TとDの事件簿
リオン
ドッペルゲンガーの怪
第1話(改)
俺は、目の前の人物が殺人鬼なんじゃないかと疑っている。
正確には通り魔だけど、人を傷つけていることには変わりない。俺は疑心を悟られないよう顔を上げた。
肩までで切りそろえた栗毛色の髪の毛、それを少し濃くした色の瞳、熟れた林檎のように赤い唇。それらが色素の薄い肌を一層際立たせていた。女子と紹介されても、男子と言われても違和感のない中性的な顔立ちをしている。出会って数週間はたつが、俺はいまだに「彼」か「彼女」か、結論は出せていない。
和洋折衷、性別は曖昧、そして推定通り魔。
それが、
俺は頬杖をつき、プリンアラモードを食べ進める姿を見つめる。現段階で試作品のそれは、オレンジや白桃などの色鮮やかな果物で中央のプリンを囲んでいるだけだ。シンプルな組み合わせだが、どうやらお気に召したらしい。
「おいしい?」
感想を求めると、そっぽを向かれた。まあ、ペースの落ちないスプーンの速度から否定ではない、はずだ。
俺の家は一階が両親の経営する喫茶店、二階が居住スペースとなっている。無事に高校生になった俺は、天体望遠鏡を買うためにアルバイトをしていた。
時刻は二十一時半。十夜との会話が途切れたため、自然とつけっぱなしのテレビの音が耳に入ってくる。ニュースの内容は、再び街を恐怖のどん底に陥れている通り魔事件を報じている。
……内心、気が気でない。十夜の性格上、明日の天気でも話すように「ああ、これ僕がやったんだよね」と言い出しかねないからだ。暴力をよしとし、それを手段として使う。犯行現場にいたことと危うい性格もあって、十夜への疑惑を完全には否定できない。
速くなる鼓動を隠すように、意味もなくメモ帳に目線を落として時間を過ごす。が、特に何事もなく次の番組へと移った。俺はほっと一息を吐くと、サボっていた閉店作業を進めるべく、戸棚からおしぼりが入った袋を取り出した。そのときだった。
「なあ、アキナシ」
予期せぬ自分への呼びかけに、持っていた袋を落としかける。俺のリアクションに十夜は怪訝そうな顔をしたが、すぐに質問へと移った。
「人間って、なんで死のうと思うんだ?」
思わぬ問いに「へ?」と変な声が出た。俺は顎に手を当て、続ける。
「なんで、って言われてもな。どう頑張っても気持ちのいい返事なんて出てこないぞ」
それでも答えを待つかのように、茶色い瞳が俺の顔を凝視する。そんな顔をされたら、答えるしかないじゃないか。おしぼりを手にしたまま、慎重に意見を述べる。
「そう、だなぁ、当人が辛い状況に置かれて疲れ切ってしまったら、その選択が出てくるんじゃないかな。特別じゃない、誰もが持つ普遍的な感情だよ。
自分の心はね、他人からだと正常なのか異常なのかも判らない。だからサインを出さないと伝わらない。ほら、病院で診察するにしても症状を訴えてくれなければなにもできないだろう? それと一緒、言葉にしなければなにもわからないんだからな」
最後の文章は、十夜に向けてのものだった。が、
「ふうん」
返事は、それだけだった。……なんだか、スベッたみたいで恥ずかしい。焦った俺は、
「ところで変なヤツは会わなかった?」
と訳のわからないことを訊いた。誤魔化すにしても下手くそすぎる。自分自身に突っ込んでいると、十夜は少し考え込む仕草をした。
「ああ、いたよ」
思わず「えっ」と声が漏れた。十夜は「おまえが訊いてきたんだよな」と呟き、続けた。
「ここに来る途中だ。女みたいなヤツが同じところを行ったり来たり、誰かを待っているって雰囲気じゃない。そうだな、あれは――」
そこで言葉を区切った。
「誰かから声をかけられるのを待っているような感じがした」
『女みたい』の言葉が気になるが、語られた状況的には援助交際が浮かぶ。この街は寂れてはいるが都会といえば都会なのでそういう類の人はいる。なんとなく気まずくなって話題を適当なものに変えた。幸い、十夜もそれに乗ってくれたから追及は避けられた。
二十二時ちょうどに、十夜は「ごちそうさま」と席を立った。だいたい二十一時半ごろに喫茶店へ来て、試作品を食べ、この時間に帰る。お互い約束もなにもしていないが、自然にそうなっていた。
十夜がドアを押すと、入退店を告げるベルが店内に鳴り響く。そのまま一切こちらを振り返らずに駅の方へと向かっていく。十夜の退店を見送ったあと、俺は視線を壁時計へと移す。二十二時二分。秒針を睨みつける。十秒……二十五秒……三十秒。
おしぼりを置いて、裏口へと向かう。
店を出て行った十夜を尾行する。これが俺の夜のルーティーンになっていた。これは誰に指図を受けたわけでもなく、俺が選択した。きっと殺されても後悔はない。それでも逃げ出したい衝動を抑え、祈りながらドアを開ける。
(今日も、なにも起きませんように)
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