第20話 え、ボクってろくでもない女のカテゴリ?


 男子寮、とある一室。

 その高級感を見て、本当に寮の一部屋かと疑問になるだろう。

 明らかに異質、明らかに過剰。

 十人に聞けば、十人がそういうに違いない。

 だが、そこがクライン王国の国立魔法学園、その特進クラスの寮であると聞けば、納得するのだろう。 


 特進クラスは寮の最上階に設置されている。

 全部で十五階ある建物の、その階層は、特進クラスのためだけのものなのだ。

 最上階、全部で十ある部屋の中で、七つが空き部屋となっているのは、該当者が居なかった事の証左である。

 特進クラスは、最大で十人まで。だが、椅子は常に埋まっている訳ではなく、他の生徒とは一線を画す人材にのみ、座ることを許される。

 故にこそ、与えられる特権は大きい。

 あからさまに高級な部屋も、その一つ。ベッドから椅子や机、備え付けの万年筆まで高級品で統一され、高級ホテルのようなサービスが整っている。


 クロノは、その天国のような環境を、若干慣れないと不満を抱く。

 欠伸を噛み殺し、時計を見て、まだまだ余裕があることを確認した。

 ベッドを自分で整え、まだ頭が寝ぼけたままな事を自覚していた。フラフラと歩き、顔を洗うまで、半目のままで活動していた。

 目が覚めてからは早かった。

 それから身支度を整え、一日に必要なものを用意する。起きてから扉を開けるまで、およそ十分。師の元で生活していた時からは考えられないほど穏やかだ。

 起きぬけに攻撃されることもない。不意打ちに警戒する必要もない。食事に毒が仕込まれている事もない。

 平和を噛み締めながら、下の階にある食堂で朝食は何を頼もうかと考えた。

 そうすると、



「おはよう、クロノ」


「アリオス!」


 

 クロノは、初めての友、アリオスに、優しく微笑みながら返事をした。

 あまり表情が豊かではない友人ではあるが、感情の起伏が乏しい訳でもないと知っている。

 積極的に近付く事が正解だと、自然とクロノは理解していた。



「今日も授業が楽しみだな! どんな事を学ぶのか、ワクワクする!」


「珍しい感性だな、今更だが」


「授業って、全身の骨を折られたりしないだろ? 話を聞くだけなんて楽だよ。初日の授業も、いつ先生が攻撃してくるかドキドキしてた」


「何だ、それは? 意味が分からんぞ?」



 何もない事を有難ありがたがる神経が、アリオスには理解出来ない。

 無難というものが、人生に致命的に欠如していたようだ。

 


「師匠は、人をなぶるのが大好きだからな!」


「お前が語る内容は、本当に同じあの英雄の話をしているか不安になってくるな」


「俺もだ! 師匠は優しくて偉大な人物では絶対にないからな!」

 


 アリオスは、ドン引きしている。

 音に聞く英雄の影の部分を聞いているのが微妙な心持ちにさせるのと、それにしごかれてきた彼が理解不能だからだ。

 毎日の拷問のような苦痛の上で、こうして笑っているのだから、奇跡的としか言いようがない。

 強くなった理由がコレとは。

 関わっていて、アリオスは多少悲しくなる。

 


「それで、次の勝負はいつする? 今日は一日空いてるぞ?」


「魔力なし、剣技だけだぞ」


「分かってるよ! 俺も、師匠以外のやり方をもっと学びたい!」



 無邪気な子供のようなクロノの素直さに、アリオスは心配を隠せない。

 いつか、致命的に騙されると思っている。

 少なくとも、自分と共に学園に居る間は嵌められないよう目を光らせておかなければ、と。

 だが、らんらんと目を輝かせるクロノは、呑気で、それでいて活動的だ。気が付けば視界から消えていそうで困る。うろちょろと動き回られては、自分だけでは手に負えない。

 何とかならないかと、頭が痛くなる。

 


「はあ……いつも楽しそうで良いな、お前は……」


「アリオスは前より自然な感じがして良いな! そっちの方が俺は好きだぞ!」



 また、溜息が出る。

 人の悪意というものに対して鈍すぎる友の行く末への思案が、杞憂に終わることを祈った。

 自分を信頼してくれるのも嬉しいが、良いと思った相手を手放しで信じようとするのもどうなのか?

 目下の最大の心配は、コレである。

 せめてもうひとり、クロノの事を見て、色々と教えてくれる人間が居ないかと考えてしまう。女子陣は未だに良くわからない。教師たちは教え導くことはあっても寄り添いはしない。

 どうしたものかと、首をひねる。



「クロノお前、俺以外でクラスの中で仲良くしたい奴とか居るか?」

 

「? 皆と仲良くなりたいって言ったぞ?」


「……特に誰か居ないかって話だよ」



 クロノは眉間にシワを寄せて、むむむと唸る。

 とても、選び難い選択をしているようだ。

 そんなに真剣に悩むことかと思うのだが、クロノには重要なことなのだろう。

 散々に悩み抜き、そして、



「アインかアイリスだな……」


「……アイツらか。あまり良い趣味じゃないな」



 人選にも、本気でセンスの悪さが光っている気がした。

 他の二人を選んだのなら、まだ分からない人間の人柄を知りたいという好奇心から納得は出来る。

 しかし、ある程度知っている人間の中で、ここを選んだ。

 アリオスもそれなりに良いも悪いも含めて、様々な人間を見てきた。

 見てきた上で、これなのかと問いたかった。

 溜息混じりにアリオスは言う。

 


「アリシアは、アレは良くないぞ? 俺も人のことは言えないが、アレは骨の髄まで貴族だ」


「アリオスみたいな奴ってことか? じゃあ、なおさら仲良く出来そうじゃん」


「そんな訳あるか。アレは、嫌味なくらい貴族で、政治家だ。打算もなく動くような人間じゃない。最近、お前に近付いたのも、裏がある」



 クロノは、ぽかんとした顔をしている。

 いまいち意味が分かっていないらしい。

 どう説明したものかと、天を仰ぎたくなった。

 


「でも、そんな気はしなかったぞ? 師匠みたいに悪意満載な訳じゃないし、むしろその逆な気がした」


「別に、嘘を吐くだけが芸じゃない。本心を膨らませて話すのも、反する想いを抱えながら相手の都合のイイ面だけを見せるのも、全部含めてやり取りだ」



 お前なんて簡単に騙せる。

 相手も自分も、心など簡単にコントロール出来る。


 それがようやく分かったのか、どことなく間の抜けた顔でクロノは納得していた。

 奥が深いんだなあ、と腕を組んで、口の中で転がしている。

 


「つまり、真正面からぶち当たったら仲良くなれる、てことか?」


「何でそうなる?」



 本気で呆れかけた。

 バカもどれだけ突き抜けているのか、と。

 なんなら、もう一度説明してやろうかとアリオスが語ろうとして、



「お前の時と同じだ。全部をぶつけ合って、吐き出させれば友達になれる!」


「お前な……」


「分かってるよ。まず、そのための土台を作らないとな」



 意気込む彼に、アリオスは閉口する。


 真摯に、向き合おうとしているのは分かる。

 不器用ながらも、一人の人間として、立ち向かおうとしているのだ。

 その心意気は、いい加減なものではない。

 だが、問題なのは、ぶつかろうとしている相手は、アリオスとは違って遥かに繊細だということだ。

 やはり自分が支えなくてはと、心底思う。

 さらに、



「そうしていけば、アインも相手をしてくれる」


「……相手する、か」



 同じことを、考える。

 恐ろしく冷たい、少女のことを。

 

 思えば、アレは誰も相手をしていないのだろう。

 目の前に居る人間を、邪魔とも思ってはいまい。

 アリオスはアインに対して、執着を見せなかった。

 今さら執着するつもりもないのだが、やはりその時のそれは、明らかに自分を越えてきたクロノへの嫉妬、負けてはいないという自負から。

 だが、心の何処かで、思っていたのかもしれない。

 これを相手にはしたくない、と。

 


「……間違いなく、アレはろくでもないぞ?」


「そんなこと言っちゃ駄目だろ。アイツは多分、俺と一緒さ。関わる機会がなかったんだ。そんで、俺と違って、人に興味を持てなかった。なら、」


「自分がきっかけを作る、と?」



 だが、クロノには関係のないことだ。

 どんな相手でも、ぶつかる事が一番最初。

 理解を与えることに、躊躇いはない。

 アリオスからすれば不気味極まりない相手だが、クロノからすれば、いつか友人になれる人なのだろう。

 恐れ知らずか、バカか、器が広いのか、とても判断に迷うところだ。

 


「アイツも、多分根っこは俺と、俺たちと変わんないさ。何かを、求めてるんだ」


「……そうなのかね」



 求めている。

 アリオスからすれば、そうは思えないほど、暗く、冷たい目をしている気がしたのだが。

 クロノは、違うものが見えていたらしい。

 人とは違う、別の目線で。  

 そして、

 


「あ、クロノっちにアリオス様じゃん、チーッス!」



 現れた男に、クロノは歓喜を、アリオスは警戒をそれぞれ示した。

 男子寮の最上階には、現在三人しか使用者は居ない。

 クロノとアリオス以外の、もうひとり。

 チャラついたアクセサリーを無数にまとい、制服も大分着崩している。眩い金髪がトレードマークの、クロノたちと比べても背の高い男だった。

 ラッシュ・リーブルムだ。



「……お前、また朝帰りか? 夜遊びも大概にしておけ」


「アリオス様ぁ、勘弁してくださいよぉ。俺から女の子取っちゃったら生きてけないっす!」



 どこまで本音なのか、まったく掴ませない。

 軽薄な印象で、吐く言葉も変わらない。

 踏み込ませない、踏み込まない。

 浅い関係性を望んでいるのを、悟らせる。



「クロノっち、今日も元気そうだねえ! アリオス様とつるむようになって、なんか明るくなったよ!」


「そ、そうか? なら嬉しいな……」


「俺は野郎とよろしくやる気はないけど、クロノくんが羨ましいよぉ! この学園で、そういう損得抜きの関係って築くの難しいからさ! 大事にしなよぉ?」


「もちろんだ。忠告ありがとう」



 欲しい言葉を、見抜いて、くれる。

 優しいのではなく、処世術のひとつとして。

 クロノとは違い、軽さに隠れたそういうドライなところが、アリオスには不快だった。

 あと、くれる言葉に無邪気に喜ぶクロノが大丈夫なのかと思えてくる。

 


「じゃあ、俺たちも友達……」


「そう言えば、今度君ら、アリシア嬢の所に行くんだっけ?」



 ラッシュは露骨に話を逸らすが、クロノは特段何も追求はしない。

 しない方が良いと思ったのではなく、新しい話題に食いついたからである。



「そう、そうなんだよ! 今度アリシアに呼ばれてるんだ! お呼ばれなんて初めてだから、楽しみで楽しみで……」


「お、おう、そうなのね……」

 

「ラッシュは来ないんだな? 折角なんだから、来たら良いのに」



 引き気味のラッシュは、若干ぎこちなく笑う。

 予想以上のクロノの熱量に押され、さらに『そこまで喜ぶことなのか?』と普通に疑問だった。

 一瞬突っ込まない方が良かったかもしれないとも思ったが、すぐに冷静さを持ち直す。



「俺は良いや。別に用事があるからな」


「えー、もったいない」


「こんな機会くらい、この先いくらでもあるだろ。それに、」



 出かけた言葉を呑み込む。

 言ってはいけないものだったと、直前で気付いた。

 そのお呼ばれに付いて行くというあの少女が恐ろしい、などとは、口が裂けても言えない。

 自分の中にある安いプライドの話だが、直接口には出したくはない。

 それに、下手なことを言ってしまえば……

 


「まあ、楽しんでおいでよ。お土産話は期待してるさぁ」


「そうか、分かった」


「じゃあ、気をつけてね?」



 歌うような軽い調子で、ラッシュはフラフラと去っていく。

 本当にこの後の授業に出るのかも疑問な足取りの軽さだ。

 アリオスは呆れた様子で、

 


「何がしたいのかいまいち分からん奴だな、アイツは……」



 喜んでいるのか、疎んでいるのか、嘲っているのか、忠告しているのか。

 のらりくらりとして、掴みどころがない。

 廊下にはもう彼は居らず、既に部屋に戻っているらしい。

 誰にでも距離を置いて話すような掴みどころの無さが、霞のように思えてくる。

 


「まあ、良いじゃないか。今はこんなでも」


「……本当に、アレとも親交を深めたいのか?」


「当然だ。じゃなきゃ、師匠の元を離れて、学園に来た意味がない」



 人への期待。人への希望。

 変わることのない輝きがある。

 そこには、自分を救ったナニカがある。

 アリオスが思うのは、それを自分こそが守らねばという、強い決意だ。

 決して、この意を曲げさせてはならないという使命感だ。


 故にこそ、アリオスは追従する。

 せめて、手の届く範囲では守ってみせると。



「……明日の招待、楽しみだな」


「だな!」

 


 クロノにその意味が分からなくても構わない。

 この忠誠は、歪むことなく在り続ける。



 

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