第106話 気だるい
アインの動きは、相も変わらず洗練されている。
水が流れるように滑らかで、火炎のように激しく、疾風のように速く、巨岩のように重い。
欠点と言えば、手足の届く範囲しか攻撃できないというだけで、攻撃も防御も、全てにおいて俺が下だ。
力を凌駕する、技。どんな達人でも、コイツの前では、そこらの素人と同じだ。
完全で、完璧で、針ほどの穴すらも、あってくれない。理不尽なまでの技によって、遥かな高みから潰してくる。
この技を上回る力は、今の俺にはない。
アインの強さである、あの極まった技は、使徒ほどでなければならないのだろう。
力が足りない。
あんな圧倒的な力は、今は出せない。
そうなれるのは、きっと、俺がもっと人間を辞めた時なんだ。
だから、渡り合うために、俺は技を真似るしかなかった。
「おおおおお!!!」
型の稽古のように、様々な技が交差した。
斬り結び、受け流し、流され、打撃での不意打ちや目潰しが飛ぶ。
ここまで対応できた事は、今までにない。
先の先、後の先まで予測し、その上で、反射の速度で動き続ける。
これ以上のない忙しなさに、死にそうだ。
「…………」
「く、ぐ、うおおお!」
なんとか、追い付けてはいる。
展開が、瞬きの内に十も二十も変わる状況に、てんやわんやではあるが。
暴れ馬に振り回されている状況だけど、なんとかギリギリ。
戦況は、拮抗しているはずだ。
俺はこれだけ必死なのに、アインは涼しい顔をしていた。
こんなめちゃくちゃな戦闘を、いつもこなしていたのが信じられない。
その余裕が、恨めしかった。
「悪くない」
剣と剣の打ち合いの中で、やはり、アインの剣の輝きが目立った。
本当に美しい、満点の星空のような。
そんな剣を、正しい技術で使いこなす。
達人を遥かに上回る武を持つ使い手と、奇跡のような魔剣が合わさった。正直、この地点以上の完成形は、俺には想像できない。
「良い」
「おおおおお!!!」
足りない。
どれだけ真似ても、足掻いても、この完成品には及ばない。
なら、今、学ぶしかないだろ!
その技術の全てを、ものにする。
目の前の全部、いや、目の前のものだけじゃなく、これまでの全てを。
「!」
力一杯、アインを斬りあげる。
そのままなら、その軽い体を結界の天井まで突き上げて、叩きつけていただろう。
だが、アインがまともに受けるはずがない。もちろん、アインはインパクトの寸前で後ろに飛んでいた。
一応、直前までは、これまでの剣と変わらなかったはずだけど、まあそれはいい。見抜かれて、対応されるのも予想通り。
「ほう……」
「『炎滅爆方陣』」
アインが地面を踏んだ瞬間、そこは炎によって囲われる。
熱された空気が肺を焼く。触れれば、塵だって残りはしない。
「良い。でも……」
「わかってるよ!」
アリオスに出来る事は、当然アインにも出来る。
魔法なんて、簡単に切り裂ける。
だから、これもあくまで目眩まし。
「そうだ。やれる事は全部試せ」
「!」
炎が晴れる前に、創った岩を投げつけた。
当たれば即死レベルの砲弾。それを、全方位から行った。
その砲丸に合わせて、俺も動く。
二の手、三の手を用意し続ける。
「―――――――」
砲弾の全てが、縦に真っ二つになる。
埃すら立たず、断面はとても綺麗だ。
しかも、全部の砲弾が、ほぼ同時に割られたように見えた。
どうやったか想像も出来ないが、恐れを抱く暇はない。
すぐに、追撃を行う。
「良い、良いよ」
背後から、俺は剣を突き出した。
音を超えて、最短のルートで心臓を穿つはずだった。
だが、途中でピタリと止まってしまう。
視線を上げれば、二本の指で切っ先をつまんだアインが映る。こちらを見つめるがらんどうの瞳に、気圧されそうになる。
怖い、恐い。
でも、止まれない!
足止めのために、地面を隆起させる。
壁を作り、逃げ場を無くす。
そして、上空の魔方陣を発動させる。
「『黒雷柱』」
黒い雷が、降り注いだ。
死角から、奇襲で、最大火力。
逃げ場もなく、間違いなく直撃した。もしかすれば、消し炭になったかもしれない。
それでも、俺は動きを止めない。
次の魔法を周囲に複数準備。俺自身も、隙を突いて追撃に入る。
攻め続けるんだ。
守りに入れば、流れを取り返せなくなる!
「そう、それでいい」
「!」
突き出した剣に、アインの剣の切っ先がかち合う。
完璧に真正面から、まったく同じ力で迎え撃たれた。
ミリ単位でも狂えば、剣の軌道はズレただろう。そんなことになれば、十中八九死んでたぞ?
怖くないのか? なんで、こんな無茶苦茶を通そうとするんだ?
なんでこんな危ない橋を、そんなに平然と歩けるんだ?
恐ろしい。
畏怖とは、この感情のことを呼ぶのだろう。
あまりにも、人として外れている。
だが、それでも。
「負けない!」
準備していた魔法を発動。
俺の背後から、アインに炎の矢が走る。
瞬間、いなされ、転びかけた。
足元を狙って剣を振るうが、アインは炎の矢と同じく紙一重で回避する。
すり抜けるたと思えるほどに、滑らかだ。
圧倒的に、上手い。この上手さ、巧みさの裏をかかないと、傷も付けられない。
「おお!」
鍔迫り合い。
エネルギーによる強化率、素の身体能力は、俺が上だ。
だから、こうした単純な力の押し合いでは、俺が有利なはず。
何故、押しきれないのか、分からない。
びくともしないアインの理屈が、本当にさっぱりだ。
顔に、それが出ていたのだろうか?
アインは俺の方を見て、
「これも技さ」
「!」
「地面を掴み、真っ直ぐに立つんだ。足元は見てないのかい?」
学べ、学べ、学べ。
足りないものは、全部、今、補え!
「うん、良くなった」
「うがああああ!!」
上半身から下半身にかけての、力の移動。
足の裏で体を支える。
全身の力を合一し、押し付ける。
技とは奥深く、補おうと足掻いても、まるで足りない。
同じ技を、ぶっつけで高い錬度で再現した。すると、さらに高い錬度の技を見せつける。また、別の技を引き出してくる。
俺は、強くなる。そして、強くなった分だけ、アイツの遠さを理解する。
絶望したくなる。
でも、俺にそんな贅沢は許されない。
考えないと。
考えながら、体を動かさないと。
絶望する間もないくらい、ガムシャラに。
「互角だね」
「冗、談、きつすぎる……!」
どこが互角なんだ。こんだけ見せつけられて、誉められて喜ぶとでも?
いや、そんな事を考える必要はない。
それより、現状を変える手だてを考えろ。
出来ないのなら、限界を超えて体を動かせ!
「そうだ」
「―――――――」
「君の必死は、十分強い」
抜剣から切り抜けるまで、俺自身でも認識できなかった。
多分、アリオスの歩方を真似たんだと思う。
雷速を上回る、瞬きの閃光。
それが、アインの想定を、初めて上回れた。
アインの肩口から、赤い血が滴る。
傷を与えたことに、俺自身も驚く。
そして、
「良かったよ、今のは」
言葉が出ない。
訓練ですら、一度としてその体に触れられなかった。
だけど、今、ようやく初めて。
喜んでる場合じゃない。目標は、アインに認めてもらう事だ。こんなの、目標のための第一歩でしかない。
なのに、とてつもなく、嬉しかった。
「…………」
「だから、もっとギアを上げよう」
次の瞬間、思わず震える。
アインの雰囲気が、大きく変わった。
本番はこれからだと、言わんばかりに。
「さあ、頑張りなよ? ここを越えれば、べた褒めしてあげるから」
そう口にした途端、世界は、俺に牙を剥いた。
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