第65話 そういや、チャラ男くんクソビビってたな


 ラッシュ・リーブルムは、生まれながらに仕える事が決まったいた。

 

 その全てを、ひとつに捧げる。

 それのためにあらゆるものを犠牲にし、尽くすことを強要される。

 いったい何故、どうして、という問いに意味はない。

 生まれた家が悪かったとしか、言いようがない。

 そのための命として、生まれ育ったのだ。

 

 越冥教団


 仕える組織の詳細は、分からない。

 クライン王国が成り立つ以前から、世界中で活動していたらしい、大規模な犯罪組織らしい。

 王国内での活動の足掛かりのひとつに、生家であるリーブルム家がある。

 末端も末端の、損ばかりの立ち位置。

 行われる大規模犯罪の、取っ掛かりとなる。

 

 そのための準備は、抜かり無い。

 

 ラッシュは、主に密偵としての役目を任されていた。

 隠密や暗殺といった、役目に必要な訓練は、死ぬほどしてきた。

 その十六年の期間に、地獄を味わってきた。

 生傷が絶えず、苦しみの中で生きてきた。


 ラッシュは、そんな運命を強いる教団に対して、まったく良い感情はない。

 両親や兄たちは従順な性格であり、教団に従う事に否はなかった。

 しかし、親の教育に素直な男ではなかった彼は、己の運命に怒りを抱き続けた。

 

 いったい誰が、こんなものを気に入るのか?

 血の滲むような努力をした末の強さなど、誰が願ったか?

 押し付けられた苦痛など、必要なかった。


 だが、そんな文句は言えなかった。

 何故なら、



「逆らったら、殺される」



 不本意にも鍛えられたおかげで、実力はかなり付いた。

 現役の騎士より、遥かに強い。

 元来、才能とやらがあったらしく、格闘術と短剣の扱いは、飛び抜けている。

 有数の実力者と数えらる程度に、力はある。少なくとも、自分に並ぶ実力者には会ったことがない。

 だが、格上は居るだろう。組織に幾人か、己より遥かに強い者は。

 けれども、そう数は居まい。それに、強い事と、探す能力は別だ。だから、もしも自分が本気になれば、きっと余裕で逃げ切れる。

 そんな事を漠然と考えてはいたのだが、すぐに甘い目論みだと知ることになる。


 使徒


 最も高き存在である、教主の手足。

 教団の目的を達するための、五つの柱。

 それぞれが一国に匹敵するほどの戦闘力を有すると、聞いていた。

 だが、実物を見て、それが過小評価だと知る。



「逃げ切れるなんて、出来るわけがない」



 優秀だから。

 そんな理由で、使徒の一人に会う事が出来た。

 幹部に目をつけられるのは、旨味のある展開ではなかったが、拒否権はない。

 逃亡にあたって、ある程度、厄介な敵の力を見ておく分には得だと言い聞かせた。

 だが、余裕もあった。楽観もあった。

 幹部とはいえ、そこまでではないだろうと。予想を大きく越える力はないだろうと。


 全て、甘い幻想だと知る。


 こんなものを相手にすれば、国など簡単に滅び去る。

 中途半端に力があるせいで、それだけの力があると分かってしまう。

 しかも、それで最も弱い使徒だというのだ。

 他に、これ以上の強者が四人。

 その気になれば、世界すら滅ぼせるだろう。



「馬鹿げてる」



 唯々諾々と、命令に従い続ける。

 違法な魔道具を作成することもあったし、薬を流すこともあったし、人を殺したこともあった。

 だが、どんな後ろ暗いことも、やるしかない。

 アレに逆らうなど、考えたくもない。

 

 何故かあの後から気に入られ、個人的に何度も招かれた。

 楽しげに見せてもらった、実験記録。

 教団が何を目指しているか、ほんの少しだけ教えてもらえたりもした。

 だが、楽しげな使徒とは対照的に、彼にはそれがおぞましいとしか、思えなかった。

 


「世界が、違いすぎる」



 学園に入学した時も、特段深いことは考えなかった。

 貴族の令息令嬢なら、普通に入学するものだからだ。

 表向きは普通の貴族だ。取り敢えず入学させ、任務はこれまで通り、合間にさせられるのだろう。

 そう、思っていたのだが。

 予想外に、馬鹿げた命令が多かった。

 これまで行ってきた暗い命令など忘れたかのような、簡単で、子供おつかいも同然な任務だ。

 

 なにか、おかしい。

 明らかに、教団は何かを狙っている。

 そして、その中心に居るのは、

 


「……馬鹿げている」



 違和感はあった。

 ただの少年ではない事など分かっていた。

 ラッシュとてバカではない。特別な力を宿していると、嫌でも気付く。

 それだけではない。

 周囲の人間を巻き込み、変えてしまうのだ。拒めども、頑なであろうとも、心の奥底へ潜り込み、優しく触れてしまう能力がある。

 これを、片鱗と言わずして、なんと表そう。

 間違いなく、新たな英雄候補だ。


 助けて欲しいなどと、考えたことはない。



「――――――」



 全ては、無駄な足掻きだ。

 何を願っても、変わりはしない。


 もしも、出会った使徒が第五位だけだったなら、思わなかっただろう。

 圧倒的な実力差を知ってもなお、ラッシュは、いつかは使徒から逃げ切れる実力が身に付くと、僅かに思っていた。己の才能と、これからの時間を鑑みて、いつかはと予感があった。

 言葉には出来ないほど微かな希望ではある。だが、それでも、心が完全に折れるということはなかった。


 ……英雄の卵という希望を見たというのも、あったかもしれないが。

 それでも、今は希望を抱かない。


 世界の頂点を、見たからだ。



「…………」



 突如、言われた。

 たった一言、『頂点に会わせてやる』と。

 かつて、聞いたことがある。

 教団の最高幹部、使徒の第一位は、世界最強の生物であると。

 ただの噂だ。信じてはいない。

 五位の使徒に会って、ようやく僅かに信じてみようかと思える程度だ。

 しかし、実物に会って、当然のように考えが変わった。


 ソレは、『絶対』だった。


 豪奢な椅子に腰かけた、不明な人物だ。

 仮面を被っている上に、その仮面も『認識阻害』の魔法がかけられているのだろう。

 特徴という特徴が、まったく記憶できない。


 だが、それだけで隠しきれるはずのない、究極の力があった。


 世界最強の生物という言葉ですら、ソレの凄みは、表し切れない。

 生命の枠に収まらない、莫大なエネルギー。そこに太陽があるのではないかと錯覚するほどに、偉大で、比べるものがない。

 しかし、真に恐ろしいのは、ただ放出するだけで、ラッシュが容易く消し飛んでしまうほどの力が、完全に制御されていたことだ。暴れ狂うだけで、大陸が焦土に変わるような力が、正しく扱われてしまう。その気になれば、どんな事が起きるか、想像すら出来ない。

 

 悟る。

 これは、象徴だ。


 絶対、勝利、究極、至高。

 そんな、正の概念の塊だったのだ。

 

 

 ラッシュを縛るのは、強い恐怖心である。


 使徒五位は、使徒たちの中でも頭脳派だ。

 人の使い方は、誰よりも心得ている。

 このタイミングで、こうして力で恐怖心を煽ったのは、目を付けられている証拠。

 これまで見守る方針を取っていたのに、急に暗殺と命令が出たのは、教団に引き込む戦法を取ることを止めたためだろう。

 今回の事が終われば、恐らく五位の側仕えとなるだろう。

 そのためのテストだと、思って良いはずだ。

 


「……クロノ・ディザウス」



 嫌いな男ではない。

 むしろ、良い人間なのだろう。

 これから先、きっと多くの人を救う事が出来る資質を持つ男だ。

 とても、とても心苦しい。

 だが、自分よりも大切なものはない。



「必ず、殺す」



 その闘志は、真っ直ぐ敵へ向く。



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