第22話 ドン引きだね、この損得だけの関係性


 見た所、普通の屋敷だね。

 そんなにデカくないし、ちゃんと手入れはしてるみたいだし。

 なんていうか、普通っていうか。

 あ、そう言えば、貴族が屋敷を持つエリアの中じゃあ、かなり外側にあるなあ。

 土地代が安いから、金のない貴族家でも、普通の屋敷が買えたのかな?

 聞いてた限りじゃあ、かなり厳しい生活してきたみたいだし。そもそも、王都に屋敷を持つことすら難しかったのかもしれない。

 貴族として、あんまり歴史が深いわけでもないらしいしなあ。

 

 うん、これは自前で調べた話ね。

 ていうか、調べてもらった、だけど。


 この娘の家系は、四代前からの貴族家さ。

 バリバリの商家だったこの娘の家は、蓄えた財産で貴族の位を買ったらしい。表向きは王族への寄付とか、クライン王家への多大な功績とかそういう理由だろうけど。

 当時、クラインは敵が多かったらしいしね。

 今ほど盤石な地位を築いてなかった当時のこの国じゃあ、そういう功績さえありゃくれるものだったみたいだし。

 かなりのやり手商人だったらしい幸薄ちゃんの曽祖父は、そうやって見込みのある所に先行投資し、地位を築くことに成功したらしい。

 空いてた領地を王家から下賜されたんだ。そりゃあもう、本当に有能だったみたいだ。


 でも、そこがピークだったみたいだけどね。

 二代目は、悪い人じゃないけど、父親のように才能があった訳では無いらしい。

 貴族として馴染めず、商人としては二流。なんとか家だけは残そうと頑張って三代目へ。

 でも、三代目は父親に似たらしい。

 貴族としては新興だから侮られ、商人としての才能には恵まれず。一応商売は続けてたみたいだけど、やっぱり上手くいかずに、借金が膨らみ始める。

 現当主である四代目、つまり幸薄ちゃんの父親の代ともなると、二代目と三代目のこさえた借金のせいで苦しい生活だったらしい。


 貴族としての見栄と誇りは捨てられず、なのに、金の巡りはとことん悪い。

 初代が見たら泣くね、この現状。

 良くも悪くも、いや、悪くも悪くも、彼らは普通の人だったんだ。

 このまま没落していくんだろうなあっていう、可哀想な貴族家。


 でも、彼らの転機はやってくる。

 長女である、幸薄ちゃんの誕生だね。


 幸薄ちゃんは、かなり才能溢れてる人だった。

 この魔法学園で、席の少ない特進クラスに入れてる時点でまあお察し。

 幼い頃から文に関してかなり成績優秀。

 これなら家は安泰だと両親は期待をかけてる。


 でも、



『両親はぼんくら貴族です。あの二人に家を任せる訳にはいきません』



 才能ありすぎたのかもねぇ。

 目に入れても痛くない、かつてない天才。

 いつかは家を立て直してくれる、希望の光。

 その能力を、自分たちの思い通りに使いたい。そういう思いをまったく抱くなっていうのが無理なんだ。で、その欲望を当の娘に気付かれてる、と。


 自分たちが足枷でしかなく、疎まれているだなんて、考えてもないのかもねえ。

 送られてきた手紙の内容は見たけど、まあ、貴族的っていうかなんというか。性根の悪さは隠せないっていう事がよく分かる内容だった。


 そりゃあ、幸薄ちゃんがこんな事を思うのは当然だ。

 可哀想に、何も上手く行かないね。



『情けない話ですが、私はまだ彼らの庇護下にある身です。どうしても、逆らうことは叶わない。口を出せないのです、今の私の立場では。ですが、彼らに家の事を任せるにはあまりにも頼りない』



 本当にドライな関係なんだろうね。

 損得ばっか教わってきたから、親の縁すら損得で見ちゃうんじゃね?

 なんて悲しい関係性だ。

 仲間内は利害関係の一致で集まっただけの、ボクに言えたことじゃないけどね。

 


『私はここで彼らの弱味を握り、をしないように彼らをコントロール出来るようにしたいのです』

 


 本当に凄いこと言ってるよね。

 コレ、四代目の役目はもう下手なことをせず、綺麗に五代目に当主の座を明け渡すことって言ってるようなもんよ?

 心底、親のこと軽蔑してないと出来んわ、こんな言い方。

 これが貴族の行く末か、恐ろしい。

 関係性が希薄になっていくとかそんなんで大騒ぎしてた前の世界なんか、比較にならんくらい怖い話してるわ。

 親すら邪魔ってか。血も涙もねぇな。

 ……それこそ、ボクが言えた事じゃねぇ。



『私が当主となったあかつきには、皆様にそれなりの形として返させていただきます。成功すれば、即金でいくらか。恩は長く返していきたいと考えています』



 この時のクロノくんの顔、面白かったなあ。

 すっごく残念そうな、ガッカリした顔してさあ。

 彼からすれば、純粋に友達の家に遊びに行きたかったんだろうけど、彼女にそんな気はさらさら無かったらしい。

 世界の見え方が違う相手に、何を期待したのやら。

 まったく、そういう所が子供だね。

 妥協を知らないっていうか、なんていうか。人に期待しすぎなのは、貴族くんと仲良くなる前から変わらんね。

 


『将来性に関しては、確実な事は言えません。ですが、不肖我が両親は不正に手を染めつつも、家の家計は立ち直りつつあり、次の舵取りは私が行います。我が家は商家の出。ノウハウは、生まれた時から教わっています』



 この娘と話していると、人間社会の暗い部分が見え隠れして嫌だね。

 貴族なんだから、大なり小なり後ろ暗いことなんざしてるわって開き直ってる。この提案も、話しているボクらがその両親とやらの不正に目を瞑る事が前提だ。

 その上で展開されている、リスクとリターンの話。

 リスクは、知らんおじさんとおばさんの話し相手になって、時間を浪費すること。リターンは、すぐに得られる小金と、将来的にこの娘が地位を得た時に期待できる恩恵。


 末恐ろしいね、この娘は。

 リスクの低さを示しつつ、リターンがどれだけ大きいか、つまり、自分の価値をプレゼンテーションしてるんだ。

 自分のツテ、知見、経験、実績。その結果にあるものの大きさ、未来の価値が、どれほどか?

 ここは、もうセールスの場だ。

 ボクらは、幸薄ちゃんという商品を、買わされようとしている。



『両親の手伝いと仕事の見学は、幼少からしてきました。私が関わってきた分野は、それなりに持ち直しています。例えば、コーリネスの化粧品、ここ五年で聞くようになったのではありませんか?』



 貴族くんも知ってるみたい。

 一応確か、公爵家なんだっけ? まあ、他の貴族の最低限の情報は集めてるか。

 調査してもらって、この情報も聞いてる。

 この娘が十歳になってから、化粧品、紅茶、あとは食器だっけかな? 関わった分野は、目を見張る隆盛を見せてる、らしい。

 頑固な職人を丸め込み、家を侮る客や商人、貴族に売り込み、順調に売上を伸ばしてる。

 コミュ力っていうか、セールス力っていうか。

 この娘と直接会って、この娘を悪いと思ってる人は、少なくとも一人も居ないらしい。

 魔法みたいだね、ホントに。



『私は、皆さんよりも他のクラスのめぼしい方々とも「親交」を深めています。ゆくゆくは「共に」当主として頑張ろうと勉強の最中でして』 


 

 不正を暴いた所で両親を脅せるのかっていう疑問はあるよね?

 さっきは大なり小なり貴族が後ろ暗いことはしてるって言ったけど、そんなありふれた事なら法の大元である王が目を瞑る可能性があるんじゃないか、とか。

 不正を暴かれたら家がダメージを受けるし、幸薄ちゃん諸共嫌な展開になるだろうし、脅せないだろとか。

 

 まあ、それをこの娘が考えんはずがない。


 不正なんざどの貴族も多少はしてる。

 多分だけど、王もその事に目を瞑ってる。

 でも、当たり前だけど、それはおおやけになってないからそうしてるんだ。

 例えば、複数の貴族家から具体的なチクリがあったら、監査せざるを得ないだろうね。

 それでも、その不正が国益のためだったり、沢山賄賂や功績があったら王族も盲目のフリをするかも。まあ、この娘の家は全部、とてもじゃないが足りないらしい。

 じゃあ、ちゃんとバレたら相応のお咎めはあるよねー。


 もう一つの方も、まあ考えられるところは、んー。


 他の貴族がするであろうチクリのその内容、つまり家の不正の程度はかなりコントロールするつもりなのかな?

 この娘が直接、両親を処断する形で赦しを乞える程度に。

 ミスればプラスで領地の没収程度はあるかもだけど、この娘が重視してるのは家の存続。その程度は誤差として、切り捨てる覚悟があるのかもしれない。


 ん? どうやって他貴族がチクる内容をコントロールするのか?

 そんなの、商談や嘘、ごまかし、全部使ってさ。

 今してるこの話、もう既に、他のクラスの掌握してる連中には話してるんだろう。

 掌握くらい、してるだろうね。四六時中、他の貴族と楽しそうに談笑してるのは知ってるし。皆が皆、ボクらみたいに我が強い訳じゃないし。

 掌握の方法も、ビジネスの話でたらしこんだり、女としての武器を使ったり、人間性で目をくらませたりで様々だろう。

 で、この娘の掌の上の貴族の子息令嬢たちは、幸薄ちゃんから聞いたことを親へ、人の足を引っ張りたくて仕方がない生粋の貴族へと、幸薄ちゃんからの合図次第でそれを伝える。


 もしも幸薄ちゃんの脅しが脅しじゃなくなれば、幸薄ちゃんが王族へ上奏し、しかもその言葉が真実だと裏付けるように、他の貴族たちが続々とチクり始めるんだろうなあ。

 で、その後、幸薄ちゃんが両親を血も涙もない方法による処理で王から赦しを乞い、受け入れられる、と。

 

 この娘にあるのは、それが損か得か。

 家にとって、自分にとって、役に立つか否か。

 そこに情なんてものは挟まない。いや、損得が先立つ彼女にとって、情すらも家と自分を守り、高めるための手段に過ぎない。

 やると言ったら、やる。

 躊躇も迷いも、一切ない。

 だから、脅しとしては十分に成り立つ。



『皆さんも、私と「共に」立派な大人になりたいとは、思いませんか?』



 自分とつるめば、それだけ旨い汁を吸わせてやる。

 言外に、幸薄ちゃんはそう言ってた。

 不正の証拠を掴む、とか言ってるけど、一回や二回で出来る訳がないよね? で、この娘の両親もこの先、こうしてボクらを招こうとするかもしれない。これは、この先も度々協力してくれっていう提案だ。

 そんでもって、この先も末永く、自分とビジネスして欲しいっていう意味もあるんだろう。

 普通に利害関係の中で「仲良く」したいってのと、その不正とやらを共同でやっても良いっていう、裏表の面の両方で「共に」とか言ってるんだ。


 長い付き合いを、望んでる。

 その分、旨い思いをさせてやる。

 それだけの力が、自分にはある。

 言葉にはしてないけど、本気でそう感じさせる。


 この娘、本当に十五歳かそこら?

 ここまで徹底的でいられる理由イズ何?

 もうマジで怖いんだけど?



『悪い話では、無いでしょう?』

 


 この時の馬車の空気を察して欲しい。

 誰も、何も言えなかったよ。



 ※※※※※※※※



「おお、ようこそおいでなさいました! 私、コーリネス家の当主、オーディルと申します!」


「妻のアイラです」



 幸薄ちゃんに戦々恐々としてたから、どんな親が出てくるのかと思って身構えちゃった。

 いや、事前にぼんくら貴族って聞いてたよ?

 聞いてたけど、幸薄ちゃんが怖くて怖くて。

 実は昼行灯ひるあんどんを演じてるだけのやり手貴族っていう可能性も無きにしもあらずで。

 

 だから、ちょっとホッとしたね。

 出てきたのが、普通のおじさんとおばさんだったからさ。



「お初にお目にかかります。私、アグインオーク家三男、アリオスと申します。本日は招待いただき、ありがとうございます」



 もう一周回って感動しちゃって。

 幸薄ちゃんの両親を見て、娘とのギャップが凄すぎてさあ。

 ボクもクロノくんも動けなかったんだけど、その中で貴族くんはうやうやしく礼をしてた。

 これが経験値の違いなのか?

 対人経験乏しい組が見事に出遅れちゃう。



「は、初めまして! クロノ・ディザウスです! よろしくお願いします!」



 あ、なんか一瞬顔曇ったな?

 すぐに笑顔に戻ったけど、分かるぞ?

 あの顔は、『本当にコイツと仲良くして得なのか?』って感じだった。

 可哀想なクロノくん。

 今の一瞬だけで、めちゃめちゃ舐められたよ、君。



「そして、こちらの方がアインさんです」


「? ……! あ、ああ! そ、そう、か……」


「さっきまで誰も居なかっ……いえ、なんでもありませんわ……」



 お、驚いてくれた。

 ちゃんと紹介されるまで、ボクの事に気付いてなかったらしい。

 ふふふ、貴族のおじさんとおばさん風情が、ボクの事を見つけられると思うなよ? ふふふ、ボクがその気なら、死んでたよ、君たち? なーんて。

 お、予想通り予想通り。

 クロノくんとは違って、舐められるんじゃなく、恐れられてるみたいだ。

 ミステリアスキャラは、この二人にも通用する。


 いやー、挨拶ってかったるかったんだよなあ。

 幸薄ちゃんが気付いてくれて助かったよ。ちゃんとボクの思い通りになってくれた。

 何も言わずに、ボクの事を紹介してくれる。

 よ! 気遣いのプロ! 以心伝心だね、ボクら!

 ボクが自己紹介とよろしくの挨拶するなんて、まったく期待してなかったってことだよね!


 あれ? 悪い事だよね、それは?



「皆様とは、クラスの中でも特に良くして貰っています」


「ほう、それはそれは……」



 ガッツリ値踏みしてるねえ、おじさん。

 おばさんも、微笑んでるけど、目が笑ってない。

 こうして見ると、娘よりも露骨だなあ。

 別にそれだけが才能でも能力でもないけど、幸薄ちゃんの方が薄くて、親しみやすさの方が前に押し出されてる。

 なんというか、厭らしさが無い。

 その分は、幸薄ちゃんの方が良いよね。



「さあさ、どうぞこちらへ。皆さんから娘の話を是非聞きたいのです」


「アリシア。貴女からも、紹介をお願いね?」



 こわ。

 なんか凄い圧力があるな。

 会話の内容的にはおかしくないのに、張り付いた笑みと語気で、なんか裏があるんじゃないかと思えてくる。

 根っからの貴族って、皆こんななの?

 気ぃ揉むわ、こんなん。

 ドキドキし過ぎて一日もたないよ?



「勿論ですよ、お父様、お母様」



 こっちはこっちで、笑みが自然すぎて怖い。

 この娘の内面は、もう分かってるからねえ。

 何考えてんのか全く分からん。

 

 なんだ、この家族?

 人の業を煮込みすぎだろ。



「では皆様、行きましょうか?」



 うわー、行きたくねー!

 もう館の扉が、地獄の釜の蓋にしか見えんわ。

 

 

 

 

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