第62話 エピローグ3 じゃ、そういう事なんで。また明日
意識が覚醒した時、見えた景色は、学園や青空といった通常のものではなく、どこまでも広がり続ける暗闇だった。
意識が途切れる前の場所と、変わっていない。
動かされてもいないし、傷つけられてもいない。
周囲には、仲間以外、他に誰も居ない。
これは、いったいどういうことか?
クロノの頭には、まず疑問符が浮かぶ。
仮に、『魔王』を撃退せしめたとして、だ。
何故、その死体がないのか?
その逆だとして、何故、自分たちは生きているのか?
訳が分からない事ばかりだ。
全身の痛みと倦怠感のせいで、混乱が収まらなかった。
ぼうっと思考をゆるりと巡らせ、事態を呑み込むためにさらに時間を消費する。
五分か、十分か、半時間か。
どれだけの時間をそうして無駄に過ごしたかは、曖昧で良く分からない。
漠然と直前の記憶を思い出す。
思い悩むにしては浅く、虚無感を噛み締めるにしては深く。
無為な時間を過ごしていた。
それから、たっぷりと、間を置いて。
気付いたことを、吐き出す。
「負けた、か……」
とても乾いた声だった。
感情が伴わず、思わずこぼれた様子だった。
何故、そういう結論に至ったのか?
ぼうっとし過ぎて、本人にすら良く分かってはいまい。
だが、敢えて言語化するのなら、人間の『領分』を越える力を使ってしまったからだ。
畏怖し、遠ざけようとした、己の因果。
あまりにも危険すぎるために、自ら封印してきた。それが直近で、二度、既に理性を壊すほどに使った。
「…………」
もしかすれば、瀕死にまで追い込めたのかもしれない。
トドメを刺す余裕すらなく、『魔王』は逃げ出したのかもしれない。
だが、それがいったい、何になるのか?
都合の良い時にだけ、嫌っていたモノを利用した。そうしなければ、自分の命すら守れなかった。事態の危険度を見誤り、仲間たちを巻き込み、結果的に何も成し遂げられなかった。
これまで、その力がなくとも、戦えるように鍛えてきた。
だが、そんなものは、役には立たなかった。
「クソ……」
遅れてやってくる黒い感情に、胸を焦がす。
人生で抱いたことがないような、激しい憎しみと怒りを覚える。
弱い自己。脆い自己。柔い自己への。
「結局、また、同じことを……」
友を助けたかった。
友に、成りたかった。
たったそれだけのことなのに、どうして、危険な力に頼らざるを得ないのだろう?
そこまでして、この体たらくは何なのか?
情けなすぎて、頭がおかしくなりそうだった。
「クソ……!」
完膚なきまでに、負けていた。
これ以上ないほど、屈辱だった。
己の無力をこれほど感じたことはない。
「クソ!」
精一杯も、通じなかった。
誰かに生かしてもらわなければならなかった。
力をつけたと、成長したと、そう思い上がっていた事を自覚させられる。
戦闘で受けたダメージなど比較にならないほどに、胸が傷んだ。
「なんで、俺は、こんなに弱いんだ……」
奥歯が砕けるほど、噛み締めた。
涙が出そうなのを、寸前で堪えていた。
至らない点を挙げればキリがない。
ああすればよかった、こうすれば良かったと、無限に気持ちが溢れる。
もう、次に進めないかもしれない。
それほどに、負った傷は深く、誇りに付いた瑕疵は致命的だった。
失ったものは、元には戻らない。
うずくまり、立つことが出来ない。
結局、友になれたかもしれない人を、取り零して終った。
この次を、想像したくなかった。
進むための足を折られ、どこにもいけなくなってしまった。
苦しくて、苦しくて、苦しくて。
水底の中に居るような感覚だった。冷たい闇の中で、下を向き続けているような。
そして、
「やあ」
場違いなほどにこやかな、アインを見つけた。
「…………」
「しょぼくれてるねぇ。何が、そんなに悲しいんだい?」
不思議な雰囲気だった。
いつものような鉄面皮かと思えば、普通の少女のように微笑んでいる。
あまりにも、らしくない。
まるで、別人であるかのようだった。
「…………」
「だんまりか。まあ、言葉にしたくはないよね」
いや、そもそも、どれだけアインという人間を知っているのか?
優しさを見せた時がある。冷たかった時は多い。何かを探っているのかもしれない。隠し事は多かった。何かを目指して、頑張るひたむきさを感じたのは、クロノの勘違いではないはずだ。
で、それ以上は?
「情けなくて涙が出そうになってるところ悪いけど、それどころじゃないよ?」
「……それは、」
「ああ、『魔王』の事じゃない。それは、もう適切な人間が処理した」
謎が謎でも、構わないと思っていた。
分からなくても、いつかは知れる。互いを理解し合える。きっと、友達になれる。
そんな楽観を抱くには、あまりにも、この少女は未知すぎた。
「じゃあ、いったい、何が……?」
「彼女のことさ」
今まで、何だろうとは思っていた。
だが、かけられた布が視線を遮り、その正体を掴めないでいたのだ。
それが横たえられて、初めて気付く。
この何かは、人間だったのだと。
「り、リリア……」
「あまり、良い状態じゃないけどね」
何故、と問い詰めることは簡単だ。
あまりにも、この状況は不自然だから。
しかし、その『何故』は、歓喜によって封殺される。
はじめの目的が、手からこぼれ落ちてしまったはずの命が、目の前にある。
その事実から、目を離せない。
「治してあげて欲しい。ボクじゃ、ちょっと無理だからねぇ」
「…………!」
嘘を吐いている気がした。
だが、確認している暇はない。
魔力による再生を、クロノは上手く使えない。なので、急いで、奥底にある力を注ぐ。
今救える命に対して、プライドは働かない。
厳重に閉じ込めた『神気』を操り、クロノの望む通りの効能を実現した。
「……治ったみたいだ」
「ど、どうして……?」
やっとの思いで絞り出したのは、曖昧な疑問だった。
幼稚で、なんとも頭が足りていない。何に対する問いなのかも明確ではない。
余裕が、ひたすらに無い。
答えてくれるとは、思えなかった。
「胡散臭い男に会ったろう? 協力してもらったよ。他にも何人か、こういうのに詳しい知り合いも居るしね」
嘘ではないが、しっくり来ない。
誤魔化されている気がしてならない。
この怪しげな笑みは、誠実に受け答えとは無縁なように思えた。
「な、なんで、そんな……」
「……ああ。吐いた言葉を曲げちゃ、カッコ悪いからかな? 君は、出来るだけカッコ良くあって欲しいしさ」
きちんと答えてくれているのか、微妙だ。
どんな道筋でそうなったか、まったく理解不能だった。
尋ねたいが、これ以上は教えてくれないだろう。
薄く微笑みながら、アインはゆっくりと背を向ける。手を伸ばしても、届かない。
その気がないと、態度でわかる。
「色々と、悩むことはあるだろうけどさ。今は、喜んどきな。君は、曲がりなりにも、彼女の呪いを全て受け止められたんだ」
呆然と、クロノは立ち尽くす。
そしてポロリと、言葉が漏れる。
「すまない……ありがとう……」
同時に、世界が崩れていく。
外の光が漏れ出て、目を瞑る。
眩い光は、事件の終わりを照らしていた。
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