第19話 あ、ちなみにボクの出自は教主が偽情報を流してくれてるよー


 あはー、してやられたよ!!

 このボクを巻き込んで、制御するとはね!

 事前に上手いこと餌を用意して、釣る技術の長けていること甚だし!

 屈辱だよ、こんなことは!

 別に他人の言う事聞くのは嫌じゃないけど、出玉に取られるのは違うじゃん!

 まさか、こんな事になるとはね!

 


 はああああああ…………!



 さて、これからどうしようか?

 一応何かしらの付いて行く理由を付けて、クロノくんとは無関係だってアピールするのが大事だな。

 彼に対する執着を悟られるのは避けたいし。

 あ、そうだ。ボクはクールなミステリアスキャラを貫けてるみたいだし、何で付いてきてくれたのか分からない、でも良いかもしれない。

 敢えて語らず、想像の余地をもたせる。

 あの幸薄ちゃんは頭良さそうだし、勝手に自分で納得できる合理的な理由を見つけるだろう。


 本当なら、別にこっそり付いて行くでも良いんだよ?

 でも、ボクはクロノくんを利用したい。いずれは、計画のために使いたい。

 だから、ある程度の信頼関係は必要なんだよね。

 信頼関係があれば騙す事は簡単だし、もし不意打ちしたとしてもかなり気付かれにくくなる。そんなことする必要はないかもだけど、やるべきことは全部やらなきゃ。

 今回のことも、まあ、布石の一環だ。


 さて、幸薄ちゃんの目的は何かな?

 それによって、ボクも立ち回りを変えなきゃだけども……


 え、急に落ち着くなって?

 いきなり理路整然とし始めて怖いって?

 いいじゃん、別に。

 吐き出したいもんは吐き出したんだから、もう怒る意味ないかなって。

 時間は有限。やらなきゃな事はサクサクやってかないと、すぐに過ぎちゃう。

 ボクなんて、人より長い時間を生きてるからね。ゆっくりすることが当然なんだから、光陰矢のごとしってのを頭の中に置いてないと。


 じゃあ、話を戻そう。

 幸薄ちゃんが何を考えているのか?

 

 現状、流石に手がかりが少なすぎる。

 判断するには、背景とか目的を知りたい所だ。

 でも、ボクは彼女と仲良くお話するような間柄じゃないからなあ。

 話をして情報を引き出すのはちょっと、不自然にだしね? 

 しかも、そういうのを特化して育てられたプロに、ボクみたいなニワカが勝てる訳ない。

 

 ボクは、自然を愛し、自然の中で育った自然児だからさ。

 人特有の権謀術数やらは、ちょっと専門外。

 別に、ボクの頭が悪い訳じゃないよ? 

 ややこしい事をいっつも考えてる人間が悪い気がする。そうに違いない。

 もっとシンプルに生きてりゃいいのに、皆は複雑なのが好きだからなあ。


 他の誰かに任せる事も出来ない。

 こういうのは、関係性が無いと出来ないからね。

 ボクに変身して喋れる奴はひとり居るけど、問題ありすぎて論外だな。

 特に人格にギャップが出来るのが駄目すぎ。

 マジで『この時のお前本当にお前だった?』とか言われたら笑えんわ。

 

 ボクは、情報が欲しい。

 でも、情報を正攻法で引き出せない。

 なら、外法に頼るのがボクなんだよねえ。

 

 

 はい、というわけでやって来ました、幸薄ちゃんのお部屋。

 いやー、やっぱり手っ取り早くていいね!

 交渉とかのまどろっこしいやり取りをすっ飛ばして、無理矢理攻略しちゃえるのは、力がある奴の特権だ。

 潜入は割りと得意だし、特技を活かすやり方は選べるなら選んだらいい。


 なに? 不法侵入?

 細けぇこたぁ良いんだよ。

 侵入されるようなセキュリティしてる方が悪いね。


 鍵の他にも何故か別の結界が三重くらいにかけられてたけど、ボクからすれば無いのと変わらん。

 波長を見つけて、同化して、すり抜けた。

 ガチガチ後衛職の魔法使いは、基本的に身を守るための結界張ってるからね。対人するには、この手の技術はなかなか役に立つ。

 

 さて、そうと分かれば物色しようか。

 ゲヘヘへへ、JKの部屋ぁ……!

 うん、言ってみたけど、流石にキショいな。

 若い女の子に興奮する時期は、もう四百年以上は過ぎ去ってるね。

 

 まあ、興味ないからって貴重な機会を投げ捨てるのも違うかな?

 一応、見ておく?

 若い女の子の私物を物色してみる?

 机にペンとか置きっぱだし、あの辺のクローゼットは私服があるだろうし、あの辺の箪笥には下着が入ってたりして。


 んーーーーーー??


 駄目だな、うん。

 遥か昔はこれで喜べた気がするけど、何ていうか枯れちゃったなあ。

 試しにやってみたけど、流石に時間の無駄だったか。

 え、今何やったのかって?

 少なくとも、普通の女子なら泣くようなこと。

 全部元に戻したから、バレやせんバレやせん。


 さて、本題に戻ろうか。

 幸薄ちゃんが何を考えてあんな提案したか。

 

 幸薄ちゃんは、計算無しに行動はしない性格だ。

 メリットとデメリットを秤にかけて、メリットが勝つ時にしか動かない。

 借り、という明確な自分のデメリットを提示してまで、別邸とやらに来てほしかった。考えられる理由として、そこにデメリット以上のメリットがあるか、デメリットを承知でしなければならなかったか。


 前者に関しては、さっぱりだ。

 特定の誰かに来て欲しいっていうのなら分からんでもないけど、明確に来て欲しい人間が決まってる訳でもないらしいし。

 強いていうなら、特進クラスの人間だろうけど、やっぱりメリットが分からん。

 

 でも、後者なら少しは分かる。

 誰かに強制されているのなら、不可解な行動の説明がついちゃう。

 というわけで、探してみました指示書らしきもの。

 そしたら、もう出るわ出るわ。

 幸薄ちゃんの両親からの愛あるお手紙。

 何ていうか、とてもねちっこい文章だった。

 娘の行く末案じてる、で良いのかな、これは?

 幸薄ちゃん、あんまり家の格が高くないのは知ってたけど、コレ見てる限り本気でヤバイらしいな。将来のコネクションを娘が上手く作れてるか、どうしても確認したいらしい。

 まだ学園に入って

 必死すぎて、何ていうか怖いな。

 どんだけ切羽詰まってたら、ここまで親が干渉したいと思うのか?

 親ガチャ失敗おつって言っといたらいい?

 

 うん、コレは問題が起きる気配がするなあ。

 普通に幸薄ちゃんの両親がトラブルメイカーな性格してるわ。

 絶対にろくなことにならない。

 断言しても良いけど、トラブルが起きる。


 なら、ボクの仕事は決まったね。

 起きるだろうトラブルを最大限大きくして、クロノくんを思う存分イジメる。

 じゃあ、行く前に調べないと。

 教主に行って、密偵を見繕ってもらおう。

 どこをどう弄れば、クロノくんは苦しんでくれるだろうか?

 やっぱり、前回とは違う感じが良いね。

 絶望にも種類をつけないと、味がない。



 ※※※※※※※※



「はあ……」



 頭痛を堪えながら、アリシアは自室に戻る。

 たった五人を誘うだけで、本当に疲れていた。

 しかも、五人全員が濃い性格をしている。

 その中でも三人を口説き落とすのは、アリシアはそれなりにくたびれた。

 


「リリアは、交渉の余地すらなかった……」



 あの気難しい女は、そもそも誘うのが不可能だ。

 誰にでも壁を作るアレは、人と馴れ合うどころか、人と関わることを拒絶している。

 もっと時間があるのなら口説けたかもしれないが、あまりにも時間が足りない。

 外の国の貴族との関わりなど、特に欲しかったのだが、仕方がない。



「ラッシュは、終始フザケてるし……」



 あの軽薄な男は、あと一歩だった。

 軽い調子で万事に当たるアレは、決して他人を本心を見せようとはしない。

 何を欲しがっているのか、何を求めているのか、それが分からないまま、交渉するしかなかった。

 様々な旨味を見せはしたが、はぐらかされるばかり。

 酒も女も、反応は見せたが釣れはしない。

 誠心誠意の『借り』は考え込むような仕草を見せたが、最終的には断られた。



「あの二人も、本当に面倒だった……」



 和解したクロノとアリオスは、厄介だった。

 二人は、知らない間に仲良くなってしまったのだ。

 最初の『友人』は、自分が良かった。

 二人が求めているものは、アリシアは見抜いていた。だから、ゆっくり、時間をかけて、欲しがるものを少しずつ与えて、無二の友になる予定だった。

 しかし、二人は自分たちこそが、相手の想いに応えられるという確信を持ってしまった。

 アリシアもそこに追従したいのだが、不安定でなくなった二人を攻略するのは並大抵ではない。


 アリオスは、アリシアの打算に気付いている。

 正しく警戒し、正しく関わろうとしてくる。

 本来なら、打算と本音をバランス良く与えて、アリシアの意図など分からない、グズグズの関係に落とし込みたかった。

 場合によっては体を差し出しても問題ない。アグインオークの家は落ち目だが、アリシアの家と比べれば格上ということに変わりはないのだから。

 だが、それはどうも叶わない。

 崩れかけだったからこその策だが、改善されてしまったのなら、同じようにはいかない。


 クロノは、世間知らずで、人との関わり方をまだ分かっていない。

 アリシアの善意は、紛れもなく本心なので、受け取ることに何の摩擦もない。

 だが、腹芸が出来ないだけで、打算のみで動けば、恐らく気付かれてしまうだろう。アリオスとのきっかけ以降、人との関わり方が少し慎重になったのは明らかだ。

 彼のことを優しく導き、自分以外に頼れる人間が居ない状況にしてやろうと思っていたのに、それもやはり、叶わない。


 だが、クロノから口説きに応じるのは分かっていた。

 これまで悪くない関係を築いてきたし、仲良くなりたいという善意はあくまで本心。膨らませた善意で打算を隠しているだけだから、ここは通る。

 そこからなし崩し的にアリオスも引き込めたのも、想定通りだった。



「……でも、あの人だけは分からない」



 思い出すのは、アインのことだ。

 気が付けばどこかへ消えていて、いつの間にか戻っていて、さらに目を離せばもう居ない。

 彼女は、神出鬼没を形にしたような、訳の分からない人間だった。

 餌を用意しようにも、そもそも餌を必要とするかも分からない。何をすれば喜ぶのか、何を目的にしているのか、ラッシュ以上に不透明だ。

 出自を探り、他国から来た自由民。母親は娼婦で既に死亡済み、父親は実は別大陸の貴族だが、認知はしていない、という情報は手に入れた。

 しかし、それだけ。

 本人のことは、これっぽっちも分からない。



「何でオッケーしてくれたんだろう……?」



 今考えても、何故頷いたか疑問である。

 ダメ元で誠心誠意お願いしてみただけなのだが、何故か色良い返事を貰えたのだ。

 何が琴線に触れたのか、何を目的にしているのか、全く掴めない。

 もはや、恐怖を覚えてしまう。

 真に理解不能なものを見た時、呆気から入り、そして恐怖が滲むものだと初めて知った。


 だが、それはもう考えても仕方がない。

 額に手を当てながら、アリシアは独り言ちる。



「まあ、構わない……三人も連れて来るなら、バカ共も文句言わないでしょ……」



 言っていて、不安になってくる。

 本当にこれでバカが満足してくれるのだろうか?

 そこまで考えて、また頭がズキズキ痛む。

 ストレスの根源を想像し、アリシアは心底忌々しそうに吐き捨てた。



「クソっ! 何で私がこんな事を……」

 


 成功のヴィジョンが見えなかったことは、もう考えないようにした。

 難しいことは、翌日考える。

 そうしなければ、金切り声をあげながら、物に当たり散らしてしまいそうだった。



 

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