第89話 アイツ、あとでしばく
ボクもバカじゃないからさ。
状況を考えれば、どういう流れになるのかは大まか予想がつく。
本当に、ちょっとした事さ。
例えばなんだけど、大切にこれまで育ててきた弟子が居るとしよう。
手塩にかけてきた弟子を、学校に通わせる。
すると、どうだろうか?
弟子は何故か、意味が分からないドタバタ珍道中を繰り広げて、めちゃくちゃ強くなってた訳だ。しかも、なんか良く分からんボスラッシュの中には、自分の宿敵まで居た。
で、弟子の仲間に変な奴が居るぞ、と。
めっちゃ強くて、めっちゃイケメンな、得体の知れない奴が居るぞ、と。
警戒するのは当然だ。
腐っても、やさぐれ女は英雄と呼ばれる。
酒と煙草の匂いに、破天荒な態度で誤魔化そうとしてるけど、ちゃんと思慮がある。
それなりに長く生きてるだろうし、むしろ考える能がないって方がおかしなもんだ。
長く生きれてるのは、強いだけじゃない。それなら英雄なんて呼ばれてない。慕われる土壌が出来ているのは、本人が上手く立ち回ったからだ。
まあ、性格的にも考えるより先に手が出るタチなんだろうけど。
「本当に気が合うなぁ」
殺し合い上等だよなあ。
取り敢えず、面倒くさかったら殺したくなるよなあ。
とても良く分かるよ、それ。
これで
あんまりにも気持ち悪いし。
ま、確信が持てただけ収穫だな。
草木も眠る丑三つ時に、特別人気のない場所を歩いてて良かった。
喧嘩しやすい環境を用意してやって、良かった。
「来た」
「…………!」
とても静かな奇襲だった。
音速を越えているのに、衝撃波とかの余波が出てない。
ここまでのは、かなり稀だ。やっぱり昼間のは全力じゃなかったらしい。
煙草と酒の匂いで誤魔化してたから半信半疑だったけど、やっぱりか。
抑えてた力を解放した分だけ、めちゃくちゃ匂いが濃くなってる。
「……嘘だろ? マジでただのチンチクリンじゃねぇな」
手刀が迫る。
相当切れるな、これは。
しょうがないから、腕と襟を掴む。
リーチがかなり違うから、潜り込んで一本背負いするしかなかった。
地面に叩き付けたけど、ダメージは薄そう。
腕をこのまま極めるかどこかしらを打つかだけど、多分ぶち折るまでに反撃で死ぬから関節はダメ。
喉に向けての貫手がベターか。
「っ!」
残念避けられた。
喉の皮を切り裂いただけか。
能力で逃げたのはギリギリ目で追えたけどっ……!?
うっわ、反撃はっや。脚がギロチンに見えた。
ていうか、直角に飛行してるよね?
慣性の法則はいったいどこに消えたんだい?
危うく首をはね飛ばされるとこだった。
「爆散しろ」
レーザー!?
あっぶねぇなあ。
これ、避けさせる気、無かっただろ。
比喩でもなんでもなく光速だぞ。あのままなら、心臓に風穴空いてたからな。
ちなみに、避けられたのは別にボクが光より速く動けるんじゃなく、タイミング合わせてるだけだからね。直進しかしないの分かってるし、普通に簡単。
まあ、普通は訳も分からないまま死んでるだろうし、威力も高い。ボク相手じゃなきゃ、必殺技だ。
でも、所見で殺しきれなかったなら、もうダメ。技の性質が分かったならもう通じない。
二発目のレーザーに対して、魔力を変質させ、同化する。
体内で化かし、やさぐれ女の方へ放出。
「!」
流石に驚いてくれたか。
防がれたせいでダメージは無いけど、構わない。
生まれた隙は、絶大だからね。
「がはっ!」
隙あれば、ボクは感知をすり抜けられる。
いわゆる縮地的な奴だよ。
顎を蹴りあげられるまで、何も見えなかったし、聞こえなかったはずだ。
がら空きになった胴体に発勁をかます。
血反吐を吐いてくれた。ちゃんとダメージを受けたみたいだ。
「調子に、乗るな……!」
「…………!」
いってー! パンチおっも!
ガードの上からでも普通に倒れかけたよ。
やっぱ、エネルギー量の違いがなあ。
どれだけ効率を高めても、画一的な使い方をしていても、エネルギー量に差がありすぎるな。それがそのまま身体能力の差に繋がって、まともな勝負になれない。
柔よく剛を制すとは言うけれど、やっぱり限度はあるんだなあ。
さて、距離も取られたし、仕切り直しか。
……あれ? もう終わり?
滾ってた殺気が収まっちゃった。
警戒はしてるけど、もう戦う感じじゃなくなっちゃった。
「……やるな」
「ボク、なんかしたかな?」
取り敢えず、すっとぼけてみる。
襲撃されるいわれはないよね? みたいな感じで。
疑わしきは罰するなんて、野蛮極まりないよぉ。
「分かってんだろ? あたしの用件は」
「いやあ、さっぱりだね」
思い切りイラついてやがる。
でも、ボクもすっとぼけられるのは嫌いだし。
方便は使いまくる上に、必要に応じてすっとぼけるけど、被害を受けるのはボクじゃないから構わない。
ボクはね、ボクが不快じゃなきゃいいのさ。
「……あたしは、普通にてめぇを殺すつもりだった。あたしは仮にも英雄だぜ? だってのに、てめぇを殺せる気はまるでしなかった」
「謙遜だねぇ。本気出してないくせに」
「黙れ。切り札は、切れば勝てると確信した時に切るもんだろ」
「そりゃそうだ」
ちょっとからかっただけさ。
ボクも同意見だよ。
「英雄は、それ以下とは一線を画す。英雄に準じると評される者たちも居るが、あたしたちの足元にも及ばん。準と、真は天地だ。その上で断言するが、てめぇは準なんかじゃねぇ。英雄の領域に居る」
「まあ、だろうね」
そうなるように、封印するエネルギーを調整したし。
「野良の達人にしちゃ、強すぎるんだよ。ただひとつの戦場も経ず、武功もあげず、育ったにしちゃ、いくらなんでも強すぎる」
まあ、言いたい事は分かるさ。
マジな英雄、実力者は、戦場で磨かれるもんだ。
上を目指せば、格上を相手取るだろう。それを乗り越え、打ち倒す。チャレンジ出来ない奴が英雄になれるはずもない。
そんで、そういう道筋ってのは、隠せないんだ。
戦士にしろ、軍人にしろ、冒険者にしろ、足跡は必ず残ってしまう。そして、足跡さえ残れば、周囲は戦功の主を見つけ出す。名を残そうとせずとも、寡黙な英雄として語り継がれる。
特に、この世界の人間は、英雄を求めているのだから。
よって、
「てめぇは、なにもんだ?」
ボクの存在は、ある意味バグなんだよね。
生まれる過程を踏まずに生まれた子みたいな。
処女受胎? あ、この例えするんじゃなかった。自分で言っててキショイ。
とにかく、不自然な存在って思ってて欲しい。
で、その不自然極まりない何者かが、弟子に近付いてきたってのが、やさぐれ女視点ってわけよ。
さて、どう答えるか。
ウソを吐くのは、危険だな。
このレベルの奴は、見破る魔法を凄まじい練度で使える。
いや、今回については違うな。
コイツはきっと、カンで噓か本当かを見抜く。
じゃあ、やっぱり弟子の時と同じだな。それっぽいこと言って勘違いさせるのが良い。
「そこそこ長く生きたが、てめぇみてぇのは知らねぇ。それほどの実力を持ちながら、表舞台にあがった事がない。不気味なこと、こと上ねぇなあ」
「…………」
「説明しろや。てめぇは、なにもんだ?」
噓は言わない。
ただ、勘違いするような情報を与えるだけだ。
「それ、説明する必要ある?」
嗚呼、とてもおかしい。
そして、腹立たしい。
こんな状況を作り出した、あのクソ神父が。
「……あ? どういう意味だ?」
「予想ついてるくせに。お互い、
どういう実験か、大体察せる。
アレのアプローチは、なんというか大胆、ていうか強欲だよな。
流石、神の寵児を産み出した天才だ。
ボクなんかじゃ及びもつかない領域に居る。
やっぱり、研究なんてかったりぃ事にチャレンジしなくて良かったよ。
「ボクのターゲットの内には、神父も居る。あの教団は、本当に色々やらかしてるからね」
「……やっぱ、そうかよ。似すぎてると思ったんだ」
後で首根っこ捕まえて吐かせてやる。
気色悪いもん作りやがって。
マッドサイエンティスト過ぎて引くわ。
「てめぇ、あたしの妹か?」
コイツ、ボクの娘だな。
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