第36話 全部思い通りにならないかなあ……

まず、クロノくんのスペックを詳しく説明してみようか。

 かなり推察が入るから、正しいかは分からんけど、整理は大切だしね。

 とっ散らかった状況で、いったい何を把握するっていうのさ?

 ほら、例えばさ、ステータス画面ってあるじゃん? アレって何のためにあると思う? 強さを分かりやすく認識するためさー。

 パッと見て分かった方が便利でしょ?

 分かりやすく現状を確認できたら、次は何をしたらいいかも考えやすいでしょ?

 見て理解できるなら、それに越したことはないし。

 

 はい、そんじゃあテキパキ行くぞー!

 クロノくんのステータスオープン!

 ちなみにボクがそれっぽく考えただけだから、あしからず。



 名前:クロノ・ディザウス


 HP:40000 MP:156628

 力:5985 敏捷:7643 守備力:5244

 知力:780 器用:3557

 スキル

 格闘術:Lv4 剣術:Lv6 短剣術:Lv5 隠密:Lv3 

 気配察知:Lv6 魔力操作:Lv6 身体強化:Lv5 

 火魔法:Lv8 土魔法:Lv3 風魔法:Lv2 

 雷魔法:Lv1 空間魔法:Lv8 時魔法:Lv8 

 結界魔法:Lv7 苦痛耐性:Lv6 魔法耐性:Lv8 

 物理攻撃耐性:Lv6 精神攻撃耐性:Lv7 

 神気:Lv2 真眼 New!

 称号

 神様見習い 賢者の弟子



 どう? 頑張って作ってみたんだけど?

 MPに関しては学院の水晶から取ってみた。他の数値に関しては、500を身体強化した戦える人間の普通って事にして設定してみた。

 スキル欄のレベルは、3が平均ってことで。何で5が平均じゃないかって? 上のレベルがヤバすぎて、真ん中を3までもつれ込ませないと表現出来ないからさ。

 HPは、なんか、説明がムズいんだけど……なんかアレだよ、死ににくさみたいな。小突いても大丈夫な回数っていうか、打たれ強さっていうか……?

 多少のガバは許してほしい。十とか一の位の細かい数字とかは、それっぽくて良いかなって感じで適当に付けたし。

 マジで何となく作ってみただけだからさ。遊び心っていうか、なんというか……

 

 でもまあ、かなり分かりやすいでしょ?

 クロノくんの現状は、多分数字にしたらこんなんだと思う。

 技も、力も、ついでに頭もある。

 軍隊くらいなら、蹴散らせるって言ったっしょ? 軍隊って、言ってみたらだいたい平均ステータス500で、スキルもチンマイのしか居ない蟻んこの群れさ。

 たまに強いのは居るけど、ほぼ誤差だし。

 有象無象じゃあ相手にはならんよね。

 

 要約、クロノくんは強い。

 国が動くレベルだし、天災の域にはあるね。

 

 

「GAAAAAA!!」



 そんな天災の前で棒立ちしてるボク。

 

 気持ち的には珍しい猛獣を見てる気分。

 なんというか『へー、すごーい』って感じ。

 下手すりゃ一匹で国が滅びる猛獣っていうのも、なかなかヤバイ話だけどさ。

 でも、ボクの視点からするとクロノくんこそ蟻んこと変わらんしなあ。

 クロノくんが弱いんじゃなく、ボクが強すぎるのがいけない。ボクより強い生命体は、未来にも過去にもこの星からは生まれないだろうし。

 天上天下唯我独尊。ボクに勝るモノ無し。


 だが、困ったことに、瞬殺するわけにはいかない。

 意識が『神気』に完全に呑み込まれるよりも早く、なおかつ『神気』に馴染むように長く。

 分かりやすくさっきのステータスで言うなら、スキル神気のレベルを上げるために熟練度を高めさせる。

 引き際を掴むの自体は簡単よ? ボクの目だって、節穴じゃあないから。

 でもさ、クロノくんとそれをするってことは、蟻んこ一匹と人が戦って接戦を演じるって事だよ?

 無理無理無理無理カタツムリ。

 次元が違うんだから、そもそも戦いすら成立しないんだよ。


 たはー、困った困った。

 下手に暴走状態になって、本能まる出しになったのも良くないなー。

 ボクを認識した瞬間、彼我の差を感じ取って逃げようとするかもしれない。

 逃走はダメだね。取れる手が少なくなるし、何より気持ちで負けてるんだもん。逆に戦おうとすれば、使おうとする手は広がるし、気持ち的にも自分の力を使いこなしてやろうってなるやん?


 メンドクセーけど、クロノくんがしっかり戦ってくれる範囲内で、ボクは格上を演じないといけない。

 神の目を持つクロノくんを前にね?

 しかも、本能全開な彼は、普段よりもよほど察しが良くなってる。

 骨が折れるよ、まったく。



「!!!!」



 お、ようやく気付いたね。

 まあ、隠形を解いたんだから、気付かん方がおかしいか。

 思い切りやれた分、『星霊』の方が良かったよ。

 


「…………」



 見られてる感覚がする。

 クロノくんの『真眼』で、見透かされてる。

 はーあ、このレベルの看破に対してする隠蔽とか、マジで疲れるんよなあ。

 あ、でもコレって今後もやってかなきゃなの?

 気が滅入ってきたなあ。

 でもまあ、しゃーなしか。やれることは、完璧にやるのが仕事ってもんだ。


 惑星中枢接続

 エネルギー流入を申請

 …………

 申請受諾確認

 大部分を圧縮、解凍コードキーの所有権移行は却下

 …………

 申請却下を拒否

 …………

 險ア縺輔↑縺�

 

 よし! これでオッケー。

 これでステータスはクロノくんと同じくらいになったはずだ。

 この時点でかなり疲れたけど、まあ必要経費だ。


 あ、そうだ。後で温泉にでも入りに行こうかな?

 


「ほーら、怖くないよ? 怖くない。こっちにおいでー」


「AAAAAAAA!!!」



 よしよし、襲い掛かってくれたよ。

 トラウマになるような戦闘をしてやろう。



 ※※※※※※※※


 

 ソレが何かと問われれば、正体は単純。

 クロノ・ディザウスという人間の奥底に根付く、『神気』の意思だ。

 人間の理性という蓋が開いた事により、暴れる『神気』が自己保存のために外敵を排する事に特化した形態である。

 理性、というものを削り取り、ただ外敵を滅ぼすためにもうけられた存在が、ソレだった。

 

 目につくもの、全てが敵。

 かつて、星という全ての事象を内包するモノから敵として認知されたのだ。

 この星由来の全ての存在に対する敵意を備えている。

 故にこそ、目の前の少女にも同様に襲い掛かるのは、道理だった。

 

 だが、道理に沿わない事もある。



「そうそう、上手くなったねえ」



 ソレが使う『真眼』は、いわば、あらゆる秘密に対する優先開示権だ。

 位相として、コレより優れた同様の権利も、秘匿するための能力もない。

 だから、見えているものが全てなのだ。

 ソレよりも少し多い程度のエネルギー量や、肉体の稼働年数、筋肉の付き方、魔法の能力適正などなど、さらに、そこから推察される強さ。

 だというのに、この差は何か?

 


「うん、そうそう。そこはもっと滑らかに出来る。力の使い方が上手い」



 戦闘開始から十分弱。

 お互い付けられた傷は、一つたりともない。

 だが、互いに共通する無傷の内実は大いに異なる。

 ソレにとってはどうやっても不可能で、相手にとっては『可能だがしていない』だけの事だ。

 何故か、常に優位を取り続けるにも関わらず、一切攻撃をしてこない。

 


「AAAAAA!!」


「はい、それはダメー!」



 飛びかかったソレを、少女は軽く投げ飛ばす。

 あり得ない。

 ソレは起こりうる未来を観測し、本体で飛びかかるだけでなく、数多の魔法を併用しながら同時に攻撃した。

 なのに、やはり少女に傷はない。

 


「確かに飽和攻撃は有効だけど、数にかまけて操作が雑になってるよ。質を落とした攻撃が、ボクに掠りでもすると思わないことだ」


「AAAAAA!!!!」



 ソレは、宿主の記憶にある技を用いて攻撃している。

 だから、ソレの肉体による攻撃は、獣のような力任せではなく、理というものがある。

 高すぎるスペックを十全以上に発揮しながら行った、疾さも破壊力も並どころではない、凄まじい攻撃だったはず。

 なのに、少女は隕石のごとき拳を、そよ風のように受け流す。


 あらゆる生命体を憎悪するソレすらも、つい思ってしまう。 

 攻撃を受け流す姿の、なんと美しきことか。 

 衝撃を魔力で包み込み、体内で化かし、それを宙に放出している。

 こんなにも綺麗な魔力行使と肉体操作の術が、存在するのかと。



「地面を狙うのも悪くないんだけどね?」

   


 第五階梯魔法『アースクエイク』


 局地的な地震を発生させる魔法、だった。

 術者以外、まともに立っていられないはずだ。

 なのに、少女は平然として、



「ほら、よく言うじゃない? 武術とか使うキャラが、『自分はただ立ってるんじゃなく、地面を掴んでるんだ!』とか言ってるの。昔は意味分かんなかったんだけど、この星に生まれてようやく分かるようになってさ」


「…………」


「ボクってば、星と接続してるから、星の化身で、言っちゃえばもう一つのこの星なのよ。地面っていうか、星を掴んで離してない。だから、そういうのは効かないの」



 意味が分からない。

 分からないから、少女の言葉通りだと呑みこむ他にはない。

 確かに少女は、『深い所』と繋がっている。ソレの目でも見通せない、どこかと。

 少女の形をした化け物だ。

 神の目ですら見通せない、埒外の怪物だ。

 今、そんな存在に命を握られている。

 寒気どころか、怖気がした。



「AAAAAA!!」



 自分の中の恐怖を誤魔化すための攻撃だった。

 だが、その破れかぶれにも近い攻撃が、最高以上の魔力運用と肉体操作を実現する。

 言葉を選ぶのなら、会心の一撃だった。

 恐怖ゆえに、外敵の排除を目指す存在ゆえに、成り立ったのだ。

 しかし、



「おお、今のは良かったね!」



 ガチンとした感触がした。

 蹴りと蹴りとが真正面からぶち当たり、衝撃が消える。

 完璧に、インパクトのタイミングも、方向も、力も、合わされてしまった。

 余波が生まれる威力だったはずだが、全て呑み込まれてしまった。

 あからさまに、合わされた。

 強くも弱くもなく、完璧に同じ力だ。わざわざ、こうして迎え撃つ意味はない。すなわち、これは余裕の証明に他ならなかった。

 あらゆる攻撃を仕掛けても、どんなやり方でも防ぐ事が出来る。


 少女は、『絶対』だった。

 どんな形でも、願いでも、そこに暴力が働くのなら、少女の意思は『絶対』に通る。

 人の形をしているだけの、摂理だ。



「ちゃあんと、ボクの技を見るんだよ? お手本は、こうだからね?」



 攻撃は、行わない。

 いや、正確には、行っても寸止めなのだ。一度たりとも、攻撃をソレに当ててはいない。

 もう、攻撃をされる事は無いと思っている。

 これから先も、行われるのは全てフリだ。

 なのに、



「こうだよ?」



 手を掴まれたまま、何故か、次の瞬間天地がひっくり返る。

 地面に寝かされていたと認識した時、脚と左手を踏まれ、回避の手を潰されたと遅れて気付く。

 魔法によって抜け出そうとしたのだが、その足掻きも自然と止まってしまう。


 肌が粟立った。

 恐怖に負けて、思わず呼吸を止める。

 

 人差し指を立てて、それをゆっくり首元へ。

 たったそれだけの行為なのに、ダメだった。

 魔力の濃密さは、常軌を逸していた。

 例えるならば、巨大な嵐がビンの中に詰められたような。とても静かで、乱れなどどこにも存在しない。だが、荒々しいはずのものが、今にも暴れて爆発してもおかしくないものが、凪いでいるのだ。

 凄まじいを通り越して、おぞましい。


 触れた瞬間、切れる。

 ソレの首だけでなく、地平線の彼方まで、切れる。

 そういう未来が、見えてしまった。



「!!!!!!」


「こうやって、力は凝縮するんだ。」

 


 だが、未来は現実にはならない。

 いそいそとソレの上から退いて、仕切り直しだ。

 のんびりとした態度を、少女は崩さない。

 


「さあ、やってみて。このレベルまで出来たら、きっと今のボクなら掠り傷くらいは付けられるさ!」



 勝てるはずなのだ。

 ソレと少女に、スペックに差は大してない。

 特殊な能力を隠し持ってはいないのだ。言ってしまえば、ただ魔力が高くて、多少格闘の心得があるだけの人間。

 肉体と魔力を両方観察したのだから、それは絶対に間違いない。

 だが、現実の差は、今の通り。

 どうやっても勝てないと断言出来るほどに、差が広がっている。



「ね?」



 既に、同じようなやり取りを何度も繰り返した。

 流麗な川のせせらぎのような柔らかな防御を数度行い、あらゆる暴虐を内包した攻撃を寸止めして終わり。

 この一連で、理解する。

 理解する事の出来ない怪物が存在するのだと。

 既に、ソレの心は折れている。

 だからこそ、取る行動は決まっていた。



「あ」



 少女の思惑通りなのは、ソレは知らない。

 しかし、散々見せつけられてきた、技の秘奥。

 それを取り込み、己の中で技を昇華していた。

 最初に覚醒した能力が、神の目であったことも大きなプラスだ。目の前の事象をより事細かに分析し、捉えられる。目覚めていたのが他の能力なら、こうは行かなかった。

 生存のためならば、僅かな期間でも技を見て取り込める才覚は、少女の期待通りだ。

 だから、これも期待通りだった。



「ほうほう! 素晴らしいね!」


「AAAAAAAA!!!!」



 複雑怪奇な術式を要する、時と空間の魔法。

 滑らかで美しい、魔力操作の手本を真似る。

 すると、完璧で、なおかつ凄まじい速度で魔法を行使することが可能となった。

 

 第八階梯魔法『クロノスロック』

 第八階梯魔法『永久回廊』


 対象の時を限りなく停止に近付け、彼我の距離を無限に引き延ばす、封印のための魔法だ。

 ソレは、二つの魔法が作動し、少女を閉じ込めた事を確認して、反対方向へ駆け出す。

 さながら獣のような動作だが、疾い。

 瞬きの内に少女の視界から消え、三歩目を踏む頃には、外の世界を隔絶する結界の縁に立っていた。



「!」



 ソレは、少女の技を汲み取っていた。


 あの、芸術的な魔力行使。

 ソレの魔法をことごとく受け流した、真の魔法。

 術式の核を見抜き、編み目にメスを入れる。カオスで有害な魔力の働きをいなし、捌く。通常ならば長年の経験則も必要となるだろうが、感覚的なものを具体的に捉えられる『真眼』が、ソレにはある。

 そうして、結界に抜け穴を生み出そうとする。

 時間にすれば、およそ一分。

 時の魔法よりも、空間の魔法よりも、さらに複雑な結界を捌いていく。

 そして、



「凄い! まさかボクの結界を破るなんて!」



 そこには、絶望が立っていた。



「天才的と言わざるを得ないよ! 君の才能に脱帽だ! 帽子なんて今生で被った事無いけどね?」


「…………」


「ん? 不思議そうだね? あ、君の施した封印をボクがあっさり解いたみたいで不思議かい? なに、不思議な事は無い。君と同じように封印を捌いただけさ」



 もたついたつもりは無かった。

 封印のための魔法も、本気でやった。

 しかし、何の足止めにもならなかったようだ。

 それだけではなく、結界の外側にはさらに別の結界が展開されているのが見える。

 逃亡の可能性など、絶無であったと悟る。


 そして、怪物が構えた。

 いつの間にか、左手が掴まれている。

 攻撃はフリだけ。実際にはしてこないはず。

 だが、威圧感はこれまで感じた何よりも凄まじい。

 


「さあ、修行だ! レベルアップの時間はまだまだ終わらないぜ?」


「AAAAAA!!」


 

 恐怖。

 色濃い、色濃い恐怖。

 威嚇を込めた雄叫びとは違う、悲鳴。


 だからこそ、引き出す。

 ある種の逃走と呼ぶ行為の果て。



「あ、いん……?」


「!!」



 人格交代。

 怪物にとっての予想外。

 しかし、判断は一瞬。



「チョアアァァ!!」



 しゃがんでクロノの視界から消える。

 そして、コマのように回りながら、音もなく回し蹴りを下顎に掠らせた。

 無音、かつ、最低限の挙動による攻撃だ。

 視界に入った時間は最小だった。流石に、朦朧とした意識の中、僅かに見えた、ただの夢のような光景を、現実と信じはしないだろうが。

 それでも、しくじったと思ってしまう。

 


「…………もう!」



 本来なら、もっと長く戦うつもりだった。

 本来なら、痕跡を毛ほども残すつもりはなかった。

 完璧以外を求めない。

 だから、自責は長く続く。


 怪物は、少女は、怒りに任せ、右拳を結界に叩きつけた。

 攻撃のフリをするために、エネルギーの多くを蓄え、凝縮させていた拳だ。

 すると、


 バリン!


 音を立てて、結界が崩れる。

 自ら作り上げた結界が、跡形もなく崩れた。

 本来、術を解除すればそれでいいのだが、気が済まなかったらしい。

 性能を『隠す』事に注力した結果、ソレに破られるほど脆いものになってしまった。だが、それでもひと目でソレが『破壊は不可能』と感じた結界だ。

 同じ性能に落ちても、やはりそこには見えない差が存在している。



「あーあ、なんで世の中、思い通りにならないことの方が多いんだろうなあ……」



 その呟きに、答えはない。

 摂理に対してこぼした、これまで隠し続けられた憎悪は、幸い誰にも伝わらずに消え去った。

 

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