第79話 心臓が二つあるのは常識じゃないと付いてけないステージ


 個人の武によって、戦況は左右される。


 仮にただ物理が支配する世界なら、一笑にふされてしまう事だ。

 世界で一番強い人間が居たとしても、狂器を持った人間五人相手にするのは厳しいだろう。その倍なら、可能性はさらに低くなり、さらに倍なら夢の話だ。百対一など、悪ふざけにもならない。

 数というものは、圧倒的なアドバンテージ。

 戦争において重要視されるのは、物量だ。

 優れた作戦、優れた人員、優れた環境。それらによって自分たちの何倍もの敵を撃退するなど、まず不可能な事なのだ。


 数が多い方が、勝ちやすい。

 数が少ない方が、不利だ。

 質より量が優先される事とて、多々あろう。

 そうした方が、分かりやすく強いから。


 だが、本来人類に、いや、生物に与えられるはずのなかった力を操る権利が、その法則を狂わせる。

 それが、『あり得ない』を大きく変える。

 いや、変えてきたのだ。


 ガヌ公国とリファーシャ王国の戦争。

 マークフォルド王国とナーザ王国による、砂漠の上の戦い。

 グラリア王国とリタザ皇国の海戦。

 前者極少数に対し、後者は大軍。単純な戦力差で見れば、数倍、数十倍の戦争だった。

 だが、古に起きたこれら大戦は、全て前者の勝利に終わっている。

 いったい、何がその要因か?


 英雄


 規格外の戦闘能力を有した、たった一人の兵士。

 圧倒的な数的不利を覆す、イレギュラー。 

 仮に万の軍勢が相手だとしても、それを超える武を有する個人が、容易く戦況を覆す。

 九割九分九厘以上が、英雄を引き立てるための砂利だ。ほんの僅かな英雄が、戦いを彩る。

 この世界における戦争とは、如何にして英雄同士の戦いで勝つかが、他の何よりも重視される。


 此度の事件も、そう変わらない。

 

 高い戦闘能力を有した主犯と、その手下が陣地を襲撃した。

 憲兵がこれの対処にあたったが、一で千を、万を蹴散らす敵に対処出来ない。

 なので、代わりに力があるクロノたちが対処した。

 手下たちは、一で千を蹴散らす力があった。もしも野に放たれていたのなら、数多の人間を殺しただろう。英雄に準ずるとされる者たちでも、キメラの相手は厳しかったはずだ。

 むざむざ挑ませれば、それだけ犠牲が増えていた。


 クロノたちが主犯の男とアインとの戦いに加勢しようとしなかったのも、同じ理由だ。

 どう足掻いても、足手まといになる。

 あの超速戦闘に割って入るだけの力は、自分たちにはない。

 冷静な判断をするだけの余裕が、彼らにはあった。

 

 それに、余裕と興味があったのだ。


 底知れないアインが、本気で戦う所を見たかった。

 あまりにも強いアインは、きっと負けない。

 そんな思いや願いがあったのは、否めない。

 アインの強さを過剰に神聖視してしまうほどに、彼らはアインを知らなかったのだ。

 味方ではないと思ってはいても、敵ではない。むしろ、何度も裏で助けてくれたという過去が、認識を歪ませ、実体を曖昧にする。

 だから、心のどこかで、手を貸す必要がないと断じた。

 

 だから、想像すらしなかった。

 

 

 ※※※※※※※※



「……王都のキメラは全部死んだ。避難も、完了したな」



 クロノは続いた極限集中を切る。

 この王都中の無機物と、敵以外の人間に張り付けた防護結界を維持しながら、戦闘係三人への能力付与、さらに、残った住民が居ないかを探り、居れば遠隔で逃げられるように誘導まで行っていた。

 規模、精密性を考えれば、以前では不可能だった芸当だ。

 着実なレベルアップだ。端から見ているラッシュですら、感嘆する。



「……何人居たと思ってるんだ。それに、王都がどれだけ広いと思っているんだ? 王都民の全てと、建造物の全てを結界で保護って……」


「努力の成果だ」

 

「どんだけ努力しても出来る訳……まあ、いいか……」



 多少の疲れはあったらしい。

 息が乱れかかっているようで、整えようとしてるのが見て取れる。

 かなり、無理をしていたらしい。大いに弱っているわけではないが、多少は影響があるだろう。

 疲労はかなり感じているはず。

 だが、臨戦態勢は崩していない。

 


「他の面子も、化け物だね。あのキメラは、学生が勝てる訳ないくらい強いのに」


「……アレは、知ってるんだな」


「どこかから作って、仕入れてる、教団の戦力さ。倒せるのは、英雄くらいだと思ってたよ」



 生物に対する付与は打ち切る。

 動き回る存在にかけ続けるのは、相当複雑な演算が必要だったが、今は固定された建築物にのみで構わない。

 かなり余裕が出来ている。

 ゆるりと、体内のエネルギーを整える。

 視線は、一点から決して逸らさない。



「……確かに、強かった。あんなのを量産出来るのか?」


「常軌を逸した技術ですね。実に興味があります」



 真後ろから、新しい声が現れる。

 ラッシュだけが振り返り、姿を確認した。

 アリオス、アリシアの二人だ。澄まし顔をしているが、漏れ出る殺気は苛烈だった。 

 クロノの支援とがあるとはいえ、教団のキメラ数十体を皆殺しにした。明らかに、学生の実力を逸脱していた。

 いたのだが、そこに慢心はない。

 クロノと同じ場所を、じっと睨んでいる。



「……何百年も、世界の裏で暗躍してきたんだ。これまで英雄たちが滅ぼそうとして、一度も叶わなかった。埒外なのは、当たり前なんだよ」


「危険すぎるな、それは」



 ラッシュの言葉に頷きながら、クロノの方へ、アリオスは剣を放り投げる。

 クロノは振り向きもせず、空中で掴む。

 鞘から引き抜き、軽く数度振るう。

 ラッシュの目から見ても、かなりの業物だと分かる。造りはもちろん、エネルギーを蓄え、力を発揮しようとしている剣の能力らしきものも、素晴らしい。

 間違いなく、一級品の魔剣だ。



「クロノ。以前から用意していた、お前の剣だ。エネルギーを蓄え、硬く、強く、切れ味を増す。どうだ?」


「良い剣だ。ありがとう」



 備えている。

 もしも、に対して。

 それくらいは、分かる。



「リリアは?」


「備えています。かなり吹っ切れたようで、呪いを使うことに躊躇いはないようです」


「そうか。なら、良かった」



 安堵している。


 それは、戦力追加を確認しただけではないのだろう。

 リリアという人間の危うさを見抜いていて、それが解消したことに。

 だが、それも僅かな間のみだ。

 すぐに、表情を強張らせる。

 


「クロノくん……」


「相変わらず、凄い戦闘だ。割って入れる気がしない」



 高速で繰り広げられる戦闘に、クロノは顔をしかめる。

 クロノですら、全てを視認出来ない。

 ここまで差があるのかと、思い知る。追い付こうと足掻いても、上には遥か上が居る。己の力不足に、拳を強く握った。

 


「でも、もうすぐだ」


「「「…………!」」」



 一層の力の高ぶりを感じる。

 アインは、剣を取り出した。

 見たこともないほど凄まじい、埒外の魔剣だ。

 それがアインの切り札というのは間違いなく、その凄まじさに戦慄する。

 そして、



「!」



 光剣と、アインの剣がぶつかった。

 想像を絶するエネルギーのぶつかり合いに、圧される。

 思わず、目を塞ぐ。

 あまりにも馬鹿げた力と力の衝突は、目にする事すら許されない。

 クロノが結界を張っていなければ、彼らはその衝撃で吹き飛ばされていた。

 クロノによって、不壊が付与されたはずの建築物が、弾け飛んだ。

 土煙が存分に舞う。瓦礫が散弾のように飛び散る。

 

 視界が開けていく。

 そして、



「…………!」



 腹を貫かれたアインの姿が、目に映る。

 直前まで感じた力の漲りは消え失せた。

 アインは剣を取りこぼし、力なく倒れる。

 


「さて、次は……」



 クロノは、その瞬間から駆け出していた。

 渾身のエネルギーを剣に込める。

 クロノの剣と男の光剣が交差するのに、瞬きの時間すらなかった。

 


「俺たちが相手だ……!」

  

「小生の相手がつとまると良いですね」



 教団とクロノは、初めて対峙を果たした。

 大いなる計画が、この時、動き出す。



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