TとDの事件簿

リオン

ドッペルゲンガーの怪

第1話(改)

 俺は、目の前の人物が通り魔事件の犯人なんじゃないかと疑っている。

 閉店作業に取り掛かりながら、カウンター越しにプリンアラモードを食べ進める姿を観察する。

 友人という忖度抜きにしても、美少年あるいは美少女と呼ばれる部類だろう。肩まで切られた栗毛色の髪色、透き通るような白い肌、細めに整えられた眉毛に、二重で大きい目、ほかのパーツも整っている。

 恰好を変えれば西洋人形のように見えなくもない。しかし、本人は頑として着物――つむぎというものらしい――を着続けている。……履いているのは厚底のスニーカーだけど。

 出逢って一か月ぐらいだが、声も、姿も、仕草も、恰好も、どれをとっても男女どっちつかず。和洋折衷を通り越したそのアンバランスさは、本人の在り方にもつながっている。そんな状態だから放っておけないし、同時に惹かれてもいた。


「それで、おいしい? 十夜とおや


 俺に呼びかけられた十夜はスプーンを止め、鬱陶しいと言わんばかりに顔をしかめる。不機嫌さを真正面から浴びつつ「おいしかったら、感想を言ってほしいなー」と付け加えてみる。数十秒の見つめ合いが続くも結局、十夜が口を開くことはなかった。

 俺の家は一階が両親の経営する喫茶店、二階が居住スペースとなっている。この春無事に高校へ入学した俺は、天体望遠鏡を買うのを目標に実家でアルバイトを始めた。今は、十夜をここへつなぎとめるために試作品を提供するという別目的も加わっているけれど。

 十夜との会話が途切れたため、自然とつけっぱなしのテレビの音が耳に入ってくる。時間帯的にニュース番組だ。

 昨日見聞きした内容と似たり寄ったりなことに、不謹慎ながら安堵する。

 ここ最近連続して起こっている通り魔事件。腰と首をナイフで刺す手口、夜という犯行時刻――この街に住む人間なら、否が応でも三年前の通り魔事件を連想するだろう。犯人が逮捕されているにもかかわらず、再び街を恐怖のどん底に陥れているという矛盾。

 内心、気が気じゃない。十夜の性格上、世間話をするように「これ僕がやったんだよね」と自白してもおかしくないのだ。

 速くなる鼓動を隠すように、両手に抱えていたおしぼりの袋を胸に押し当てる。


「なあ、アキナシ」


 予想していなかった自分への呼びかけに、持っていた物品を落としかけた。十夜は俺のリアクションに怪訝そうな顔をしたが、すぐに質問に移る。


「死にたいのかな、こいつらは」


 十夜の視線を追ってテレビを見れば、一件目の事件現場が映し出されていた。黄色い規制線の付近を何人もの人間が出歩いている。凄惨な出来事が現在進行形で起こっているのに、こうして日常を営んでいる。そのことを不思議に感じたのだろうか?


「それは自分達の生活があるからだよ。外に行かなければならないってだけ。それにね」


 俺は言葉を区切り、迷いに迷って口を開いた。


「死にたいっていうのは、自分の抱える感情が容器から溢れたときに抱くモノだと考えてる。辛かったり、苦しかったり、事情はそれぞれだろうけど、誰もが持つ普遍的な感情だよ。だから今テレビに映ってる人達とは関係がありません」

「ふうん」


 懐疑的に、それでもどこかラジオでも聞くように楽し気に相槌を打つ。


「つまり、アレだろ? 外部からのダメージを受けたときに抱くんだな?」

「俺はそう思ってるよ」

「なんだそれ」


 ふん、と鼻を鳴らす。


「人間って弱いな。びっくりするぐらいに」


 まるで自分が宇宙人かのような言い草だ。

 十夜は、常識から外れている。

 確かに、そう実感するときが度々ある。自分以外の人間に興味がなく、彼らに暴力的で、思いをよせることがない。他人なんて関係がないし、必要がない。己独りで足りている強さに、俺は羨望を向けると同時に恐れを抱いていた。

 他者に縛られないからこそ、ふらっと消えて二度と会えなくなるんじゃないか、そんな恐怖。どうにかして十夜を留めておきたい。だから繰り返し言葉にするのだ。

 ――願うように、呪うように。


「あのね、十夜。きみだって人間なんだから、変なところで一線引かない」


 苛立たし気に睨まれた。けど、そんな視線は慣れっこだ。

 二十二時ちょうどに十夜は席を立った。

 だいたい二十一時半ごろに喫茶店へ来て、俺の作った試作品を食べ、この時間に帰る。お互い約束もなにもしていないが、自然とそんな流れになっていた。

 十夜がドアを押すと、入退店を告げるベルが店内に鳴り響く。その背中に「また明日」と声をかけるも、そのまま一切こちらを振り返らずに闇の中に遠ざかっていった。

 今日は駅。十夜の行き先を確認し、俺は視線を壁時計へと移す。二十二時二分。秒針を睨みつける。十秒……二十五秒……三十秒。俺は、裏口のあるほうへ足を向けた。

 店を出て行った十夜を尾行する。これが俺の夜のルーティーンになっていた。どうして殺人鬼かもしれない人間を追いかけるのか? 出遭(であ)った雨の夜から数十、数百にもわたる自問自答の答えは、常に同じところに行きつく。

 ――俺は、俺の友人が殺人鬼かどうかを確かめたいだけだ。

 自分の心を言葉で着飾らないが故の、シンプルで自己満足な回答。それっぽっちの理由だけで、俺はこうして危険を冒せる。

 いつものように祈りながら、ドアノブに手をかけた。


(今日も、なにも起こりませんように)


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