第71話 劇は好きだよ。悲劇は特にね


「いや、ボクは知らないよ。ボクの管轄じゃないからね」



 ソファに深く腰掛けたアインは、とてもだらけきっていた。

 脚を組み、腕をソファの背に任せていて、非常にリラックスしている状態だ。

 どこから見ても隙だらけで、視線すらこちらに向けていない。

 だから、そのまま叩いてやろうかと思うほど、舐め腐った態度である。



「状況的に、貴様以外の誰に容疑者が居る?」


「貴女の手の者でしょう? 今すぐ、クロノくんへの攻撃を止めさせてください」


「だから、知らないって。彼は、別にボクの命令で動いてる訳じゃないし」



 見つけるまでに、かなり時間がかかった。

 なにせ、浮き雲のような人間だ。

 いつもどこをほっつき歩いているか知らない上に、気配を誤魔化すのが抜群に上手い。

 居そうな場所をクロノから聞き出し、しらみ潰しで探してようやくだ。

 なのに、返答はこれである。

 いい加減な言葉に、早くも嫌気が差す。



「確かに、ボクはクロノくんに修行をつけてたけど、それとこれとを繋げるのは難しくない? ボクだって、クロノくんに死んで欲しい訳じゃないんだ」


「…………」


「暗殺者雇うって、流石にやり過ぎでしょ。ボクはわざわざそんなことしないよ」



 アリシアの虚偽看破に、その発言は引っ掛からない。

 しないと断言したのだから、本当の事なのだろう。

 だが、どうにも怪しくてかなわない。

 


「……お前は今回の件、積極的に関わってはいないのだな?」


「まあ、そうだね」


「でも、利用くらいはしているんじゃないですか?」



 ぐだりと弛緩した体が、一瞬強張った。

 図星をついたと、確信する。

 やはり、油断も隙もない。ほんの少しでも気を抜けば、真意を隠し通されてしまう。

 絶対に逃がしはしないと、強く決意する。



「クロノくんを強くして、どうするつもりです? 何のためにこんな事を?」


「これから、どうするつもりだ? どうやって、お前の目的に奴を使う?」


「あー、そんなに一気に質問しないでくんない?」



 煩わしそうに、アインは言う。

 問われたくない事を問うている確信を、二人は抱く。



「ボクは、別に君たちをどうこうしたい訳じゃないよ。クロノくんを鍛えたのだって、そこまで深い意味はない」


「……初めて嘘を吐きましたね?」


「やっぱり虚偽看破を使ってるか。難しい魔法なのに、よく出来るねぇ」



 やれやれ、と首を振る。

 これを確かめるための嘘だったようだ。

 だが、これは重要な情報である。

 発言の内容を考えれば、『どうこうしたい訳じゃない』か、『深い意味はない』のどちらかが嘘だということ。

 どちらにせよ、平穏とは言えない。

 


「なら、余計に迂闊な発言は出来なくなったね」


「…………」



 このまま、黙りを決め込むつもりなのか。

 眉間にシワが寄る。

 背景を聞き出し、計画を止めさせる。だが、頑なになられれば、それは叶わない。

 重い沈黙が、横たわる。睨み付けるように、アインを凝視する。

 だが、突然、アインがふわりと笑った。



「怖い顔しなくても、教えてあげるよ。全部じゃないけどね」


「「!」」



 触れた事のない、奥底。

 恐ろしき魔女の目的。

 その断片であろうとも、興味をひくには十分すぎる。

 語り出されるまでの僅かな間、固唾を飲んでしまったのは、仕方がなかった。

 そして、



「越冥教団」


「「!」」



 聞いた名前に、さらなる驚愕を隠せない。

 


「その組織の人間に、用があるんだ。彼はそのための手がかりさ」


「……どういう意味だ?」



 組織の名を聞いてから、多少は調べた。

 国に深く関わっているらしい、秘密組織だ。その活動には犯罪が多く含まれているのが、先の件で確認された。なので、将来国を背負って立つ者の一人として、暴かない訳にはいかなかった。

 親の権力もそうだが、それなりの伝手はある。片手間ではあるが、質と量共に十分な調査は可能だった。


 だが、分からなかった。


 全容が大きすぎる。隠蔽が上手すぎる。全体像が複雑すぎる。

 理由は幾らでもあるが、分からなかったのだ。

 アリオスたちを襲ったキメラ、アリシアの家と関わりがあった男、果ては、リリアの神体に至るまで。関わっている可能性だけなら、すべての事件に教団は絡む。

 分かった事と言えば、想像以上に巨大な組織という事だけだった。


 それに、クロノがどう関わるか?

 嫌な予感が、止まらない。



「クロノくんに、教団が興味を示してる。これは、なかなか無い事だよ」


「何故、興味を示していると?」


「彼の近くで事件が起きすぎてる。普段、尻尾を見せないのに、この最近は異常だ」



 その興味が、どう作用するのか?

 もしも、もしも、悪い予感が当たるのなら。

 


「教団の商いの中でも主流なのは、人身売買。実験のための素体は、多いに越したことはないしね」


「実験……?」


「アリオスくん、君は見たはずだよ。教団のキメラの主な材料は、人間さ。君たちを襲った奴に、いったい何人使ったかは知らないけどね」



 ゾッとする。

 特に、実物を見たアリオスは特にだ。

 確かに、人らしい要素はあった。だが、何をどう使えば、人はあそこまで怪物に成れるのか?

 それに、あの冒涜を固めたような存在を、作り出す組織など。

 関わりたくもないほど、気持ち悪い。

 だが、そんな組織に、何らかの形で狙われている可能性があるのは、見逃せない。

  


「クロノくんが、実験に使われる、と?」


「どっちかっていうと、実験の産物がクロノくんだろうね」



 聞き逃し出来ない事だ。

 実験の産物とは、本当に穏やかではない。

 どういう事かと二人は詰め寄ろうとして、寸前で制される。



「実験体の中でも、恐らくは成功作の部類なんだろう。野に放ち、ストレスをかける事で、能力の成長を目論んでるんじゃないかなあ」


「「…………」」


「で、多分だけど、近々面白い事になるよ。詳しくは分からないけれど、明日、明後日、いや、もしかしたら今日起きるかも……」


 

 ロクな事が起きないのは、確定的である。

 嫌な予感がした。

 背中から蛇が這うような、気持ち悪い感覚がした。



「私がクロノくんの所へ行きます!」


「分かった」



 おぞましさに弾かれるように、アリシアは駆け出した。

 風の魔法もふんだんに使った移動方だ。

 音もなく、凄まじい速度で消えていく。

 残ったのは、険しい表情のアリオスと、薄ら笑いを浮かべたアインだけだった。



「……貴様の知る、クロノの詳細を言え」


「いや、知らないよ。むしろ、ボクが教えて欲しいんだけどなあ?」



 嘘を言ってはいないのだろう。

 虚偽看破が手札としてある事は印象付けた。ここで油断して、堂々と嘘を吐くバカではないはずだ。

 だが、嘘であって欲しかったと思ってしまう。

 ここまで危険な状況で、現状何も打つ手がないと宣言しているに等しいのだから。

 


「では、教団の情報は?」


「すっげーデカイ犯罪組織。世界中に根をはってて、手に負えない」



 そんなことは分かっている、と怒鳴りたかった。

 不真面目は元から嫌いだが、状況が状況である。余計に怒気が湧いてくる。

 難しい顔で、アリオスは固まる。

 怒りに身を任せたいが、それでヘソを曲げられれば困ってしまう。

 出来る事は、精々なるべく有益な情報が出される事を祈るだけだ。

 そして、その祈りは、存外通じたらしい。

 


「……教団は、教主と呼ばれる者を筆頭に、幹部として六人の使徒が居る。教主が表にまったく出てこない。だから、被害を撒き散らし、組織を運営してるのは、実質使徒たちだ」


「使徒……」


「実験も、使徒たちがやる事さ。いったいどの使徒からクロノくんが作られたんだろうね?」



 手がかりを探す。

 どんな小さな事でも良いから、と願っている。

 どんどん、表情が険しくなっていくのを、アリオスは止められなかった。



「……その使徒とやら、強いのか?」


「大袈裟じゃなく、一人で国を滅ぼせるくらいにはね」


「貴様でも、勝てないか?」


「今は無理かなあ。多分、君たちじゃあ、何人がかりでも十秒持たないよ」



 そして、疑問が浮かぶ。

 嫌な予感が、背筋をつたる気持ち悪さが、ピークを迎えた。

 口に出したくないのに、漏れ出てしまう。



「その使徒が、動く可能性は……?」


「さっき言ったでしょ? もしかしたら、今日にでもってさ」



 あまりにも、危うすぎる情報に、アリオスは理性を保てなかった。

 すぐさま、アリシアの後を追いかける。

 一人取り残されたアインは、ニッコリと笑う。



「じゃあ、始めよっか。面白い茶番を用意してるんだろう?」




 

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