第6話 三大欲求って本当に人に必要か? ボクはこれまで必要だったことない



「――――――で、あるからして……」



 ねむーい。

 本当にねむーい。


 何で人の話を聞くだけの時間って、こんなにも退屈なんだろう。

 昔から、どうしても授業って聴いてらんないんだよねえ。

 自分から発言してもいいなら、別に眠くはならないんだけど、じっと黙ってるとすぐ落ちそうになる。

 気が付けば、瞼が閉じてるんだよね。

 その気になれば、鋼鉄の塊だって指一本で持ち上げられる。だのに、摘んで持ち上げようとしても、まったく動かないんだよ、ボクの瞼が。

 どうなってるんだ、本当に。

 この世ならざる呪いなんじゃないかな?



「では、この答えをコーリネス。答えてみろ」


「はい、先生」



 眠い、眠い眠い眠い。

 もうすぐ落ちる。

 頭がグラグラする、世界が回る。

 なんで為になる事ほど退屈なんだよ、クソッタレ。聞かなきゃならんとは思っても、マジでコレは駄目だわ本当に。

 これは、前世から変わらん気がする。

 人の話を聞くのって、別に苦痛ではないけど、講義っていうか一方通行になったらこうなるわ。


 あー、ヤバいヤバい。

 流石に授業中は常に寝てる問題児はなれんわ。

 耐えないといかん、耐えないと。

 


「五つ、ですね?」


「正解。魔法における限界、いわゆる『壁』は、全部で五つあるとされている。これはそのまま禁忌とされ、人がコレを超えること、そして、超えようとすること自体、許されない」



 手の甲をつねってみるけど、駄目だわ。

 瞼が重くて仕方がない。

 どうすれば平時に戻れるんだろうか?


 息でも止めてみる?

 ボクって、その気になれば呼吸しなくてもいいし。

 つねってみる?

 まったく効果無かったわ。痛いだけで起きれるなら、苦労せんし。

 冷水で顔洗うか?

 どこにあるんだよ、そんなもん!



「その五つを、そうだな……。ロックフォード、答えてみなさい」

 

「『別次元への干渉』『時間遡行』『死者蘇生』『魂の複製』『神の創造』」


「そう、正解」



 zzzzzz…………


 はっ!

 ね、寝てないぞ、絶対に寝てないぞ?

 で、今なんの話だったっけ?



「人間がこの『壁』を超えようとした時、『世界』は悲鳴をあげる。罪人たちは『世界』によって裁かれる。罪人は、『世界』がすり潰し、捻り潰す」


「…………」


「今でこそ『壁』に挑む人間は居ないが、もっと昔は『世界』に裁かれた人間は多く居た。教科書にもあるが、現場は悲惨の一言だ。たった一人の試みを咎めるため、『世界』はついでに万の人間を殺すのさ」



 じゅ、授業に集中しなくては……

 そ、そうだよ、授業の内容を理解しようとすればいい。楽しんじゃえば、もう眠くない、はず……

 

 んっと、あー、あったよなあ、『裁き』。

 四百年前とかでも、『裁き』を受ける人間は、あんまし、居なかったけど、今と違って、ゼロじゃない。

 昔は、『裁き』を舐めてた、人間が多かったからなあ。

 自分なら、耐えられると思った、奴もいっぱい居たけど、九割九分死んでた。その母数も、しょぼい雑魚じゃなく、優秀な一流の魔法使いたちだぜ……?

 禁忌犯せば、核弾頭が飛んでくるようなもんさ。

 末恐ろしい、せかい、だよ、ね……



「お前たちにコレを教えるのは、凡百な魔法使いとは違い、『壁』に行き着くことが出来る優秀な魔法使いと期待されているからだ」



 あは、はは、は、面白いこと言うよね、この先生はさ。

 このレベルの、人間が、『壁』に、辿り着ける、と、本気で思ってるんだから。

 魔法使いのレベル、落ちた?

 ボクの目から見たら、ほぼ全員、ダメそうだけど? ボクの目が肥えてるから、こういうこと考えちゃうのかな?

 


「力の使い方を誤るな。私が言いたいのは、それだけだ」



 ZZZZZZZZ…………



 ※※※※※※※



「アイン、さん? は食べないの?」


「…………」



 昼休みになったよ。

 で、どこか時間潰すためにブラブラしてたんだけど、気付けばこんなことに……

 ボクとしては、クラスメイトと関わりたくないんだけども。

 前を見ればクロノくん、横を見れば幸薄ちゃん。

 逃げ場が無いんだけど、いつの間にこんなことになったんだろうか?

 あんまりにも自然と彼らに囲まれて、自然と連れてこられたからビックリした。拒否するのも面倒くさいし、ていうか、仲良くなりたくはないけど、流石に嫌われるようなことするとマズイしで迷ってて断われんかったし。

 なんか適当言って煙に巻いておけば良かった気がしないでもないけど、ボクにそんな技能はないから無理か

 あー、こんなことなら、教室でずっと寝てるふりしてたら良かった。

 

 全然話変わるけど、授業中はめたくそ眠いのに、終わった瞬間目が冴えるのは何故なのか?

 不思議だね、本当に。

 人体の神秘のひとつかもしれんわ。



「ほら、このパンとか凄いよ。黒くなくて、柔らかいぞ」


「あはは……お二人共、こういうのは初めてだったりするんですか?」


「俺は初めてだ。こんなの食ったことない」



 こ、コミュニケーションが面倒くさい……

 いや別に、出来ない訳じゃないんだけど、とにかく面倒くさい。

 しなきゃダメかな、問答。

 面倒くさいけど、流石に一切しないっていうのは無理あるし。

 どうするのが正解なのか?

 


「…………」


「貴族の学校は凄いよなあ。こんな旨いものが、タダで食えるんだから」


「……私の分、食べますか? 量が多くて……」


「良いのか! 是非、頂きたい」



 いや、もうこのまま空気になれるんじゃないか?

 息を潜めれば何とかなる気がする。

 幸せそうな顔しやがって。食事にそこまで幸福を覚えるってお前、もしかして貧乏だった?

 幸薄ちゃんも、何か微笑ましそうだわ。

 


「で、アンタは食わないのか?」


「…………」



 いや、話戻すなよ。

 え、答えなきゃいけないのか、これは?

 お前そんなことより、やらなきゃいかんことがあるだろうが!

 ほら、他のメンバーと振興を深めるとか。

 キョトンとするな、こっちがそうしたいわ。

 

 

「……食べない」


「そんな訳にはいかないだろう?」

 


 信じられないような顔をしないで欲しい。

 クロノくん、流石に育ち盛りの男の子然とし過ぎだと思うよ?

 食こそが最大の娯楽みたいな顔すんなよ。



「ここ最近、食べてないし、平気」


「……本当に食わなきゃいかんだろ」


「が、学園の食事は無料です。無理をしなくても……」



 本当に食べなくていいんだけどな?

 ボクがに至ってから、食事も呼吸も必要なくなったし。実際、ここ何百年も食べてないし。

 憐れまれるような事情なんて無いんだけど。

 本当に面白いこと考えるねえ。

 ボクを見て、可哀想だと思えるんだから不思議だ。

 腫れ物っていうか、厄介者扱いされてたから、普通に憐れまれるのは新鮮かもしれない。



「必要ない」


「……そうか。食いたくなったら、いつでも呼んでくれ。一緒に飯を食おう」



 いや、行かんけど。

 食に娯楽を見出したこともないし、必要もないんだから意味がない。

 性欲も睡眠欲も、必要があった時しか存在しない。

 前者なんて、この生の中で一度も感じたことないし。

 こんな枯れた植物みたいな人間のために、かけてる時間は無いんじゃないかな?

 


「……何故、ボクに構う?」


「ん?」


「君は、他にすべき事があるんじゃないかな?」



 気付いてないんか?

 なら、鈍感にも程があるぞ?

 いや、気付いたところで、どうにもならんか。何をしても、彼には無理だろうし。

 


「……どういうことだ?」


「分からないなら、別にいい。ボクに構いたいなんて、暇なもんだと思ってね」


「そんなことないさ。アインさんは、ずっと話してみたいと思ってた」


「…………?」


「だって、君は強いから」



 そりゃあどうも。

 別に、それを褒められても嬉しくはないけど。

 


「俺は、この学園でなら一番強い自信があった。自分以上の同年代なんて、居ると思わなかった」


「…………」


「強い。本気でやれば、どっちが勝つかをすぐにでも試してみたい」



 面白いこと言い出すよね、子供って。

 ていうか、こんなこと言い出すって戦闘狂か?

 自分の力を試したくて仕方がない系?

 そういうのって、あんまし好きくない。その手の輩には、大昔から苦労させられたし。

 付き合う気は一切ないわ。

 


戦わやらんよ?」


「だろうな」



 特に何にも思って無さそうで良かったよ。

 これでガッカリされでもしたら、今は大丈夫でも、しばらくすれば本当に面倒くさいことになってたかも。

 失敗前提のナンパみたいで良かった。

 ボクはそこまで安くない。

 誘うんなら、もう少し自分を磨いてから出直して来なって感じだね。


 そのこと、分かってるのか、いないのか。

 非常に微妙そうな顔でこっちを見てくる。



「どこで、修行してきたんだ? 貴女のこれまでに、興味がある」



 相手にされないと思いつつ、ボクへの興味は尽きないらしい。

 知りたいと思ってくれるのは結構だけど、それならこっちもすることしようか。



「それなら、先に自分から言えば? ボクの情報は、高く付くんだ」



 クロノくんは、腕を組んで考え出した。

 何を思い悩んでいるのやら。

 隣の幸薄ちゃんは、ずっと黙ってる。

 話自体に興味あるからちゃんと聞き耳立ててるし、空気読むんだ方が良いから、そうしてる。

 要領が良くて嫌になるね。

 どこにでも居るよ。こういう奴から自分を隠すのが、一番ダルいし。



「……ここ五年は、師匠の元で育てられた。戦い方は、五年間ずっと仕込まれてた。それ以前は覚えてないな」


「へー」


「その、師匠とは?」



 なんていうか、ちゃんとしてるなあ。

 なるべく空気になろうと徹してるけど、詰めなきゃ教えてくれないだろう所はツッコんでくる。

 なんか、ギラギラしてるわ。

 幸薄ちゃん、どことなく、政治家の顔をしてる。

 この歳でこうなれるなんて、これまでどんな教育受けてきたのやら。



「ライラ。そう、名乗ってた。得意な魔法は、光を操る魔法。金髪で、右目が潰れてて、口が悪い女だ……」


「光、金髪、隻眼……それに、ライラ? まさか、『極光の賢者』ライラですか? 二十年前、ラントシオン戦線の英雄ですよ!」



 ……今はそんなのが流行ってるのか。

 今度、吟遊詩人の詩でも聞いてみようかな?

 流行りくらい知っておいた方が溶け込める? あ、別に溶け込みたいとは思わんわ。

 メンドイから、却下ということで。

 ていうか、クロノくん、英雄さまの弟子とは、なかなかスペック高いな。

 本当の話なのかは知らんけども。



「そ、そうなのか? あんな強さだけが取り柄みたいな人が……?」


「ま、まあ、何かと物騒な噂が多い方ですが、それでも凄い方なんです。三国による戦争を、終わらせたんです。ふらりと現れ、たった一人で全てを叩き伏せ、どの国にも平等にとてつもない被害を出させて」



 へー。

 ていうか、この時代の英雄ってことは、ボクたちの敵になるんでね?

 なんてったって、ボクらは悪の組織だし。

 そうなると、ややこしい事になりそうだな。

 ボクはその師匠とやらに会ったことは、多分、ない、だろうかもしれないし、これからも会う予定はないけど、一応注意しとかなきゃ。



「三国間の戦争を終焉させ、多くの人民を救いました。兵士すら、戦闘の中で不殺を貫いたとか! まあ、色々あって三国から指名手配されていますが、英雄ですよ!」

 

「戦争なんて出来ないくらい、国の流通ラインでもぶっ壊したか? それとも、国の食料庫やら財宝でも焼き払って、戦争どころじゃなくしたとか?」


「…………」



 …………


 え、急に黙るやん。

 もしかして、それ図星なん?

 破天荒っていうか、天災的っていうか。

 それで人民救ってるんか? 案外被害受けた人間の方が多そうだけど?



「良い風に言おうとしなくていいぞ。あの人にはあの人の目的があって、そうしてるんだ。民衆のことなんて考えてないし、兵士を殺さなかったっていうのも、別の理由だろう」


「は、はは、でも、戦争が本格化する前に止められたのは大きかったですよ。あんなもの、起きない方が、良いに決まってるんですから……」



 懐に入り込もうとしたら、失敗してる件。

 師匠褒めて話広げようとして、墓穴掘った件。

 まあ、普通は師匠を尊敬してるだろうし、褒めたら逆に気を使われるって気付けんわ。

 残念だったな、幸薄ちゃん。

 君はやはり幸が薄い運命から逃れられないようだ。


 あ、そういえば、ライトシオンって地名だけは聞いたことあるなあ。 

 どこで聞いたっけ?

 あの辺りで何かするっていう計画だった気が……



「……破天荒な師匠に五年間、師事してた。ま、俺の強さの理由なんて、これくらいだよ」



 へー。

 だけど、今んところはスルーで良いか。

 なんか、モヤモヤしてて見えないんだけども。

 

 あ、そうだわ。



「で、君はどうやって強くなったんだ?」


「…………」



 おお、なんか笑顔が素敵だな。

 そんな『ニカッ』て感じで笑うなよ。眩しすぎて目ぇ潰れそうだったわ。

 で、ボクがどうやって強くなったか?

 ええっと、ちょっと待ってね、思い出すわ。

 何分、昔のことだからさ。


 確か、確か、ああ……



「……………………」


「?」


「美味しいものいっぱい食べ、た? 肉とか、土とか、色々……」



 ……ボクは何を喋ってるんだ?

 めっちゃポカンとした顔されてるわ。

 幸薄ちゃんは、なんか『こんな嘘下手なことある?』って感じだ。

 クロノくんは、なんか『そんなことで!?』って感じだわ。

 き、気まずいな、なんか……

 


「俺も土とか食えば、強くなれるのか……?」


「いや、そんな訳ないですから。絶対にやめてくださいね?」


「真似しない方がいい」



 予想以上に天然だな、この子。

 普通はこんなこと言われたら疑うやろ。



「この辺の土は不味いから、他所に行った方がいい。下手に真似をするな」


「そ、そうなのか……?」


「なんで信じるんですか?」



 嘘は言ってないんだけども。

 ほら、食事は体を作る源なんだからさ。

 健康に気を使って、ボクはその昔土を食すことに相成ったというか。

 実際にそれで強くなれたというか。

 そんな微妙そうな顔しないでよ、幸薄ちゃん。

 気持ちはまあ、分かるけども。



「この人、心配になってくる……」



 幸薄ちゃんの心のつぶやきが漏れた。

 普通の子なら、幸薄ちゃんも貴族的に、普通に仲良くなれただろうにね。

 距離の詰め方間違えるくらい、出生と性格が変すぎるわ。

 のほほんとし過ぎなんじゃね?

 もうちょい周りに目を向けた方がええよ?



「本当に、そういうところだよ、君は……」


「? そういうところ?」


「まあ、気付けないなら、その程度ってことなんじゃない?」



 席を立つ。

 ちょっと話しただけだけど、もういいや。

 簡単でいいよね、本当。

 


「君、人付き合い下手でしょ?」


「???」



 なんで、人の悪感情が分からんのかね?

 こんなに睨まれてて気付かん理由が知れん。

 いや、もしかしたら、この状態からでもきっと仲良くなれると思ってる?

 貴族くん、ずっとこっち見てるんだけど。

 


「アイツさえ居なければアイツさえ居なければアイツさえ居なければアイツさえ居なければアイツさえ居なければアイツさえ居なければアイツさえ居なければアイツさえ居なければ……」



 クロノくんは、子供だよね。

 ただ相手を褒めていれば、仲良くなれると思ったのか?

 そのせいでプライドを傷付けるなんて、つゆとも思わなかったのだろうか?

 まあ、もうボクが気にする所じゃないか。

 これからは、言われた通りにするだけだ。



「あとは、君次第だね」

 

「? どういう……」



 授業中に分かるんじゃない?

 退屈極まりなかったけど、今度は面白いことになるさ。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る