第34話 『あ、やべぇ! アイツら見失った!』『何してるんですか、早く特定してください!』


「危なかった、です。本当に」



 アリシアは、歪な笑みを浮かべながら独り言ちる。

 口から漏れた血を拭っているが、そこ以外で目に見えてダメージがあるようには見えない。

 当たれば余波でも気絶するほど強力な衝撃波の直撃と、上空十数メートルから叩きつけられたダメージがあったはず。だが、そんな事実は無かったと言わんばかりに、ピンピンしている。

 


「『空間転移』の可能性、頭から抜けていました。貴方の奥の手、使えば使うほど酷く消耗してましたから。奥の手を使わせ続けて、削る事が目的だったので、余計に気付くのに遅れましたよ」



 言葉を紡ぎながら、魔法を編み上げる。

 どんどん、どんどん、加速度的に。

 追撃されることはまったく考えていない。もう既に、詰み筋が見えたからだ。

 後は、どう押し潰すか。

 それ以外はもう考える必要がない。



「本当に危なかった。油断です。デコイを展開していたのに、まさか見抜いていたとは。私は貴方を随分と過小評価していたようです」



 もう、クロノは動けない。

 アリシアの攻撃を周囲から守るため、防ぐため、攻撃を行うため、何度も無理をした。

 大魔法を瞬時に使えるほど凄まじい、染み付いているとすら言える適正があるくせ、消耗はそれに見合わない。魔法に対する練度不足と、消費が大きすぎる基本構造故だろう。

 クロノの魔力は、他の人間と比べても頭二つは抜けている。

 だが、クロノには、魔力行使を効率化してくれる武器も、無駄を削ぎ落とす技量もない。

 

 しかも、



「だから、念入りに。確実に半殺しにします」



 踏み込んだ瞬間に、攻撃を喰らった。

 アリシアが肉体にストックしていたカウンターの魔法だ。

 だが、そんな魔法を発動する暇がどこにあったか? 咄嗟の状況下で、どうやってクロノにそんな強力な攻撃を加えたのか?


 魔法は大きく分けて、陣の構築、魔力流入、発動の三段階が存在する。さらに細分化すれば、さらに様々な段階があるが、今は構わないだろう。

 今回アリシアが行ったのは、発動の遅延である。

 アリシアは陣を構築、そこに魔力を流し込みつつ、発動をせずに待機状態を作り出した。

 発動のトリガーは、対象クロノが半径二メートル以内に接近した時。

 重力によって叩き落され、雷が追撃し、四肢を鋼鉄の刃によって縫い付けた。

  

 凄まじい高等技術だ。

 様々なパーツから銃を組み立て、発砲するのが魔法だとする。

 発動寸前の魔法の蓄積というものは、銃の引き金を引いた後、既に火薬によって弾かれた銃弾が、発射口で勢いをそのままに止まっている状態である。

 つまり、普通ならあり得ないのだ。

 学生の域を越えた魔法技術なのは、確実だった。



「このまま失血で半死になるまで待っても良いですが、念には念を。私はもう、貴方を過小評価したくないので」



 殺す寸前までなら、何をしても構わない。

 使う魔法の種類は、精神操作系統。

 空白のストレスを与えて、心に徹底的に負荷をかけ、人格を傷付けるためのもの。

 この後、完璧にアリシアの操り人形にする下準備だ。

 拷問のための禁止された魔法も多分に含まれていた。知っている事すら許されないような、非人道的な行為である。


 受ければ、廃人は必至。

 そして、アリシアの奴隷として完璧な新しいクロノが出来上がるだろう。

 場所はどこでもない荒野。助けてくれる相手は、数十キロは彼方だ。



「では、さようなら」


「…………」



 詰み、終わり、終局。

 虫の標本のように地面に縫い付けられ、動けないままに脳をやられる。

 望みは果たせず、せっかく出来た友人は置いてけぼり。

 師の期待も応えられず、バッドエンド。

 これから訪れる未来の全ては、アリシアのためだけに捧げられる。

 

 あっけない。

 何とも、空虚だ。

 とても、口惜しい。



 しかし、



 


「え?」




 発動中の魔法の全てが、無効化される。




「な、なんで……?」


「う、おおおおおお……!」



 刃が肉を裂く、嫌な音がした。

 グチャグチャに血を飛び散らせながら、四肢を貫通し、地面にまで深々突き刺さった刃から、身を引き抜く。

 立ち上がった姿は、とても弱々しい。

 放っておいても死ぬだろう。今さら、何かをするのも無駄に思える。

 しかし、嫌な威圧感を感じる。

 本能が『これはいけない』と訴える。



「まだ、まだ……!」



 クロノの気配が、変わっていく。

 空間が捻じ曲がり、壊れていくのが確認できた。

 時間が巻き戻るように修復されていく傷に、クロノ本人は気付いていないようだ。

 

 分かる。


 これから、クロノは攻撃をしようとしている。

 この意味不明な力を用いて、だ。

 危険どころではない。アリシアは凄まじい早さでデコイと撹乱、防御の魔法を発動する。

 しかし、



「かはっ!」



 その全てを無視して、クロノの攻撃は当たった。

 何をしたのか、見えもしない。

 思わず続けた防御や反撃もせず、ゆるゆると頭を上げてクロノを見る。

 彼は今、拳を振り抜きた姿勢で止まっていた。

 虚空を殴りつけたのだろう。そして、その拳が距離を無視してアリシアに当たったのだ。

 

 無茶苦茶な魔法だ。

 しかし、今はそれどころではない。

 そんな無茶苦茶よりも、あり得ない攻撃よりも、まずクロノを見て注目するのは、



「なに、その、目は……?」



 クロノの目は、幾何学な陣を描いている。

 アリシアでも微塵も読み取れないほど複雑で、信じられないほど高性能な魔眼である事しか、分からない。

 人の手にあっていいものではない。

 あり得ない力に、体が竦む。

 そして、



「あ」



 背後から、衝撃を受ける。

 クロノとは違う、他の要素。

 その正体を掴む事もなく、アリシアは意識を手放した。


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