第21話
*
その結果がこれだ。十夜の目論見通り、黒須先輩は尻尾を出した。
彼は脱力して、その場に座り込んでいる。俺は息をゆっくりと吐きだした。酸欠になりそうな勢いでまくしたてていたせいか頭がくらくらする。
十夜が提案したのは実にシンプルだった。まず二重先輩への言付け――なるべく興味を引くようなフレーズを混ぜて――を黒須先輩に任せ、ちゃんと狙った相手が来るように仕向ける。そして、俺はボロを出すように全力で煽り倒す。
構図はシンプルだが、やる内容は高度だ。先輩のドッペルゲンガーを夜な夜な待つのは時間がかかるし、仮に路上で見つけられたとしても逃げられればおしまいだ。他にも理由はあるが現場で待つ作戦よりも、煽る作戦を俺は取った。
「それで、俺をどうするんだ? 正義感溢れる探偵君は」
何も隠さなくなった黒須先輩が自嘲気味にそう問うて、俺の顔を見上げる。こうして明かりで照らされると、はっきりと男性であることが分かる。
「どうもしませんよ。ただ、二重先輩とちゃんと話し合って下さい。それと」
日鞠さんから預かったボイスレコーダーを取り出す。録音ボタンを押した。
「俺のクラスメイトが、あなたがこうした動機が知りたいそうです」
目を閉じたり、開いたり、手を顔に当てたり、下げたり。
そんな動作を繰り返し、先輩は長い沈黙を破った。
「繁華街に行ったら、ホテル街に知らない男と向かう二重の姿を見たんだ。反射的に追いかけたよ、こんな受験期にふざけた真似するなって殴ってやろうと思って。怒りのまま声をかけた。けど、あいつじゃなかった」
「二重先輩の――妹さんだった?」
黒須先輩は頷いた。
「彼女も金欲しさにまずいことに手を染めているのは分かってた。誰にも言わないでくれと泣かれて、俺は」
ゆっくりと後悔をかみしめるように先輩は続けた。
「あの時、初めて彼女に頼られたことが嬉しかったんだ。だから、こんな馬鹿げた真似を」
「でも」
言葉を慎重に選び、黒須先輩の顔を見ながら返した。
「彼女のことをちゃんと考えていたんですね」
「当たり前だ。こんなことを打ち明けたのは俺しかいないだろう、彼女には俺しか頼れる奴がいなんだと。勘違いした」
俺は何も言えなかった。
「傲慢だよ。これは俺がどうこうする問題じゃなかった。二重たち姉妹、家族の問題だ。一度、ちゃんと話し合うよう促してみるよ」
この人は不器用なんだと俺は思った。直接二重先輩に教えるでもなく、先輩の妹を諭すわけでもなく、すべてを飲み込んで自分自身が身代わりとなる。もし、俺がAさんだったら自分を責める。だって、好きな人が自分のせいで傷つくかもしれないのだから。
黒須先輩は、天を仰いだ。
「言葉で示さないと伝わらない。あぁ、今やっと――分かったよ」
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