第67話 意地悪な大人に目をつけられたのが運の尽きだね


 おかしな事になっちゃったなあ。


 だってさあ、そもそもオーダーがおかしいと思わん?

 こんなもん出来る訳ねぇじゃん。

 確かにボクは出来る事が人より多いけど、出来ない事は出来ないよ。

 分かってる? ボクだよ?

 世界で最も暴力を振るうことに長けてる、人間以上の何者かだよ? 少なくともラブコメに登場するキャラじゃねぇよ。出る漫画間違えてるよ。

 明らかに人選ミスでしょ?


 まあ、ボク以外に人が居ないんだけども。


 さーて、弟子になれとかなんとか言ったけど、実は結構考えあっての事なんだよねぇ。

 一番分かりやすいでしょ? アクション起こしやすいんだよ、このポジションは。

 クロノくんを神にするのに、クロノくん自身の強さは必須。今彼が神になっていない理由は、彼が強くないからその力を扱えないから。前回の騒動で大分レベルアップしたけど、まだまだ全然足りない。

 現状、進捗率は三割って所だ。今じゃ、弱すぎてお話にもならない。

 どんだけ頑張っても彼って、今のところは山を蒸発させるくらいでしょ? 空間を隔絶して、理性溶かして、『神気』を解放までしてやっとだよ?

 少なくとも、どこぞの預言者みたいに海を割るくらいはしてくれないと。

 ちなみに、ボクがマジなら海を蒸発させられる。その後で蒸発させた海を元に戻せる。ホントにこの情報は必要ないけども。

 

 まあ、何回も言ってるけど、彼を本格的強くするために、越えられないくらい凄まじい試練が必要になる。

 でも、大事件は起こせばメンドイのに気付かれるし、ちょっと動きにくかったんだよ。

 しかも、急いでないとはいえ、のんびりする理由もない。手をこまねいて、いつまでも動かないのは違う。慎重になりすぎて無駄な時間を食ってバレるなんて、本末転倒だし。


 そこで、師匠役だよ。


 ボクという指標を示してあげる。

 クロノくんもがむしゃらに頑張ってるけど、がむしゃらに独学で頑張るだけじゃあ、足りない。

 今の彼じゃ、正しい努力が出来てないのさ。

 そりゃあ努力すれば強くなるけど、効率が悪すぎる。彼は、自分の事が全然見えてないからね。

 ボクたちは、彼を強くしなきゃいけない。

 いつまでも足踏みしてもらっちゃあ、困っちゃうんだよね。

 

 小さくてもやることをやらなきゃ。

 劇的でなくても、やれる事はやる。

 ボクが直接鍛えるっていうのは、ベストじゃないけどベターではある。

 悪手っていう訳じゃないし、暇なんだからやるしかない。 

 メインクエストが進められないなら、サブクエストで時間を潰すのさ。たまには、お使いクエストに身を任せるのも一興だろう?


 というわけで、地道に実力を付けさせてる。

 これまでのゴタゴタは、まー、体力を付けさせる的な? 『神気』もエネルギーだから、扱うには肉体の容量と技量が必要だ。前者が足りないとそもそも力に体が耐えられないし、後者が足りないと理性ボロボロなクロノくんみたいになっちゃう。

 手っ取り早いから、容量を増やす事を優先させてるけど、技量関係はおざなりだった。

 一朝一夕じゃどうにもならんし、使える力が増えれば勝手に力の使い方を学ぶから、まあええかってなってたんだよねぇ。

 本能だけで、それなりの技術は身に付けてたし。


 でも、これからは違う。

 ボクが技量のレベルも引き上げて、完璧な神を目指させる。

 現状、クロノくん、エネルギーの使い方がヘッタクソ過ぎて論外だ。

 学生としては十二分だろうけど、彼は『人』の領域を越えてほしい。

 もっともっと、上を目指してもらわないと。

 

 これは、クロノくんの今の目的にも合致してる。この前の事が悔しくてしょうがないみたいだ。

 ボクの方が強いのは、流石に分かるみたいだし、教わるのだって是非もない。

 強くしてやろうってんだから、クロノくんも嬉しいはずさ。

 


「あぁぁああああああ!!!!」



 うん、悲鳴がとても心地良い。

 この歳にもなると、キレイなものだけじゃ心を満たされなくなってくる。酸いも甘いも知ってこそ、人は大人になるってね。

 喜びだけじゃなく、苦悶も楽しめるようになってこそ、一人前だよ。

 でも、ちょっと飽きてきた。流石に三十分はやり過ぎた?他の誰かのも聞いてみたいかも。

 ……悪の組織の幹部みたいなこと言ってんな。



「頑張れ頑張れ。君ならもっと出来るだろ?」


「あ、あ、あ゛あ゛あ゛!!」


「クソ野郎が!」



 クロノくんが苦しむ様を眺めながら、面倒くさいのの相手をする。

 ボクは善意百パーなんだけど、全然良い顔してくれない。

 こんなに彼の要望にピッタリのご奉仕してあげてるのにさー。

 ま、そもそも、ボクの事を信用してくれてないし、何をしても納得しないんだろうけど。

 


「君たち、弱いねぇ」


「く……!」


「お、あ゛あ゛あ゛!!」



 ナイフによる後ろからの心臓への一突きを躱して、手首を掴みあげる。

 面白いくらいに睨み付けてるな。

 クロノくん以外には、全然丸くなってねぇ。

 しょーがねーから、ツンケン娘の顔を掴みあげて、クロノくんの方を向かせる。

 特に意味はない。普通に嫌がらせだ。

 


「見なよ。ボクが貸し付けた魔力に呑まれかかってる。制御出来てないから、体が朽ちかけてる」


「……! 今すぐ止めさせなさい!」


「やだよ。それじゃ、意味がない」



 この訓練、結構頑張って考えたんだよ。

 なんせ、実体験から考案したからね。

 ボクも昔やったからなあ。暴れ狂うエネルギーを外部から取り込んで、自分のなかで飼い慣らすんだ。

 肉体のスペックだけじゃ、絶対足りない。

 空中の星の魔力を取り込むのが、水を器に入れる事だとすると、今回のは暴風雨の中で汲んでこいって言ってるようなもんさ。


 当然、ミスりゃ、死ぬ。

 

 でも、ボクは優しいからね。

 鍛えるっていっても、別に命の危機に瀕したりはしない。

 ボクが付いてるんだし、絶対安全さ。

 だから、ただ、相応に苦しみ抜けって言ってるだけなのに。



「ちゃーんと、力をコントロールしなさい。苦しむだけなら猿でも出来るじゃん。何のための時間よ、これ?」


「ぎ、ぎぃぃいいい!!」


「ホント、根性が足りてないっていうか……あ、聞こえてないな、これ。じゃあ、アドバイスも無意味だな」



 顔を精一杯逸らそうとするツンケン娘を離す。

 ちょっと押せば、上手く地面にキスしてくれた。

 生意気なのにはこれくらいが丁度良い。

 前回散々引っ掻き回してくれたことへの仕返しとかじゃないぞ?

 文句言うこいつが悪いんだ。

 

 やれ、『こいつは信用ならない』だの、『こいつはアンタを遊び殺す気しかない』だの。

 心外だよね、まったく。

 そんなこと、ちょっとしか思ってないのに。

 

 親切心が七割くらいさ。

 大抵の事は頷いてあげる。

 だから、ツンケン娘の文句も受け入れてあげた。

 もしもボクに一撃入れられるなら、イジメるのを止めてあげても良いってさ。

 まあ、出来る訳ないんだけどねー。



「ほら、貸してみ」


「あ、あ、あ、」



 倒れそうになるのを、助けてあげる。

 大分楽になったみたいだね。

 死体から、今にも死にそう、にランクアップした。

 意識は朦朧としてるけど、言やあ聞こえんだろ。

 


「普段、どんだけ雑にエネルギーを扱ってるか分かったか?」


「…………」


「内臓の働きを普段から操れ。ホルモンの分泌を自力で行え。肉体の稼働を意識してやれ。今してるのは、そういうことだ。反射や機能に頼らず、自力でやれ。そこまで出来るようになれば、もう少しマシになる」

 


 やったなー、マニュアルで全部やるやつ。

 普段、体はオートマであらゆる生命維持に携わる機能を回してる。

 生きるのに、いちいち頭で考えたりしないじゃん。

 魔力に関してもそんな感じ。

 体の中で貯めた力っていうのは、貯める過程も、それを吐き出す過程も、全部身体機能によるもの。『魔道』を巡らせてうんたらかんたら、とか、まあこの辺の説明はどうでもいいか。

 普段は意識しない機能を意識する。それらを全部、オートマで行う。

 ミスりゃ、普通に死ぬよ。でも、今だけは、それが出来なきゃ死ぬ。

 今、ボクはそれをクロノくんの体でやってる。

 普通は意識する訳がない事を、してあげてる。


 ほっといたら、魔力が暴走して死ぬし。

 手本を見せてないのも、ダメだったかもね。



「全部を完璧にしなさい。感覚に任せるな。それじゃあ、ズレが出ても修正出来ない」


「う、あ、」


「死ぬ気でやれ。出来ないのなら死ね」



 クロノくんを投げ捨てる。

 雑に扱っても、まあ死なない死なない。

 やり方は今一瞬見せたし、感覚でなんとなく理解しただろ。

 要は、死ぬほど細かく力をコントロールしろって事だし。

 特段難しいこともしてないから、大丈夫だろ。

 


「あと、君もだ。いくらなんでも工夫が足りなすぎるよ?」


「ぐ……! この……!」



 こっわ。

 ノータイムの急所への魔法ヤバ。この近距離で雷系統の魔法とか、ボクじゃなきゃ躱せてないよ?

 ていうか、『魔王』が体から居なくなったのに、能力値高すぎん?

 いや、そもそもアレの依り代として産み育てられたんだから、当たり前か。

 


「君、自分の出来る事と出来ない事の線引きも出来ないのかい?」


「この、化け物め……!」


「ヒドイなあ。ボクが持ってる魔力のほとんどをクロノくんに貸してるんだから、今ほぼ生身だよ? 君たちの方が、今はよっぽど化け物さ」



 あ、クロノくん、コントロールが安定してきた。

 流石に三十分も苦しみ抜いて、それでお手本も見せたしねぇ。

 進展なしならむしろガッカリだったよ。



「可哀想なくらい弱い子たちだ。ボクがしっかり守らないとなあ……」



 出来れば、これでやる気出して欲しいなあ。

 神経逆撫でする言葉を投げ掛けられただろうさ。

 なにクソって思えないなら、しょーじきどうしようかとは思ってた。

 まあ、大丈夫だろ。

 これを機に奮してくれる事を願うよ。



「それがクリア出来たら、もっと厳しくいこう」



 出来るだけ早く、強くなって欲しい。



 ※※※※※※※※※



「あんの、クソ女!」



 リリアは、クロノに肩貸しながら歩く。

 速度は牛歩で、目的地までは遠く、外も暗い。

 全身泥だらけなので、さっさと湯浴みをしたいのに、それまでの道程は長くなりそうだ。

 長い故に、嫌みなほどに、思い出す。

 舐め腐った言の葉の数々を、鮮明に。



「散々、上から、目線で、偉そうに……!」



 思い出す。

 圧倒的な実力差を。

 傲岸不遜な態度とは裏腹に、垣間見える鍛練の厚みを。

 


「クソ、クソ、クソ……!」



 逆立ちしても、勝てないと思ってしまった。

 実際にその通りだったのだが、イメージが折られてしまったのは、いけない。

 自分が格下だと、心から認めてしまったのだ。 

 業腹なこと、この上ない。

 


「クソ……」



 リリアの苛立ちは、止まらない。

 自分へのいたぶりがとんでもなく執拗で、とにかく腹が立っただけではない。

 クロノへの数々の暴言が、許せなかった。

 のたうち回り、苦しむ彼へ、時間の限り罵り尽くした。

 弱い弱いと貶めて、人格を散々罵倒し、挙げ句には溜め息を吐く。

 その全てが、クロノという人間を、汚していた。


 許せなかった。

 自分の大切なモノを侮辱するアインが。

 それを止められない、自分自身が。

 


「ごめん、なさい……」



 思わず、涙が零れた。

 そして、



「い、や、弱い、俺が、悪い……」



 弱々しく、すぐ側から声が聞こえる。

 意識を取り戻したクロノからだ。



「ク、ロノ……」


「鍛えて、くれと、言ったのは、俺の意思だ……」

 

 

 身体中、傷だらけだ。

 膨大な暴れ狂う魔力を制御しきれず、先程まで体が崩壊しかかっていたのだ。

 疲弊しきったクロノとリリアの代わりに、アインが最低限治したが、それでも傷は深い。

 いわく、『あとは自力で治せ』とのことだ。

 


「期待に、応えられない、俺が、とやかく、言えない……」


「で、でも、」


「他の皆にも、言わないで、くれ……何か、が、掴めそう、なんだ、何か、が……」



 流石に、止めなければならない。

 たった一回の修行で、ここまでになったのだ。

 みすみす死にに行かせるようなものだ。

 だというのに、

 


「頼む……少しだけ、アイツのところへ……」


「…………」



 アインは、最悪だ。

 礼儀も、敬意も、好意もない。

 人を人とも思っていない。間違いなく、十や二十では利かない数の人間を殺している。

 命を弄ぶ事への忌避が、一切ない。


 だが、アインは、



「アイツは、強い……アイツから、学べば、きっと……」



 これ以上ないほどに高い、実力がある。



「……分かった。でも、あたしも付いてくから」


「え、でも、」


「アンタ一人に、させられるもんですか……! 絶対、嫌だからね!」



 学ばなければならない。

 どれだけ悪かろうと、チャンスには変わらない。

 力は、誰しもが求めている。

 その渇望は、理解できるものだった。


 リリアは、その願いを邪魔しない。



 

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