第20話
*
「甘い」
十夜は二口目を食べるなり、渋い顔をしてそう言った。
今日の試作品は夏に向けたはちみつレモン味のフレンチトーストだ。トーストは厚切りの一枚を四分の一にし、はちみつに漬けたレモンの輪切りを添えている。
「そんなに?」
「これもだけど」
言いながら三口目を食べる。そしてそのままフォークでルーズリーフを指し示した。
「そっち」
「こら、フォークで差さない。行儀悪いよ」
「いいだろ、お前しか見てないし」
よくはない。けどなんだか嬉しかったので叱る気が失せた。
十夜がフレンチトーストを完食し、水を飲んでいるタイミングで俺は話を再開させた。
「で、何が甘いの?」
「確かに、黒須がそういう目的でやったんだろう。じゃあ、あの日に校内で見たのは誰だったんだ?」
俺は目の前の食器を片しながら返す。
「黒須先輩じゃないの?」
「いいか? 黒須の目的は『妹の名誉を守ること』だ。校内でやる意味――動機がない」
言われてみれば、学校内の出来事は無関係だ。
「いや、でも、ドッペルゲンガーの噂を補強するため、とか」
「今まで闇夜に紛れてやってたのに? それに噂話は十分浸透してるんだろ、顔がバレるリスクを背負ってまですることか? 演劇部の連中や黒須の知り合いが気付いたら一発で終わる」
「じゃあ、誰が?」
「決まってるだろ」
十夜はコップをあおった。
「先輩だよ」
「どの?」
「本人」
持っていた食器を落としそうになる。俺はとりあえずテーブルの脇に食器を置き、十夜の顔を見た。冗談を言っているような表情ではない。
「十夜。ちょっと待ってくれ、その本人が解決してほしいって依頼してきたんだ。なんのためにそんなことをする必要がある?」
「そのほうが解決へ話を持ってきやすいからだ。『そんなもの噂話だろ』で片付けられないように。わざわざ先生にまでメモを残してさ」
「つまり先生宛にメモを残したあとに、会場に一番乗りして資料を回収。十分後にタイミングを見計らってまた現れたってこと?」
十夜は首を縦に振った。俺は校舎を思い浮かべる。十分もあれば職員室から三階に移動することは容易だ。
確かにあそこまで突っかかるのはおかしい、と話を聞いていて思った。不安はあるだろうが目くじらを立てるようなことではない。
だがこの違和感が十夜の言う通りだったのならしっくりくる。こんなの、ドッペルゲンガーでもなんでもない。ただの自作自演だ。
「もし受付があの子とハルナシじゃなかったらそいつらに頼ったろうよ。巻き込まれたのは偶然だ。その女も解決の依頼なんて回りくどいことをさせやがる」
「それは……なんていうか。馬鹿みたいだ」
「そうだな」
かったるそうに十夜は相槌を打つ。
「まあいいとして。証拠だよ、問題は」
演劇部の部室を盗撮するわけにもいかないし、ドッペルゲンガーご本人に突撃するぐらいしか思いつかない。
「策がある」
その言葉に俺は紙ナプキンをひっくり返して、テーブルに備え付けられていたボールペンを手にした。
「どんな?」
十夜の口角が上がる。
「殴ればいい。殴って吐かせる」
「そうじゃなくって」
事なさげに口にした案に俺は肩を落とした。
時折、十夜は暴力に頼ろうとすることがある。冗談ではなさそうだし、手が出やすいのは性格的な問題だろうか。
そこまで考えて、嫌な汗が背中を伝う。
通り魔の件とは結びつけたくはないが、どうしてもよぎってしまった。首を横に振り、想像を追い払う。
「も、もっとさ、平和的な解決方法」
「なんだよ。注文が多いな」
ぶつくさと文句を言いながら、あっちこっちに視線をさまよわせている。なんだかんだ真面目な性分だ。悪いやつではないのだが……。
「じゃあ、こうすればいい」
「今度は大丈夫なんだろうな」
念の為に重ねた質問に、考える様子もなく十夜は答えた。
「たぶん」
「たぶんか。一応聞くけど、どんなの?」
口角を上げ、十夜は案を述べた。
「ひたすらに煽るんだ。相手からボロを出すように仕向ける」
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