第103話 目を背ける


 ボクも、正直なところ満足してた。

 良いものは沢山見れたし、若人の成長に一喜一憂するなんて体験もできた。

 気分的には映画一本見切った感じ。

 ドッタンバッタン大騒ぎを堪能しきった。

 ボク的には、このまま終わりにしてやっても構わない。

 ていうか、あんまり目立ったら、ボクの正体バレのリスクが高まるからなあ。

 成果として、クロノくんは十分成長した。ボクも満足した。だから、出来る事なら、この辺で終わりにするのがベターである。


 だけど、先に約束したんだよなあ。

 今回の戦いで、力を見せれば剣をあげるって。


 約束破るなんてダセー事はしたくねぇ。

 あと、剣を手放す口実を逃したくもない。

 いつまでも、逃げる言い訳並べてるみたいで、良くないと思ってたんだ。

 心情的に、ここでクロノくんと戦わないっていう展開はよろしくない。

 なんとしてでも、とは言わないけれど、あんまりしたくない事だ。


 理性を取るか、感情を取るか。


 前者はメリット重視、後者はデメリットだらけ。

 前者はボクが気持ち良くない。後者は、ボクがやりたい。

 悩ましいところだねー。

 

 いつものボクなら、迷いなく後者を取る。

 小賢しく色々と考えるのはボクの仕事じゃないし、ボクの適切な運用方法は、暴れて欲しい戦場で暴れること。

 それ以外は、ボクの専門外と言っていい。

 ボクの仕事じゃないんだから、あとの事は他の誰かが全部やればいい。


 でも、最近ボクは色々とやらかし過ぎだ。

 正直なところ、悪いなーって思ってる。

 一応、ボクも教団のメンバーとしてやってきてる訳で、多少の迷惑なら全然かけるし、別にその事になんとも思わないけど、ここ最近は事情が違う。

 絶対にトチれないミッションの途中なんだ、今は。

 だっていうのに、割りとこれまでやらかしてきた。

 今さらだけど、申し訳ないっていう気持ちが無いわけじゃあない。

 ここは大人しくしておいた方がいいかなー、とは、ちょっとだけ思っちゃう。

 

 ボクにも良心があったとは。

 その時その時の感情次第、やりたい事は即座に実践、トラブルなんざ起こして上等のボクらしくない。

 いや、こうして悩む事自体がそうか。いったい、何をたそがれているのやら。

  

 はー、困った困った。


 ………………


 近付いてくる気配がひとつ。

 濃い神の気配を纏っている。

 足音と身の振り方からして、剣士だね。

 と、なれば、



「アイン。ここに居たのか」



 あ、悩みの種が来やがった。

 なんだよ、嬉しそうな顔してさ。  

 こっちはそれどころじゃねぇってのに。

 こんなに心乱される事はなかったよ。本当に大物だね、君は。



「…………」


「あ、ザゼン中か? だったら、邪魔するのも悪いかな……」



 そーだよ、瞑想してるんだ。

 考え事中だから、出来れば静かにしてて欲しい。

 もっと言うんなら、静かに去って欲しい。



「じゃあ、俺も付き合う」



 なんでだよ。



「なんでだよ」


「よし、反応してくれたな」



 しまった、誘われたか。

 あんまりにもボケかどうか微妙なラインだったから、ツッコんでしまった。

 無視決め込んでおけば良かった気がする。



「……君、性格悪くなった?」


「? なんだよ、突然」


「何となくね。初対面の時の印象とは、随分違ってるように思えてさ」



 ピンと来てはいないんだろう。

 彼の方は見ていないけど、困惑してる様子はなんとなく分かる。

 ……おい、なにをしれっと隣に座ってる。

 ずっと背中越しに会話してろよ。これもう、本格的に話す流れになってんじゃん。



「君は、とても無知だった。人も、理も、なにも知らない。そして、それはすなわち、無垢であるという事だ。さっきみたいに、ボクを引っかけようとしたのも、そのいい証拠さ」


「……つまり?」


「大人になった。子供じゃなくなろうとしているんだ。素晴らしい事だね」



 人間、いつまでも無垢なままじゃ居られない。

 挫折や苦悩、そういう複雑な絵を見せられて、現実を見る目がどんどん肥えていく。

 彼は、人と関わる機会があんまり無かったから、そういう成長の機会がなかった。

 でも、急速に、彼は学んでいる。

 喜ばしい事だよ。闘争の心なくして、如何にして成長するかって話だ。

 


「素晴らしいこと、か……」


「そうさ。素晴らしい事だ」


「そうすれば、俺が成長するからか。そうなれば、お前の目的が叶うからか?」



 そういうところだぞ。

 騙されやすい純真な子供なら、ボクを怪しむなんて事はしない。

 こんだけ助けてあげてるんだから、親鳥の後を追うヒナの如く、ピーチクパーチク核心に掠りもしない事だけ言ってれば良いのに。



「そうだよ。よく分かったね」


「……俺も、子供じゃいられなくなったんだ。自分の頭で考えるくらいはしないといけない」



 うわ、頭脳労働全部他人に任せてきたボクには耳が痛いじゃないか。

 ボクがいつまでも子供だとでも?

 まー、子供っぽい大人なんて腐るほど居るけど。



「お前が師匠と同類なのは、なんとなく分かってた。見た目通りの歳じゃない。じゃあ、そんな奴が何で、俺の同級生としてやって来たか」


「…………」


「俺の周りで起こされてきた事件、その犯人、いや組織があるのは分かってる。そして、お前はその幹部と顔見知りで、殺し合いをする関係性だ。なら、なんとなく分かる」



 よく、考えられてるね。

 ちゃあんと、花丸満点をあげよう。

 ボクらが、それが正解になるように、問題文を用意してたんだから。

 大人って、実はもっとずっと汚いんだよね。

 でも、大人になろうとしている子供に対して、ボクは意地悪を言わない。

 否定も肯定もせず、笑うだけだよ。

 


「…………」


「やっぱり」



 優しい子だよ、この子は。

 アリオスくんといい、やっぱり、関わっていて悪い気はしないよ。

 本当にゴメンね? 信頼してくれてる大人が、こんなのでさ。



「下心があったボクは、もう君の側に居ちゃいけないかな?」


「そんな訳がない」



 なーんて、真っ直ぐな瞳だろう。

 汚い大人のボクには、眩しすぎるな。



「これまで、いったい何度助けられたか。恩を仇で返したくはないよ」


「そうかい。ボクも、君と離れるのは困る」



 彼の顔を見たくはない。

 これまで、いったい何千人、何万人殺してきただろうか。だけど、心が痛むなんて初めてだ。

 関わりの濃淡で、悪事に対して罪悪感を覚えるとは。

 ホントに、ボクも堕ちたもんだよ。

 あまりにも、人間らしすぎる。今の状態は、あんまりよろしくないね。



「ボクには、やらなきゃいけない事がある。君の目なら、分かるはずだ」


「……負い目、怒り、哀しみと、覚悟が見える。この目が潰れそうなほどに、強い想いだ」



 ……思った通りだ。

 人が心に抱える想いは、意図せずとも秘めたるもの。

 秘密を暴く『真眼』とは言えど、明確な目的意識なくしては、そちらを暴くのが優先となるか。

 ちゃんと考察通りで助かってるよ。 

 流石、神父。専門家はやっぱし違うわ。



「いったい、何があればそんな……」


「おっと、そこまでにしてもらいたい」



 さっと手で眼を隠す。 

 ちゃんと眼の位置にジャストフィットだ。 

 原始的な方法だけど、仕方がない。眼が持ち主の思惑以上に働かれたら、たまったもんじゃない。

 ま、眼を使いこなせない彼じゃ、ボクの情報を得たところで、情報を持て余してパンクする可能性大だけど、予防線は張るに越したことはない。



「君が普段から、他人の秘密を意図して暴こうとしない、紳士な善人なのは知ってる。だから、ついうっかりで、これまでの努力を無駄にしたくないだろう?」


「……ごめん」



 本心なんだろうなあ。

 こーんな純真な子が、ボクらみたいなのの食い物にされて。

 我がことながら、なんて業が深いのか。



「世の中、知らない方が良いことは沢山ある」


「…………」 


「ボクは、君を守るためにここに居る。それだけは、信じて欲しい」



 嘘は言っていない。

 後ろめたい事はあっても、嘘だけは。

 クロノくんは、まだまだ青い果実なんだ。熟れるまでは、手を出せない。

 時に来るまで、ずっとずっと守る。

 誰にも、取らせはしない。ボクの四百年余りの人生を賭けてでも。



「……そうか」



 不信、不安。

 でも確かに存在する、信頼。

 君の眼がなくても、ボクにもそれくらいの感情の機微は感じ取れる。

 


「なら、憂いはない」


「?」


「全力で戦おう」



 そうだね。

 アリオスくんには、勝てたんだ。

 次の君のプライドの賭けどころは、ここだね。



「俺が、お前と戦う理由だ。剣に魅せられたっていうのは、理由の一つではある。だけど、お前に勝ちたいっていうのは、本心だった」

 

「…………」


「アリオスと戦って、分かった。形振り構わなくていいんだ。悩みなんか振り切って、負い目も蓋をして、自分のやりたい事を全力でしていいんだって」



 なんだよ、アオハルかよ。

 ボクみたいな枯れた老人の前でやっていい純度じゃねぇだろ。

 眩しすぎて目ぇ潰れるかと思ったわ。

 


「……仕方がない。期待に応えてあげるよ」


「期待?」


「全力で潰してやるって言ってるんだ」



 クロノくんの方は、見ていない。

 でも、なんとなく喜んでる感じがする。

 後ろめたくはあるけれど、彼の想いに水を差すのは、無粋が過ぎるな。

 もう少しだけ、クロノくんには強くなってもらおうか。

 


「楽しみだ」

 

「ボクも、楽しみにしてるよ」

 


 やるなら、全力で。

 思い悩むなんて、ボクらしくない。

 叩き殺すつもりで戦ってあげようか。


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