第2話
翌日になって、勢いであんなことを聞いたのを後悔している。もう少しシチュエーションを考えればよかった。ドアを開け、廊下側の壁に手をそわせて歩く。十歩目で立ち止まり、手を宙に伸ばして目印に触れる。あった。ほっと一息ついた。何度登校していてもこの瞬間は慣れない。カバンを席に置き、荷物をしまい、そのままトイレへと向かう。いつものルーティーンだ。
教室に戻った私を出迎えたのは、挨拶だった。
「おはよう。日鞠さん」
爽やかな声は冬夏くん(A)だ。なんとなく、私はほっとして返した。
「おはようございます。冬夏くん」
そのまま他愛ないことを話した。今日の学食より兄の手料理のほうがおいしいとか、最近通り魔事件で物騒だよねとか。穏やかな気持ちのまま、私は相槌を打ちながらそれを聞いていた。それもショートホームルームまでの間だった。
一限目の始業チャイムが鳴る。私も周りに倣って教科書を取り出そうとする。
……ない。
読むことはできずとも全教科分、教科書は購入している。が、その全てがない。忘れた? そんなわけない。朝のカバンの重さは明らかに教科書のそれだったし、机に入れたことも覚えている。それが丸々五冊分なくなっているのだ。
(教科書はやりすぎでしょう)
仕方ないので、隣の彼にSOSを出す。幸いルーズリーフは盗られていなかった。その一枚を折りたたんでいき、視覚的にマス目を作り出す。少しかかって、紙に私は『教科書、見せてもらっていいですか』と書き終えると隣にいる彼の肩を軽く突いた。すぐに差し出した紙を受け取ってくれる。
ガタン。机が移動する音がした。
「どうした冬夏」
「教科書、忘れたんで日鞠さんに見せてもらいます」
彼は平然と、そう言った。まったくの嘘だが先生もクラスメイトもそれに気づいている様子はない。私の「すみません」という小声での謝罪に、冬夏くんは「いいよ」と笑った。
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