発足から一月と少しですが、話題に事を欠かない人物ですね」



 廊下を歩きながら、クロノはアリシアの話に耳を傾ける。

 何が拍子で喧嘩を再開するかわからないので、多少の緊張を残しながら。



「一年の頃から突出した能力を見せ、魔法でも武術でも、向かうところ敵無しだったそうです」


「…………」


「ですが、自他共に厳しい方でして、若干孤立していらっしゃるとか」

 


 あくまでクロノに向けたものだからか、まったく嫌味もなく、端的だ。

 クロノは皮肉のひとつでも混じるかと思ったが、意外と落ち着いているらしい。



「自他共に厳しくて、孤立気味ねぇ。将来の腹心候補とか、従者も居ないの?」



 クロノの緊張とは裏腹に、敵意のない問いを、リリアが投げ掛ける。

 特別、どうとも思わないのか、穏やかにアリシアは答える。



「ええ。誰もです。付いていけない、と」


「なるほどね。じゃあ、生徒会長以外の面子は? 早く教えなさいよ」


「居ませんよ」



 その答えに、リリアはあからさまに怪訝な顔をした。

 構わず、アリシアは続ける。



「発足から一月以上経ちますが、殿下の厳しい人柄と高い要求水準に誰も付いていけないそうです」


「いや、それ、でも……」


「ええ。生徒会は多くの仕事を任されますが、一月以上殿下お一人で」



 リリアの歪んだ表情から、クロノもどれだけ件の生徒会長が変態的か、察せられる。

 ひたすらに優秀で、対等などどこにもない。そうした場所から見る景色は、クロノも似たようなものを見たことがある。

 一人、孤高な存在として崇められる。

 クロノが想像するアルベルト王子とやらは、そんなイメージだった。

 会って話したことの無いのだが、もしかすれば、同じ景色を見てきた人なのかもしれない。

 急に呼び出されて何事かと身構えた。

 しかし、もしかすれば、を考える事が出来た。

 不安や緊張が、和らいでいくのを感じる。



「……なるほど。じゃあ、俺が呼ばれたのは」


「自分の陣営に引き込むつもりなのかもね」



 思惑が若干透けて見えるが、何を考えているかわからないよりマシだ。

 何を考えているか分からないものばかりなので、かなりやりやすいだろう。

 自信と共に、やる気を高める。


 そして、横目に、上等、という表情を浮かべていたアリシアとリリアを見る。

 自分よりも苛烈なやる気を目の前にして、クロノは若干引いた。



「誰の獲物に手を出したか、後悔させてあげましょう」


「どこからどこまでか不敬になるかラインを確かめてみるわ」


「あ、あんまり失礼な事しないでね?」



 先輩や王族といった概念をいまいち理解しきれていないクロノでも、不味いと判別がつく。

 何かあったら、やらかす前に止めねばと心の中で決意を固めた。

 そのついでに、あっ、とクロノは思い出す。

 


「それはそうと、いまさらだけど、生徒会っていうのは何なのかな?」


「「え?」」



 熱されていたものが、一気に冷める。

 キョトンと、素の声をあげる女性陣に、何かヤバい事を言ったかとクロノは焦る。



「ご、ごめん。そもそも、生徒会って何してるか知らないなーって」



 そもそも、生徒会を指して生徒会長の紹介をしている時点で、その知識は前提である。

 クロノはそのまま進めたが、最初に聞くべきだった。

 反省会を瞬時に頭の中で行う。

 


「ええと、すみません。最初に説明するべきでした」


「……生徒を統括し、ルールを作り、活動を応援する組織って感じかしら?」



 動揺するアリシアを抑え、説明したのはリリアだった。

 アリシアが『あっ』と失態をしでかしたかのような顔をする。

 止める間もなく、リリアはつらつらと続ける。

 


「具体的には、行事とか生徒の活動の予算を決めたり、一部校則を作ったりね。生徒のリーダーとしての役割を任されて、その分特権や責任がある。そんな感じよ」


「なるほど」



 アインが居ないので、ギャップを感じる事は無かっただろう特色だ。

 アインの知識としては、特殊な役職を与えられたからといって、生徒にそこまで大きな権利を下賜されはしない。しかし、この学園は、いや、貴族が通う学校は、将来民草の上に立つ人間を育てるためにある。

 生徒会は、務めれば評価を得るものであり、実践的な未来の予行演習でもある。

 なので、



「本来なら、そのような命令を出される前に手を回したかったのですが……」


「面倒だけど、生徒会長の呼び出し無視は流石にまずいわ」


「そ、そんなものなのか……」



 思った以上に強制力の働いた状況だったようだ。

 するつもりは無かったが、気まぐれで無視しなくて良かったと、クロノはホッと息をつく。

 ついでに、アリシアの『手を回す』に多少不穏なものを感じたが、具体的に聞くのは止めた。

 そんな事を話ていると、



「あ、着いた」



 生徒会室、と書かれた札が飾られている。

 扉の造りは他の部屋と変わらない。

 クロノはノックをした後に、取っ手に手をかけ、慎重に引いていく。

 そして、

 



「よく来たな、問題児共!」




 鮮烈な飛び蹴りが、クロノを襲った。




「うわっ!?」


「よく躱したな、フハハハ!」



 スタリ、と着地し、立ち上がる。

 男の足が掠ったようで、クロノたちの足元には、扉の残骸が散乱していた。

 呆気に取られるクロノたちを他所に、男は呵々大笑だ。


 男は、クロノより頭ひとつ以上高い。

 輝く金色の髪を短く切り揃え、褐色の肌を大いに晒している。

 雷のような声量を、平然と出している。

 厚い胸板、丸太のような腕、屈強な脚周り。この男を表現する言葉は、偉丈夫を置いて他に無かろう。

 偉丈夫は、クロノを見下ろし、右手をガッチリと掴む。



「私の目に狂いは無かった! それでこそ、私の見込んだ人材である! では、自己紹介だ! 私の名は、アルベルト! 頼れる先輩として、是非覚えておいてくれ給え!」



 男の名は、アルベルト・カイン・リーゲルシュト・クライン。

 クロノを呼びつけた件の人物は、まず彼をドロップキックで迎え、その後に握手を要求した。

 王族という高貴な血筋だというのに、あまりの破天荒ぶりに言葉もない。

 クロノは、されるがままになっていた。

 固まるクロノの前に、アリシアが割って入る。



「……ご機嫌麗しゅうございます、殿下」


「おお、コーリネス嬢! 貴女も居たのか! あ、留学生まで! 特進クラスの面子には全員声をかけようと思っていたのでな! 手間が少し省けたぞ!」



 とても嬉しそうに、アルベルトは言う。

 しかし、アリシアは氷のような無表情で、

 


「理由もない急な呼び出し。あまつさえ攻撃とは、どのような道理の上での行いでしょうか?」


「む」



 冷ややかなアリシアに、アルベルトは唸る。

 自分の非常識な行動に対して自覚はあったようだ。

 ポカンとするクロノに向けて、アルベルトは頭を下げる。

  

 

「いや、すまない! 確かめるつもりで攻撃を行った! だが、流石は王都の一件を収めた功労者だ! 私の攻撃程度、容易く躱されてしまったな!」



 だが、謝罪に次ぐ言葉に、三人は目の色を変える。



「二人とも……」


「ああ……」


「昏倒させるのはアリ?」

 

「リリア、ダメ。ちょっと待ってて」

 


 その言葉に、クロノたちは警戒を露にする。

 何故なら、王都での一戦は、誰にもバレていなかったからだ。

 クロノが張った結界のおかげで物的被害はかなり少なく、戦闘痕はほぼない。避難も済み、不用意に残った者は死に絶えた。クロノたちの能力の性質上、その活躍を目撃出来る人間自体限られる。

 不必要なトラブルに発展しかねないため、誰もその事を話していない。

 なのに、ほぼバレようがない事を、当たり前のように知っている。

 


「警戒せずとも……いや、無理があるか! だが、これで強請ゆするつもりもない!」


「…………」


「ただ、提案がしたかったのだ! これだけは、聞いてもらいたい」

 

 

 アルベルトは、笑みを深める。 

 驚くほど不穏な表情のまま、



「クーデターを考えている。諸君、私に協力するつもりは無いかね?」



 とてつもない爆弾を、叩きつけてきた。



 

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