第1話(2)

 よっつめ、調理実習の時間。冬夏くんと私の調理班は別だったので、状況はよくわからない。だけど料理が苦手らしい冬夏くんが、家庭科の先生に褒められる手際のよさで淡々と工程を進めていた。やっぱり始まる前後のタイミングで人格が変わっていたのは大いにあり得る。私は集中力を彼に向けていたせいで左腕を切ったが。


 決定的だった事項がある。

 あのドッペルゲンガーの事件。状況を整理するために、冬夏くんの実家の喫茶店へ立ち寄った時だった。ドッペルゲンガーを立証する証拠がない。そう嘆いていた彼が不意に「もう一人の冬夏くん」というワードを出した。驚きのあまりに呼吸が止まりかけた記憶がある。こちらの詮索がバレたと思ったがその後の立ち振る舞いを見るにそうではないらしい。

 四月下旬。学校をぐるりと囲うようにして植わっている桜の香りが、花から新緑に移り変わる時期。

 他愛ない話の裏で、私は今日も考える。

 冬夏 秋人がそうなのか。もし仮に本当であれば直接、疑問をぶつけても無駄だろう。だけど知りたい。一人で悶々と考えるより、言葉で伝えてしまいたい衝動に駆られる。それが、冬夏くんを壊すことになっても? そう考えると、今までずっと怖くてできなかった。

 いつも別れを言い合う場所で今日は立ち止まった。屈んでもらってから彼の耳元で、心の中で練習してきたセリフを口にする。


「冬夏くんって、もう一人いるんですか?」


 グレーゾーンの問い。必死に彼の気配を、音を、感じ取ろうと耳を澄ます。

 普段は何とも思わない車の走行音がとてもうるさく感じた。何分、何十分にも感じる無言の間。冬夏くんが口を開いたのは、私の背中に汗が一筋伝った時だった。


「うん」

 時間が止まったようだった。

 生唾を飲み込む。冬夏 秋人は二人いた。もっと続きを聞きたい。けれど、これ以上情報を仕入れたら頭が茹で上がりそうだ。両手の人差し指を重ね、バツマークを作る。


「ま、また! また明日聞きます!」


 そのまま間髪入れず「ではさようなら!」と手を振って、住宅街の中へ早足で突っ込んでいった。

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