第23話 京都弁の勉強しといたら良かったわ
そこまでデカい屋敷じゃなかった。
別に派手でもないし、凄みがある訳でもない。
土地だって都市の中央からはズレてるし、確実に土地代は安いだろう。
ボロくはないけど、そりゃあ最低限の話だ。
庭に足を踏み入れた時点での評価は、なんというか、及第点ギリギリ。
正直、没落寸前の貴族の屋敷って言われて納得した。
でも、なんか違和感。
ご両親に招かれて、ボクらは屋敷の中に入った。
ここで断る選択無いから、しょうがないよね?
そんで必然だけど、ボクらは屋敷の内装をちょこっと見る事になる。
外見は結構ギリギリ。悪い意味で、悪くない。
幸薄ちゃんの家は、あんまりお金に余裕がない、はずだった。
でも、見たら分かるわ。
ちゃんと見栄を張れる所は張ってるんだよね。
聞いた話と、依頼した調査資料からじゃあ、見栄すら張るのはキツイ環境だったはず。
なのに、ここの環境は明らかに質がいい。
所々に飾ってる絵は高そうだし、花瓶とかも、ほら、なんか良い感じだ。
……いや、ボクは別にプロじゃないしね。
家具とかに関しては『なんか良さげ』ぐらいにしか分からんのよ。ああ、でも、強いていうなら、学園の特進クラスの寮室に置いてるのと似てるね。
つまり、何となく高級品だろうって感じ。
いや、別にここはいいんよ!
どうせ、ボクには物の良し悪しなんぞろくに分からんし。
ボクに分かるのは、魔法の事くらい。
屋敷の所々に、対侵入者用の魔法の式が見える。
持ち主によって認められない第三者の魔力に反応して、自動的に発動する拘束の魔法の数々。
物に魔法を込めるのは、特殊技能が必要だ。
難しいし、担い手は少ないし、魔法を込めるにしてもある程度の素材が必要だし、色々と面倒なんだよ。
だから当然、金がかかる。
質の良いものを用意しようとすれば、それこそ高級家具よりも遥かに高く付くだろう。
でも、ここのはボクが見る限りかなり質の良い魔法だ。
貧乏な貴族に支払えるはずがない。
ここまでのは、限られた位の高い貴族だけだろう。
幸薄ちゃんが訝しむのは当たり前だ。
あの後他にも色々話を聞いたけど、この屋敷だって本当ならもう売っ払う寸前だったらしい。
本当ならもっとボロくて、そりゃあもう酷いもんだったらしいのだ。
なのに、今はこうして整えられてる上に、幸薄ちゃんの知らない施工までしてる。
最近かなり稼いでるっていっても、借金は莫大だ。別に普段使う訳でもないところに、なんでこんな工事を?
大して金もないくせに、いきなり
おかしいどころか、確定だわ。
無駄に高品質な警備体制。
別邸っていう、自分たちの土地から離れた場所。
恐らくは当主である幸薄ちゃんパパから認可されないと入り込めない状況。
その事をいちいち監査元に報告するかな?
……不正の証拠、ここに隠してるんじゃない?
はい、というわけでボクらは今客間に居ます。
いやー、悪くない。
本当に悪くない場所だね。
綺麗だし、メイドさんたちは手際良いし、出された紅茶は良い匂いだし。
そういえば、紅茶の事業じゃあ結構プラスになってるんだっけか?
あーうまいうまい。
紅茶ってそういえば久しぶりだけど、美味しいよね。教主が良く飲んでるけど、アイツ、ケチだからくれないの。
まあ、分かるっちゃ分かるけどさあ。
いっつも不味そうな紅茶飲んでるからなあ。教主へのお土産に紅茶貰っていこうか。
「まずこちら、アリオス・アグインオーク様ですわ」
そんな事を考えてると、幸薄ちゃんのトークが始まる。
とても滑らかな口調だね。
こりゃあ、普段からやってるわ。たとえ親であっても、変わんない。
この娘は、親の愛を受けてきたのだろうか?
ふと、嫌なことを考えちゃう。
…………
うん、もう考えないようにしよう!
どうでもいい事に使う時間なんてないし!
「アグインオーク公爵家に名を連ねるお方。学園の入学成績は次席。隣国のリグの武術大会にて優勝された実績は、お二人もご存知でしょう」
「ははは、それはもう。アリオスくん、公爵家の方々も、随分と期待をかけられているのではないかな?」
「ええ。運良く結果が残れば、その水準が求められます。期待を裏切らないよう必死ですよ」
「そうでしょうそうでしょう! だが、今日はそんな事を忘れて、のんびりしていって欲しい!」
朗らか、和やか。
でも、腹の底では違うんだろう。
実はこの歓迎の話にも、裏になんか別の文章が紛れてそうで怖いな。
すると、奥さんがニコニコしながら、
「アリオスさん。貴女から見て、娘はどうですか? 上手く学校に馴染めているでしょうか?」
「ええ。クラスで一番、交友関係が広いでしょう。積極的に声をかけようとするのは彼女以外に居ません。私達が馴染めているか不安ですよ」
「ほほほ。そうですか、そうですか」
もう、何が正しいかも分からん。
まあ今ん所は、かなり機嫌良さそう。
これは言葉通りの意味なのかな?
ていうか、公爵家の三男と子爵&その妻の会話ってコレで合ってるんだ。
まあ、実際のところ、爵位を持ってる人間とそうじゃない人間だしなあ。
なんだかんだで貴族くんは三男だし、本人の才覚込みで家督が回るかは微妙。あんまりやる気があるようにも見えないし、普通に考えてお兄ちゃんが務めるか。
だから、今は親としての面を出してるのかな?
必要なら、下位貴族としてへーこらするくらいはするだろうけど、貴族くんの人柄を見てこう振る舞ってるっぽい。
プライドが高いだけじゃなさそうだね。
必要なら、何でもしそうだ。
頭下げる事が心底嫌な人間なら、クロノくんやボクを露骨に侮るだろう。
誇りも分別も、知恵もあるだろう。
幸薄ちゃんが言うほどバカには見えないけどな?
「クロノくんも、そう固くならんでくれ給え。我々も、素の君が知りたいんだ」
「え、ええ、はい!」
「どうだね? なかなか気が付く娘だと思うのだが、仲良く出来ているだろうか?」
「そ、それは勿論! アイ、む、娘さんとは入学試験の時から仲良くさせてもらってます!」
あからさまに慣れてなさそうなクロノくんには、ちゃんと気遣いはしてる。
分かってるね、この人たちは。
将来性の高いクロノくんに対して、なるたけ良い印象を与えようとしてるんだ。
「それは良かったよ。アイリス」
「ええ。こちら、クロノ・ディザウス様です。学園の入学試験成績首席。『極光の賢者』ライラ様のお弟子です」
…………
なんか、二人が舌舐めずりしたような気がした。
空気が変わったとか?
にこやかではあるけど、平静を装っているけど、若干前のめりになってる?
食いつきようが凄いなホント。
興味津々なのは、間違いないね。
「それは素晴らしい。是非とも、お話を聞いてみたい」
「ええ、私も英雄譚には興味がございます」
あ、これは後でじっくり聞かれるな。
あんまりがっつき過ぎたら嫌がられるだろうし、それとなくね。
長く拘束するのもアレだし、でも娘なしでコミュニケーション取るのもコレだし。
でも、個人的な繋ぎは作りたいと思ってるはず。
サラッと、でも、深く。短く、けれども残るように彼らは話をするんだろうなあ。
…………
あれ? また空気変わった?
なんでそんな露骨に困ってるの?
あ、原因、ボクかあ!
「そして、あの……」
「「…………」」
触れて良いのかと思ってるのだろうか?
腫れ物と恐ろしい物の中間みたいな遠慮だわ。
なんだよ、そんなに触りにくいか?
おじさんとおばさんはともかく、幸薄ちゃんも何故言葉にし難そうにするかね?
しゃーねーな、きっかけを作ってやろう。
泣いて感謝すると良いぞ!
「ねえ」
「! は、はい、何でしょうか?」
「紅茶、美味しいね。お土産にいくらか貰いたいんだけれど、良いかな?」
「そ、それは、勿論ですよ……」
美味しいんよなあ、ホント。
昔からそんなに飲まなかったんだけど、良いものは判別くらいできる。
五感が過敏なんだ。人より確かなものは持ってる。
ほら、おたくんとこの商品褒めてるんだから、喜びなさいよ。
「友達がね、好きなんだ、紅茶」
「そう、なんですね……」
「いつも、
まあ、手遅れだろうけども。
残念だね、ホント。
うん、それはもういいや。
ちゃんと分かってくれたかな?
あんまり迂遠な言い方は出来ないし、そんな語彙力も発想もないわ。
「……量が必要でしたら、『友人』として相談に乗りますよ?」
「ああ、必要だろうね。話さないといけない事が多くあるだろうさ」
大丈夫かな? 伝わるかな?
こんな事するの初めてだから分かんない。
一応は、『これから仲良くする予定だからお互いあんまり知らないよね』ってアピールしたんだけど。
頼むから誰かお手本を教えて欲しい。
京都弁とか習った方が良かった良かっただろうか? あんなん使いこなせる気がせんけども。
「そうですね。これから長い付き合いになると、私は思いますから」
「…………」
「最後になりましたが、こちらはアイン・レックスリラ様。入学試験成績三位の秀才ですわ」
お茶を全部飲み切る。
幸薄ちゃんの会話は、多分馬車の中の話も含めてそう言ってるんだろうね。
両親にも、今は親しくないけど、お互いにこれから長い関係を構築する予定って事を示してるんだろう。
文句だけは言わせない、最低限のやり取りだ。
この場での親への紹介なんて、現状どんだけ親しくしてるか、将来その関係を守れるかっていう確認のためのもんだ。
紹介なんて別に詳しいこと言わなくてもいいっしょ、別に。
ボクに関しては、コレで勘弁してくれ。
「お父様、お母様。紹介も終わりましたし、ここで一旦お開きにしましょう。皆様お疲れでしょうし、部屋に案内致します」
「……そうだな。そうしよう」
「夕食の時にはまたお呼びさせていただきますわ、皆様。我が家の料理人は腕が良いので、期待してくださいませ」
腹黒家族たちがそう言うと、控えてたメイドさんたちがテーブルを片していく。
既に扉は開かれていて、案内をする準備はできてるらしい。
促されるまま、ボクらは客間を後にした。
※※※※※※※※
「……本当に、これでいいのか?」
オーディルは、震える手を抑えようとする。
強く強く握り締め、しかし、どうにもそれは収まることはない。
頭を垂れながら、過剰に焦るその様子は、先程の余裕など微塵もない。
妻であるアイラから手を握られるまで、オーディルは酷く呼吸を乱していた。
「こうするしかありません。私達に出来ることは、もう無いのです……」
「そう、だが、あまりにも情けない……」
「仕方がありません。誰も、何も悪くないのです」
その慰めに、オーディルの心はさらに乱される。
だが、いつまでもそうしていられない。
強く理性を発揮して、大きく息を吐きながら、
「娘たちが何も知らない内に終わらせよう。俺たちが、すべき事だ」
「ええ。ですが、」
「分かっている。あくまで、自然に。いつも通りの俺たちで居なければ……」
オーディルは、強く呪う。
現状の苦しい立ち位置を、強く呪う。
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