第76話 クロノくんたち、何話してるんだろ……?


「…………」


 

 混乱の極みだった。

 

 王都中で、不愉快な気配がする。

 クロノがかつて遭遇したキメラと同じだ。冒涜を形にしたような、歪で不自然な感覚が、そこら中に居る。

 しかも、一体一体が弱くない。野放しにすれば、確実に多くの死傷者が出る。

 一刻も早く殺さなければならない。


 空には、先程まで居たはずの謎の男は消えていた。

 その代わりに、所々で風を切る音と、何かがぶつかり合う音、崩壊する建物の音が聞こえる。

 アインと男の戦闘によるものだ。

 結界をリングに、縦横無尽に駆け回る。速すぎて、クロノでも集中しなければ視認できない。

 若干、アインが優勢に見えるが、正確な判別は難しい。

 

 多くの命が消えていく。

 怪物たちが、暴れている。

 男の尖兵たちが民間人を積極的に殺そうとしているのもそうだが、男とアインの戦闘の余波も、無視できない。

 あまりにも、被害が大きすぎる。

 クロノが命を認識すれば、加速度的にその数を減らしている事を感じた。



(どう、すれば……)



 訳が分からない。

 状況が混沌とし過ぎている。

 次の行動いかんで、何かが変わる気がした。

 しかし、数多の情報がクロノの行動を阻害する。


 既に、悲鳴が響いている。

 騒ぎは拡大し続け、火災などの二次被害が出ようとしている。

 即座に動かなければ、手遅れになる人間は十倍は変わる。

 あらゆる縁が、消えていく。

 それに、アリオスたちはどうなのだろう?

 学園から出ている事は分かっている。だが、それ以降はまったく知らない。もしかすれば、という嫌な予想をしてしまいたくなる。


 頭がいっぱいになる。

 どうするべきか、浮かぶ選択肢を選びきれない。

 そして、

 


「クロノくん!」



 下からした声に、反応する。

 そちらを見やれば、アリシアが居た。

 相当焦った様子であり、息がかなり早くなっているが、外傷は見当たらなかった。

 クロノは、一先ず胸を撫で下ろした。

 アリシアの方へ手を向けて、

 


「! 『転移』ですね。出来れば一言……」


「ごめん、混乱してた。アリオスは?」


「アインさんに、詳しい事情を聞いています。今回の彼女の行動が解せませんでしたので」



 クロノは、思わず顔をしかめる。

 アリオスの無事が分からない。

 即座に探したいのだが、この場の二人を捨て置く訳にはいかない。

 また、クロノは迷う。

 どうするべきか、ぐるぐると思考が巡る。

 


「……アインは、今、戦っている」


「え」


「空に現れた男と、戦ってる」



 すぐに、何かが激突し、建物が崩壊する音が聞こえた。

 それらは高速で移動しているようで、あちこちで響いている。

 謎の現象だが、アリシアはすぐに察しがつく。

 今、何が起きているのか。



「状況は理解しました。それで、クロノくん、どうしますか?」


「…………」


  

 アリオスを探すべきだ。

 町や人々を守るべきだ。

 アインの援護に回るべきだ。


 様々な『べき』が溢れる。

 思考が溢れて、止まらなくなる。

 そして、



「おい」



 クロノは、横っ面を殴られた。

 思い切り吹き飛ばされて、地面に頭を打つ。

 何事かと一瞬頭が真っ白になるが、すぐに誰がしたか理解する。

 クロノは真っ先に、クロノの前に割って入ったアリシアを止める。そうしなければ、クロノを攻撃した相手を、アリシアが攻撃するためだ。

 そうされた理由は、分かっている。

 


「ふざけんなよ、お前……」


「ラッシュ……」



 恐怖を、怒りが上回る。

 怪物だと思った相手の頬を殴り飛ばしても、まだ睨めるほどに気力があった。

 


「影に隠れるあの方がわざわざ来たって事は、俺はもうおしまいだ。こうなったのは、お前のせいだぞ」


「……悪い。だけど、」 


「こうなった責任を取れ。この惨状は、お前のせいだぞ」



 惨劇だった。

 燃える建物、崩れる平穏、混乱と死。

 トリガーとなったのは、確実に、ラッシュの失敗だろう。始末を付けに来た、と考えるのが自然だ。

 ここまでの混沌を起こす必要があるかは分からない。

 だが、敵の思惑を知るには、情報が無さすぎる。


 ラッシュの叱責を、否定できない。

 ラッシュからすれば、ここまで事態が大きくなったのは、クロノが大人しく殺されなかったからだ。訳の分からない理屈で、逆鱗に触れた。

 その状況で、手をこまねいている。

 そんな暇はないというのに。



「……俺を殺して、アレに取り入ろうとはしないのか?」


「もう、どうでもいい」



 断言する。

 誤魔化すでも、戸惑うでもない。

 殺されると分かっている以上、本当にもうどうでも良かったのだ。

 ラッシュは、自分を生かす方を取る。

 


「俺は、もう教団には戻れない。元々、こんな計画をするつもりだったかは知らないけど、俺とお前を始末するつもりなのは確定だ」


「ああ……」


「気付いてるだろ? 『聖王』は、俺たちの方を見ていた」



 視線を向けられている気はした。

 強い意識の流れを感じられたのだ。

 極まったクロノに、誤魔化しは通用しない。僅かな殺気も感じ取る事が可能だ。

 だから、分かる。

 もしもアインが戦闘を行わなければ、次の瞬間、男はクロノたちの元へ来ていただろう。



「お前の事は気にくわない。だけど、お前の夢と熱意は分かったさ」


「…………」


「俺をここまで追い込んで、人生めちゃくちゃにしておいて、何を凡人面してやがる」



 アイリスとアリオスは、クロノがどうなったとしても、クロノに付き従う事に決めていた。

 リリアは、クロノの隣に立ちたいと願った。

 クロノが仲間にしたいと思った者たちへの願いは、全て気付いている。

 ラッシュの、クロノにかける願いは、

 


「化け物なら、それらしくしてやがれ」


「…………」


「俺を負かしたお前の無様なんて、見たくない」



 何を勝手な、とアリシアは言いかけた。

 ラッシュは真っ直ぐ、クロノを睨んでいた。

 そして、クロノは、



「分かった。もう、ブレない」



 静かに、確かな自信と共に、そう言い放つ。

 そして、



「アリシア。アリオスとリリアと一緒に、あのキメラ共を倒してくれ」


「……クロノくんは、どうするのですか?」


「被害がこれ以上出ないようにする」



 クロノは、指先から術式を編み出す。

 アリシアはその特徴を見て、すぐに何をするつもりなのか察した。

 移動用の魔法を用意して、一度だけ振り返り、



「死なないでくださいね」



 そう言うと、アリシアは風のように消えていく。

 遠くでキメラの一体に、魔法をぶつけているのが確認できた。

 そして、



「……クロノ・ディザウス。俺は、働かなくて構わないのか?」


「いや、良い。そこで、見ていて欲しい」



 クロノは、その場に座り込む。

 座禅など、クロノは知らない。

 アインが手本を一度だけ見せた時の姿勢を真似していただけだ。

 だが、凄まじい集中とエネルギーの高まりが実現する。

 乱れていた心は落ち着き、肉体は既に元の状態へ復元された。そして、エネルギーには、魔力以外の異質なモノが、混じっている。

 そして、



「喜んで俺の側に着いた訳じゃないんだろう? 隙があれば、裏切るつもりだ」


「…………」


「だけど、そんな事を考えられもしないくらいの力を見せてやる。俺が、お前たちを守れる化け物になれるって、見せてやる」



 難解極まる術式が、王都を覆う。

  

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る