第6話


「お前さんは、特に変な奴にあったりはしてないな?」

「今のところは」


 毎夜、犯人かもしれない人をストーキングしてます──なんて口が裂けても言えない。


「友人にも気を付けるように言っとけ」

「俺が言わなくても、みんな気を付けてます」

「夜、ひとりで出歩くなよ」


 だんだんと説教臭くなってきた。成澤さんも言っていてそれに気づいたらしく、大きく息を漏らした。


「俺にも娘がいるんだ」


 ピッ、と火のついてない煙草の先がこちらに向いた。


「お前さんと同い年ぐらいの」

「そうなんですか?」


 驚いてみたが、別にいてもおかしくない年齢ではある。


「だから……その、つい、な」


 濁される。が、なんとなく言いたいことは伝わった。


「大丈夫、だと思います。結構みんな、軽く考えてるみたいで」


 鼻で笑われた。だが、事実だ。次の被害者は自分。そんなことは誰も想定していない。実際に住む町で起こっていることだが、どこか他人事だ。


「学生さんはお気楽なこって」


 成澤さんの目が壁時計に移る。


「俺は帰るぜ」

「はい。ありがとうございました」


 立ち上がる。が、見送りはいいと言わんばかりにひらひらと手を振って出て行った。そのまま、カランと軽い音が鳴り、背中が商店街の暗闇に紛れていく。

 それを見届けて俺はゆっくりと長く、長く息を吐いた。今回得れた成果は大きい。学生の犯行。そのワードが捜査の最前線にいる刑事から聞き出せた。複雑な思いはあるが、前進していることには変わりない。

 時計を見る。二十時半。良いにおいがする、と首を動かせば母がキッチンで鍋を振っていた。ついでにいうと、いつの間にかカウンターに一人、客がいる。近所の人だ。そういえばちょうど夕食の時間じゃないか、と気づいた。軽食でも出せばよかったかもしれない。

 立ち上がり、伸びをしていると「にいさーん」と声が飛んできた。


「ちょっと相談したいことがあるんだけどさ」


 嫌な予感がする。こいつからの『相談』は、ろくなことがない。今日だってそう、急に教室に押しかけてきたし。


「嫌だけど」

「そこをなんとか! 一生のお願い!」

「今日も聞いたんだけど、それ」

「こらこら」


 のほほんとした母の声がする。


「お兄ちゃんなんだから、弟の話ぐらいは聞いてあげなさいよ」


 お兄ちゃんなんだから。

 この言葉を聞く度に、魔法にかかったかのように動けなくなる。息が詰まるのだ。

 母さんの援護が出、気を大きくしたのか弟は「いいよね?」とテーブルに両手をついて言った。


「……話だけ、な。OKするかは別だから」

「家庭科なんだけど」


 それだけで話の内容を察した。続きを聞く前に「却下」と一蹴した。


「そこをなんとか!」


 パチン、と両手を顔の前で合わせ”お願い”のポーズをされる。


「頼みます!」


 弟は甘やかされていた。幼いころから現在進行形で、何だか重い病気を患っている。両親が過保護になるのも事情が事情だから仕方がない――のだが、これは甘やかしすぎじゃないだろうか。病の困難さは味わっているんだろうけど、挫折とか苦渋の決断とか、そういうのを俺の見ている範囲ではしたことがない。

自分中心に世界が回っている。そう思っているんじゃないだろうかと疑ってしまう。結局、あの電話も嘘だったし。

 正直、家庭科の授業は好きだ。家ではできないことが習えるし、一人で黙々とやるのは性に合っている。


「だけどそれとこれとは別」

「どれとどれ?」

「興味があるのとお前の提案」

「えー、じゃあなんだったらオーケー出してくれる?」

「だから嫌なんだって」


 結局、無駄話をだらだらしていたら、二十一時半を過ぎていた。そこから三十分待っても十夜は来なかった。そういう日もある。無理矢理に納得させ、俺は店の外に出ると看板のスイッチを切り、店内へと運んだ。 

 ――四件目の通り魔があった。

 そのニュースを知ったのは、翌日のテレビでだった。


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