第93話 ポン酢が飲みたい
「アイン嬢、この勝負はどちらが勝つと思う?」
ボクの横には、クソデカイ男が居る。
どれくらいデカイかって言うと、もう、ボクより頭四つくらいデカイ可能性がある。
腕は丸太みたいに太いし、首は電柱かってくらいデカイし、胸筋は冷蔵庫みたいだし、肩にでっかい重機乗ってんのかいって感じだ。
上背と筋肉がデカイし、声と態度もデカイ。
小さいっていう概念は全部消し去ったんじゃないかな、コイツ。
隣に立たれるとボクの小ささが際立つから、とても嫌だ。
ホント、何なのコイツ?
めっちゃニコニコしてて不気味。
馴れ馴れしいし、思い切り拒絶しまくってるのに、全然効いてないの。
しつこいから、無視も続けられないくらいよ。
「右側」
「ほほう? その心は?」
「……自分で考えろ」
なんで、こんな懐かれてるんだ?
寝てる間になんか一緒に居てて、気付いたらめっちゃ話しかけられるようになった。
ボクのことも何か知ってるみたいだし、衣装から見て学園の生徒なのは間違いない。で、口振りから見るに、二年生以上の上級生だ。
どこの誰かは知らないけど、凄く距離を詰めてくる。
ちょっとだけ怖い。
とんでもない事だぞ、このボクに恐怖を覚えさせるなんて。
ボクの戦慄なんてまったく知らない顔で、コイツは喋りまくる。
「確かに、見る目を養うのは重要だ! 相手の実力を見抜き、技の質を知る! これなるは、基本にして奥義! それを独力で身に付けろと! そういう訳かな!?」
「黙ってろ」
「なるほど、多くを語らぬその姿勢! 沈黙は金と心得ているのか!? 私は素晴らしいと思うぞ!」
「…………」
でも、困った事に、コイツ厄介なだけじゃないんよなあ。
コイツが側に居るだけで、ボクは一気に絡み難くなる。
人避け装置としては十分だ。
さて、このやかましい人避け装置を側に置き続けるか、ヤンキー共に絡まれるか。
どっちがマシか困る所だわ。
「むう! なんとなく分かったぞ! 右側の選手の方が使う技に練度を感じる! 違いは武器か!?」
「……焦ったね」
「今日に合わせて良い武器を用意したのだろう! だが、それを使いこなせるようになるまでの時間は足りなかった! そんなものより、使いなれた武器を使うべきだったと!?」
「まあ、そう」
理性的なのか、そうでないのか。
アホかどうかっていうなら、間違いなくアホ寄りなんだけどなあ。
だって、多分コミュニケーション取れない人だよ?
なんていうか、凄く覚えがあるんだよね。こういうタイプのアホって。
「なるほど……それをたった一目で見抜くとは……」
「重心」
「……ふむ。武器の構えから重心の置き所の甘さが見えた、と」
「なまくらでも使ってろ」
「どんな業物でも、使いこなせなければ、当てられなければ意味がない。それならば、なまくらでも手に馴染むものを使っている方がマシだと」
周りがどんどん盛り上がっていく。
熱狂してるねぇ。やっぱり、コイツは置いてた方が良い気がしてきた。
コイツはうるさいけど、そんなんしなくても周りは常にうるさいし。
流石に会場から離れる訳にはいかんもん。
「お、やはり彼が勝ったな!」
「大雑把すぎ」
「なるほど。腕や脚はもちろん、指先、いや、筋繊維に至るまで意識する。そんな事も出来ず、己の肉体を操りきれていないのに、武器がどうのと悩むのは雑すぎる、と」
あー、かったりぃなあ。
今日は二試合だけらしいし、さっさと終わらせたいんだけども。
クロノくんと合流して、飯代奢らせたい。
ボクは当然無一文だけど、彼はやさぐれ娘から仕送りもらってるらしいし。
お祭りの屋台っておいしいよね?
こういうのは、昔から好きだった気がするよ。
「精進」
「ああ! 私もそう思うぞ! 真なる力を手に入れるのに、近道はない!」
ていうか、コミュニケーション面倒くさすぎて一言で喋ってたのに、良く通じたよな。
凄く正確に意図を汲んでて草。
実はエスパータイプだったりする? コイツ、エスパー格闘タイプか?
微妙なタイプだな。だから、中途半端に強いのか。
経験則だけど、こういう奴ってしつこいんだよね。
自分の目的に対して一直線だし。
それまでの過程で発生した犠牲とかって、多分何とも思わないんだろうなあ。
で、巻き込まれたらとことんだ。外堀も内堀も埋められて、ビックリするくらい使い潰される。
出来る事なら、距離を置いておきたい。
まあ、今日一日は人避けになってもらおう。
見つからないように気ぃ張ればいいし。
「いやはや、アイン嬢は面白いな! 是非とも、私の目的に協力して欲しいな!」
「めんどい」
「確かに、求道者のごときアイン嬢を口説くのは難しそうだ! しかし、どうにかして、協力してもらいたい!」
そう言えば、焼きそばってあるんかな?
いや、そもそも麺を焼く発想があるかどうか。
たこ焼きは絶対に無いと思うんだけど、せめてイカ焼きがあって欲しい。
あ、この国って内陸国だったっけ?
じゃあ、海鮮ものはないか。
「私の憂慮を共感して欲しい。この国は、一見大木のようではある。しかし、根は痩せ細り、幹は食い破られ、折れる寸前の木なのだよ」
「へー」
「あまり、未来はない。現状は、薄氷の上を歩くに等しいのだ」
まあ、いいや。
串焼きしかなくても、ボクは満足だ。
肉って人間が一番旨いと思う食材だもんなあ。
ていうか、この世界ってポン酢ないのかな?
「私は、今、武力を欲している。あらゆる敵を打ち砕く、個の武力! それなくして、改革を起こせぬ」
「あーそー」
「アイン嬢にとっても、悪くない取引にするつもりだ。一度で構わない。話を聞いてくれないかな?」
ポン酢って、最高の調味料だよね。
ここ四百年は食事の必要がなかったから執着しなかったけど、ここ最近は欲しくなってきた。
異世界っていったらマヨネーズみたいなところあるけど、ボクマヨネーズ嫌いだし。やっぱ、ポン酢しか無いんだよなあ。
ポン酢以上の調味料って存在しないだろ。
生牡蛎とか白子とかをポン酢でつけて食べたいんだよなあ。ボクは生牡蠣あたったりしないし。ポン酢の旨さを誰かと共有したい。
クロノくんとか良いリアクションしそうだ。
まあ、ポン酢がないから何とも言えんが。
作り方なんて知らないから、どうしようもないんだよねえ。
「クロノくんも、前向きに検討してくれているのだが」
………………
場合によっちゃ、コイツをここで殺さなければならないな。
「なあに。そう変な事を願っている訳ではないさ。ちょっと二、三人、人を殺すだけで良い」
「…………」
「少し、気に入らない所があってね。私は、この国を変えたいのだよ」
……クロノくんには、あんまり目だって欲しくない。
この国を変えるとかなんとか、そんな目立った事をされれば、面倒な連中に目をつけられる。
これが終わったら、クロノくんを問い詰めよう。
「父上や兄上は、腑抜けだ。現在の体制は、あまりにも生ぬるい」
「…………」
「覇道、というものに興味は無いが、求められ、私しかそれを為せぬのなら、するしか無かろう?」
……こいつ、高位貴族かなんかか?
よくあったなあ、下克上。三百年くらい前なんかあったよ、信長と本能寺みたいな展開。
簒奪なんて、とても割に合わないのに、ご苦労なこったねぇ。
国っていうものを纏めるために、器なんてものは必要ない。
周囲から認められる血を引き継ぎ、正しく教育を受け、人を従える事に慣れた人間なら、誰にでも出来る。
国を作り上げなければならない黎明や、群雄割拠の戦国時代ならともかく、基本的に平和だし。その戦争でさえ、別に王が出来る必要はない。その道のプロなんて、正直そこら中に居るもんだし。
だけど、居るんだよなあ。
王は誰よりも優れてしかるべき、みたいなの。
これって、本人が優秀なほど思うよねえ。
国王と皇太子が自分よりも劣ってると確信してるヤバい野郎だ、コイツは。
別に王様なんて、誰だっていいのに。
「なので、付き合って欲しいのだ! この国を良いものにしたい!」
「知らん」
「他の特待生にも声をかけている! 色好い返事を貰えるだろうな?」
「連れ戻す」
「さて、どうだろうな?」
必要な事は、何でもするだろうな。
会ったばっかりだけど、本気でヤバい奴だね。
気質としては、チャラ男くんと幸薄ちゃんを足して二で割ったくらいか。
阿呆のフリをしてるけど、ダルい奴だ。
作戦を聞かされたりしたら、もうダメだね。絶対に引き込まれて、なし崩し的に付き合わされる。
「お前を、殺してやろうか?」
「ならば、私は私の権利を行使する他にない!」
クロノくんの側を離れないといけない環境は、とても困る。
そうなれば、ボクの目的が遠ざかってしまう。
「根なし草に脅しかよ」
「根なし草がこの国の学園に通うのだ。それなりに、目的があるだろう?」
舐めやがって。
さっと殺したらバレないかな?
……あ。
「……お前、名前はアルベルトか?」
「知らなかったのか?」
呆れた、舐め腐った顔してるけど、それどころじゃなかった。
しまったな、これじゃ殺せない。
とても誤算だよ。
神父の野郎からキツク言われてた、手出し無用リストのひとりじゃん。
「ふぅん?」
「な、なんだろうか?」
頭が痛くなってくる。
厄介な相手の面倒押し付けられた。
「まあ、いいか。見てろ」
「見てろ、とは?」
「お前なんかじゃ持て余すってところを見せてやる」
今、神父連絡つかねぇし。
下手に手出しするわけにもいかん。
断ってもしつこそうだし、むしろ、こっちを脅してくるだろう。
じゃあ、しょうがない。
力を見せてやらんでもない。
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