第101話 ……まあ、とやかくは言わないさ


「お前、本当に無茶するな……」



 やさぐれ娘、ボクの隣に立つのがデフォになってない?

 前も言ったかもだけど、ボクのこと血族だって確信してから距離の詰め方ヤバいよね。

 別に構わないけどさ。

 今さらコイツのことわざわざぶっ殺そうとは思ってないし。

 ていうか、殺すなってエセ神父に言われたし。まだ利用価値があるとかなんとか。


 そんで、なんだったっけ?

 ボクが無茶するって何が?

 


「何が?」


「アイツにやった修行だよ」


 

 顎で指す先には、アリオスくんだ。

 まあ、言わんとしてることは分かるけど。

 でもそんな懐疑的な目を向けられるほどの事はしてないぞ。

 ただちょっと、この何ヵ月かで何百回か殺しかけただけじゃないか。

 


「別に普通さ。意味分からん秘境で一生サバイバルとか、国家存亡クラスの魔物と殺し合いとか、そういう無茶は一切してないでしょ?」


「してたまるか」



 失礼な。

 ボクはそうやって強くなったんだぞ。

 生まれた瞬間から、こういうトレーニングを己に課してきたんだわ。

 ボクの幼少期を否定するのか?



「そんな処刑みたいなのじゃなくても、アイツへの修行は常軌を逸していた」


「……うーん、まあ、特別な鍛練だったけども」



 それより、ボクの幼き日の地獄の日々を罵ったことに対して謝罪を要求するぞ。最低最悪の時間だったけど、一応、処刑とか言われる謂れは……いや、あるかもしれん。

 ていうか、ボクの生まれた村の連中とか、ボクが生まれた瞬間に殺そうとしてきたし。

 いやー、ボクも天才だけど、流石にただの赤ん坊だったら死んでた。生まれた時から確固たる意識というものがあった、イレギュラーなボクだからこそだね。



「それでもボクよりマシ、ボクよりマシ。殺すつもりだったけど、死なせるつもりはなかったよ?」


「あたしはドン引きだったね。特に人間辞めろのあたりは」



 やだなー、正しくは半分辞めろ、だよ。

 ちょっとずつ大袈裟に言うねー。

 ……本気でドン引きするの止めな?

 


「それで、本当に半分人間辞めさせるんだから、とんでもねぇよ」


「あはは」


「イカれ野郎め。てめえ、人間を何だと思ってるんだよ」



 人間はすべからく、ボクの敵だよぉ。

 過去も今も、人間の味方なんて一人たりとも居なかったしねぇ。

 まあ、それは言わないけど。


 さて、アリオスくんにボクがどんな修行をしたか、気になるよね?

 頑張って人間半分辞めさせたんだけど、なかなか出来る事じゃない。

 じゃあ、どんな魔法を使ったか?

 ボクが試したのは、ボクの作り方だ。


 星のエネルギーをふんだんに取り込ませ続け、体内のエネルギーと融合させる。

 すると、肉体の構造は変化していく。どんどんと、造りが『星霊』に寄っていくんだよね。筋肉や臓器はもちろん、脳とかの重要なパーツもだ。

 睡眠からの卒業は、まあ第一段階ってところか。

 今回は、その第一段階のところまでしか出来なかったけど、そのおかげでかなり仕込めた。

 現状、クロノくんを押してるんだ。アインメソッドは効果ありまくりって訳だね。


 ん? そんな方法、危険じゃないかって?

 あはは! 危険に決まってるじゃん!

 


「千人試したら、千人全員死ぬぞ、あんなの」


「彼は生きてる。だからオッケー。結果が全てだよ? もーまんたい」



 ボクの作り方が明確化して、エセ神父みたいなマッドサイエンティストが山ほど世界に居るのに、何で第二のボクが生まれてないかっていう理由がコレだよね。

 どんだけ再現しようとしても、完成形のボクとは程遠いやさぐれ娘が関の山。

 なんでかは単純で、無理なんだよ、普通。

 星のエネルギーなんて無茶苦茶なもの、取り込んだら肉体崩壊するからね。

 魔力の元って、星が放出してる稀釈したエネルギーなんだよ? 十倍の水に溶かして飲む薬を原液で飲んだらどうなるか、アホでも分かるわ。

 それを日常的にしてください? 普通に自殺と変わんねぇよ!


 何の工夫もなく、先導もなく、普通に千人試せば、千人死ぬ。

 万人でも、多分全員死ぬだろう。

 でも、億人なら、一人くらいは生きるかもしらん。

 ボクがしたのは、そういう事だ。


 今回は初期も初期で終わって良かったっていうのと、師匠のボクが優秀だったのと、アリオスくんが百年に一人の天才だったから、ギリギリ成功した。

 正解もなく、やみくもに模索してたら、九割死んでた。

 そしてもしも、本気でボクのレベルにまで押し上げようとすれば、確実に死んでたね。



「……てめえが付けねぇ時間は、あたしが面倒見てやってた」


「知ってるよ? そう頼んだんじゃん」


「もう、懲りた。二度とゴメンだ。もう、てめえのやり方にゃ付き合わねぇ」



 変わり行く肉体に、苦痛が伴わないはずがない。

 自然と血反吐を吐くようになっちゃう。

 でも、変化を馴染ませるためにも、あと、新しく技を学ぶためにも、鍛練を続けなきゃいけない。

 脳の構造が若干変わってるから、考え方とかも若干変わってくる。となると、自己同一性が保てなくなって発狂したりもする。

 戦い、苦しみ、踠き、そして戦う。

 そんなんしてたら絶対に死ぬよね?

 彼女は、そうして壊れかけの人形が踊るところをずっと見てた。

 まあ、普通の感性を持ってるならヤだわな。

 

 エセ神父が失敗作っていう理由も納得だ。



「……あそこまでして、アイツは強くなりたかったのか」


「理解出来ないかい?」

 


 うーん、ここは個人の性格の問題か。

 意味分からんわな、こんなん普通。

 九死に一生どころじゃない細い道辿って、何がしたいんだってさ。

 まあ、百年くらいしか生きてない小娘じゃ、人生経験が足りないか。

 プライドなんて、生き死にに見出だせないわな。

 痛ましくて仕方がないものを延々と見させられるのも、苦痛だったろう。

 むしろ、進んでやってるボクらが信じられんわな。



「分からねぇよ。分かってたまるか」


「じゃあ、黙って観戦してな」



 男のプライドに、口出しは野暮だぜ。

 


 ※※※※※※※※※



 堅牢な砦のようだった。


 押せど留まり、斬れど傷つかず、揺さぶっても崩れない。

 すべての動きが、磐石だ。

 一部の隙すらなく、穴があるとは思えない。

 小細工も、大技も、あらゆる手が通じない。


 クロノは、加速された時の中で思う。

 いったい何故、アリオスはここまで自分の動きに対応出来るのか?

 全てを知り尽くしたように、彼は動く。

 お互いのことは、それなりに知っている。何を思い、何を感じるか、大体は分かる。伊達に、友と呼んでいる訳ではないのだ。

 だが、果たして、息遣いすら見通せるほどに、彼はクロノを知っているのだろうか?


 答えは、否だろう。


 阿吽を語るには、はっきり言えば時間が足りないのだ。

 長くを共にした師匠ですら、きっと、クロノの事をここまで完璧には理解できまい。

 互いを知り合うとは、それだけ難しい。

 短い期間で、相手の動きを予知するほどに感じるには、神懸かったナニカが必要になる。

 そんな事が出来るのは、クロノが知る限り、一人だけだ。

 

 アリオスの、極めて有効なクロノ対策。

 もしも、クロノに勝つために、あらゆるものを利用出来るのだとすれば、だ。

 心当たりのある件の一人を、徹底的に活用する。

 きっと、その一人は、驚くほど正確にクロノの動きを再現しただろう。


 アリオスは、天才だ。

 どれだけの時間があったかは分からないが、『正解』を与えられ続けて、学ばないはずがない。

 今、こうして押されている理由。

 それは、これまでの期間で、クロノを学びきったからだ。

 アインという奇跡の果ての戦闘方法を、対クロノ限定で成立させた。


 ならば、さらなる対策は、



「無駄だ」



 クロノがまず思い付いたのは、『自分らしくない』行動を取ることだ。

 すべての行動のパターン、癖を見抜かれている。

 なら、それを囮にして、イレギュラーな行動で反撃を取る。

 しかし、その思惑を打ち消すように、冷たくアリオスは言う。

 


「その程度で、俺のこれまでは崩せん」



 不意を突いたつもりだった。

 普段は使わない、空間魔法と、時間操作魔法。

 莫大なエネルギーと馬鹿げた適正によってゴリ押しする、乱暴な戦闘方法だ。

 空間を握り潰し、時間を極限まで圧縮する。

 捕えて殺す不可視の魔法を、逃げ場が無い程に、乱雑に行使した。


 だが、アリオスは魔法を切り裂く。

 対象に魔力が干渉し、魔法が作用する直前に、術式を乱して、斬る。

 複雑な術式ほど、要点を見誤りやすく、斬るべき場所を見誤った時のリスクは巨大だ。

 臆面もなく実行出来るのは、計り知れない自負があるからだろう。

 

 

「負けない」



 繰り出される斬撃を、クロノは回避しない。

 クロノがねじ曲げた周囲の空間は、刃の行く先をでたらめにさせる。

 近距離で効果が完結するために、斬る間がない。

 不発に終わった攻撃だったが、アリオスは次に防御の体勢に入る。



「負けない……!」



 クロノは、剣を振った。

 当たるはずがない、間合いの遥か外側からだ。

 空振って終わるだけの攻撃だ。

 しかし、アリオスはすぐに、その場から半歩外れる。


 すると、アリオスが居た地面が裂けた。

 剣のリーチを、空間魔法によって伸ばしたのだ。

 軌道上の全てを断ち切る斬撃である。



「!」



 紙一重で躱し続けるアリオスだが、クロノには近付けない。

 完璧に回避を繰り返すアリオスに対して、有効なのは飽和攻撃である。

 クロノよりも、アリオスはずっと出来る事が少ないのだ。

 こうして、距離を取らせれば、有効打を与えられない。

 歪曲空間で近接をやり過ごせるが、やはり内に入らせるのは怖かった。


 そして、小手調べもここで終わる。



「拡散」


「…………」



 それは、一つの法則だ。

 世界に定着している存在が、広がり、薄まっていく。

 対象は結界の中の、自分以外の全てだ。

 アリオスの武具はもちろんのこと、アリオスという存在ですらも。

 そのうち、全てが無に消える。

 永続的に続くこの魔法は、斬り裂ききれるものではない。

 いわば、大気に舞う猛毒も同じだ。

 


「凝縮」



 己の存在を、固めていく。

 より強固なものとして、自分を改める。

 魔法の出力を始めとする、あらゆる能力が、極大化していく。

 一時的な強化ではあるが、それで十分。

 アリオスと普通に戦い続ければ、結局はジリ貧で負けてしまう。

 ここで賭けに出ねば、結果は分かりきったものになる。

 準備を終えたクロノは、静かに息を吐く。

 心を鎮めて、緩やかに構える。


 アリオスも、それに倣う。

 何千、何万と繰り返してきた、型の始め。

 ミリのズレすら許さない、思い描いてきた理想の構えだ。

 力の入れ方、抜き所、集中の深さまで、何もかもが己の想像以上に決まっている。

 至った、という確信があった。

 与えられた教えよりも、さらに奥深くに行けた気がした。

 



「「!」」

 


 クロノの剣と、アリオスの剣が、かち合った。

 空間魔法と、魔法すら切り裂く繊細な剣が、真っ向から。

 直後、二人は弾かれ、距離が生まれる。

 完全と無敵は、互角に終わった。


 クロノは、続けて、剣閃を飛ばす。

 短く、速く、鋭くを意識した、無数の斬撃だ。

 

 アリオスは、それを乱し、迎え撃ち、やり過ごす。

 並の剣士なら、微塵切りにされている所だ。

 避ける間もない飽和的な攻撃だが、アリオスには十分に対処可能である。

 傷一つ負わず、むしろ、前進さえしていく。



「…………」



 近距離走のように、アリオスは全力で駆ける。

 駆けながらも、クロノのあらゆる攻撃を避け、切り裂いていく。 

 クロノの用意した、空間隔絶の檻も、時間閉鎖の罠も、もろともせずに。

 

 そして、再び剣の距離となる。

 クロノは周囲の空間を歪曲させた。


 だが、



「!」



 空間の捻れ方すら考慮して、アリオスは剣を突き立てる。

 クロノの意思など何も反映していない、ランダムな歪曲だが、一目で見抜いて、クロノに当たるような剣の突き立て方をした。

 首筋から、赤い血が流れ落ちる。

 お互い、首を締め合えるほどに近い距離で、目を見つめ合う。

 片や、氷のように冷たい殺意を携えて。片や、潰れるほどに眩い克己を滾らせて。

 致命的なまでに、違っている。



「があああ!!」


「おおおお!!」



 空間を捻り作った、円柱形に固まった空間が、アリオスを押し潰そうとする。

 逃げ場を作らない、絶え間ない波状攻撃だ。

 

 雷の魔法が、アリオスを包む。

 雷速の居合いが、世界を断つ。

 魔法どころか、空間そのものすら巻き込んで、切り裂いていく。



「!」



 結果、何もかもを押し通し、雷の剣は、クロノの腹を抉る。

 肉が焼ける匂いが届く前に、クロノの反撃を避けるため、後方へ回避した。

 反射的な、神速の回避行動だ。

 脳内に響く警鐘を聞き、無視出来なかったためである。


 乱暴に、禍々しく、伸ばした手は、遠近を無視して、視界の全てを掴み取る。

 視界の外にアリオスが消えていなければ、そのまま握り潰されていた。



「あ゛あ゛あ゛!!」



 咆哮が、大気を震わせる。

 それはそのまま、空間の歪みとなり、アリオスの逃げ場を狭めた。

 もし、そこに触れたなら、触れた箇所は、めちゃくちゃにへし折れてしまう。

 魔法、つまり、人の術によるものではない。

 もっと上位の、摂理と呼ぶべきものだった。

 


「そう、来なくては……!」



 人間の限界を逸脱していく好敵手に、アリオスは薄く笑う。

 化け物じみた力を前に、歓喜に震える。

 これほどの力を持つ男が、悪になびかず、人の繋がりを宝のように愛で、人に誇れる友であってくれる。

 そして、もしも、この男が自分の力を頼ってくれるのなら。この男に勝れる力を持てるのなら。その力を、この男のために振るえるのなら、これ以上はない。

 心の高ぶりとは別に、立ち振舞いは静かだ。

 脱力の後、弾かれるように動き出す。



「!」


「があああ!!」



 やって来る攻撃は、全て回避する。

 雷の力を纏ったアリオスの反射神経は、人の限界を越えている。

 視界で捉えた瞬間から、その危機を回避するための行動が、自動で取られる。

 

 凄まじい速度で駆けていくアリオスを、クロノは捉えきれない。

 底無しのエネルギーにものをいわせた攻撃の、小さな小さな穴を突く。

 脆い部分など、ほんの点でしかない。だが、アリオスはその点を即座に見抜き、突き進む。


 そして、



「『疾風迅雷』」



 雷に己を先導させる。磁気を発生させ、反発の力で体を飛ばす。振り抜く剣にも雷を纏わせ、剣速を極限まで高めた。

 音速を大きく超えて、何もかもを速さで捩じ伏せて、あらゆるものを置き去りにして。

 あわや、光にすら迫るかもしれない。

 防御も回避も不可能の、魔の深奥だ。



 究極の一太刀は、クロノの頸を断ち切った。

 

 


 そして、




 クロノの首が落ち、焼けただれた肉と骨が中身を覗かせた瞬間のことだ。





「『   

       滞

               まれ

   止 遅  

           停        』」

 

「!」



 あらゆる活動が、概念が、『留滞止遅停』まる。

 宙を舞うクロノの首が口を動かした途端に、世界の全てがとなった。

 そして、



「はは、は……」



 乾いた笑みが、湧いてくる。

 あまりにも理不尽で、無茶苦茶な力だ。

 だが、その理不尽さに笑った訳ではない。

 

 彼がその力を、敵を屠るために使った訳ではなかったからだ。



「…………」



 全てが、癒えている。

 クロノだけでなく、無茶をして、反動のおかげで千切れたアリオスの腱や筋肉の繊維、骨までもが。

 アリオスには、プライドがある。

 敗北を喫することに対する、恥や悔しさといった想いは、確かにある。

 

 しかし、敗けを敗けと認めないほどに、愚かでは在れない。



「はあ……はあ……アリ、オス……」


「まいった。お前の勝ちだ」



 意地で勝負を続けていれば、どうなったか?

 息も絶え絶えで、疲労困憊のクロノと、時間が巻き戻ったように全快のアリオスでは、結果は火を見るよりも明らかだった。

 肩を貸して、クロノを裏へ運んでいく。

 気を失う寸前のクロノに、聞こえるように、伝える。



「お前の友で、良かった。誇りに思うよ」

 

 

 気を失っているかもしれない。

 届いていないかもしれない。

 だが、それでも良かったのだ。


 アリオスの心は、満たされた。



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