第90話 認識の齟齬は、まああるもんさ
さあ、やって参りました。
粛清の時間です。
あーんな気色悪いのを作りやがったクソ野郎には、暴力による制裁が必要だ。
絶対に一回は痛い目に遭った方が良い。やりたい放題しすぎだろ。あんなもん、許されると思ってんのか、あのクソボケめ。
ていうか、いったい何時の間に作ったんだよ。
素材なんて提供した覚えなんて……ない、と思いたい。あんまりよく覚えてないから、あり得るかもしれんし、あり得ないかもしれん。
あのやさぐれ女の正体がどんなものか?
匂いから、ボクに似た体質なのは分かってた。
でも、ボクは自然発生の産物だし、ボクが生まれてから四百年も経ってるから、いつか亜種は生まれると思ってた。
だけど、そうじゃない。
あのやり取りで確信したわ。
アイツは、ボクをベースに生まれた人造人間だ。
ボクよりも、かなり人間の性質が強かったから、パッと見じゃ分かんなかった。
でも、良く見てみたら大体分かった。
ボクの亜種にしても、元がボクに依りすぎてるから。
ボクはほとんど人間辞めてるけど、肉体構造には根本的なヒト科としての要素が残ってる。
この体を素体にして、星のエネルギーとが高いレベルで溶け合い、生まれ変わったのがこのボクだ。変質してるだろうけど、残った要素はそれなりにある。
正直可能性は低いとは思うけど、ボクの細胞から、ボクのクローンを作れるだろう。
で、だよ。
そうしてボクの肉体と同質のものは作れたんだろう。
だけど、魂は宿らない。星は不自然な生命の誕生が嫌いだ。母親の腹から生まれない生命に、星は魂を回してくれない。
魂がない状況は、生きても死んでもない。
魂を欠いた肉体は、思考をしない。生きてるだけの屍になる。ソフトの無いハードじゃ、動いていても何も出来ない。
ということは、肉体の能力だけはほぼ完璧で、思考能力の存在しないボクが居るということだ。
肉体能力がほぼ完全なら、備わった機能は基本的に使えると思ってくれて構わない。
んで、詳しく説明したくないからはしょるけど、ボクの生殖欲求は死んでるけど、機能が完全に死んでる訳じゃないのよさ。
………………
神父の野郎、ヤルことヤりやがったな!?
確かにアイツの特殊体質なら、ボクの肉体の性質にも負けない。
多分、自分の体質とボクの体質がミックスされたら最強! みたいな感じだったんだろうさ。
まあ、結果は中途半端に成功で終わったけどね。
まあ、もうそこは良いわ。今重要なのは、溜まった怒りの発散だからな。
本気でボクがキレたらとんでもない事になるぞ?
某葛飾区のお巡りさんの部長よろしく、ブチギレながらホームに怒鳴り込んでみる。
「おい、クソ神父は居るかあ!?」
「…………」
居ない。
絶対ここに居ると思ったのに、まさかの行き違い。
じゃあ、今戦場に居るんじゃん。
困ったな。それならちょっかいかけられない。
しゃーねーから、回れ右して今回の怒りは次回に持ち越しって事で。
アデューを宣言しながら華麗に去るぜ。
………………
はあ……血の気の多い奴め……
「あぶな」
足元、左脇腹、首の空間が捻れる。
あのままなら、指定の箇所は捻り潰されてた。
概念的なものを操る魔法って総じてめちゃくちゃ難しいんだけど、発動までの流れがスムーズすぎて感知しきれなかったわ。
神父もそうだけど、コイツら見てるとマジモンの天才って奴を思いしらされる。
どこでもない空間の、円卓の一席。
そこに座るのは、ボロボロのローブを被った何者かだ。
周囲の空間がぐちゃぐちゃになってるから、その素顔は窺えない。
第四使徒『無間』である。
「何しやがる」
「…………」
最悪だ。
使徒の連中、全員クセがあるけど、コイツが一番話が通じないんだよ。
ちなみに、
誰と顔を会わせてもクソ。
ターゲットのクソ神父以外、ことごとくカス。その神父もとてつもなくクズ。
外れくじしかないとか罰ゲームか?
「おいおい、黙りかよ」
「…………」
「おい、ボクがお前に手ぇ出せないと思うなよ?」
空間を司るコイツは、基本的にあらゆる攻撃が無効だ。
攻撃を届かせるためには、コイツと同等以上の空間操作魔法の腕か、空間ごと対象を攻撃する手段が必要になる。
前者に関してはほぼムリゲー。コイツ以上の空間操作魔法の使い手は、教主くらいしか居ない。
後者に関しても、そうそう出来るものじゃない。英雄クラスの実力者の中でも、その力を持ってるのは稀だ。
ま、ボクはコイツに手ぇ出せるんだけども。
「残念、だ」
「あ?」
「我、では、貴様、を、殺せ、ない」
コイツ、マジでボクのこと殺す気やんか。
ふざけんなよ、ボク一応お前の先輩やぞ!
「力、を、封印した、状態で、この、戦闘能、力。手に、負えん」
「戦闘の歴と純度が違うからな」
「それ、で、説明、出来る、ものでは、ない。これ、は、いわば、
「まだボクの力を考察してるのか? 別に教えてやるって言ってんのに」
あ、空間閉じた。
音をシャットアウトしたのは、なんとなく分かるぞ。
どんだけボクのこと嫌いなんだよ。
病的にボクから借り作るの嫌うよな、コイツは。
もう、分かったよ。何も言わねーから。
あ、空間開いた。
引きこもりとのコミュニケーションみたいでムズいな、なんか。
「貴様、は、強大、だ。教団の、要、として、これほど、頼もしき、ことは、ない」
「じゃあ、殺されかけてる理由が意味不明なんだけど?」
「しかし、これ、ほど、忌まわしき、ことも、ない」
は? マジで意味不明なんだけど?
さてはコイツ、究極にコミュ障だな。
「貴様、ほど、ふざけた、力を持つ、愚者も、居まい。そして、何百年、も、我らは、その愚者を、越えられ、ない。忌々し、い」
「つまり、ボクが何となく、心底気に食わないと」
「道化、以下の、幼子、め。貴様、の、強さ、は、何よりも、たちが、悪い」
ひっど。
いったい、何をすればここまで嫌われるのか。
もしかして、使徒になった時に「試してやる」とか言ってボコボコにして引きずり回してやったの、まだ根に持ってるのかな?
「悪意、も、善意も、なく、ただ、在るが、まま、力を、振るう。気味が、悪い。一刻も、早く、死ね」
「ええー……」
一番話通じねぇ。
嫌いの一言で全部終わるんだが。
ボクもコイツ嫌いだわ。
「じゃあ、嫌われ者は帰るよ。邪魔して悪かったな、ボロ雑巾」
「待、て」
なんだよ!?
「聞い、た。『聖王』殿、から。アレは、順調に、育って、いる、そうだな?」
「……まあね。準英雄くらいにはなってるよ」
「多く、を、聞いた。現状、と、その、後、考え、られる、問題。プロジェクト、を、引き継ぐ、ように、語られた」
……なるほど。
このボロ雑巾、ボクの事は嫌いだけど、他の使徒とは仲良いもんな。
そりゃ、ちょっと不安か。
アイツは、ボクたちとは違うから。
「彼は、我ら、とは、異なる。彼にとって、目的地、は、ここ、なのだから」
「分かるよ。目的のために頑張れるのが人間だもんな」
別に、神父が悪いわけじゃない。
むしろ、これに関しちゃボクらが異常なんだ。
ゴールの手前になったら、やっぱり気が緩むもんなんだろうか?
いや、もしかしたら、予感があるのかもしれない。
ボクだって、それに従う事は多い。ボクらは、他の人間が持ち得ない感覚を有している。予感とかカンってのは、要は言語化することが出来ない思考の末の結論だ。
だから、ボクらの直感は、良く当たる。
このままならもうすぐ死ぬかもって予感は、ボクもある。ヤスパースの限界状況だったかな? それにぶちあたる前に、何となく気付く。まあ、ボクは限界状況なんてことごとく踏み潰して、逆に超越者になったけど。
限界状況にて、人と交わり真理を見つけるってね。
これ以上はボクもフワッとしか知らんから、そんなの知りませーん。
「仲間が何かをしようとしてる。命をかけて、挑もうとしてる。気になるわな、そりゃあ」
「…………」
クロノくんは、共同研究の末に生み出したらしい。
コイツの中身はクソッタレのクズ野郎だけど、仲間意識や情もある。
百年単位の付き合いだ。感情が希薄な奴でも、そりゃあ感じるものはあるか。
こうしてボクにその事を話すのも、釘差しのつもりなんだろう。
いざとなれば、神父を守れっていう。
……はあ。
「でも、甘いよなあ、お前らは」
「…………」
「忘れたのか? ボクたちは同じ方向を向いてるが、別に同じものを目指してるんじゃないんだぜ?」
教主とボクとで、とある目的を目指した。
その過程で、幽霊女は意図せず生まれた。
このままでは目的にたどり着けないと判断した教主とボクは、教団を作り上げた。
素養のある者を育て、実験を繰り返す。
トライアルとエラーを、死ぬほど繰り返した。
何度も違うアプローチを試みる途中、三百五十年前に、バカヤンキーが使徒になる。そして、二百五十年前にボロ雑巾が、二百年前にクソ神父が使徒になり、信徒を増やし、暗躍を繰り返し、今の勢力を築いた。
そして、コイツらが使徒になった時に、ボクたちは言った。
「己が目的のため、互いを利用しよう。誰が一番に理想郷に辿り着いても、恨みっこ無しってね」
「…………」
「甘えた事を抜かすなよ? 失望しちゃうぞ?」
円卓の椅子の上で、ボロ雑巾は肩を落とす。
まあ、言ってはみたけど、期待はしてなかったんだろう。
ボクは、誰が死にかけても助けるつもりはない。
それがボクたちの計画にとって、必要な事なのならば。
「もう、言いたい事はないな? じゃ、もう帰るわ」
「度し難、い。貴様、とも、長い、付き合い、だろう、に」
「まあ、そうなんだけどね?」
コイツらが死ぬのは、惜しいとは思うさ。
言われた通り、長い付き合いだしね。
多分、その時は人並みに悲しむし、寂しいと感じるかもしれない。
だけど、
「もう、決めてるからね。迷わないって」
「……去ね。もう、貴様、に、期待は、しない」
それがいいよ。
ボクも、変に期待はされたくない。
ボクがリスクを犯す時は、ただ一人のためだけだ。
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