第107話  憂鬱だ


 アリオスの剣を学び取り、真似て、分かった事が一つがある。

 誰に聞いたか忘れたが、美しい華には刺があるとか何とか。言葉を尽くしても語りきれない力なのは分かってたけど、やっぱりそうだ。

 

 コレは、人に出来て良い事じゃない。


 あの、完璧としか表現できない、芸術品のように繊細な技の数々。モノに出来れば、きっと、極めたと認めても良いのだろう。

 アレは、歩み抜いた末の、大きな結末だ。

 これまでの全て。それは、一個人にすら留まらず、人の歴史が目指したものの、その集大成なのかもしれない。

 人の寿命じゃ、追いきれない正解だ。まともなものでは、絶対にない。


 アイン……は、もう良いとして。

 正直、アリオスが、部分的にせよ習得しているのは、奇跡だ。

 一生を賭けても、アインに絶対の正解を学び続けても、全てを再現するのは無理だろう。

 その理由を具体的に考えた時、俺は自然と、正解が


 アインの力の本質は、『再現』だ。

 これまで、人が積み重ねてきた武の歴史。そこから、アインは使える技を汲み上げて、状況に合わせた『正解』を叩き出し続ける。

 戦っているのは、『人』そのものだ。

 その恐ろしさに、思わず身震いしてしまう。


 いったい、どれほどの情報をその体に詰め込めるというのか?

 その情報は、どれほどの深いのだろうか?

 あらゆる『正解』を瞬時に叩き出すために、どれほどの鍛練が必要だったのか?

 アインの限界を、俺は見たと思っていた。

 だけど、今、思い知る。彼女の強さを支える、その要素、積み重ねたものが、何も理解できない。


 人を辞め、誰よりも武を学び、実践を繰り返してきた。

 それも多分、生涯をかけてだ。

 寝ても覚めても、一秒の無駄すらなく、 強くなろうとしてきた。

 質も量も、俺なんかとは大違いだ。エネルギーの量以外、俺は何一つとして、アインには勝てていない。

 

 その結果が、如実に表れていた。

 本当に、マトモではない。


 どうやって勝つんだ、こんな化け物?



「ぜ、……え、は……はぁ……」


「どうした? もう限界かな?」



 アインの全力を、初めて『視る』。

 横で戦った時には、気付かなかった。

 強い意志を向けられて、ここには俺とアイツしか居なくて、俺も過去で一番力を引き出す事が出来ている今しか、分からない。

 微かで、膨大で、弱く、強い。

 こんなものを抱えて、人として生きていけるはずがなかった。



「そう、そうだ。今、君に見えるようにしている」



 分かる。

 とにかく、巨大だ。

 向けられている意志は、そこら中から感じる。



「!」


「全ては、ボクの意志次第」



 すり抜けた、と感じた。

 

 振り上げられた剣を、俺は正面から防いだ。

 ガッチリと横向きに剣を掲げ、完全に正面から受けたはずだ。

 なのに、いつの間にか、俺は斬られていた。

 アインの剣は振り抜けていて、斬りたいものだけを選んで斬ったとしか、言い表せない。



「今のボクは、世界と繋がっている。世界はボクで、ボクは世界だ。君にとって不都合な事象を起こすくらいなら簡単だよ」


「ぐっ……!」



 あの感覚は、間違いじゃなかった。

 世界が敵になったような、疎外感。敵意の大きさが、これまでとは絶対的に違う。

 アインと戦い始めてから、圧倒的に、。 

 アインの情報を、読み取れない。

 意識的に視ないようにしない限りは、扱いきれないほどの情報を寄越すくせに、今は求めても、ほとんどがノイズだ。

  

 それだけじゃない。

 エネルギーがかなり練り難い。のしかかるような圧迫感がある。

 明らかに、異常な何かが起きている。

 分かる。世界が、俺の邪魔をしている。



「おお、おおおおお!!!」


「あまり効果的ではないよ、それは」



 魔法を使った。

 アリシアの術式を勉強し、少し前までとは桁違いの威力が出た。

 俺の魔法がぶち当たった結界が軋む。

 だが、直撃したアインには、掠り傷すらも見当たらない。



「言っただろう? 世界はボクで、ボクは世界。君が今したのは、虚空に向けて攻撃したのと同じだ」



 アイン本人は視え難くとも、俺自身の力はしっかり見えた。

 エネルギーの流れが、明確に不自然だ。

 アインに向けられた力の全ては、拡散し、届く頃には小雨も同然になっていた。

 


「は、反則、だろ……」


「うん、そうだね。君が戦おうとしてる奴らは、こんな力を皆持ってる」


 

 剣は、交差しない。

 アインの剣は、俺の防御をすり抜けて、俺の体を切り裂く。俺の剣は、アインの体をすり抜け、何の手傷も与えられない。

 理不尽の極みみたいな奴だ。

 もしも、コイツにダメージを与えられる方法があるとするのなら、それこそ、世界ごと破壊する技が必要になる。


 そんな無茶苦茶が出来る人間が、世界に何人居るのだろうか?

 

 

「この程度じゃ、お話にもならないよ」


「!」



 つまらなそうに、俺を見下ろす。

 俺への失望を隠そうともしない。


 アインは、つくづく理不尽だ。

 技による、理不尽な差は、見せてきた。

 今度は、備わった能力の差で、潰しにかかってくる。

 叩き伏せて、思い切らせて、潰れた相手の事なんて見向きもしない。



「げう…………!」



 息が止まる。

 かろうじて、蹴りが腹に入ったのは見えた。

 うずくまりたいくらいに痛烈だったけど、そんな暇はない。

 アインの容赦のなさは、身に染みて知ってる。

 

 防御をしても、意味はない。先読みして、全て躱せ。

 体をすぐに起こせ。

 絶対に目を離すな。

 じゃないと、殺される!



「…………」


「あ、あああ!!」



 首に刃が滑り込む寸前だった。

 首筋に、血が流れる感覚が分かる。


 一瞬の甘えすら、コイツの前では許されない。

 酷く体が動かしづらいが、言い訳なんて、聞いてくれるはずもない。

 阻害された状態で、万全の状態を維持しなければならない。

 無理じゃない、やらなきゃいけない。



「ガムシャラなだけじゃ、ダメだよ」



 次の瞬間、視界が白くなった。

 こんなに重い攻撃を受けた事がなかった。

 世界の全てが拳に乗ったかのようで、その衝撃が一ヶ所に集中したのだ。

 意識が飛び退き、火花が散る。


 

「学べ。さあ、今すぐに」


「ぎ、ぃぃいいいい!!!」



 とにかく、その場から飛び退いた。

 常に動かなければ、負ける。

 こんなにも遠いのかと、心底から思う。体だけじゃなく、今のは心にも効いた。

 溢れる血を止められず、あらゆる要素が俺の邪魔をする。もう、膝を折ってしまいたい。だけど、この戦いに負ける訳には、絶対にいかない。


 俺のプライドは、こんなものじゃない。

 アインに、俺は認められたいんだ。

 まだ、俺はやれる!



「折れてないね。なら、もっと、手本を見せてやろう」



 ………………


 本番だ。

 これまでとは、明らかに違う。

 拳や脚とは違って、込められているがまったく違う。

 受ければ、どころか、余波で死ぬ。

 あの時、『神父』との戦いで使わなかったのは、きっと俺たちが弱かったからだ。

 巻き込めば、防ぎきれずに死んでいた。俺たちは、俺は、あの時、やはり足を引っ張っていたのだろう。


 ……悔しい。



「      」



 この衝撃の激しさを、爆発としか表現できない。

 気付けば、壁に叩きつけられていた。

 かろうじて、膝をつかなかった。必死で逃げたから、消し炭にならずに済んだんだろう。

 何故、こんな力があり得るのか?

 いったい、この差は何なのか?

 どうすれば、この差を埋められるのか?


 ……苦しい

 


「足りない事を認めろ。足りないものを自覚しろ。足りないものを求めろ」


「…………」


「もっと強くなれ。君には、立ち止まる暇なんてないはずだよ?」



 容赦なく、アインは強いてくる。

 弱さや脆さなんて、認めてくれない。


 …………痛い。



「君は、ボクと並び立てる素質がある」



 あ



「第二の技」



 やけに、世界が遅く見える。

 走馬灯は、いつ見ても気持ち悪い。

 

 嗚呼、本当に凄まじい。

 こんな事が出来るのは、世界中を探しても、コイツだけだろう。

 ふと上空を見上げれば、そこには、世界があった。

 

 

「『杞憂』」



 呟いた言葉の意味は、知らない。

 だけど、これが、この降り注ぐ世界を指しているのだと分かる。


 逃げ場はなく、そして、被弾は死を意味する。

 


「あ」


 

 


 

 

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